第四十六話 誕生会②
風間くんは張り切っています。
このときをどんなに待ち望んだことか。
雫が死んだ魚みたいに濁り切った目をしていたので、期待してくれとの思いを込めて、微笑んでおいた。
「安心して月島さん。今年は、今年こそは大丈夫だから。理由は言えないけど、私が保証する。悪夢はもう終わったの」
「うん。大丈夫。自分慣れてますんで」
「・・・・・・これはダメね。風間。さっさとプレゼントを出しなさい」
「わかっているさ。君もせっかちだなあ。――では改めて。雫、誕生日おめでとう。今年もまた一緒にこの日を迎えられたことが、僕はとても嬉しいよ。さあ、プレゼントを受け取っておくれ。君を思い、僕が選んだものだ。きっと喜んでくれると思う」
「あ。どうも」
反応が薄い。
照れているのだろう。彼女は毎年こんな感じだった。
「ホント、言うことだけはもっともらしいのよね」
「はい、兄さんは期待させておいてから落とすのが得意なんです」
「わかるわー。最低よね」
「ありえませんね」
「君たち仲いいね」
なんてことを言っている間に雫は震える手で包みを開け終えた。僕が選んだパスケースを手に取りしげしげと眺めている。
「これって・・・・・・?」
「パスケースだ」
「え? ホントにこれ、誠二が選んだの? 実は人の皮でできてるとかじゃないよね?」
「はっはっは! 雫のジョークはなかなかグロイなあ。心配しなくとも、人の皮も骨も髪も使われてはいないさ」
「じゃあ、本当に・・・・・・?」
雫がパスケースを胸に抱き、ぽろぽろと泣き出してしまった。
「お、おいどうしたんだい? やっぱり今年もダメだった?」
「ううん。私、嬉しくて。プレゼントをもらい続けて一〇年・・・・・・やっとまともなものを贈れるようになったんだね。よかったね誠二。おめでとう!」
「そ、そうか・・・・・・? なんで僕がお祝いされているんだ?」
「無理もありません。これまでの兄さんの所業を考えたら、月島さんの気苦労は計り知れないものがあったでしょう。それが、それが・・・・・・ようやく、報われたのです・・・・・・あらやだ。乙女まで目から心の汗が・・・・・・」
「ありがとう。大事にするね? だってこれはただの誕生日プレゼントじゃない。誠二が成長した証なんだもん! もう、実物大ゲルニカの置き場所を考えたり、物置に太陽の塔を詰め込まなくていいだね!」
「あんたそんなものまであげてたの」
「小学生の頃にちょっと芸術品のコピーにはまった時期があってね。それで――」
「いいえ、もういいわ。もう、わかったから」
姫宮さんはそう言ってうなずくと、ぽんぽんと僕の肩を叩いた。
「さて、最後は乙女ちゃんね」
「いいや、ちょっと待ってほしい。実はまだ終わりじゃないんだ」
空気が・・・・・・凍った?
「なん・・・・・・だと?」
愕然とする姫宮さん。
「ああ、やっぱり・・・・・・」
納得と諦めの表情の乙女。
「物置はもう一杯だから、押入れしかないか。またママに怒られる」
雫はなぜか収納スペースの心配をしている。
「おいおい、なにを暗い顔をしているんだ。きっと雫も喜んでくれるさ!」
「風間、考え直して。彼女はもう満足しているの。これ以上は欲張りというものよ」
「そうです兄さん。考えを改めてください。それは乙女が責任を持って処分します」
「いいの、二人とも。誠二は私のためを思って言ってくれてるから、うん。大丈夫。私は平気。こういうの慣れてマスカラー」
「そろいもそろって失礼だな。なにをそんなに恐れることがあるのか」
「むしろなんでそんなに自信満々なのよあんたは」
「無論、心を込めて選んだものだからさ! さあ、雫。ちょっとパスケースを出してくれるかい?」
「?」
雫がきょとんとしながらも、パスケースを掲げた。
次回、月島さん号泣。




