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優等生は誰がために  作者: うえりん
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第十七話 作戦終了

風間くんVS姫宮さん。

 松代さんは、次の日には何事もなかったように振る舞い、僕らは引き続き彼氏彼女を演じた。彼女への嫌がらせは日増しにエスカレートし、最早いじめと言っても差し支えないレベルに達している。それでもなお、僕の前では明るく振る舞う彼女はとても強い。


 だが、彼女が求める相手はここにはいない。この数日の間、彼に関する報告はまったくと言っていいほどに変わり映えしていないのだ。


 不安は恐怖へと変わる。


 いかに強い女の子であっても、人間である以上それは避けようがない。

 作戦が始まってから五日目。とうとう彼女は裏生徒会室に駆け込み、懇願するように言った。


「彼の様子はどうなんですか?」


 まるで祈りだ。どうかそうあってくださいと、彼女は姫宮さんに懇願する。


 だが、姫宮さんも僕も、彼女の苦しみを和らげる術を持っていない。


「まだ、なにも」

「そう、ですか・・・・・・」


 松代さんの顔は蒼白だ。


 最悪のシナリオは確実に彼女の心を蝕んでいる。僕は姫宮さんに目を向けた。


 無表情。それが正しい。僕らにできるのは、あくまで手伝いのみ。同情は彼女の覚悟を冒涜する行為だ。


「あなたにも、なにも言ってこないの?」

「・・・・・・はい。電話とメール、返ってこないんです・・・・・・」


 震える手を、自分で握る。震えはより大きな震えとなった。


「それはいつから?」

「・・・・・・風間くんとお弁当を食べた、次の日から・・・・・・」


 谷下くんの行動は、顔の広い月島さんに協力を仰ぎ集めている。運動部員を中心にしたネットワークだが、さすがに不審が目立ってきている。


 加えて松代さんへの悪評もまずい。

 なにしろ、僕の耳にまでそれが届いたのだ。詳しい内容は省くが、松代さんはやめておいた方がいいと――聞くに堪えない言葉でもって――クラスの女子から忠告を受けたのだ。


 そろそろ潮時だ。


 姫宮さんも当然気づいている。このままでは依頼の完遂どころか、松代さんと月島さんの学校生活に関わる。


「彼についての報告、聞く?」


 松代さんはうつむきながらも一度こくりとうなずいた。それを見て、姫宮さんは平坦な口調で言った。


「変化なし」

「ッ~~~うわあああああッ!」


 松代さんが泣き崩れた。悲痛な叫びが耳に残って仕方がない。


 変化なし。


 つまり、なにも変わっていないということ。


 月島さん経由で作戦二日目には、僕らの噂が彼の耳に届いていることは確認済である。仲のいい男子との会話で、その件に触れたこともあった。噂は膨張し、僕と松代さんが付き合っているということは、事実として学年全体に広まっている。


、 それらすべてを、彼は素通りした。


 泣き濡れる松代さんを、無表情の姫宮さんが見下ろしている。

 その口が機械的に動く。彼女がなにを言おうとしているのか、僕にはわかる。


 だが、それは必要だろうか? 彼女は既に理解している。

 いいや、最初から理解していたのだ。こうなることを。知りたいと願った彼の本心を、彼女はとっくに――


 それを、口にするのか。彼女のために。


「依頼を完遂するわ。あなたが知りたいと願った彼の本心。彼はあなたをどうでもいいと思っている。そう我々は結論するわ」


 松代さんが自分の体を抱きしめる。小さな体がどんどんどんどん小さくなる。


 消えたいと願うか。それは無理だよ。

 どんなに辛い思いをしても、例え心を殺しても、現実というものは残酷なまでに変化しないんだ。

 君は君であり続ける。その苦しみが消えるかどうか、僕にはわからない。恋を知らない僕にはわからない。


 ――ただ一つわかっているのは、このままでは終われないということだ。


「まだだ」

「え・・・・・・?」

「まだ、終わっていない。依頼は完遂されてはいないんだ」

「風間」


 静かだ。その分、重みがある。

 

 姫宮さんが鋭い視線をぶつけてくる。人でも殺せそうな凶悪な視線だ。


「あなた、自分がなにをしようとしているか、わかっているの?」

「もちろんだ。依頼を完遂する。終わらせるんだ」

「いいえ、もう終わったのよ。依頼も、彼女たちの関係も」


 残酷なまでの優しさ。そんなものがあるのだろうか。


 姫宮さん。君だって気づいているだろう。僕らは依頼を完遂などしていない。君は彼女の心を守るため、あえて傷つけたに過ぎない。もし、本当の意味で依頼の完遂を図ったのなら、松代さんの心が耐えられる保証はないからだ。


 それでいいのか。それもいいのか。

 答え。どちらも正しい。


 ならば僕は、ここで、僕がこの場にいる意味を証明する。

 姫宮さんが出した答えを否定する。

 彼女に並び立つ者として、真っ向からその綺麗な答えを打ち砕く

 自己満足も甚だしい。失敗したら松代さんはどうなるかわからない。


 そんなことはわかってる。


 だが、ここで諦めたら、ここで妥協を許したら、僕はなんのためにここにいる? 

