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優等生は誰がために  作者: うえりん
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第七話 来客

裏生徒会にお客さんです。

 裏生徒会の第一の仕事は待つことである。


 そんな事実に気づいたのは、入会二日目である。

 考えてみれば当然だが、生徒たちにはそれぞれプライバシーというものが存在し、パーソナルゾーンに踏み込むには本人の承諾なしには不可能である。


 つまり生徒のお悩み相談を掲げる裏生徒会はどうしても受動的にならざるを得ず、悩める生徒がこの裏生徒会室を訪れるまではできることはほとんどないのだ。


 悩みを抱える生徒が現れるまでいかにして過ごすか模索する。

 それこそが我々が一番に解決すべき課題であると姫宮さんは語った。


 とはいえ、それはあくまで依頼がない場合の話であり、既に依頼を持ち掛けた当人である僕と、それを受諾した姫宮さんは全力でこの案件の解決に努めるべきなのだ。


 ――というように問題解決の催促をしたのであるが、返ってきた答えは「図書室に行きなさい」というものだった。


「図書室かい? なぜ?」

「決まっているじゃない。本を借りるためよ」


 ふんと鼻を鳴らし、電子端末から目を離そうともせず言い切るのは、裏生徒会が誇る我らが会長姫宮燈火さんである。


 長い黒髪に大きな目、華奢な体は深窓の令嬢を思わせるが、その実情緒不安定な普通の女の子である。


 姫宮さんは会話は終わりといわんばかりの態度でもって活字を追い始める。


 これはいけないと思い、質問を追加した。


「図書室で、なんの本を借りろと言うんだい?」

「それくらい自分で考えなさいよ」

「そう言われても・・・・・・」

「もう、しょうがないわね。なら、きちんと説明してあげる。まず初めに、あんたは恋がしたい。これはいいわね?」

「もちろんだ。僕は恋がしたい。もっとも、狭間くんが言うには恋とは落ちるものらしいけれど」

「おおう、ちょっとあいつマジキモイわね・・・・・・」

「だけれど、真実なのだろう?」

「あー、うん。多分・・・・・・。あいつのことは置いといて、恋をするには、なにより人と関わるのが最も大切なわけ」

「僕も同意見だよ。だから裏生徒会に入った・・・・・・ああ、なるほど。だから図書室か」

「あら、気づいたの?」

「恐らくね」

「へえ。言ってみて」

「恋をするためには人と関わるのが一番。この裏生徒会は、生徒との関わりを持つにはいい場所だ。だから僕も入った。しかし依頼がない限り、こちらから動くことはできないし、もちろん人と関わることもできない。そこで必要とされるのが暇つぶしの技術。読書はそれに最適だ。そして読む本を恋愛関係の指南書にでもすれば、暇をつぶせて恋についての知識も得られる。そしてそれらは、依頼者である僕自身が行うことになる。暇をつぶせて依頼内容の知識も得られ、かつ僕の依頼に応えられる、一石三鳥の作戦というわけだ。どう? 当たりかな?」

「ええ、大体そんなところね。やっぱり頭の回転が速い人と会話するのは、楽でいいわ。話が早く済むもの」

「それは恐縮だね。ところで、一ついいかい?」

「なにかしら?」

「読む本についてアドバイスが欲しい」

「ふむ。そのくらいの助言は依頼の範疇ね。いいわ。なら、これらの中から好きに選びなさい」


 姫宮さんは紙とペンを取り出すと、さらさらとなにやら書き込み差し出してきた。見れば、書籍と著者名が、ざっと一〇ほど並んでいる。


「私のおすすめよ。恋愛指南書ではないけれど」

「ありがとう。参考にするよ。姫宮さんも恋愛に関する本を読むんだね」

「別にそれだけってわけじゃないわ。ただ図書室にそういう本があったことを覚えていただけ。図書室の本は、ほとんど読んじゃったから」


 だから電子端末を持参しているのか。


「へえ。読書家なんだね」

「単に時間があっただけよ。一緒に遊ぶ友達もいなかったし。それと、その中にいわゆる指導本と呼ばれるものはないわよ」

「なぜだい? 恋を知るためには最適だろうに」

「いいえ、ああいった本に書かれているのは、いかにモテるかという方法よ。つまり、恋した相手をどうやって自分のものにするか。あんたの場合、その恋が知りたいのでしょう? まず前提からしてクリアできていないのよ。そこで、おすすめしたのが恋や愛を題材にした文学作品というわけ。とりあえずそのリストにある本を読んで、恋がどういった感情であるかを知りなさい」

