第十三話 幼馴染①
二人目の依頼者が来ます。その人は、風間くんがよく知る人です。
「いいか、やり過ぎるなよ。やり過ぎるなよ⁉ お前らが本気出すと碌なことにならん!」
「「チッ。反省してまーす」」
「舌打ちしたか⁉ 今舌打ちしたかこの野郎!」
というやりとりから数日。晴れて活動を再開した裏生徒会室で、僕らは向かい合っていた。
目の前には背筋を伸ばし、きちんと手を前で組んだ姫宮さんがいる。普段の高慢な態度は一切なく、伏し目がちな楚々とした佇まいは、やがりどこぞのお嬢さまを思わせた。
「私に恋をしなさい」
そう言って不意に目を閉じると、ついと顎をあげて、心なしか唇を突き出した。
そのままときが止まること数秒。
「・・・・・・どうかしら」
「うん。いいと思うよ。普段からそうすればいいのに」
「心の底から余計なお世話よ。そうではなくて、なにか湧き上がる衝動があるのではなくて?」
「・・・・・・同情?」
「・・・・・・一応聞いてあげる。その心は?」
「なんでそんな風になっちゃったの」
「くふぅーっ、くふぅーっ」
姫宮さんはひどく苦しそうに息を吐いた。こんなときの彼女は、ひどく怒っている。もっとも、僕の言葉がなぜ彼女を怒らせているかは今もって不明だ。
「もういいわ! まったく、これだから風間は!」
突然の罵倒。手を腰にあて胸を張り、姫宮さんは普段の高慢なお姫さまへと変身した。
「そう言われても困るよ。僕には君がなにをしたいのかわからなかったんだから」
「女の子が目の前で目を閉じたのよ? やることなんて一つでしょうが」
「ああ、キス? でも姫宮さんとキスする理由がないし」
「理由もなくキスしたくなるのが恋なのよ」
現在、恋の練習中である。
練習といっても心を自由に操ることはできないので、こうして魅力的な女の子である姫宮さんに恋人っぽい行動をしてもらい、それに対する僕の心の変化を観察・分析した後、対策を講じるという、実に効果不確かな訓練である。
「いい? 恋なんて一種の気の迷いなのよ。マズローは読んだ?」
「一応」
「ならわかるでしょう。愛情欲求は人が根源的に求める衝動よ。そのために人は努力し永遠に他者を求めるの。その一つが恋と呼ばれ、あなたが求めるものよ」
「確かにそうだね」
「人は誰かを愛し、愛されたいと願う生物なの。そして、特定の誰かにそれを求めるのが恋と言える。そのきっかけはひどく短絡的で大雑把」
「吊り橋効果がいい例だね」
「その通り。人は常に愛情を欲し、それゆえに体や感情のちょっとした変化で勘違いをする。そして、恋愛は成功の望みが低い程燃えるものよ」
「へえー。だから姫宮さんが相手役を買って出てくれたの? 高嶺の花だから?」
「ふふん。わかってるじゃない。それで、どうだったのよ。女の子からキスを迫られるなんて、そうはないでしょう。しかも相手はかわいい私よ? ドキドキしなかった?」
「しなかった」
「なんでよ!」
「こっちが訊きたいよ・・・・・・」
姫宮さんは深い溜息をつくと、崩れるように椅子に座った。その悲壮な姿を見ていると罪悪感が込み上げる。
「ごめんよ。せっかく恋をさせてくれようとしていたのに」
「もういいわ。考えてみれば、私に恋しろなんて、めちゃくちゃ恥ずかしい台詞だもの」
彼女の厚意を無駄にしてしまったのは心苦しい限りだが、こればっかりは仕方がない。
