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優等生は誰がために  作者: うえりん
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第三話 裏生徒会

やっと物語が進みます。

あ、ツイッター始めました。『うえりん@小説家になろう』で登録してます。よかったらそっちも見てください。


 その後、三人がどういった行動をとったのか僕は知らない。

 なにしろ、目が覚めると既に夕方だったのだから。


 消毒液のにおいが鼻をつく。ここは保健室か。


「一日中寝ていたのか。授業出なくてラッキー」


 時計の針が午後四時三〇分を指している。

 帰宅しなくては。そう思い手足を動かそうとしたのだが、ガツンとなにかに引っ張られる感覚。


 なんとベッドに皮のベルトで固定されているではないか!


「なんだこれは! おおい、誰かいないかーっ!」


 するとカーテンの向こうで人が動く気配。僕は必死で助けを呼んだ。


「おはよう。目が覚めたみたいね」


 カーテンの陰から現れたのは姫宮さんだった。


「おはよう姫宮さん。もしかしてずっと看病してくれていたのかい? ありがとう。僕は本当にいい友達を持った」

「んなわけないでしょ。どんだけ幸せな頭してんのよ」


 姫宮さんは憂いを帯びた顔をふと緩ませ、なぜかにっこり笑った。そして僕が縛り付けられているベッドに腰を下ろす。


「さて、ようやくあんたを捕まえることができたわ。覚悟できてるんでしょうね?」

「覚悟? 摑まえる? 一体君はなにを言っているんだい? 悪いが僕はそろそろ帰らなければならない時間なんだ。拘束を解くのを手伝ってもらえると助かるのだが」

「解くわけないでしょ!」

「なんで? 帰れないじゃないか」


 姫宮さんは頭を抱えた。


「だから! 私が捕まえたの! あんたを!」

「なん・・・・・・だと・・・・・・? まさか、このベルトは君が・・・・・・」

「そう言ってるでしょ⁉ あんたホントに風間誠二⁉ まさか狭間だったりしないわよね⁉」

「僕は風間誠二だ。それは間違いない。でもなんで、こんなことを? 早く帰りたいのに」

「ホームシックか! どんだけ帰りたいのよ!」 


 肩で息をする姫宮さんだったが、叫び疲れたのか一度大きく深呼吸をすると、「落ち着け私。かわいい顔が台無しよ?」と呟きながら胸に手を当て目を閉じた。


「落ち着いた?」

「ええ、大分楽になったわ――て、なんであんたに気を遣われるのよ。あんた自分の立場わかってる? ベッドに括り付けられてんのよ? 少しは危機感を持ちなさいよ」

「あっはっは」

「なに笑ってるのよ」

「ごめんごめん。君の言っていることがおかしくてね。だって君が言うには僕を拘束したのは君自身なんだろう? その当人から危機感を持てと言われるのは、なんだかあべこべな気がしてね」

