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優等生は誰がために  作者: うえりん
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第九話 試合①

裏生徒会が動きます。

 木我沼くんの相談から一週間。僕らはコートの上で向かい合っていた。


「まさか先輩たちが相手になるとは思わなかったッスよ」

「僕もだよ。正直楽しみで仕方がない。バスケは久しぶりなんだ」

「言うッスね。こっちは現役ッスよ。俺に勝てると思ってるスか」

「試合が始まればわかるさ」


 木我沼くんはそッスかと言い残し、ベンチに向かった。


「彼、すいぶん挑発的だったわね」


 ベンチから敵陣の様子をうかがっていると、姫宮さんが声をかけてきた。


 邪魔にならないようにと長い髪をポニーテールにし、額にはヘアバンドを巻いている。普段は髪に隠れた輪郭がはっきり見て取れた。

 やはり美人だ。観客どころか、チーム内からの視線も熱を帯びている。


 加えて今日は服装も違っている。いつもの制服姿ではなく、女子バスケ部のユニフォームを着ているのだ。ちなみに僕らは男子バスケ部のユニフォームだ。


「仕方ないさ。彼の依頼を断った僕らが、よりによって同じ部内の三年生の依頼を受けて、敵のチームにいるのだから」


 あの日、バスケ部部長である山野辺先輩は、とある依頼をしにやって来た。僕ら裏生徒会はそれを受諾し、こうして三年生の追い出し試合に参加しているというわけだ。


「すみません。急なお願いだったのに、無理して参加させちゃって」


 と言って大きな体でぺこぺこ頭を下げるのは、件の山野辺先輩である。

 一九〇センチの巨体だが、ハの字に曲がった眉毛とつぶらな瞳が相まって、威圧感はさほどではない。しかも下級生である僕らに対しても敬語を使うので、三年生の威厳は見受けられなかった。


「いいえ、これも依頼のためですから」

「うまくいきますかねえ」

「心配なさらないで。手筈通りにことが進めば、きっと成功します」


 姫宮さんがポンと山野辺先輩に肩を叩いた。それだけで先輩の顔は真っ赤になった。


「うふふ。先輩ったらおかしい」

「や、やだなあ、からかわないでくださいよ!」

「からかってなどいません。さあ、試合までまだ時間があります。約束通りご指導お願いしますね」


 と言ってにっこりスマイル。姫宮さんに手を引かれ、茹でダコのようになった大入道はコートへと走って行った。


 さすがは姫宮さん。魔性の女も完璧である。


 弱小バスケ部のたかが追い出し試合だというのに、体育館は観客の生徒で溢れていた。姫宮さんが参加するとの噂を聞きつけやってきたのだろう。


 もっとも、その噂を流したのは僕らなのだが。


 かつてない程観客の視線を集め、部員は全員緊張している。だが、山野辺先輩を始めとした三年生は、コートの上ではしゃぎ回る姫宮さんにこれでもかと話しかけられ、別の意味で緊張しているようだ。


 もはや天晴れ。

 惜しみない賞賛を心の中で送り、そっと敵のベンチに目を向けた。


 そこにあったのは、もはや憎しみと言っても過言ではない男たちの視線だった。すべてが三年生へと向けられている。ただ一人、木我沼くんだけが黙々とボールを操っていた。


 彼らは一・二年生の合同チームである。

 毎年三年生の追い出し試合は下級生対三年生で行われるのが通例なのだ。


 しかし今年は三年生が三人しかいなかったため、こうして僕と姫宮さんが助っ人として加わった次第だ。山野辺先輩からの依頼の一つは、問題なく達成ということになる。


 適当にボールで遊んでいると、禁煙パイポを咥えた川村先生がやって来た。


「いい調子じゃないか。しかし、本当にうまくいくのかねえ。風間よ、勝算はあるのか?」

「それは試合についてですか? それとも依頼?」

「質問に質問で返すとは、君にしては珍しいじゃないか」

「すみません。自分でも気づかぬうちに高揚していたようです。試合については、恐らく問題ありません。一・二年生チーム相手なら、普通にプレイすれば問題なく勝てます」

「では、依頼内容を加味すると?」

「いい試合になります」

「そいつは結構!」


 川村先生は呵々大笑し、僕の頭をわしゃわしゃと撫で回すと去って行った。やれやれと髪を撫でつけていると、背中に悪寒が走った。そういえば川村先生もお顔だけは美人なのだった。振り返るのはよそう。