「あんたさあ、好きな人とかいないわけ? 友達以外で」
「いるよ。妹の乙女が」
「妹ね・・・・・・。あまり参考にはならないわね。妹ちゃんのどこが好き?」
「全部って言いたいところだけど、それじゃあ意味がないな」
「そうよ。こうして恋の糸口を探っているんだから、あんたも努力なさい」
「わかった。妹の好きなところか・・・・・・まずはかわいいところ」
「顔? それとも性格?」
「どっちも。そしてすべて」
「やっぱ無理・・・・・・家族なんて無条件に愛情を注ぐ第一候補だもの。恋とは最も遠い感情だわ」
「それなら、姫宮さんの恋の体験談を聞かせてくれないかな。きっと参考になると思うんだ」
「風間と恋バナとか勘弁してよ。女の子とだってしたことないのに」
それは残念だ。人が恋する瞬間というものを知れば、それを再現できたのだが。
しかし、姫宮さんで試してさえ僕の心は動かなかった。彼女は一般的に言ってかなり美しい顔立ちをした魅力的な女の子だ。彼女でダメとなると、僕の恋の探求は八方塞がりではないか。
「せめてもう一人、女の子がいればなあ」
「この私がいるのよ? 十分じゃない」
「はい・・・・・・」
そろそろ一八時になる。
今日も僕の恋は進展なしである。
これが常態化するのではないかと思うと憂鬱になる。僕はどうしようもなく、恋がしたいのだ。
荷物をまとめていると扉がノックされた。時計の針は一七時五五分を指している。ぎりぎり活動時間内だ。
「どうぞ」
「失礼しまーす」
そう言って入って来たのは、なんと月島さんだった。
「なんで風間と姫宮さんがいるの⁉」
彼女の驚きようから察するに、僕らに用事があってここに来たのではないらしい。
「ここなら生徒の悩みを聞いてくれるって・・・・・・」
「つまり相談があるのね」
なぜか嬉しそうな姫宮さん。
不思議に思い目を向けると、「しめた!」と心の声が聞こえてきた。
・・・・・・なるほど。彼女は月島さんを僕の恋の相手に選んだのだ。
確かにいい人選だと思う。月島さんは妹の次に近い異性だ。恋をするなら彼女。そう考えるのも当然と言える。
しかし、近しい異性というのは、それだけ関係が固まっているとも言える。
姫宮さんが先の例であげたマズロー氏によれば、安全・安定の欲求は彼の提唱する五段階欲求説のピラミッドにおいて、愛情欲求のすぐ下段に位置していたはずだ。
月島さんという存在は僕を構成する環境の一部となっているので、彼女もここに含まれることとなる。
そうなると、いかに近しい異性と言えど、彼女を恋愛対象にすることはできなくなってしまう。
そんなことをすれば、僕のピラミッドが崩れさる結果となるのは目に見えて明らかなのだから。
そんな僕の心中などお構いなしに姫宮さんは月島さんを招き入れ、椅子へと座らせた。
「それで? 相談事はなにかしら?」
「えっと、その前に訊かせて? ここってどんな集まりなの? 前に風間が言ってたとある団体って、ここのことなの?」
「その通り。ここは裏生徒会。生徒の、生徒による、生徒のための組織よ」
裏生徒会なる組織については、姫宮さんが説明を行った。名前だけ聞くとひどく怪しい響きだけが頭に残るが、行っているのは悩み相談と問題解決への手助けである。ということを簡単に説明していた。
「へぇー。確かにぴったりかも。姫宮さんになら安心して相談できるもん」
・・・・・・ん? 僕は?
