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優等生は誰がために  作者: うえりん
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第十五話 作戦開始

妹も思春期。

「か、風間くん。一緒にお昼を食べませんか?」


 松代さんが小さな包みを掲げている。今は昼休みだ。当然僕も自前のお弁当を持ってきている。


「わかった。ちょっと待っててくれるかい?」


 僕が言った瞬間、教室がざわつくのがわかった。


 視界の端で狭間くんががくがく震えているのが見えた。口を出店の金魚のようにぱくぱくさせている。酸欠だろうか。


「どうしたんだい狭間くん。なんだかゾンビみたいになってるけど」

「どどど、どうしたってお前、そりゃこっちの台詞よ。なに、風間ってその子と付き合ってんの?」

「ははは。想像にお任せするよ」


 その瞬間、狭間くんは膝から崩れ落ち号泣した。今すぐ駆け寄り弁解したいが、これも彼女の依頼を完遂するために必要なことだと言い聞かせ、ぐっと我慢した。


「なんで、なんで~! 俺を裏切るのか~! 月のんと姫っちはどうした~!」

「二人は友達だからね。それより、その呼び方やめた方がいいよ? 彼女たちは本気で()りにくる」

「風間くん、そろそろ・・・・・・」

「おっと、ごめん狭間くん。また後で」

「あの、お邪魔しました」


 松代さんは、律儀にお辞儀をして僕と並んで歩く。周りからの視線が痛いくらいだ。カップルなど別に珍しくないだろうに、なんでこんなにも注目されるのか。


 もしかして、松代さんたちは有名なカップルなのだろうか。二人の関係を知っている人たちが彼女の行動をおかしく思うのは当然だ。

 もしそうなら、思ったよりも作戦は早く進むに違いない。


 という予想を姫宮さんに話したら、「んなわけない」と一蹴されてしまった。


「注目集めてたのは、どう考えてもあんたでしょ」


 と言うのである。


 場所は裏生徒会室である。僕と松代さん、そして姫宮さんの三人でお弁当を食べているのだ。月島さんも誘ったが、情報収集をするとのことで断られた。


 名付けて『私を見て見て大作戦』

 発案・命名ともに姫宮さんである。彼女の言語能力と発想には、いつも驚かされる。


 内容は至ってシンプル。松代さんの周囲に男の影をチラつかせ、谷下くんの反応を見るというものだ。彼に気持ちが残っているなら、嫉妬に狂いなにかしらのアクションを起こすはず。その発想のもと、こうして僕と松代さんは周囲の視線を集めるため、カップルを装っている。近いうちに谷下くんの耳にも、自分の彼女が他の男となにやら親密な関係にあるという噂が届くはずである。


 しかし、注目されていたのが僕というのは解せない。今日は寝癖だってついていないし、顔にご飯粒がついているというミスもやらかしてはいないはずだ。


「注目を集めるようなことあるかなあ? もしかして、背中に張り紙とかされてる?」

「そんなものはないわよ。小学生じゃあるまいし。あんた、そもそも鏡を知ってる?」

「そりゃまあ」

「そこに映るのはなにかしら?」

「そりゃあ、自分の顔じゃないかな?」

「いいえ、鏡に映るのは真実よ」

「意味がわからない」

「要は、あんたは見た目だけなら結構なイケメンだから、女子も注目してるってこと」

「イケメン⁉ マジで⁉」

「マジよ。・・・・・・あんた口調とキャラ変わってない?」

「マジかよ超嬉しい! ねえ、松代さんもそう思う? ねえねえ!」

「あ。はい。すごくかっこいいと思います。顔の造りが綺麗って言うのかな? かっこいいって言うより美人さん? 肌とか羨ましいくらいすべすべですし。姫宮さんと並んでるのを見て、「高級食材だ! セット販売だ!」って言ってる人、何人かいますよ?」

