2-6.※大獅子は哺乳類ではありません
「これが大獅子の毛皮で作った毛布、寝心地が良くて周囲を常に同じ温度に保つ効果を持ってる。雪山で遭難しても大丈夫。相場だと金貨10〜20枚をうろうろ。
これが大獅子の爪で作った包丁、研ぎ直す必要が無くてマナやオドを込めると切れ味が増す。武器としても使えるし、弱い魔獣なら一撃。加工出来る職人が少ないから、金貨30枚でも買う人がいるくらい。
最後に大獅子の頭、敵意ある相手の前に出すと咆哮で気絶させてくれる。持ってよし、玄関に飾って良しの万能防犯グッズ。金貨15枚くらいのお値段。
これでよかった?」
「あっはい、ありがとうございます」
インパクトが強い。
え、なにその防犯グッズ……大獅子の顔をそのまま利用している訳ではないのだろうけど、こんなもんが扉開けて目の前にあれば咆哮無くても気絶すると思うんですが。
持ってたら持ってたで完全に危険人物だよ、職質からの連行間違いなしだよ。
でもめっちゃ便利なのは分かるから凄い複雑。
あれから数日、優が頼んだ報酬の品は直ぐに私の元へと届いた。
どれも非常に便利そうなもので、防犯グッズはともかく、他の2つは生活の上で非常に頼もしい。
流石は優のセンス、優に任せてよかった。
「まあ金貨については……うん、そのうち考えよう」
こんな世界でも現実世界の銀行に相当する機関は存在するらしく、アイルを通して信用のある機関を紹介してもらった。
最低限の金貨を手元に残して預けておいたが、生活するだけなら暫くは働く必要が全く無いと言って良いレベルだった。
なぜなら……
「まさか優まで大量の金貨を貰ってくるなんてな……」
「ん、断り切れなかった」
金貨150枚、それが今回の優に対する報酬の一部だった。
とは言うものの、公式では優はただの戦闘支援の扱い。
本来は余り物を押し付けられるだけだったのだが、納得のいかないアイルは自身が得た報酬を全て優に渡そうとしたのだ。
それを彼女がなんとか説得して、私もなんとか静止して、最終的に半分だけ受け取るという形になった。
アイル自身は騎士団に所属している為、例え100匹近くの大獅子を討伐したところで、その全ての報酬が貰える訳ではないらしい。
それでも日本円で数千万単位で貰えた訳なのだから、大獅子の素材の価値を嫌でも感じてしまうというものだ。
「優と私でも2500万稼いでしまったわけだが……どうしようか、これ」
「ん……貯蓄?」
「それがいいだろうなぁ……いや、家とか土地とかに変えておいた方がいいのだろうか?この世界のその辺の常識がいまいちわく分かんないんだよな」
ポーションや素材の価値を合わせるともっと恐ろしい数字にまでなるだろう。
正直に言えばあとはこの快適な街でノンビリ異世界ニートライフと洒落込みたいところだが、流石に仕事に就いていないのは世間体的にマズイ。
一応アイルの心の姉扱いを受けているのだから、剣神の姉がチャランポランなどと言われては困る。
それに優の保護者としても、最低限何かしらの肩書きは欲しいのだが……
「そういえば、優は何を貰ったんだ?余り物の素材も貰ったんだよな?」
ふと、そんな思い出した事を尋ねる。
あの優がS級魔獣の素材をただ売るとは考え辛い。
何かしら役に立つものを貰って来ているのだろうが、彼女は一体何を貰ってきたのだろうか。
「これ」
ドスン!と机の上に置かれたのは何か白い丸いもの。
形的には卵の様なものだ。
……というか、これ卵じゃね?
え?たまご?なんで?なにこれ?
「………なんだこれは」
「たまご」
「……なんの?」
「大獅子の」
「………」
「………」
まさかの卵生!?
「なあ優?大獅子って、大獅子だよな?」
「うん、大獅子は大獅子」
「大獅子って獅子だよな?」
「うん、獅子は大獅子じゃないけど、大獅子は獅子」
そんな必要十分条件みたいな話をされても……
「大獅子は、哺乳類じゃないのか?」
「大獅子は単為生殖。大獅子だけじゃなくて、強い魔獣は基本的に単為生殖。だから本来は増え過ぎない」
なるほど、確かにそれは理解できる。
いや、卵生である説明にはなっていないけれど、まあそういうものだと理解しておこう。
自分の物差しでなんでもかんでも判断してはいけない。
この世界ではそういうこともある、そう納得しよう。
それより問題は……
「優?それはもしかして……生きているのか?」
「うん、もうすぐ生まれる」
「……なにが?」
「大獅子の赤ちゃん」
「………」
「………」
何してくれてんのこの子!?