 視線に気づかないふりをしながら、携帯電話を取り出した。


「もしもし。月島さん?」

「うん、私だよ。そろそろ出番かな?」


 コートを見ると、三年生は既にアップを始めている。一・二年生は溢れ出る憎悪を試合にぶつけることにしたらしく、猛烈な勢いで体を温めていた。


「うん。お願い」

「オッケー!」


 電話の声が聞こえるとほぼ同時、二階の観客席から白い垂れ幕が下がった。


『三年間おつかれさま!』

『大槻先輩がんばって!』

『伊田先輩ファイト!』

『山野辺先輩おっきー!』


との文字が、極太の毛筆で書かれている。


「三年生がんばってーっ!」


 女の子の黄色い声援も聞こえてきた。電話の向こうで月島さんが訊ねた。


「こんなもんでどうかな?」

「予想以上だよ。素晴らしい。無理言って悪かったね。狭間くんにも、よろしく言っておいてくれると助かる」

「ううん! みんな、こういうお祭りごと好きだから、張り切ってたよ。またなにかあったら、声をかけてね!」

「ありがとう。月島さんが友達でよかったよ」

「あうん・・・・・・みーとぅー」


 なぜ英語? 

 携帯電話をしまうと三年生と姫宮さんが集まって来た。三年生は姫宮さんと女子テニス部のおかげで、いい感じに体が温まったようだ。


「すごいね。これ君たちがやったの?」


 バスケ部三年生の一人、伊田先輩だ。


「はい。と言っても、お客さんを集めてくれたのは、姫宮さんと月島さんですがね」

「私はなにもしてないわよ。ただ試合に出るか訊かれたから、YESと答えただけ」

「姫宮さん。笑顔笑顔」

「・・・・・・ニコッ」


 引きつりながらも笑顔を作る姫宮さん。少し怖いが、遠目にはかわいい子の綺麗な笑顔だ。


「しかし、あの横断幕はちょっと恥ずかしくないか?」


 と大槻先輩。


「ああ、だってあれ作ったのって、俺たちじゃん」


 これは伊田先輩。


 その通り。なにを隠そう、あの横断幕を作ったのは、ここにいる三年生と、僕ら裏生徒会だ。完成したものを月島さんに頼んで、今日掲げてもらったに過ぎない。


「まあ、いいじゃないですか。せっかくの引退試合なんです。最後くらい派手に目立っても,罰は当たりませんよ。こういうのは楽しんだ者勝ちです。きっと横断幕を作ったのだって、数年後にはいい思い出になりますよ」

「そうかもな。しかしなんだよ『山野辺先輩おっきー!』って。そのまんまじゃないか」


 と言いながらも、笑顔の伊田先輩。


「仕方ないじゃないですか。それくらいしか思いつかなかったんですから」


 姫宮さんが心底無念そうに呟いた。


「ええ~。ちょっとそれはひどいよ~」


 山野辺先輩が泣きそうな声を出し、全員が弾けるように笑った。これ以上ない空気が出来上がっている。これなら試合もうまくいきそうだ。


 対する一・二年生はと言えば、一目でわかる。最悪だ。


 彼らはまだコートでウォーミングアップを続けていたが、まったく会話がないのでひどく静かだ。選手たちの顔も、ある者は無表情で、ある者はあからさまに顔をしかめていたりする。喧噪の中に、彼らの周囲だけ温度が低い。