「それもそうね。なら、これからは残虐非道に徹するわ。この私をおちょくったことを、たっぷり後悔させてやるんだから」

「それはできないよ」

「はあ? 私は本気よ?」

「いいや、君はできない。残虐非道な行いなんてもってのほかだ」

「自信がおありのようね。いいわ。訳を聞かせてちょうだい」

「簡単なことさ。君は僕の友達だ。友達が友達を傷つけるなんてこと、あるわけがない」


 と言って、にっこりスマイル。


 きっと僕の気持ちは彼女に伝わったはずだ。少々変な顔を彼女はしているが、僕には自信が・・・・・・否、確信があった。

 なにより友達を信じなくて、どうするというのか。


 姫宮さんは無言で立ち上がると、一度カーテンの向こう側へと姿を消し、すぐに戻ってきた。

 手に椅子を持っている。


 なるほど、確かにベッドに座りながら話すより、椅子に座った方がベターだ。


「うあああああああぁ―――ッ!」


 姫宮さんが飛んだ。このタイミングでハグしてくるとは、嬉しい反面ちょっと戸惑う。だって抱き返すことができないから。


 その憂いは徒労に終わった。


 なぜなら姫宮さんが僕の体に着地する直前、何者かの腕が彼女を羽交い絞めにしたからだ。


「落ち着け姫宮。校内で殺人はまずい」

「うるさい放せえぇ! 私をこいつを! こいつをおぉお!」

「そうだよ姫宮さん、落ち着いて? いくら友達といっても、僕らは男子と女子だ。学校内でハグするのは、さすがにまずいよ」

「うっきゃー! コロス! お願い殺させてえ!」

「だから落ち着けって」


 そう言って姫宮さんを引き離すのは、僕もよく知る人物。生活指導の川村先生だった。


 御年二九歳の女性。未婚。長い黒髪と男子に引けを取らぬ長身。そして衰えぬ美貌を持った、我が校の誇る教師の一人だ。


「川村先生。こんにちは」

「やあ、風間くん。君は相変わらずのようだね」

「先生も、目を引く美貌は健在ですね。お見合いうまくいきましたか?」

「うるさい、ばかぁ・・・・・・」

「ああ、またダメだったんですね。これで通算一一連敗ですか。でも気にすることはありません。なぜなら先生は間違いなく魅力的な女性なんですから。僕のような若造が言っても説得力なんてありませんが、先生のいいところは、先生をよく知る者なら誰でも知っているはずです。だから落ち込まないでください。ドンマイドンマイ」

「うぇええん。結婚してぇ・・・・・・」

「すみません。僕には乙女がいるので」

「しくしくしく・・・・・・」


 川村先生は静かに涙を流した。


 ともあれ姫宮さんを椅子に座らせると、川村先生は僕の手足を縛るベルトを解いてくれた。


 僕は先生にお礼を言って出口へと向かった。


「では、僕はこれで。先生さようなら」

「ああはい、さようなら――ってちょっと待てぇ!」


 腕を捕まれてしまった。見ればもうすぐ五時になろうとしている。

 これはいけない。


「先生放してください。さもないと、結婚できなくなる呪いをかけますよ?」

「え、うそ・・・・・・冗談だよね? やめてよ・・・・・・」

「既に一か月遅れました。もうすぐ半年・・・・・・一年・・・・・・」

「ひぃいいやぁあああ・・・・・・」


 川村先生は顔面を蒼白にして、その場にへたり込んでしまった。


「申し訳ありません。僕は帰宅しなくてはならないので」


 今度こそ立ち去る。


 急がなくては、スーパーのタイムセールが始まってしまう。今日は乙女の大好物である唐揚げが、一〇〇グラム八八円の大特価なのだ。


「あんた帰宅のためには手段を選ばないのね。どんだけ本気なのよ」


 姫宮さんだった。髪はぼさぼさだが、既に落ち着きを取り戻している。


「姫宮さん。先生をお願いしてもいいかな?」

「いいわけないでしょ。先生泣いてるじゃない」

「いつものことだよ」

「いつも泣かせてるんだ・・・・・・とにかく、こっちはあんたに用があるの。今日こそは付き合ってもらうわよ」

「悪いがそれはできない」

「なんで?」

「スーパーのタイムセールがある。唐揚げが一〇〇グラム八八円だ」

「なら、唐揚げが確保できればいいいわけね?」


 姫宮さんは携帯電話を取り出し、どこかへ電話をかけ始めた。


「もしもし私。急で悪いんだけど、あなた、風間がよく行くスーパーって知ってる? そうそう、唐揚げ一〇〇グラム八八円の・・・・・・うんうん。ちょっとお願いがあるんだけど、その唐揚げを確保してほしいのよ。――ええ、風間が行けなくなっちゃって。じゃ、お願い」


 通話を終了し、僕を見る。


「あんたの彼女の月島って子に、唐揚げ買っておくように頼んだわ。これであんたが急ぐ理由はなくなった。話を聞いてもらうわよ?」

「いいや、ダメだ」

「なんでよ」

「夕食が唐揚げと白米だけでは、栄養が偏る。炭水化物と脂質が多すぎるんだ。僕も妹も成長期だからね。せめて生野菜のサラダとわかめと豆腐の味噌汁。それにひじきともずく酢はほしいところだ。もっとも、もずく酢は僕の好みだが」

