第二十五話 帰り道のバカップル
このバカップルが。
「うん。一緒に帰ろうと思って」
「・・・・・・別にいいけど」
そう言うと、スタスタと歩き出す。
僕は慌てて追いかけ、彼女の隣に立った。数分の間歩き続け、そっと横顔をうかがった。
すると月島さんと目が合った。彼女はぷいと視線を前に戻す。
「あの、月島さん。昼間はごめん」
「なにが」
「・・・・・・なにも言わなかったこと、かな」
これは正直な答えだ。
「なんで見てたの? あんたらしくない」
「ちょっと、月島さんが気になって」
「・・・・・・ふん。どうせ、またくだらないことでしょ」
「そんなことはないよ。僕はいつだって真剣だ。相手が月島さんなら、なおさらだよ。これまでも、ずいぶん君に迷惑をかけたけれど、僕としては真剣だったんだ。もちろんそれをわかってもらおうなんて、甘えた考えはない。だから、ごめん」
「・・・・・・なんでそんなこと言うのよ。バカ」
「月島さんは友達だからね。僕は君を大切にしたいんだ」
「答えないでよ・・・・・・」
ではどうしろと?
会話が途切れ、駅に到着した。改札に定期をかざし、電車を待つ。
「そう言えばさ、一緒に定期買いに来たよね。高校に受かったとき。あれからもう、一年以上たつのか」
「ねえ、風間」
「なんだい?」
「なんで私を名前で呼んでくれないの?」
そう言って、月島さんが僕を見上げた。
いつの間にか、ずいぶん身長差が開いてしまった。心なしか、彼女の目が潤んでいる。
戸惑っている僕をどう思ったのか、月島さんは早口に言うのだ。
「昔、公園で遊んでたときは、雫ちゃんって呼んでたじゃない。何度も名前で呼んでって言ってるのに、風間は応えてくれない。なんで? 女の子を名前で呼ぶのが、そんなに恥ずかしい? 私と仲いいって思われるの、そんなに嫌? 私って、そんなに恥ずかしい女なの?」
「そんなことはない。月島さんは素敵な女の子だ。それは僕が、一番よく知っている」
「なら、なんで名前で呼ぶのを避けるの? 友達・・・・・・なんでしょ?」
「友達だからだよ。僕だって親しい友人は、名前で呼びたいんだ」
「私は親しくないってこと?」
「まさか。月島さんは、僕の一番の友達だよ」
「わかんない。なら、どうしてそこまで頑なに名前で呼ぼうとしないの?」
「あれ? 月島さんも知っているはずなんだけど。あのとき、僕と一緒に教室にいたし」
「教室? あんた、なんのこと言ってるのよ」
「教室での先生のお話だよ。小学三年生のときだ。これからは小学校の中学年になるからと、僕ら児童に心構えを説いてくださった。その中にあったじゃないか。これからは、お友達のことはちゃん付けではなく、さんを付けて呼びましょうねって。覚えてない?」
月島さんはぽかんと口を開け、ひたすら僕を見つめていた。
そんなに変なことを言ったつもりはないのだが、彼女の反応を見るに、どうやら僕はまたやってしまったらしい。
「えーっと、つまりそういうわけなんだ。だから、君の名前を呼ぶのが嫌とか恥ずかしいということは、まったくないんだよ」
「・・・・・・馬鹿だ」
「へ?」
「馬鹿がいる!」
「いきなりなんだい? 僕の記憶は正しいと思うが」
「いや、全っ然覚えてないけど、あんたその言いつけを今まで守ってきたわけ? 八年も? 信じらんない!」
「なにを言うんだ。教師のような上の立場の者ならまだしも、対等な友人関係において、お互いに尊重し合うためにも、女の子にはさん。男の子にはくんを付けて呼ぶのは合理的だろう。ちゃんのような幼さもない」
「それでも仲がよかったら呼び捨てとかあだ名とか使うでしょう。周り見てて気づかなかったの?」
「気づいてはいたさ。だが、周りがやっているから自分も許されると考えるのはあまりに幼稚だ。僕は先生の言葉を優先する」
「ああ、あんた変なところで真面目よね・・・・・・」
「失礼な。僕はいつでも真面目で真剣だ。それより、僕を許してくれるかい? 君と仲が悪いままだなんて耐えられないんだ」
「ああそれ・・・・・・うん。なんだかどうでもよくなっちゃった。どうせ見てた理由は言えないんでしょ?」
「・・・・・・ごめん」
「いいよ。だって風間だもん。いちいち気にしてたらストレスで胃に穴が開くわ。マジで」
そう言って月島さんは笑った。とても久々に笑顔を見せてくれたのだ。やはり彼女の笑顔は僕を幸せにしてくれる。
「でも、一つだけ条件がある」
ほっとしたのも束の間。彼女はこんなことを言った。
「・・・・・・仕方ない。聞こう。丸坊主か? それとも爪を全部剥がすか? できれば歯を抜くのはやめてくれ。入れ歯は避けたいし、痛いのは嫌だ」
「そんなことするか! あんたは私をなんだと思ってるのよ!」
「今のは冗談だ」
半分本気だったけど。
「もう、そんな猟奇的な条件つけやしないわよ。ただ、私を名前で呼ぶこと! それだけでいいわ」
「うーむ。しかしなあ」
「なによ。なんか文句あんの?」
怖い。どこのやくざ屋さんだよと言いたい。言えないけど。
「先生の言いつけに背くのは気が引けるが、月島さんの頼みでは断れない。わかった。これからは君を名前で呼ぶよ」
「やった! ――ごほん。で、では、さっそく呼んでみて?」
なぜか顔を赤らめる月島さん。照れるくらいならやらせなければいいのに。
「わかったよ。雫ちゃん」
「ぶっ!」
「うわわ! いきなりどうした! 涎がかかったじゃないか!」
「・・・・・・いや、それは悪かったけど、ちゃんはいらない」
「なら、雫さん」
「他人行儀。最低」
「えー・・・・・・。なら、雫」
「はいっ」
元気で明るい、よい返事だった。大輪の花が咲いたかのような笑顔には花丸をあげたい。
「やれやれ。なんだかあの頃に戻ったようだ」
「あの頃って、公園で遊んでたくらいの年?」
「ああ。お互いに雫ちゃん誠二くんと呼び合っていた」
「懐かしいねえ。あ。なら私も誠二って呼ぶことにしよう。いいよね? 誠二!」
「好きにしてくれ。雫」
「うひゃー。照れる!」
身をよじる月島さん改め雫は、かなり挙動不審だ。
だがしかし、僕は彼女を見捨てない。だって友達だから! 一緒に電車に乗るくらい我慢してみせるさ。
と、決意した僕だが、ことあるごとに名前を呼んでと言ってくる彼女に辟易せざるを得なかった。同じ車両に乗っているお客さんの視線が痛い。
雫は気にしていないらしく、終始上機嫌だったが。
「バイバイ! また明日ね! せ・い・じ♡」
最後までテンション高いなー。もはや尊敬するよ。
雫を家に送り届けた僕は、その帰り道、プレゼントについてなにも情報を得られなかったことを思い出し、憂鬱になった。
呼び名は大事ですよね。
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