「素晴らしい、素晴らしいよ! やはり君に相談してよかった! 僕には思いつきもしなかった! ありがとう! 本当にありがとう!」

「あー、はいはい。お礼はあんたが誰かに惚れたときにとっときなさい」


 と言って手を振る。さっさと行けと言いたいのだろう。

 礼を言う暇があるなら勉強しろと言うわけだ。


 僕は感動した。


「さすがは姫宮さん。君は狭間くんと同じくらい尊敬できる友達だよ」

「は? ちょっと待ちなさい。なんで私と狭間が同列なのよ」

「そんなに喜んでくれると僕も嬉しい。では行ってくるよ! 三〇分で戻る」

「いや違うからって待ちなさ――」


 やはり僕は人間関係に恵まれている。友達とは実にいいものだ。


 るんるん気分で図書室へと向かった。


 僕らが活動の拠点としている裏生徒会室は、特別棟と呼ばれる校舎に居を構えている。主に文科系の部活動が部室として使用しているので、たまにだが人とすれ違うこともある。階ごとに学年が分かれて設置されている本校舎と違い、すれ違う人には一年生と三年生も多く見受けられた。


 顔も知らない女子生徒たちとすれ違う度、僕の心はワクワクした。

 なにしろこの中に将来の恋の相手がいるかもしれないのだ。


 これがときめくという感覚だろうか。


 図書室は本校舎のはずれに位置し、特別棟からさほど遠くはない。この辺りは特別棟よりもさらに人気が少なかった。

 無理もない。放課後の教室に残っている生徒は稀だ。


「おや? なにやら不穏な空気」


 ふと校舎の外を見ると、建物の影に二人の生徒が立っているのが見えた。男子と女子のペアだが、思わずこんなことを口にしてしまうくらいに、なにやら妙な空気が流れている。


 あれは世にいうカップルとかアベックというやつに違いない。

 出歯亀の自覚はあったが、湧き出る好奇心には抗えず、ちょっとだけ覗き見してみた。


 二人は向かい合って話している。会話は聞こえないが、二人とも笑顔だ。


 しかし、その笑顔がひどく歪なのだ。


 まず女子生徒。頬が引きつり顔面は蒼白で、無理矢理作ったとわかりすぎる笑顔が痛々しくすらある。しかしそれを彼に悟られまいとしているのだろう。必死で口を動かしなにやら訴えかけている。


 次に男子生徒。こちらもおかしい。


 なぜなら、爽やかな笑顔を彼女に向けているのだから。


 少なくとも、彼らは人気のない校舎の片隅で密会を行うほど親密であるはずだ。僕ですら気づく彼女の引きつった笑顔に、不審を抱かないとは思えない。


 なのに、そんなものは目に入らないとばかりに、ニコニコと微笑みながら彼女の話を聞いているのだ。


 一体二人はどんな関係なのだろうか。

 あれも恋に含まれるのだろうか。


 そんなことを考えているうちに、彼が彼女の両手を握り、それを五秒ほど続けて二人は別れた。


 たたずむ彼女をその場に残し、彼は背を向け足早に歩き去ったのだ。二人ともやはり笑顔のままだった。


「ふむ。全然わからん」


 見る限り、彼女にやましい感情があり、それを彼は笑顔で許したといったところだろうか。

 しかし、どうにもしっくりこない。このもやもやは僕に恋の経験がないからか。


 そこまで考え、図書室へ行く途中であったことを思い出した。彼女は未だ佇み動こうとしない。


 彼の背はとうの昔に消えている。これ以上見ていても、なにも起こりはしないだろう。

 僕は姿を見られぬよう注意しながら彼女の死角に入り、改めて図書室を目指した。


      ○


「それは絵にかいたような痴情のもつれね」


 僕の話を聞き終えた姫宮さんは、やはり手元から目を上げずにそんなことを言った。


「どうしてわかるんだい? いや、二人の間に恋愛に関するなにかがあるのは理解しているのだけれど、なにがどうしてあんな歪んだ関係に発展したのか疑問なんだ」

「そんなものは私だって知ったこっちゃないわよ。でも、歪んだ関係っていうのは的を射ているわね。話を聞く限り、その二人の関係は最悪ね」

「というと?」

「どうせ彼氏の方が浮気をして、その現場をたまたま目撃した彼女が問い詰めたんでしょうよ」

「おお! 伝説の修羅場ってやつだね! さっき読んだ本にもあったよ。彼氏は死んだ」

「そこまで過激ではないでしょうけどね。その代り、校長の血液みたいに真っ黒ドロドロよ」

「姫宮さんは、校長先生に恨みでもあるのかい?」

「だってあいつ、話長いんだもん」


 確かに狭間くんや月島さんも、集会の後でいつも不満を口にしている。生徒を思い、ためになる話を懸命にしてくれていると思うのだが、二人に言わせれば、校長先生は自己満足のために二〇分も口を動かし続けているだけだという。


「校長先生はともかく。姫宮さんが言うように、彼が浮気をしているとしたら、おかしくないかい? だってやましいことを隠しているのは彼の方だろう? なんで彼女の方があんな顔をしなくちゃならないんだ」

