第十四話 幼馴染②
依頼者本人が登場します。
「じゃあ、僕らも帰ろうか。送るよ」
「うわっ・・・・・・お願いします」
「うわってなに?」
「だって、風間と帰るのって、小学校以来じゃん・・・・・・」
「そういえば、ずいぶん久しぶりだね。中学ではお互い部活で忙しかったし、高校に入ってからの僕は、一流の帰宅部を目指していた」
「私は相変わらずテニスやってたしね。風間はなんでバスケ辞めちゃったの?」
「妹と一緒にいたかったからね。高校は部活の時間が長いし、通学距離も伸びて、どうしても帰りが遅くなるから」
「ふーん。なのに裏生徒会には入ったんだ」
「僕にも目標ができたからね。妹も応援してくれた。なぜか不機嫌だったけれど」
「目標って、前に言ってた?」
「うん。僕は恋がしたい」
「・・・・・・そっか。できるといいね」
「ああ」
その後は、お互いに近況を報告し合いながら、帰り道を歩いた。狭間くんがいかに稀有な逸材か懸命に説明したが最後まで理解は得られなかった。月島さんは妹さんや妹さんに甘い親父さんについて幸せそうに文句を言うので、聞いている僕まで嬉しくなった。両親がいない僕は彼女の話が大好きだった。一緒に登下校していた小学校の頃を思い出した。
月島さんとは彼女の家の前で別れた。バイバイと言い玄関を潜る背を見送ったとき、ふと彼女も恋をしたことがあるだろうかと考えた。
これまで誰かを好きになり、これから誰かを好きになることがあるのだろうか。
きっとあるのだろう。
恋とは誰もが抱く一般的な感情だと本で読んだ。月島さんのような素敵な女の子に好きと言われたら、その相手だって、無下に断るなんてありえない。きっと、その人も彼女に恋をするに違いないのだ。
そんなことを考えていると、少しだけ幸せになった。僕は僕の友達の幸せを、いつだって願っているのだ。
「帰って乙女と戯れよう」
今のところ、僕は恋をできていない。
けれど幸せだ。そんな気持ちに気付けた日だった。
○
次の日の放課後。月島さんは早速真の依頼人を連れてきた。僕は彼女に見覚えがあった。
「えっと、突然すみません。二年五組松代彩奈です」
そう言って頭を下げる。豊かな黒髪を二つに縛り、よく日に焼けた顔は化粧っ気がない。若干顔色が悪く感じるのは、悩みがあるせいだろうか。
「とりあえず座ったら? 月島さんも一緒に話をしてくれるのよね?」
「うん。彩奈には昨日のことは話して了解とったから。それと二人のことも話させてもらった」
「とりあえず裏生徒会が関わることについて、当面の課題はクリアということだね?」
「うん。二人とも、彩奈をよろしくね?」
月島さんがつらそうに微笑み、松代さんはもう一度頭を下げた。
松代さんは姫宮さんが淹れた紅茶に視線を落としつつ、静かに語り出した。
「付き合ってる彼が浮気をしているかも知れないんです。休みの日に、彼が他校の女子と歩いてるのを見たって子がいて、その子に聞いた特徴が、彼が中学の頃に付き合ってた子と似てるって子もいて・・・・・・」
「それで、彼の名前は?」
姫宮さんが冷静に訊ねた。依頼者の相談は彼女が司会役となって進める。その貫禄は高校二年生とは思えないものがある。そのせいか松代さんも敬語だ。
「谷下裕くんです」
彼も確か二年生だったはずだ。面識はないが。
「彼には確かめたのかしら?」
「それとなく、ですけど・・・・・・。彼は誰とも会ってないようなことを言ってました。それで私も気にしないようにしてたんですけど、最近誘っても断られることが多くなって・・・・・・メールしても返事は遅いし、電話はすぐに切られちゃうし・・・・・・」
「単に彼が忙しいという可能性は?」