大獅子を育てる気なのか!?
最高にクレイジーな思考と可愛い容姿してるなオイ!
愛らしいにもほどがあるんじゃないか!?
ほんと好き!
でも今はそういう話じゃない!
「だ、大丈夫なのか!?仮にもS級魔獣なんだろう!?」
「前例はない」
「チャレンジ精神に溢れてて最高に抱き締めたいが少し待て!本気なのか!?」
「うん。ほら、もう生まれる」
「いやいやいやいや!やばいやばいやばいやばい!ちょ、ちょっと待ってろ!直ぐにタオルとお湯を用意してくるから!」
「ん、ありがと」
突然の大獅子の孵化イベント。
既に私の頭は産婆と化していた。
「………生まれた」
「おお、意外と可愛い」
大獅子とは言うが、今回の大事件でも私達は実際にその魔獣を見た訳ではなかった。
けれど伝え聞いていた黒色の体毛に赤い魔力線の走る恐ろしい外見とは裏腹に、その赤ん坊は手乗りサイズの真っ白なライオンの赤ちゃんの様だった。
刷り込み効果という奴のせいなのか、物凄く優に懐いている。
真っ白な外見をした2人は非常にお似合いで、嬉しそうに戯れているその姿は非常に可愛らしい。
猫の赤ん坊は生まれた直後は目が開かないとか聞いたことがあるが、大獅子の赤ん坊は大丈夫なようだ。
パッチリお目目がとってもキュート。
それにしても本当に……カメラが無いことが悔やまれる。
もしカメラがあればメモリが限界になるまでこの光景を収めていたのに。
もはやデジカメの時代では無いけれど、スマホがあれば写真に動画までそれはもう色々と記録に残すことができるの……に……?
あれ?
スマホがあるじゃない
スマホはあるじゃない
「スマホあるの完全に忘れてた」
この世界に来たばかりの頃、何度か仕事の電話が来る幻想に苛まれてしまった事から、電源を落としてベッドの下に封印していたのをすっかり忘れていた。
恐る恐る電源を付けるが、画面はもちろん圏外だし連絡の1つも来ていない。
……いや、来ていたとしても別に問題無いのだけれど。
ただ問題は写真を現像できない上に、スマホの充電もそのうち切れてしまうことだろうか。
最近のライトノベルではスマホの充電を無限にしたりネットに繋がるように出来るらしいが、残念ながら私はこの世界に来る時に神様に会ったりもしていなければ特殊な能力を貰ったわけでもない。
なるべく電源を節約するようにして、心が辛くなった時にこの写真と動画を眺めることにしよう。
充電は生前に会社でしていたので、ケチればかなり保つはずだ。
「それで優、その子の今後は……まあいいとして、名前くらいはつけたらどうだ?"大獅子"なんて呼んでバレたらそれはそれで問題になりそうだ」
少ないとは言え、あの事件で確かに死人は出ている。
暫くはその名前を出すのも良くないだろう。
見た目だけなら猫っぽいし、そういうペットとして隠しておくべきだ。
「ん〜……ビスコ」
「美味しくて強くなれそうな名前だな」
「カプッチョ」
「青狸のシールが入ってそう」
「ジャンボ」
「………チョコモナカ?」
「ジャンボ」
「分かった、今度何か甘いものを買ってきてあげるから一旦お菓子から離れような」
「んむぅ」
優は偶にこうして子供らしいところがある。
まあ私も甘いものに飢えていたし、今度アイルにそういう店がないか尋ねてみようと思う。
女にとって甘いものというのは燃料の様なものなのだ。
「………"ミルク"」
「……飲みたいのか?」
「それもある」
「……ちょっと買って来るから、"ミルクちゃん"と大人しく待ってるんだぞ」
「うん。ありがと、杏」
そのミルクちゃん、将来真っ黒に染まるらしいのだけど大丈夫なのだろうか?
今はそれだけが心配である。