第三十七話 お迎えは高級車
一度は乗ってみたいなあ、高級車。
運命の土曜日。天気は快晴。絶好の喧嘩日和である。
既に準備を整えた僕は、リビングのソファで寛いでいた。携帯電話を操作していると、するすると独特の足音が聞こえた。
「兄さん。今日も今日とて機嫌がよろしいようね」
乙女が隣にやって来た。手には黒々とした機関車の模型を持っている。Nゲージ 2027 C50の記念モデルだ。
普段はショウケースに入れて飾っているものだが、最近はことあるごとに手に取っては撫でさすっているのだ。そうしていると心が落ち着くのだとか。
「兄さん、今日はどこにお出かけですか?」
声が不安だと言っていた。
慕ってくれるのは嬉しいが、そろそろ兄離れをしてもいい頃合いだろうに・・・・・・それは僕にも言えますね、はい。
「前にも言っただろう。姫宮さんの家だよ」
「そう・・・・・・ですか」
「どうしたんだい? 兄に言ってごらん? それとも言いたくないかい?」
「・・・・・・兄さんとその方は、お付き合いなさっているのね」
「いや? 友達だけど」
「嘘です! 単なる友達を親に引き合わせなどしません! しかも年頃の女子! 結納でもなさるつもりですか!」
「大げさだなあ。それに、そんなにおめでたいことのために行くのではないよ。どちらかと言えば悪い」
「? 乙女はわかりません」
「話して聞かせる内容ではないからね、察しておくれ。だが強いて言えば、僕は今日、喧嘩をしに行くんだ」
「まあ! 一大事ではありませんか! なぜ早くに言わないの!」
「心配させたくなかったからね」
「ああもう! 兄さんたら・・・・・・ああもう!」
乙女はそう叫ぶと、立ち上がってどこかへ行ってしまった。
次に戻って来たときには、その手に真っ黒な木刀を携えていた。初詣に行った神社で、なぜか乙女が欲しがり購入した土産物だ。
「安物ですが、ないよりはマシでしょう。乙女の念も込めました」
「いや、喧嘩と言っても、そういうのじゃないんだが・・・・・・」
そのとき、玄関の呼び鈴が鳴った。お迎えが来たらしい。
「では乙女。行ってくるよ」
「兄さん・・・・・・武運をお祈りしています。どうか姫宮さんを討ち取ってください」
「だから違うって」
木刀を胸に抱える乙女を残していくのは不安だったが、一緒に連れて行くことはさすがにできない。涙を呑んで玄関を開けると、そこには運転手さんと思しき初老の男性が立っていた。
皺一つない黒い制服を着こなし、胸に帽子を当てお辞儀する。
「風間誠二さまですね。お迎えに上がりました。本日はよろしくお願いします」
「ご丁寧な挨拶痛み入ります。僕が風間誠二です。後ろにいるのは妹の乙女です」
「妹さま。はて?」
振り返ると、そこに乙女の姿はなかった。
「・・・・・・すみません、人見知りなもので」
「とんでもございません。では、参りましょう。杏南お嬢さまがお待ちです」
運転手さんについていくと、マンションを出たところに黒塗りの高級車が待っていた。ボンネットに金の天使っぽい飾りまでついている。
ドアを開けてくれ、礼を言って乗り込むと、そこには姫宮さんのお姉さんである杏南さんがいた。
「ごきげんよう。今日は急な申し出なのに、ごめんなさいね」
「いいえ。こんな豪華なお迎えをしていただいて、光栄ですよ」
「そう。出して」
さすがは高級車。エンジン音は静かで、振動はまったくと言っていいほど感じない。座席もふかふかだ。しかも広い車内にはテレビに冷蔵庫まで完備している。運転席とは完全に独立しており、プライバシーも守られる。運転席への連絡は車内電話を使うようだ。
次回、風間くんが大人の階段を上る・・・⁉




