第三十二話 初デートはなんの味?
初デートの思い出は・・・・・・思い出したくないですね。
「お母さん!」
途端にお姉さんが駆け出した。
みっともないと誰もが思うほどに、その姿は幼稚な子供そのままだった。
母親に縋りつきながら喚く。
「あの男、ひどいのよ! 燈火ちゃんの彼氏かなにか知らないけど、私を警察に突き出すと言うの! 私を馬鹿にするのよ!」
「・・・・・・あなたは? 私は姫宮灯。二人の母親です」
「初めまして。風間誠二です。娘さんの友達です」
「そう。風間さん。娘がご迷惑をおかけしたようね。詳しくお話を聞きたいところだけど、この場では無理でしょう」
視線が姫宮さんの頬を捉えた。
とっさに顔を伏せたが、傷を見たはずだ。
「久しぶりね」
「・・・・・・ご無沙汰しております」
「この子になにかされたの?」
「お母さん!」
お姉さんが叫ぶが取り合わない。
「いいえ。なにもありませんでした。挨拶をしただけです」
「そう、では問題ないわね。行きましょうか」
「そんな、お母さん! あの男を放っておくの⁉」
パンッ。母の手が娘の頬を打った。
「初対面の方に失礼ですよ。それでも私の娘ですか」
「・・・・・・ごめんなさい」
「行きましょう。風間さん、その子をお願いします」
と言って、歩き出す。しかしお姉さんがその場を動こうとしないので、その手をとって引きずるようにその場を離れた。
途中、お姉さんが振り返り、にやりと厭らしい笑みを浮かべた。
「僕らも、行こう」
平手打ちが飛んできた。
そんなものを喰らってやる必要はない。片手で防いだ。
「傷の手当てをしなきゃ」
「・・・・・・いいえ、今日はもう帰るわ。デートも終わり。ここで別れましょう」
「・・・・・・明日、裏生徒会室で待ってる」
「・・・・・・」
返事をすることなく、姫宮さんは母と姉とは逆方向に歩き出した。
周囲の野次馬たちも、徐々に動き始める。流れ行く人ごみの中、僕は動かず姫宮さんの背を見つめていた。
ピンと背筋を伸ばし、真っ直ぐ前を見て歩く女の子。
小さな背中に背負うものを、僕は初めて垣間見た。
優しすぎるがために自分を傷つけ他者を守る強者。
松代さんの依頼のとき、なぜあそこまで必死になって彼女を守ろうとしたのか、わかった気がした。
人がどん底まで落ちるとどうなるか。それを間近で見続けた彼女は恐れたのだ。
松代さんがそうなることを。そうなった彼女を見て、僕が傷つくことを。
あのときは出会って間もなかった。
しかしその後は――今は違うだろう。
その上で、まだ僕を排斥しようというのなら、僕はその逆を行くまでだ。僕はそのために君の隣にいるのだから。
「ふざけるな」
僕は怒っている。
僕と君は友達じゃなかったのか。僕と君とは対等だ。この僕を、下に見るな。君の友達を名乗る男を見下すな。
――いいや、正確には違うのかもしれない。僕が勝手に友達宣言しているだけだ。
「あれ? くそっ」
どうにも視界が揺れると思ったら、僕は泣いていたらしい。
なんてことだ。初デートの思い出は先に女の子に帰られ、一人立ち保うけて泣いたこととなってしまった。
・・・・・・さて。ここからが正念場だ。
もう逃げられないのは、姫宮さんもわかっている。逃げられないのは、僕とお姉さんだけどね。
とにかく、できることはやった。後は、あの人の執念深さを信じるしかない。
僕はトイレで顔を洗うと、一人帰り道を歩き始めた。
二人で来た道を一人で帰るのは寂しいのだと、僕は初めて知った。帰って乙女に泣き付こう。
さて、二人の関係はどうなることやら。