「あっひゃっひゃっひゃ! かっこいい! 僕かっこいいって言われた!」

「あんたちょっと落ち着きなさいよ。引くくらいキモイわよ。それにウザい。今まで誰にも言われたことなかったの?」

「妹にはたまに言われるけど、それ以外は社交辞令だと思ってた。だって自分の顔に自信あるとか思われると「なにあの人調子乗ってる?」とか陰で言われるんでしょ?」

「否定はしないけど、それにしたって喜び過ぎよ。マジでウザい。キモイ。狭間」

「待って。僕は風間だ。狭間くんじゃない。断じて違う。訂正してくれ」

「あんたホントは狭間のこと嫌いでしょ」

 するとそのとき、ノックの音とともに扉が開かれ川村先生が現れた。見るからに不機嫌そうな顔で禁煙パイポをガジガジと噛んでいる。

「邪魔するぞ。おい、今日だけで風間に特定の相手がいるのかという相談が八件もあったぞ。一体どうなっている――どうした風間。エロ親父みたいな顔してるぞ。まるで教頭だ」

「すみません先生。実は依頼の件で彼に動いてもらっているのです」


 姫宮さんが事情を説明すると、川村先生はそういうことかと呟き苛立たし気に頭をぼりぼりかいた。そういうところですよ先生。


「事情はわかった。相談者はこっちでなんとかする。だが、事前に説明くらいしておけ。おかげで昼飯を食い損ねそうだ」

「では、風間のをもらったらどうですか?」

「いいのか風間?」

「先生・・・・・・僕ってかっこいいですかね?」

「ああ? そりゃまあ、教師の立場から言うのもなんだが、顔立ちがかなり整っているのは確かだな。よく女子生徒も噂してる。うむ。美少年と言って差し支えないレベルだ」

「YEAHHHHH! FOOOOO!」

「うるさっ。キモイなどうした」

「先生、お弁当差し上げます。僕の手作りです」

「ああ、そうか・・・・・・? では遠慮なく・・・・・・多いな」


 先生はお弁当を受け取ると手を合わせた。


「・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・かっこいい、ぞ?」

「YAHOOOO!」

「・・・・・・なあ、風間のやつはどうしたんだ?」

「気にしないでください。これは病気の類です。そっとしておきましょう」

「そう、か。哀れな・・・・・・」

「そう言えば、先生に質問があるんですが。鏡には真実が映るらしいのですが、どういう意味かご存知ですか? 先生はよく鏡を見ているから、わかると思うんですが」

「ちくしょう! うるせえよ! 私だってわかってるんだよ!」


 なぜか川村先生は泣き出してしまった。ともあれ作戦初日は好調な滑り出しである。


「聞いておくれ、乙女よ」

「あら兄さん。今日はいつになく機嫌がいいようね。どうしたの?」

「ふっふっふ。実は今日、兄さんなあ、女の子にかっこいいって! かっこいいって! かっこいいって! 言われちゃったんだよ!」

「まあ。死ねばいいのに」

「なっはっは! え? 死ねば・・・・・・?」

「よかったですねと、そう言ったのよ」


 家に帰った僕は、早速乙女に自慢した。実の兄がかっこいいと言われたのだ。きっと喜んでくれるに違いない。その予想は見事的中した。


「そうかそうかいそうだろう! 妹よ。君の兄さんはかっこいいのだ! 学校のみんなに自慢してもいいのだぞ!」

「これはいけない。どうしましょう。兄さんが気持ち悪いわ・・・・・・なによりウザい・・・・・・」

「どうした妹よ。もっと誇りに思いたまえ!」

「完全に調子に乗ってるわね。兄さん。ちょっと教えて欲しいのだけれど、いいかしら?」

「なんでも聞いてくれ! このかっこいい兄が答えてやろう」

「では遠慮なく。それは誰に言われたのかしら」

「姫宮さんと川村先生と松代さん・・・・・・この人は今回の依頼人だ。作戦は前に話したな」

「なるほど。乙女はわかりました」

「なにをだい? 兄の魅力かね」

「兄さん。乙女は兄につらい現実というものをお話ししなければなりません」

「なんだいそれは。それより鏡はあるかい? ちょっと顔の角度に趣向を凝らしたいのだけれど。あれは真実を映す魔法の道具なのだ」

「今は聞いてください。いいですか。そのお三方が仰ったことは、社交辞令です。言ってしまえば嘘八百です。根も葉もない出鱈目なのです」


 空気が凍った。背中が冷たくなり、目の前が明滅した。


「いや、そんなはずはないだろう。ははは・・・・・・。姫宮さんたちが、そんな無意味な嘘をつくわけが・・・・・・」


 乙女は悲しそうに首を振った。

 え、まさかそんな、本当に・・・・・・?


