第四十九話 風間くんと月島さん
風間くんの恋は、はたして進展するのか。
ゴールデンウィークが終わると同時に定期考査が始まる。
狭間くんを始めとしたクラスメイトたちは日程を消化する度に一喜一憂し、それぞれの戦果を報告し合っていた。
僕は元々勉強に興味がないので適当に答案を埋めて行ったが、終わってみれば総合一位を獲得していた。
同率一位で姫宮さんの名前もあった。
彼女なら単独トップをとれると思っていたのだが、どうやら僕らは二人そろって満点を獲得したらしい。要はテストが簡単だったということなので、今回の結果はさほど気にするようなことでもない。
裏生徒会の活動はテスト期間終了と同時に再開された。
と言っても、日々の放課後を読書かネットサーフィンに費やす程度の日常が戻って来ただけである。
「姫宮さん」
「なにかしら」
「僕の恋は一体どうなるんだろうか」
「さあ? 始まりもせず終わるんじゃない? あなたの死という結末で」
「・・・・・・ないと言い切れないところが怖いな」
しかし本当にどうしたものか。この一月の間に、僕は様々な恋の形を目にしてきた。
狭間くんに感銘を受けたあの日、恋とは素敵なものだと思った僕だが、様々な経験を通しその態様がときに醜く、ときに美しく変わるのを目の当たりにし、考えを改めずにはいられなかった。
恋とはなにか。人を好きになることだろうか。疑問は解けない。
姫宮さんに目を向ける。西日を浴びて輝く横顔はとても美しい。
僕は彼女が好きだ。
ならばこれが恋かと訊かれれば、それは否だろう。異性を好きになることが、すべて恋とは限らない。
しかし、違うとも言えないのではないか。
好きな人と一緒にいたい。
好きな人に喜んで欲しい。
好きな人に笑顔でいて欲しい。
好きな人に笑顔を向けて欲しい。
それらすべてが合わさった感情が、恋ではないだろうか。
「姫宮さん」
「なによ。さっきから」
「うん。実は――」
コンコン。ノックの音。
僕らは反射的に扉に目を向けた。姫宮さんが電子端末を机に置き、「どうぞ」と透き通った声をかけた。
久しぶりに聞くその言葉に、なぜかほっとした。
「こんにちは。二人とも元気に活動してる?」
雫だった。笑顔で手を振り入ってきた。
「姫宮さん久しぶり。誕生日、ありがとね。私すっごく楽しかった。遊び過ぎて疲れて寝るのなんて、初めてだったよ!」
「ええ、そう。それはよかったわ・・・・・・」
あの日、熱くなり過ぎた雫はDVDの二周目を半分ほど過ぎたところで気を失った。無理もない。下着姿となった彼女の汗と体温で室内はサウナ状態だった。
そんな中、何時間も叫び続けていれば気だって失う。正直言って命拾いした気分だ。いかに体力に自信があるとはいえ、あれは間違いなく命を危ぶむ恐怖体験だった。
「それで、私考えたんだけど。私も裏生徒会に入れてくれないかな?」
「あなたが? でも、テニス部もあるでしょう」
「うん。兼部は禁止されてるけど、ここって非公式な集まりなんでしょ? 大会が終われば普段通りの練習しかしてないから、二人の手伝いくらいできると思うんだ。どうかな?」
僕と姫宮さんはアイコンタクトをした。雫が膨れっ面をしたがなぜだろう?