「光栄ね。でも、あくまで問題を解決するのは相談者本人よ。それだけは覚えておいて」
「わかった」
「ならよし。それでは、あなたがここに来た目的を話していただけるかしら?」
「うん。実は、悩んでるのは私じゃなくて、同じテニス部の子なんだけど。その子、最近付き合い始めた彼氏がいるらしいんだけど、彼の様子が変らしいの」
「浮気ね」
「浮気だね」
僕らは瞬時にうなずいた。
「ちょっと待って! 決めつけるのは早いよ!」
口をそろえた僕たちに、月島さんは慌てた様子。
「そうは言うけどね。彼氏にとって一番近い存在であるはずの彼女が、不信感を抱いているのは確かなのでしょう?」
姫宮さんの口調はとても淡泊だ。
「それは、そうだけど」
「なら、やはり他の異性の存在を念頭に置くのは自然だよ。彼女もそれを危惧したからこそ、月島さんに相談を持ち掛けたんだ」
僕が姫宮さんの説明を補足した。
「どういうこと?」
「月島さんは学年性別関係なく人望があるからね。情報を集めるにはうってつけだ」
その人望のおかげで、バスケ部の一件では大いに助けられた。僕らがぶち壊したけれど。
「そうね。彼女は自身の不信感を払拭するため、最良の選択をしたのでしょう」
「でも、その子はなにも言わなかったよ? 彼の浮気を疑ってるなら、はっきりそう言ってくれれば、私だって・・・・・・」
「大事にしたくなかったんじゃないかな? 多分彼女はこう言って月島さんに相談したんじゃないかな? 『誰にも言わないで欲しい』とか」
「確かに言われた」
「月島さんは約束を破る人じゃないからね。おまけに気も遣えるいい人だ。誰にも言って欲しくないとだけ伝えれば、その子がことを荒立てたくないのはすぐわかる。特に月島さんならなおさらだ。彼女もそれを見越して君に相談し、あわよくば彼の情報を得ようとしたんだ。面倒見のいい月島さんなら、友達のために力になりたいと、できるだけのことをしてくれるはずだからね。現に今、君はこうして問題解決のために裏生徒会を訪れ、相談者の名前も明かしていない」
「・・・・・・風間の意地悪。そんな言い方されたら、あの子が私を利用しようとした嫌な子になっちゃうじゃん」
「ごめん。でも、今の僕は裏生徒会の一員として、依頼者の代理人である君から話を聞いているんだ。曖昧なことは口にできない。わかってくれ」
「・・・・・・風間のそういうとこ、好きじゃない」
「僕は月島さんのそういうはっきりしたところ、好きだよ。だから気兼ねなく話すことができた・・・・・・ああ、ごめん。つまり僕は甘えていたようだ。君の優しさに」
「・・・・・・バカッ」
なぜか真っ赤になる月島さん。どうして罵られたのだろうか。
「はいはい。痴話喧嘩はそこまで。話を戻しましょう。月島さんはどうしたいのかしら?」
「私は、あの子の不安を取り除きたい」
「いいわ。でも、その子の許可なく彼の名前を出すことはできないでしょうから、こちらとしては毒にも薬にもならない助言をするのが関の山よ?」
「ううん。それでもありがたいの。私一人じゃ、どうすることもできないから」
「OK。ではあなたがとるべき行動について助言する。それでいいわね?」
「お願いします!」
「なら簡単。あなたは彼女が期待している行動をとりなさい。さっき風間が言ったこと全部ね」
「うう・・・・・・やっぱりそうなるんだ。だとしたら私、あの子の役に立てないかも・・・・・・」
「予想通り、ここに来る前にできることはやってしまったようね」
「うん。彼のことを気にしながら生活してみたんだけど、結局なにもわからなかった」
「なら、それをそのまま彼女に伝えればいいわ。彼女は満足しないでしょうけれど、真に問題の解決を望むなら、またここに来ればいいわ。今度は彼女と一緒にね。そのとき改めて依頼を受け付ける。それでどうかしら?」
「本当⁉ ありがとう姫宮さん。早速明日にでも話してみる! 相談しに来てよかったよ!」
月島さんは笑顔で礼を言い立ち上がった。
時計を見れば、活動終了時刻を三〇分も過ぎていた。残業代は出ない。
「私は生徒会室の鍵を返しに行くから、あなたたちは先に帰っていて。さようなら」
姫宮さんはそう言い残すと、振り返りもせずに行ってしまった。
さりげなく僕らを二人きりにする手際は見事だ。
いきなりマズローとか出してすみません。書き方が下手なので、ピラミッドとか五段階欲求とかわかりにくいと思います。ググっていただけると幸いです。