「あーもー! わかったわよそれも追加ね!」


 結局姫宮さんは再度月島さんに電話をかけ、買い物の追加を依頼した。


 まったく心苦しい限りだ。


 代金は後で支払ってくれればいいとのことだが、女の子に買い物を押し付けるというのは、どうも気分がよくない。今の時代、家事分担は常識だろうに。


 しかし、これで後顧の憂いなく姫宮さんの話を聞けるのは確かである。


 未だ泣き止まない先生を引きずるようにして保健室を出て、向かったのは校舎の一角にある部室棟と呼ばれる場所だった。


 普通の教室とは違い、小さな部屋がいくつもあり、それぞれが部室として使用されている。


 その一つ、なんの表札もない部屋に僕は案内された。


「長かった・・・・・・本当に長かったわ。ようやく話が進められるわ」


 室内には長机と椅子が三脚置かれていた。恐らくは彼女の定位置と思われる窓に一番近い椅子に腰を下ろし、そんなことを呟いた。


 僕と先生も座るよううながされ、それぞれ適当に腰を下ろした。


「さて、話が脱線しないうちに用件を先に述べるわ。あんた、裏生徒会に入りなさい」

「裏生徒会? なんだいそれは」

「それは私から説明しよう」


 と言ったのは川村先生だった。さっきまでの泣き顔はどこへやら。いつもの凛々しいお顔に戻っている。


「裏生徒会とは、生徒会では対処しきれない案件を解決するための組織だ」


 先生の言うことはこうだった。


 生徒が学校生活を送る上で問題点や課題などを改善・解決することを目的に組織されているのが生徒会である。


 裏生徒会もその設立目的は同じである。


 ただし、生徒会が表立って生徒の意見を取りまとめ、学校側との折り合いをつけるのに対し、裏生徒会はまったくの逆。


 つまり学校には知られたくない個人的な問題を解決に導く手助けをするために存在する。


 あくまで手助けというのが重要で、裏生徒会は生徒の自立支援を信条としている。川村先生はその顧問という位置づけである。


 と、こういう訳である。



 僕はその存在自体知らなかったのだが、どうやらそれも無理からぬことで、裏生徒会なる組織はその存在を公にすることなく、依頼者は専ら生活指導の川村先生を通じてやってくる。


 この部室の表札が空欄なのもそのためだとか。無理に生徒会の一部であるとか、学校側の用意したカウンセリング機関と銘打っては、気軽に相談を持ち込めないだろうとの配慮の結果なのだという。


 あくまで生徒同士のやりとり。そういうことにしたいらしい。


「そしてここにいる姫宮こそが、裏生徒会会長というわけだ。おわかりいただけたかな?」

「はい。要は生徒主体の相談窓口というわけですね」

「うむ。そう思ってくれてかまわない。そして本題なのだが、風間誠二くん。君に裏生徒会に入ってほしいのだ」

「姫宮さんも言ってましたね。しかしなぜ僕なのでしょう?」


 僕の問いかけに川村先生は苦笑し、姫宮さんは不機嫌そうにそっぽを向いた。


「むしろ、君以外に誰が適任か訊きたいところだよ。君は自分の立場や能力を自覚しているのかね?」

「自覚もなにも、あるがままを受け入れています。どこにでもいる、普通の男子高校生だと思いますがね」

「いいや、残念ながら君のその自己評価は、かなりずれている」

「どういうことですか?」

「君は君であることに、なんの疑いも持っていないようだが、世間一般から見て、君は相当に貴重な逸材なのだよ。傑物と言い換えてもいい。学業成績は常にトップクラス。先の試験では見事一位に輝いた。加えて走れば速く、飛べば高い。すべての能力が恐ろしく高い位置で、これ以上ないバランスを保っているんだ。ここにいる姫宮もかなりのものだが、総合力では君に分があるだろう」

