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優等生は誰がために  作者: うえりん
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第十六話 作戦順調

ちょっとシリアスです。

 作戦は順調である。それは同時に、松代さんへの風当たりが強くなることを意味している。


 彼女は、既に交際している男子がいる。その上で他の男子と怪しい関係にあるとなれば、黙っていないのが女子という生物だと姫宮さんは語った。


「初日からその兆候はあったのよ。風間とはどんな関係か訊かれたらしいわ」

「それくらいは普通じゃない? 恋バナってやつだ。女の子は恋愛絡みの話が大好きで、放課後ファストフード店の一部を占拠してドリンク片手に情報交換をするんだ。各自がクラスや部活の先輩後輩同級生にあたる男子に対し批評を重ね、最終的に彼氏欲しいという結論に達する。その後は彼氏がいる知り合いの悪口を言い合い、ダイエットしなきゃ~と叫びポテトを追加注文するに至る。真に有意義かつ不可思議な討論会だ。実に興味深いよ」


 一体僕に関しどんな風評が流れているのか。考えると乙女の胸に飛び込みたくなる。


「あんたは女性誌の読み過ぎよ。でも、その考えは概ね正しい。特に女子は他人の悪口で盛り上がるところね。死ねばいいのに」


 経験談? とは聞けない僕。狭間くんなら迷わない。


「君だって立派な女の子じゃないか」

「私は人の悪口で盛り上がったりしないわ。まず友達がいないもの。不可能だわ」

「なんて悲しい理由だ・・・・・・僕ならいつでも付き合うからね? 遠慮しないでいいよ? そうだ! 今日の帰り駅前のワックに行こう! そうしよう!」

「あんたは女ですらないじゃない。話を進めるわよ。いい? 彼氏持ちの子に他の男との関係を訊くってことは、『あんた彼とはどうなったのよ。もしかして乗り換えた?』って言うのと同じなの。そこで曖昧なことを言えば、すぐに不埒な想像を働かせて罵詈雑言に発展するの」

「罵詈雑言? さすがにそこまでは・・・・・・」

「なにあいつ大してかわいくないのにまた彼氏できたんだって~。ありえなくない? どうせ股開いて一発ヤらせただけっしょ。ビッチはお手軽でいいよね~」

「きついなあ。聞きたくなかった女の子の本音って感じだ」

「男から見たらそうでしょうね。でも、こんなものは普通なのよ。根も葉もない噂話と、嫌いな子の悪口で楽しく盛り上がれればそれでいい。それがあんたの知らない女子なのよ。絶滅すればいいわ」


 吐き捨てるように言う姫宮さん。やはりつらい過去があるのか。


「そんなことを、松代さんも言われていると?」

「確実でしょうね。彼に気づかせるため、そうなるように仕組んだのだし」

「そうか。僕の考えが甘かったようだ。反省するよ」

「くよくよ悩むより作戦を優先なさい。あの子もこうなることは了承済みですもの。余計な気遣いは返って邪魔よ」


 確かにその通りだ。


 しかし姫宮さんの表情はすぐれない。

 当然だ。優しい彼女が、気にしないわけがない。


「とにかく、種は撒いたわ。あとはどう芽吹くかよ」

「そうだね。それが一番心配だ。もし彼が――」

「やめて。聞きたくないわ」


 僕の言葉を遮り、姫宮さんは苦し気な表情を隠すように背を向けた。窓の外の夕日を見つめ、誰に思いを馳せるのか。


 僕と姫宮さんが考える最悪。それは極身近に迫っている。


 僕らではなく、松代さんの。


 そのとき、裏生徒会は――姫宮さんと僕はなにをすればいいのだろう。


 光に包まれる小さな背中からは、なにも読み取ることはできなかった。


      ○


 次の日も。その次の日も。僕と松代さんは昼食をともにし、彼女の提案で一緒に帰り道を歩きもした。好奇と侮蔑の視線を受けながら、彼女は笑顔で彼への思いを語った。


 出会った日のこと。

 思いを受け入れてもらったときの気持ち。

 初めて手を繋いだ瞬間。

 デートを重ねるごとに募る思い。


「私ってば、どうしようもなく彼が好きなんです」


 顔は白く、体重が減ったためこけた頬をしていても、純粋な気持ちは彼女を美しく飾っていた。


 これが恋であり、これも恋なのだ。


 苦しくて切なくて辛くて痛い。それでも幸せ。


 恋には、人の感情がすべて詰まっているのだろうか。だとしたら、そんな思いに人が耐えられるわけがない。


「恋とはなんと恐ろしい熱病だろうか。それなのに世間の嘘つきどもは、恋をあたかも幸福の源泉のように言っている」

「それは?」

「シェイクスピアだよ。嫌な言葉だ」

「私は素敵だと思いました。だってそれ、どう考えても自虐風自慢ですもん。こんなに夢中になれる人と私は出会えた。どうだいいだろう! って感じ。のろけちゃって腹が立っちゃう・・・・・・でも、実際にそんな人がいたら、笑って許しちゃうかも。それどころか、すっごい応援する。がんばれーって、大声で叫ぶ!」

「なぜ?」

「だって、恋が素敵なものだって、私も知ってるから。私も彼といたときはこんなだったのかな~って思ったら、がんばれって言いたくなるもん」

「松代さん。これを」

「ハンカチ? あれ、私――」

「泣いてる」


 ちっとも悲しそうな顔はしていない。


 だからこそ痛々しい。


 松代さんの目からは止めどなく涙が流れ落ちる。呆然としながら僕を見つめ、ハンカチに伸ばした手が空を切った。


 同時に両手で顔を覆い、声をあげて泣きじゃくるのだ。道行く人が好奇の目を向けてくる。幸い知り合いの姿はない。


 ハンカチを持つ手をどうすればいい。泣き濡れる彼女になにを言えばいい。恋について書かれた小説を読んだ。


 出てくる女性は、泣いている人も多かった。

 だから、こういった場合、どうすればよいのか見当もつかないということはない。


 優しい言葉をかける。

 頭に手を置く。

 背中をさする。

 黙って抱きしめる。

 この場から逃げ出す。


 どれもが実現可能だ。

 しかしできない。それらのうち一つでもしてしまったら、彼女にさらなる傷を負わせることになる。彼女が泣いている理由を、この僕が肯定することになってしまう。


 だから僕は、松代さんが泣き止むまで待つことしかできなかった。泣いている女の子に手を触れることもせず、優しい言葉も紡がない。


 その代わり、決して逃げない。


 姫宮さんがそうしてきたように。これからもそうであり続けるように。僕は松代さんが泣き叫ぶ姿をじっと見つめ続ける。


 とても人には見せられない、女の子の泣き姿を。

 みっともない、その激情を。

 シェイクスピアが謳った恋というものを、目に焼き付ける。


 そして思う。


 恋をするのが――怖い。


次回、喧嘩勃発。

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