 松代さんの心の傷は誰が癒す? 


 最悪を回避したいがため、心を削った彼女が救われぬ未来が本当に正しいか。


 ――松代さんの依頼は、彼の本心を知りたいというものだ。


 彼の思いを繋ぎ止めるのではなく、彼の気持ちを優先したのだ。

 だから僕らは安堵した。彼の気持ちを取り戻すことを彼女が望んでいたら、それを完遂することは出来ないだろうと考えたからだ。


 そして恐らく、彼女も――


 美しい魂を持った少女だ。


 その思いに応えたいと願ってなにが悪い。そんな彼女のため、僕にできる最大をやってなにが悪い。

 だから、僕は言う。姫宮さんには悪いが、君が助けた彼女を、僕はもう一度苦痛の海原へと突き落とす。


「松代さん。よく聞いて」

「風間! やめなさい!」


 姫宮さんが掴みかかって来た。僕は彼女の首を掴むと壁へと叩きつけた。ティーカップが落下し床で砕けた。


 女の子とは思えない力で抵抗してくる。蹴りが全身にめり込み掴まれた腕は骨まで軋むようだ。

 さすがは姫宮さん。身体能力も凄まじい。


「依頼も、君たちの関係も、まだ終わっていない。終わったと思い込んでいるだけだ」

「でも、彼はもう、私のことなんて・・・・・・」

「いいや、違うんだ。君はまだ」

「やめて!」

「――彼に、本心を訊いていない」


 静寂が降りた。姫宮さんを抑えている手になにかが落ちた。それは涙だった。


「僕らは、彼の行動を元に先の結論を下した。しかしそれはあくまで、推測でしかない。本人の気持ちを何一つ聞いてはいないんだ」

「・・・・・・直接、訊くの・・・・・・?」


 僕は深くうなずいた。

 同時に手に強烈な痛みが走り、怯んだ隙に姫宮さんが抜け出した。


 見れば歯形に血が浮かんでいる。姫宮さんは床にうずくまる松代さんを守るように両腕を広げた。

 子を守る母といったところか。


 僕を睨み付けたまま、背後にいる松代さんへと懸命に語り掛けるのだ。


「ダメ、ダメよ! あなただってわかっているでしょう。さっき私が言ったことがすべてなの。これ以上関わっても無駄に傷つくだけよ」

「確かにその通りだ。だが、僕らの仕事は、依頼者が問題を解決するための手助けをすること。みすみす手立ての一つを見逃すことはない」

「ふざけないで! 恋を知らないからって好き勝手言わないで! これ以上彼女を苦しめて、なんの意味があるというの!」

「意味ならある。彼の本心が知れる。姫宮さんの言った推測などではなく、正真正銘本物の、彼の気持ちを知ることができる」

「ひどいことを言われたらどうするの! それでもし、もし、この子が・・・・・・」

「・・・・・・大丈夫だよ」


 松代さんが微笑んでいた。そっと姫宮さんを背中から抱きしめている。


「ありがとう。姫宮さん。あなた、噂で聞いていたような冷たい人じゃなかったんだね」

「松代さん・・・・・・」

「初めからそうすればよかったんだよ。あのとき、変に取り繕おうとしないで、もっとちゃんと訊いておけばよかったの。だから、ありがとう。二人のおかげで、私は自分の気持ちと向き合う覚悟ができたんだ。だから、私の依頼はこれで終わり。彼の本心は、私が私の力で確かめる」

「やめて。そんなこと言わないで・・・・・・」

「どうして、姫宮さんが泣くの?」

「私は、あなたを傷つけた・・・・・・」

「うん。たくさん傷つけられた。嫌な噂いっぱいされて、嫌がらせもたくさんあった。最後には依頼は終わったって嘘つかれて、大泣きさせられた。でもね? その分の時間、私は恋をすることができたんだよ? 本当ならとっくに終わってるはずの思いを、何日も長く続けることができた。間違いなく、二人のおかげ」


 松代さんが、姫宮さんの涙を拭った。


「だから、私行くね。二人とも、こんな私に付き合ってくれてありがとう。すごく楽しかった。恋が続けられて嬉しかった。こんな私のために、泣きながらケンカまでしてくれて感動した。本当にどうもありがとう。さようなら」


 松代さんはとても綺麗な笑顔を残し、裏生徒会室を後にした。


 彼女の依頼はその日、無事完遂された。


姫宮さんも強いですが、風間くんは超強いです。

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