「買いかぶりですよ。僕は勉強は嫌いですし、運動部に所属しているわけでもない」

「ああ、知っている。勉強するのは授業中のみ。高校に入ってからはずっと帰宅部。それでも学年一位を獲得し、体力測定の結果は全国屈指だ。はっきり言って、君は教育者の目から見れば厄介者だ。教える前からすべてを吸収し、成すことすべてが常に正しい。そんな人間に教育なんて、できるわけがない」

「つまり、なにがいいたいのですか?」

「ノブレス・オブリージュ」

「ここは古代ローマでも、イギリスでもありませんよ」

「時代も地理も関係ないさ。これは人が社会に属する上で課される義務だ。持つものは、持たざる者より大きな責任を持つ。君はその能力を人のために活かすべきだと思わんかね?」

「活かしていますよ。主に妹のために」

「身内への献身は自己投資と変わらんさ。とはいえ、さすがに強制することはできない。君にも都合があるだろうからな。一晩ゆっくり考えてくれたまえ」


 その言葉を最後に、この日は解散となった。


 姫宮さんが終始言葉を発さなかったのが気になったが、彼女にも黙して語りたくないときくらいあるだろう。


 そんな僕の心中を察してか、帰り際に川村先生が耳打ちしてきた。


「実はな、君を裏生徒会に招きたいと言ったのは、他でもない。姫宮なんだ」

「姫宮さんが?」

「ああ。以前から人員の補充は考えていたんだが、あいつは見ての通り、プライドが高いお姫さまだ。なかなか彼女に見合う人材が見つからなくてね。そんなときだよ。彼女に初めて敗北を味わわせた者が現れたのは。しかもよくよく調べてみれば、これがとんでもない化物ときている。姫宮も君と会うのが楽しみで仕方がないようだったよ」


 そうなのだろうか。


 廊下を歩く姫宮さんの背中に目を向ける。

 とても小さい。

 こんな華奢な女の子の肩に、どんな義務と責任が課せられているのだろうか。

 

 そして僕は、果たして彼女や先生の考える人物足りうるのだろうか。


「ま。そう深く考えるな。すべては君の気持ち次第だ。なんだかんだ姫宮一人でもこなしてきたんだ。君が拒否したところで、やつはなにも文句は言わんさ」


 肩をぽんと叩き、川村先生は去って行った。


 姫宮さんと二人きりになった。


 場所は昇降口。彼女はバッグを手にしているが、僕のはまだ教室だ。一度取りに戻らねばならない。


「じゃあ、僕は教室に戻るよ」

「待ちなさい」


 背を向けると同時に呼び止められた。ずいぶん久しぶりに声を聴いた気がする。


「あんた、裏生徒会に入るの?」

「まだ決めてないよ。妹とも相談しなくてはならないしね」

「・・・・・・あんたが」

「うん?」

「あんたが・・・・・・入ってくれたら、私は嬉しい・・・・・・」


 そう言った姫宮さんは夕日の中にあっても見間違えようがないほど顔を真っ赤にしていて、そのお嬢さま然とした姿も相まって、とても可憐に見えた。


「じゃ、じゃあそういうことだから!」


 叫ぶように言い残し、昇降口を走り出て行った。


 ――が、突如はたと立ち止まり、とぼとぼと戻ってくるではないか。


「どうしたんだい?」

「上履きのままだった・・・・・・」


 ああ、そういうことか。

 姫宮さんは先ほどよりもさらに頬を紅潮させて靴に履き替えると、今度こそ全力疾走で去って行った。「ウゥオオオオオオオッ!」なんて雄叫びまであげていた。


「元気な人だ」


 呟き、ようやく念願だった帰路につくことができた。


 否。できなかったのである。


「やあ。待ちくたびれたよ」


 教室に荷物を取りに向かった僕を待ち受けていたのは、誰であろう、ついさっき別れたばかりの川村先生だった。


次回、ちょっとシリアス。

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