第三十八話 誘惑
短いです。
「どうしても母が会いたいと言ってね。あれでも一応母親だから、娘が心配なのよ」
「そうでしょう。特に姫宮さんは美人ですから」
「名字で呼ぶのは紛らわしいわね。私のことは杏南でいいわ」
「照れくさいですね。お姉さんではどうでしょう?」
「あら。あなた燈火ちゃんと結婚するつもりかしら?」
「ご想像にお任せしますよ」
お姉さんの表情が不機嫌に歪む。
しかしそれは一瞬のことであり、ふわりと微笑むと体を寄せてきた。今日は薄く化粧をしている。甘い香水の匂いも漂ってきた。
「・・・・・・ねえ、あなた燈火ちゃんのどこが好き?」
「あんなに綺麗な子を好きにならない理由はないでしょう」
「ふーん。でも、あの子初心だから。きちんと恋愛できるか心配なのよね」
「見守ってあげればいいのでは?」
「もちろんそうするわ。でも、いざとなったらあなたがリードしてあげてね?」
「善処します」
「ダメ。ちゃんと約束して」
「そう言われても・・・・・・」
「なら、私で練習してみない?」
「・・・・・・どういう意味ですか?」
「わかるでしょう。こういうことよ」
お姉さんが顔を寄せる。寸でのところで唇をかわした。
「あら。怖いの?」
「いいえ。ただ、こういうことはちょっと・・・・・・お話しだったら歓迎なんですが」
「誰も見てはいないわ。声も外には漏れない。誰も気づかないわ」
僕は苦笑した。
「いえいえ、そうではなくて。正直、あなたのような人とそういうことをするのは、勘弁して欲しいのですよ。はっきり言って魅力がない。妹さんはあんなに美人なのに、どうしてこうなったのか。ちょっと同情しますね」
と言って、肩をすくめて見せた。
お姉さんが般若のような顔をした。
「失礼なガキね。年上に対する礼儀も知らないのかしら」
「年上だけでは、尊敬に値しませんよ。その理屈だと、犯罪者も尊敬の対象になってしまう」
「屁理屈ね。そんなつまらないことしか言えないの」
「妹の男に。しかも高校生に手を出そうとする女性よりは、理性的ですよ」
「・・・・・・お母さんに言いつけてやるんだから」
そう呟いたきり、会話が途切れた。
捨て台詞まで幼稚だと内心呆れたが、せっかくの高級車を満喫したいので、なにも言わずにおいた。
大人の女性を気取ろうとするお姉さんなのでした。




