目覚め③
長い沈黙の中、2人は居た。
職場の事務所の様な部屋で如月の机にはパソコンやら書類やらが置かれている。
私は隅っこのソファーに座り煎餅を食べていた。
「なぁ。あんた1人で住んでるのか?ここに」
お互いに目は合わせず、かといって気まずくもなかった。
如月はパソコンの画面と睨めっこしている。
「なぁ。あんたなんで私の事、苗字じゃなく名前で呼ぶんだ?」
暖かいお茶を飲みながら、また煎餅に手が伸びる。
部屋にはカタカタとタイピングの音が静かに響く。
やる事も無いので義足を動かしてみる。
本当に良く出来ている。
足首もスムーズに動くし、本物みたいな感覚は無いが歩行にはまったく問題無い。
暫く義足を動かしていると、ジャキーンと変な物が飛び出た。
爪先から刃物。
「なぁ!あんた、コレはなんなんだ!?」
私は飛び上がった。
如月を見るが、まだパソコンに夢中だった。
何目的で義足にナイフなんか仕込んでいるのか。
「騒がしいヤツだなきみは。最初の質問は1人で住んでいるか?だったな。フユコが来るまでは3人で住んでいたよ。事情があって今は1人だな。次は何だ?名前で呼ぶ…か。きみは苗字で呼ばれるの嫌いだろう?いちいち理由は言わないよ。最後は私の趣味だよ。まぁその趣味がいつか役に立つさ」
くるりと如月は椅子を回転させて私を見る。
怪奇現象とやらは一筋縄ではいかないということか。
いざとなれば戦えという意味だろう。
すでに義足から出るナイフの出し入れのコツを掴んでいた。
呼び方に関しては親の離婚を機に旧姓を名乗っていて、いまだに慣れないからだ。
とても悲しい出来事だった。
住んでいた後の2人の事は、とりあえず聞かないでおこう。
暇になれば自分から話し出すだろう。
「フユコよ。私からも質問していいか?」
嫌な笑みを浮かべながらサイエンティストは言った。
私は、手短に1つなと言い放つ。
「きみはここに住む訳だが、衣服はどうする?私が買ってこようか?可愛いフリフリが付いた特徴的な服がある洋服屋が近くにあるんだ。下着も買わないとなぁ、形はどうする?何色がいい?」
笑いを漏らしながら真面目を装うが、圧倒的に笑いが勝っていた。
本当にこの嫌な奴はなんなんだ。
義足のナイフで試し斬りしたい気持ちを抑え、自分で買いに行くと怒鳴りつけてやった。