「恐らく、今回の一件を成功させるため、あえてそのようなことを言ったのでしょう。兄さんがかっこいいなど、あるわけがないのに」

「がっ・・・・・・はっ・・・・・・!」


 息が詰まった。殴られたわけでもないのに体を衝撃が突き抜けた。


「いいですか? みなさんは兄さんに自信をつけさせようとなさったのです。これまで女性とお付き合いをしたことのない人を、振りとはいえ恋人とするのです。本人にやる気と自信をつけさせるための方便と考えるのが自然。兄さんはまんまと乗せられました」

「だって、だって・・・・・・川村先生も・・・・・・」

「裏生徒会の顧問がどうしました?」


 ・・・・・・そうだった。川村先生は姫宮さんに最も近い教師なのだ。すべてが作戦のための布石と考えれば納得である。むしろ、なぜそのことに思い至らなかったのか、疑問なくらいだ。


「どうしよう、僕どうしよう・・・・・・超恥ずかしい。帰り道で商店街のおばさんたちに『僕かっこいい?』って聞きまくっちゃった・・・・・・」

「きっと、みなさん同意なさったでしょう」

「うん。『風間くんはいつだってかっこいいよ!』って言ってくれた。肉屋のおばさんコロッケくれた」

「優しい世界ですね。みなさんはきっと兄さんに同情なさっていたでしょうが、それを口には出さずに・・・・・・」

「もうやめて! 聞きたくない!」


 僕は顔を覆って泣き出してしまった。きっと、普段よりさらにひどい顔になっているに違いない。こんな顔、誰にも見せられない!


「泣かないで兄さん。乙女は兄さんの顔、好きですよ?」

「嘘だ! こんな顔! こんな顔・・・・・・!」

「いいえ。嘘ではありません。兄さんの顔が、乙女は大好きです。だって、兄さんですもの。世界で一番大好きな兄さんのお顔ですもの。嫌いになるなんてできません」

「でも、でも、もう僕は外を歩けないよ・・・・・・」

「そんなこと言わないで。さあ、手をどけて。お顔を見せて? ほら、かっこいい。ああ、世界で一番かっこいい兄さん。他の誰も理解できなくとも、乙女だけは知っています。兄さんがかっこいいと。兄さんは乙女を信じられませんか?」


 ふるふると顔を横に振った。涙と鼻水が水平に飛んだ。


「ならば、なにを悲しむことがありましょう。兄さんには乙女がいるではありませんか。兄さんがかっこいいと知る乙女がいるではありませんか。それだけでは不満ですか?」

「そんなこと、ない・・・・・・。乙女がいれば、それでいい・・・・・・」

「シャアッ!」

「しゃあ? 公国の赤い人?」

「いいえ。古代ペルシア語です。授業で習いました。それより、食事にしましょう? さあ、手とお顔を洗って? 今日の乙女は肉じゃがを作りました。あざといですって? 言わせておけばいいのです。実妹が勝ち残るためには手段を選んではいられないのです」

「今日の乙女はよくしゃべるなあ。言っていることもさっぱりだ。でも元気が出たよ。ありがとう乙女。僕はよき妹を持った」

「そう言っていただけるだけで、乙女はなにもいりません」


 真に愛すべきは妹である。

 己の真実を知ったときは絶望のどん底に突き落とされたが、乙女という菩薩が救いの手を差し伸べてくれたのだ。地獄に仏とはよく言ったものだ。


 ともあれ僕は僕を取り戻した。こんな僕が恋人役とは真に申し訳ないが、松代さんにはもう少しがんばってもらなねばならない。


 依頼は必ず完遂する。それが裏生徒会であり、僕らに課せられた使命なのだ。


残念イケメン風間くん。

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