第四十話 家族
姫宮さん、絶好調!
第一声がこれである。
しかも、もしかして僕に向かって言っているのではないか?
「あんたなに悠長に話なんかしてるのよ。一言『死ね』でいいじゃない。どんだけ自慢話したいのよ。ていうか、私も知らないことがいくつかあったんだけど?」
「僕は悪くない。情報収集を怠った君が悪い」
「うるっさい! こっちは馬鹿な姉の相手で忙しかったの! まったく、なんであんな無駄な時間を過ごしたのかしら。あ。ちょうど無能な姉がいるじゃない。あんた邪魔だから自殺しなさい。家に火をつけて焼死がおすすめよ。一家全員巻き込んでね」
「それだと使用人さんまで巻き添えだよ」
「なら、車で海にダイヴね。苦しんで死になさい」
「あなた、なんてことを言うの! 実の姉に向かって・・・・・・。それに、どうしてあなたがここにいるの! だってあなたは――」
「風間と入れ違いになったはずだって? でたらめな道を走らせて、結局間に合わなかったから別の車に迎えに行かせたってことにしようとした? あんたどんだけ馬鹿なのよ。この世には携帯電話という便利なものがあるのよ? 電話すれば一発じゃない」
「でも、電話なんていつ・・・・・・」
お姉さんが僕を見つめた。
彼女はお目付け役だ。仕方ないのでネタバラシしてあげよう。
僕はポケットから携帯電話を取り出した。はっきりと『通話中』の文字が映っている。
「実は、車に乗る前から電話繋がってました~。全部丸聞こえで~す」
「・・・・・・」
おどけて言ってみたが、反応はイマイチである。僕はおずおずと携帯電話をしまった。
「その通話を聞いて、私は車を降りてここに来たってわけ。運転手には悪いけど、コンビニの駐車場で今も待ちぼうけよ。ていうか姉さん? あんたなに高校生誘惑してんのよ。しかも失敗してるし。みっともない(笑)」
お姉さんの顔が、熟れ過ぎたトマトのようになった。
「どうして、こんな」
「それはこっちの台詞。なに人がいないところで勝手に話進めてんのよ」
「いいえ、それは違います。私は最初から、風間さんにお話があると言いました」
「あらそう。では、もう話も終わったことだし帰ってもらってもいいわよね? 私も行くわ。さようなら」
と言って出て行こうとする姫宮さん。
僕もお茶を飲み干し立ちあがった。
すごく、めちゃくちゃ、超美味しい。おかわりをもらえばよかった。
「待ちなさい。あなたはこの家を背負って立つ人なのですよ。そんな勝手は許しません」
「こっちこそ、そんなことを勝手に言われても困るわ。それに、長女さまがそこにいるじゃない。その人に跡を継がせればいいでしょ?」
「なにを言っているの! 杏南なんて・・・・・・」
「お母さん・・・・・・?」
親子が見つめ合った。娘の瞳に絶望が宿る。
「わかったみたいね。姉さん、あなた、母さんには期待されていると思ってたみたいだけど、それ間違ってるわよ。ただ適当に甘やかしていただけ。出来の悪い子ほどかわいいとはよく言ったものね。でもそれだけ。あなたはこの人に、多分人間扱いすらされてないわよ? せいぜい頭の悪い犬程度がいいところね。ペットよペット。その人が本当に期待して、この家や会社の跡を継がせようとしていたのはこの私。あなたはせいぜい、適当に選んだ有力者の息子でもあてがわれて、出来の悪い子供でも生ませてお払い箱だったのよ。念願の引きこもり生活よ? おめでとう」
「燈火!」
母が絶叫した。初めて下の娘を名前で呼んだ瞬間だった。
「お母さん、本当なの・・・・・・?」
「・・・・・・・」
なにも答えない母を見て、お姉さんは泣き出した。子供のように喚くことはなく、ただ嗚咽を漏らし、ひたすら涙を流すのだ。
「不憫な人よね。妹には負け続け、信じた母には裏切られ、長年嫉妬と焦燥に塗れて生きて来たんですもの。でも、それも終わりよ。私は家を出る。この家の後継者をあなたは産むの。それで全部終わり。この家も財産も、全てあなたのものになる」
「・・・・・・いらない。そんなものいらない・・・・・・」
「欲しい欲しくないに関わらず、あなたはそれを引き継がなくてはならない。陰で妹の代わりと罵られ、政略結婚の餌食になっても、あなたは逃げ出すことなんてできやしない・・・・・・私がそうだったようにね」
「いや、いや・・・・・・!」
「杏南・・・・・・! 燈火、もうやめなさい! この子はあなたのように強くないのよ!」
お母さんの言葉に、姫宮さんが拳を握った。表情に憎しみが宿った。
私だって強くない。私だってあなたに甘えたかった。優しい姉さんと笑いながら話をしたかった。それをさせず。期待だけ背負わされ、どれだけ辛い思いをしたと思っている。
――そう、彼女の震える背中は叫んでいるように見えた。
しかしそれも一瞬で、怒りも悲しみもない、諦めと無関心が彼女を支配する。
母からぶつけられる生まれて初めての激情も、虚栄を張り続けた姉の涙も、彼女の心を動かすことはできない。それほどまでに、姫宮さんは追い詰められていたのだ。
何年も何年も、誰にも言えぬまま、恋と言う名の希望にすがり、彼女は耐え続けた。
それが今、終わるのだ。
「・・・・・・知ってるわ。だから事実を突きつけ追い詰めたの。私、いらないのよ。あんたたちのこと。ホント、邪魔なの。あなたは私を諦めきれないみたいだけど、勘弁して欲しいわ。姉さんの手前そうせざるを得なかったとしても、散々見て見ぬふりしといて、都合のいいときだけ母親面して期待背負わせないでよ。でも、さすがに姉さんを自殺に追いやれば、私に付きまとうのもやめてくれるわよね?」
「燈火・・・・・・あなた、なにを言っているの・・・・・・?」
「これから言うのよ」
そう言うと、姫宮さんは呆然と涙を流す姉にかがみこんだ。どちらも無表情に近い。
(――似ている)
その時初めて、二人が血の繋がった姉妹なのだと実感した。
次回、主人公二人の言動に不快感を感じるかもしれません。
まあ、既にかなりアレなこと言ってるんで、これまで読んでくれた方は平気かもしれませんが、一応念のためということで。