 するとボールが転がって来た。拾い上げると、二年生の(さわ)井谷(いたに)くんがやって来た。次期部長に決定している,いじめの主犯格である。


 全員のプロフィールは頭に入っている。一八五センチ、七四キロ。ポジションはセンター。山野辺先輩と正面からぶつかる相手。


 ボールを渡すが、なぜか立ち去らずに観客席を見上げながら言った。


「これはお前の差し金か? 風間。お前バスケ辞めたんだろ。なのにこんなところまでしゃしゃり出てきやがって。そんなに目立ちたいのかよ」


 イライラを隠そうともしない。雰囲気に呑まれないよう気を張っている。


「まさか。僕一人ではここまで盛り上げることなんてできっこないよ。それより、僕のこと知っているのかい? 話すのは初めてだよね?」

「当たり前だろ。俺らの世代で千中の風間を知らないやつなんているかよ」

「それは光栄だね。今日はお互いに、いい試合をしよう――って言っても、主役は先輩たちだけど」

「負けるかよ。あんなやつらに」


 その台詞だけ、わざと先輩たちに聞こえるように言った。

 山野辺先輩の大きな体が凍り付くのがわかる。


 すかさず姫宮さんが口を挟んだ。


「なにか臭うと思ったら、悪評高いバスケ部二年じゃない。さすが、小物は言うことまで小物臭いわね」

「ああ⁉・・・・・・って、なんだ。女子かよ。あっち行ってな。人数合わせのマスコットはせいぜい怪我しないようにお手玉でもしてろ」

「今のうちに吠えておきなさい。私たちは依頼を完遂する。そのためにここにいる。吠え面を晒したくなかったら、今のうちに逃げることをおすすめするわ」

「んだとお! 依頼ってなんのことだよ!」

「私たちは山野辺先輩に頼まれたの。部の面汚しである二年生を完膚なきまでに叩きのめして欲しいってね。そのために人も集めた。大勢の前で恥を晒すがいいわ」


 姫宮さんが、例の不敵な笑みを浮かべた。沢井谷くんも彼女がなにを指しているのか理解したようだ。


 面食らいはしたものの、すぐに肉食獣のような顔で睨み付ける。


「・・・・・・上等だ。恥かくのはそっちだ。風間、覚悟しとけよ」

「え、僕なの?」

「姫宮は素人だって聞いた。なにより女子だ。そんなのに勝っても意味ないだろ」

「言ってくれるじゃない。これでもたくさん練習したのよ? 一週間も」


 これは事実だ。彼女はこの一週間、僕とバスケの練習をして腕を磨いたのだ。

 沢井谷くんが溜息。


「・・・・・・これだから素人は。やっぱり恥かくのはお前らだわ」

「いいや、そうはならないよ。沢井谷くん」


 上ずった声を発したのは山野辺先輩だった。見るも無残な、ぎこちない歩き方でこちらに来る。


「どういう意味スか、先輩」

「君たちを叩き潰すと言ったんだよ」

「引退する先輩が言う台詞じゃねえな」

「いいさ。どうせ今日で最後だ。最後にきっちりけじめをつける。――バスケ部を、潰す」

「・・・・・・マジで言ってんスか」

「ああ、本気だ。部長が率先していじめをするような部、なくなった方がいい」


 山野辺先輩の体が、一回りも二回りも大きく膨らんだ気がした。


 いいや、違う。今の彼こそが、本当の山野辺琢磨先輩なのだ。


「言っててくださいよ。どうせ俺ら勝ちますし」


 捨て台詞を残し、沢井谷くんは自陣のベンチへと戻って行った。


「先輩。やればできるじゃないですか」

「本当、僕感動しましたよ」


 僕と姫宮さんが山野辺先輩の体を叩きまくって誉め称えた。しかしなんの反応もしない山野辺先輩。


「どうかしたんですか?」

「足・・・・・・」

「足?」

「動かない。超怖かった・・・・・・」


 ・・・・・・さすがは山野辺先輩である。


 ともあれ準備は万端。お膳立てもバッチリ決まり、いよいよ試合開始である。

 なんとか動けるようになった山野辺先輩をベンチまで引きずり、最後の作戦タイムだ。


次回、無双!

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