しばしの黙考の末、姫宮さんは口を開いた。
「申し出はありがたいけれど、それはおすすめできないわ」
「ええ! なんで⁉ 私頑張るよ!」
「もちろんあなたなら真面目に依頼に取り組み、解決に尽力してくれると思っているわ」
「なら!」
「いいえ、ダメなの。確かに裏生徒会の活動はさほど大変じゃない。でもそれは、あくまで依頼が来るまでの間だけ。一度問題解決に乗り出せば、私たちは放課後だけでなく、学校にいる間も家に帰ってからも、依頼に掛かり切りにならざるを得ないことだってあるわ」
「大丈夫! 私頑張るから! 二人の役に立ちたいの! 彩奈のときのお礼だってまだできてないし。それに普通の部活だって、裏生徒会と同じくらい大変だよ? 私はそれでも続けて来たんだから」
「そう。それが問題なのよ」
「どういう意味?」
「裏生徒会の仕事は、依頼があれば部活動と同程度の負担が生じる。つまり、あなたが裏生徒会に入るということは、学業とテニス部。そして裏生徒会の活動を掛け持つことになる。あなたが努力家なのは知っているけれど、それでもどれか一つは必ず支障を来すでしょう。そうなれば本末転倒。そんな危険を冒させるわけにはいかないわ」
「うぅ~・・・・・・でもぉ」
「わかってちょうだい。あなたには今のままでいて欲しいの。だって・・・・・・と、友達・・・・・・だから」
「姫のん・・・・・・」
「月し・・・・・・ちょっと待ってそれ私のこと?」
「誠二も同じ考えなの?」
「うん。申し出は素直に嬉しいけれど、やはり雫にはテニスを続けて欲しいんだ。今が一番いい状態なら、無理をする必要はない。僕らは二人でもなんとかやっていけるから」
「なんだか寂しいよ・・・・・・私も二人や困っている人の役に立ちたかった・・・・・・」
と言ってしょんぼりしてしまった。そんな雫に僕の考えを提案した。
「なら、外部協力者ってことで手を打たない?」
「外部協力者?」
「そう。バスケ部のときも松代さんのときも、雫に協力してもらったからこそ依頼を完遂できた。本当に感謝しているんだ。だから、もしよかったら、また頼りにさせてもらえないだろうか」
「誠二・・・・・・!」
「姫宮さんも、どうかな? これなら雫の負担も少ないし、彼女の希望も叶えられる」
「そう・・・・・・ね。月島さんがよければ、だけど。また頼らせてもらってもいいかしら?」
雫が姫宮さんに抱きついた。
「いい! いいに決まってるよ! なんでも言ってね!」
「つ、月島さん、抱きつかないで・・・・・・」
珍しい。姫宮さんが照れている。というか、雫の前では猫かぶるよね君。
「やったー! これで私も二人の仲間だね」
「ええ。よろしくお願い。月島さん」
「もう! 雫って呼んでよ」
「し、しず・・・・・・月島さん」
「えー。つまんなーい」
姫宮さんが一つ咳払い。
「それよりいいのかしら? テニス部の方は。今日から活動再開よね?」
「いっけない! じゃあね二人とも! また明日」
「ええ、さようなら」
「また明日。雫」
「えへへ~。二人とも、熱くなれよー!」
「・・・・・・」
雫はなぞの掛け声を残し去って行った。とりあえず触れずにおこう。
やれやれ。あの熱気にはほとほと参る。そう思っていると姫宮さんが話しかけて来た。
「あなた、なかなかやるわね」
「なんのことだい?」
「とぼけちゃって。あの子を裏生徒会に入れずに、都合のいいときだけ利用するなんて、ひどい男よ。天然ジゴロの名は伊達じゃないわ」
「誤解だよ。僕は裏生徒会と雫の両方にとってベストな選択を提示しただけだ。WIN‐WINな関係の構築だね。彼女も納得してくれた。特別顧問なんて位置づけで飼い殺しにされている僕とは大違いだ。それと僕はジゴロじゃない」
「ま。彼女の人望は頼りになるし、本人が納得しているからよしとするわ。――でも、逃げ続けるのはダメよ」
「あれ? バレてた?」
「当たり前じゃない。あなた、月島さんを女の子として意識しているでしょう」
その通りだった。僕は彼女を恋愛の対象として見ている。まだ、恋には至ってはいないけれど、これからともに過ごす時間が増えると、僕はいつ恋に落ちるかわからない。雫はそれだけ魅力的な女の子なのだ。
「彼女は多分、誰もが恋する女の子。なんだと思う」
あと二回です。