「ないわけじゃないと思います。彼、部活してるから。でも、前はもっと連絡取り合ってたし、彼に訊いたときも、なにか隠してるような気がしたんです」
「その根拠は?」
「・・・・・・うまく言えないんですけど・・・・・・彼の笑顔が、嘘のように見えて・・・・・・」
「つまり、笑ってごまかした」
姫宮さんが僕に視線を向けてきた。彼女も気づいたらしい。肯定の意味を込め、数秒の間彼女の目を見つめた。
「・・・・・・かも、しれません」
これで彼女の話は終わりのようだ。うつむいた彼女の視線はティーカップを透過して、きっと嘘つきな彼の笑顔を見ているのだろう。小さな肩が微かに震えている。
「あなたの望みを聞かせてちょうだい」
「彼の本心が知りたいです。力を貸してください」
松代さんはその言葉を発するときのみ、姫宮さんの目を真っ直ぐ見つめていた。
意思が強く、それでいて儚い光を宿したその瞳は輝く宝石のように見える。とても尊いものを目にしたように思え、僕は彼女の目から視線を外すことができなかった。僕に彼女のような目をすることなどできないからだ。
姫宮さんはほっとしたように肩の力を抜いた。誰にも気づかれないよう努めて隠してはいたけれど、僕だけは気づくことができた。
なぜなら、僕も彼女と同じく安堵したからだ。
「わかったわ。手を考えてみましょう」
「よろしくお願いします」
松代さんはそう言って、三度頭を下げた。肩の震えがさっきよりも小さい。覚悟を決めたのだろう。
その日は松代さんを帰らせ、浮気調査の方法については決定次第連絡することとなった。
月島さんには、松代さんを送りに行ってもらっている。
「彼女よね」
「そうだね」
二人きりとなった裏生徒会室で、姫宮さんは一言訊ね、僕も一言で答えた。
いつか人気のない校舎の影で話し合っていた不穏なカップル。それが松代さんとその彼氏である谷下くんだ。
まさか裏生徒会に相談にくるとは思わなかった。しかも、姫宮さんの推理は見事に的中している。もっとも、本人は推理が当たったことなど、ちっとも嬉しくないだろう。願わくば、外れて欲しいと思っているはずだ。今も、これからも。
「僕がやるんだよね」
「ええ。今回はあなたに負担をかけるわ。ごめんなさい」
「謝らないで。僕も裏生徒会の一員だからね。依頼に応えるのは当然だもの」
「そう・・・・・・ね」
姫宮さんは遠慮している。これまで一人で生きてきた彼女にとって、誰かに頼るという経験自体初めてなのかもしれない。
徐々に慣れてくれればいいと思う。僕は君の隣を誰かに譲るつもりはないのだから。月島さんが戻ったところで作戦会議となった。
「方法はあるわ」
「え? もう思いついたの? 姫宮さんすごい!」
「いいえ、ちょっと事情があって、考える時間はたっぷりあったのよ」
「?」
「気にしなくていいわ。それより、私の考える方法を使えば、まず間違いなく彼の本心を知ることができる。けれど彼女が傷つく可能性は大いに高まるわ。それでもいいかしら?」
「聞かせて」
月島さんは一瞬たりとも迷わなかった。彼の本心が知りたいと願った松代さんと同じだ。やはり月島さんも気づいている。この依頼の結末は、バッドエンドに限りなく近い。
姫宮さんが調査方法の説明を行った。月島さんは驚き反対したが。僕も了承しているからと説明すると、渋々だが首を縦に振ってくれた。
ただ、「悪いことしちゃったわね」と言った姫宮さんの言葉が気になった。一体誰に向けての言葉だったのか。
作戦は決まった。あとは松代さんの了解を得て、実行に移すのみである。
願わくば、いつかの予想が外れてくれますように。
ちょっとシリアスな展開が続きます。