「そこが女心の妙ってやつよ。彼女は不信感はあっても確信はないのよ。だからそれとなく聞き出そうとしたけど、彼は笑ってごまかした。彼女は疑いを拭いきれないのに、それ以上踏み込めない。なぜなら、これ以上踏み込めば、きっと彼の心は離れてしまうから」

「・・・・・・わからないよ。もうとっくに、彼の心は離れているだろうに」

「本心ではそうでしょうね。彼女も気づいてる。でもそれを認めることはできない。認めてしまえば、本当に二人の関係は終わってしまう。表面上だけでも、彼氏彼女でいたいのよ。きっと」

「それになんの意味があるんだい? 彼氏彼女というやつは、両者の思いが通じ合って形成される人間関係らしいけど」

「それは本に書いてあるだけでしょう? 現実の関係は、もっと複雑で醜く滑稽で、この上なく無様なものよ」

「あの二人も?」

「もちろん。考えてもみなさい。彼はとっくに彼女から興味を失っているにも関わらず、二人の関係をあいまいなまま放置して、へらへらと笑っている。彼女の方も彼の気持ちに気づいていながら自分を騙し、彼を繋ぎ止めようとしている。これ以上ないくらい醜く滑稽でしょう。無様としか言いようがないわ」

「そう、なのか・・・・・・」

「あんたがそんな顔をしたって仕方ないわよ。それに酷いことを言ったけど、それでも一つだけ尊敬に値するものを、彼女は持っているわ」

「それはなんだい?」

「彼を好きって気持ちよ。どんなに裏切られ、傷ついても、彼女は笑顔でいようと決めたのでしょうね。本当に彼を好きなのよ。救いはないけれど・・・・・・」

「・・・・・・ダメだ。理解が追いつかない」

「そりゃそうよ。それが恋だもの」


 姫宮さんのどこまでも無関心なその言葉に、僕はどう反応してよいかわからなかった。


 それが恋だと彼女は言った。

 それも恋ではなく、それが恋なのだと。


 だとすれば、恋とは盲目的に相手を信じる行為なのだろうか。

 それとも、真実から目を逸らしてでも相手を思うことこそが、恋と呼べるのだろうか。


 どちらも合っているように思えて、どちらも不正解な気がした。言葉にだけ目を向ければ、僕は近い経験をしたことがある。


 それは友達という関係だ。


 僕は友達を信頼している。友達の言うことならば、僕は無条件で受け入れる。

 しかし、それは相手の非に目をつぶり、それでも寄りかからなくてはならない関係ではない。


 自分という個を確立した上で手と手を取り合うのが友達であり、それをさせるのが友情だ。やはり恋とはまったく違う。


 気になることが頭に浮かんだ。


「姫宮さんは、恋をしたことがあるのかい?」

「昔ね」


 ひどく淡泊。その上無味乾燥な声音に、きっと彼女の恋は報われなかったのだろうと気づかされた。


「それは、無様だったのかい?」

「笑えるくらいにね」


 そう言う彼女は、本当に笑っていた。


 過去の自分を蔑んでいる様子は微塵もない。思えば、件のカップルについて酷評していたときでさえ、彼女は負の感情を見せはしなかった。


 恋は少女を大人にする。フィクションの世界の出来事だとばかり思っていたが、目の前に実例が存在したのだろうか。


 それを聞くには、僕はまだ幼過ぎる。

 目の前に積まれた本に目を向けた。


 姫宮さんがおすすめしてくれた恋の文学計一〇冊。これらを読めば、少しでも大人に近づけるのだろうか。

 恐らく無理だろう。恋に恋する少年は、現実に目覚めるまで子供のままだ。


「依頼、来ないね」

「来なくてもいいじゃない。それだけ悩んでいる人が少ないってことだもの」


 まったくだ。姫宮さんは大人だね。


 その言葉を僕は飲み込んだ。子供が偉そうに言う台詞ではないのだから。

 

 コンコン。扉がノックされた。


「どうぞ」


 姫宮さんが慣れた調子で入室をうながす。入ってきたのは短髪で背が高い男子生徒だった。上履きの色から一年生だとわかる。


「あのー、川村先生にここにくるように言われたんスけど」


 初めての依頼人である。言った側から現れるとは、この世界はよくできている。


「そう、掛けてちょうだい」


 姫宮さんが空いた椅子を示し、男子生徒はそれに従い緊張気味に席に着いた。


「あのー、もしかして二年の姫宮先輩と風間先輩ッスか?」

「そうだけど、それがどうかしたかしら?」


 すると男子生徒がパッと表情を輝かせ、満面の笑みを浮かべた。


 それまではどこかふてぶてしい態度があったのだが、その笑顔は年相応の少年のものだった。


「やっぱりッスか! 俺、一年の()()(ぬま)進士(しんじ)っていいます! 二人の大ファンなんスよ!」


次回、姫宮さんが少し優しい?

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