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優等生は誰がために  作者: うえりん
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第三十五話 先生②

先生って大変な職業ですよね。

 思っていたよりも、早い申し出だった。姫宮さんの元に、母親から連絡があったのだ。


「この前の非礼を詫びたいので、一度家に来ていただきなさい」


 とのことらしい。

 計画通り(悪人面でニヤリ)だ。


 ショッピングモールでの邂逅に際し、僕はお姉さんをできる限り挑発した。あの人の性格は知らないが、執念深そうな顔をしていた。やられたらやり返さなくては気が済まないだろうと踏んだまでである。


 あれから親に泣き付いて、僕への復讐を頼んだに違いない。予想は見事的中したというわけだ。


「やっと来たわね。どうする? 次の土曜なんだけど」

「いいよ」

「では、午前中に集合ね」

「ふむ。さっさと僕を排除して、君で遊びたいってことかな? お姉さんが」

「とっとと終わらせて、面倒な姉さんを静かにさせたいんじゃないの? 母さんが」


 結局どっちでもいいと結論し、僕らはそろって紅茶をすすった。やはり紅茶の味は姫宮さんにはかなわない。


「それで、どんなことをしてくるかな? 結構わくわくしてるんだ」

「大したことはしないでしょう。あの人たちは馬鹿なのよ? せいぜい娘に近づくなと言う程度じゃない?」

「そうか・・・・・・娘はやらん! ってちゃぶ台ひっくり返されたりはしないのか・・・・・・」

「ちゃぶ台なんて家にないわよ。それより、無理難題吹っ掛けられたらどうするつもり? その場で対処可能とは限らないわよ」

「別に僕はなにもしなくてもいいじゃないか。君がただ、『あなた方とはもう会いません。さいなら!』って言えば済むんだから」

「それじゃつまらないじゃない!」


 なん・・・・・・だと? 目的が変わっている・・・・・・⁉


「私は、あのゴミどもに復讐がしたいの。だから、一応彼氏ってことになってるあんたには、ちゃんとしてもらわなくては困るの。私が。その辺きちんと理解してる?」

「初耳だ! そんじゃ僕が下手こいたらどうするつもりだ!」

「そのときは泣きじゃくるあんたを見下ろしながら『こんなやつはどうでもいいんだけど、とりあえずあんたらとはもう会わないから。さよなら』って言うに決まってるじゃない」

「それ僕いらないよね? もう不参加でいいよね?」

「馬鹿言わないで。たかが男一人引っ張ってこれないなんて思われたら、足元見られるじゃない。観念しなさい」


 あまりの傍若無人な物言いに反論したいが、聞こえてきたノックの音に黙らざるを得なかった。


 姫宮さんが上機嫌に、どうぞ~と応えた。なんて性格をしているのだろう。


「よう。やってるか?」


 教師っぽくない言葉を発しながら顔を出したのは、川村先生だった。


「こんにちは川村先生。もしや親から連絡がいきましたか?」

「うむ。君らの言っていた通り、風間について訊かれたよ。もっとも、出向いたのは杏南だったが」


 川村先生には、事前にこういった事態が起こりうると説明していた。


「お姉さんと知り合いなんですか?」

「ここの卒業生さ。もっとも、あまり目立たない生徒だったがね。姫宮の姉だと聞いて、ようやく思い出したくらいだ」

「そうでしょうね。姉さんは引っ込み思案だから。でも、今日はあの人なりにがんばったみたいですね?」

「ああ。さっきまで応接室にいたよ。風間の担任と話がしたいと言ってきてな。私も同席させてもらった」

「なにを訊かれました?」

「風間の成績や素行についてだな。ありゃ粗探しだよ。うちの妹が不純異性交遊をしているようだ。どこの馬の骨とも知れない相手では心配だから、そいつのことを教えろってな。聞いているこっちの気分が悪くなる。だが相手が悪いな。風間は非常に優秀な生徒だと言ってやった」

「日頃の行いってやつですね」

「自分で言うんじゃない。その通りではあるがね。頼まれていた通り、余計なことは一切もらしていないぞ。それで? なぜこんなことになっているか説明してもらおうか。こっちは口止めの約束を破って君らに協力しているんだ。それくらいはかまわないよな?」


 僕らは笑顔で応じ、休日での出来事と姫宮さんの決意を語った。


 川村先生の顔がどんどん曇る。


 無理もない。教師として見過ごせることではない。


「本気なのか。この先、進学や就職で不利になるぞ」

「多分平気でしょう。私は既に特許と印税でそれなりに稼いでいます。そう言えば、この前小説の新人賞もらったんです。三度目のプロデビューです」

「うむ。風間は姫宮に協力するんだな? その先のことを考えているか?」

「その先と言うと、結婚ですか?」

「ぐっ・・・・・・! まあ、そうだ。親と決別した人間を嫁にする、大らかな人物がいるとは限らない。その場合、君が結婚して責任をとるか?」

「それは卑怯な質問ですね。答えられるわけがない。彼女自身が解決すべき問題です」

「ならば、君は責任をとらないと言うのだな?」

「とれないのです。婚姻だけなら届け出一つで可能ですが、そういうことを言っているのではないですよね? それに、この世には離れていた方が幸せな家族関係が存在します」

「君らはまだわからないだろうが、家族は大切だ」

「先生は知らないでしょうが、子を邪魔だと思う親が、この世にはいます。ソースは僕」

「姫宮についても、同じことが言えると?」

「逆ですね。親を邪魔だと彼女は思っている。姉からは虐待され、親からは無視された結果です。もっとも、親の方は彼女に甘えていると言った方が、正しいですが」

「それは君の主観だろう」

「いいえ、私自身もそう感じています。あの人たちとは、暮らしていけません。それで家も出ました」

「しかしだなあ・・・・・・」

「川村先生の立場はわかります。安易に同意など、できはしないでしょう。先生から見れば、僕らはまだ子供だ。子供を導くのが教師の役目だ。しかし、ここで僕らが意見を変えても状況は悪化するだけです。姫宮さんに、つらい現実に耐え続けろと言うのですか?」

「そうは言っていない。だが、安易に絶縁などして、後で後悔するのではないかと考えるのは当然だろう」

「はい。その通りだと思います」

「ならば、一度頭を冷やしたまえ」

「先生こそ、私たちの意見を聞いてください。絶縁と先生は言いましたが、なにも法律上の親子関係を解消しようというのではありません。例え互いに不干渉を貫いたとしても、親族という立場は民法によって守られています。言うなれば、これは自立なのです。親元を離れ、互いが冷静に関係を見直すため、距離と時間を置く。そしてそれは、今私がおかれている状況と変わりがない」


 これは先生を納得させるための方便だ。僕らはあの人たちを、できる限り追い込み、できれば自殺させようとしている。


 まあ、そんなことは言わなければわからない。


次回、涙の宣言。

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