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優等生は誰がために  作者: うえりん
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第十一話 蹂躙

風間くんと姫宮さんは、どっちかというと悪役です。

 間違いなく、木我沼くんの声だった。


 沢井谷くんにくってかかっている。一年生が彼を羽交い絞めにして、なんとか抑え込もうと奮闘していた。


「始まったわね」


 姫宮さんだった。ドリンクを飲みながら、息も乱さず、汗すらほとんどかかずに涼しげな表情で敵ベンチを見つめていた。


「うん。どうする? 挑発しとこうか?」

「それは間者の情報を聞いてからにしましょう」


 僕らはベンチに並んで腰かけると、とある人物を待った。


 彼も僕らを待っていたらしく、座るとほぼ同時に話しかけてきた。


「うぃーッス。頑張ってるようだな、我が友よ。そして愛しの姫よ」


 こんな台詞を恥ずかしげもなく言えるのは、一人しかいない。

 僕が最も信頼する友人・狭間くんである。


 彼こそが僕らが放った草。すなわち間者である。じっと敵チームのベンチ近くで情報収集をしてくれていたのだ。


「狂った台詞をどうもありがとう。情報を置いてさっさと消えてくれるかしら」

「んなこと言わないでよーぉ。僕と姫ちゃんの仲じゃない♪」

「・・・・・・今、私は生まれて初めて殺意を感じているわ。もう一度その名で呼んでみなさい。一族郎党晒し首よ」

「う、うわーお・・・・・・俺っち猛反省・・・・・・」


 般若のような姫宮さんに対し、まだこんなことを言えるとはさすがである。改めて彼への尊敬の念を強くした。


「それで、敵チームの様子は?」


 僕が訊ねると、狭間くんは助かったという顔を見せ、次いで腕を組んで難しい表情をした。


「ありゃダメだな。チームがったがた。自滅コース一直線なのに途中でコースアウトって感じ。俺が言うのもなんだけど、ちょっとかわいそうになったもん」


 僕はなるほどと呟き、姫宮さんはわかったわとうなずいた。


「沢井谷くんに木我沼くんが意見したんだね」

「ええ、恐らく『負けてもいいのか! 俺を出せ!』とでも言ったのでしょう」

「それに対し、沢井谷くんはすげなく断ったか――」

「あるいは無視」

「それであの大声か・・・・・・。ありがとう狭間くん。おかげで敵の状況がよくわかったよ」

「お、おう? なんで二人とも俺の言いたいことわかったの? いや、合ってるんだけどね? 俺いらなかったんじゃね?」

「まさか! 狭間くんはよくやってくれたよ!」

「そうね。恐ろしく下手な報告だったけど、それでもないよりはマシだったわ。褒めてあげる。喜び、そして消えなさい」

「ちょっと姫宮さん。狭間くんは限られた能力でよくやってくれたじゃないか。そんな言い方はあんまりだよ」

「妥当でしょう。あなたは彼の言語能力に問題がないと本気で考えているのかしら?」

「確かにそうだけど、今それは関係ないだろう!」

「・・・・・・俺っち、泣いていい?」


 睨み合う僕らの横で、狭間くんは膝を抱えて泣き出した。


 ハーフタイムが終わり、いよいよ後半戦開始である。


 点差とこれまでの展開から考えて、ゲームはまだこれから。観客も含め全員がそう考えていたのだが・・・・・・どうやら既に〝投げて〟しまった人物がいた。


 他でもない、次期部長の沢井谷くんである。


 後半もジャンプボールから始まったのだが、彼は跳ぼうという姿勢すら見せなかった。僕の弾いたボールはあっさりゴール下へと運ばれ、山野辺先輩が得点した。


 その後もひどい有様だった。


 ボールが渡っても、適当に放るか無難なパスをするだけ。ディフェンスに至っては、ゴール下を守るはずなのに戻るのは一番遅かった。


 どうやらここまでらしい。


 僕と姫宮さんは視線を交わすと、プレイスタイルを変えた。これまでほとんど得点に絡むことのなかった僕が、積極的に攻める方向へとシフトしたのだ。


 ディフェンスを抜き去り、スクリーンを利用しゴール下へ走り込み、隙あらばスリーポイントを放つ。


 もちろん、パスで味方を活かすことも忘れない。

 点差は圧倒間に開き、後半七分が経過した時点で五〇対三七で、三年生+アルファチームのリード。


 館内は、早くも見え始めた勝敗に飽きを見せ始めていた。


 山野辺先輩が四つ目のファウルをもらったところでタイムアウトをとった。


「いやー、思った通り勝てそうだね姫宮さんー」

「それは違うわよ風間くんー。相手が想像以上に想像以下だったものー。私たちの予想は大外れよー」

「まったくだねー。さすが件の弱小バスケ部だー。先輩方、楽勝でしたねー」

「ああ、うん・・・・・・」


 山野辺先輩に笑顔はなかった。チラチラと一・二年生のベンチを気にしている。他の三年生も似たような感じだ。浮かない顔をしている。


「さーて、残り一三分。適当にやろうかー」

「そうねー。私もう走るのやめるわー」

「なんだってー。なら僕は目を閉じてシュートを打つぞー」


 タイムアウトが終わり、コートに戻っても三年生の集中力は戻らなかった。


 だが、二年生だけで構成されたチームは,、既にやる気が感じられない。ボールを追うことすらやめそうだ。ベンチからの声援も途絶えて久しい。


 さらに二分が過ぎ、残り時間は一〇分少々。コートの上で僕と姫宮さんが談笑していたさなか、それは起きた。


 姫宮さんが得点し、六〇対三七となったとき、ふと誰かの呟き声が聞こえたのだ。


 ――もう終わりだな、と。


 その瞬間。


「ふざっけるなッ!」


 天を裂き大地を揺るがす大音声。

 山野辺先輩だった。


 試合中にもかかわらず、コート上の者を含め館内にいる全員が動きを止めた。

 山野辺先輩はゴール下に立っていた。背後に怒りの炎を背負い、剥き出しの歯を食いしばり、額には青筋がいくつも見て取れた。


 その形相、立ち姿は仁王像を彷彿とさせる凄まじいものだった。


 やる気のない二年生に山野辺先輩がキレた。そう誰もが思った。


 だが、山野辺先輩はその場でくるりと背を向けると、背後の二階席へと怒声を放ったのだ。


「誰だ! 今終わりと言ったやつは! 降りてこい! ぶん殴ってやる!」


 もちろん誰も手を挙げる者などいない。すると今度はコートに向かって叫んだ。


 というか、僕らに向かって叫んだ。


「テメエらも好き勝手言ってんじゃねえ! テメエらになにがわかるんだよ! あいつらだってあいつらなりにがんばって来たんだよ! それをテメエらみたいなポッと出が馬鹿にしてんじゃねえ!」


 ものすごい迫力だった。僕も姫宮さんも縮み上がった。


「それと沢井谷! お前も俺の後を継ぐならシャンとしろ! つまんねえ意地張ってんじゃねえ! 負けてもいいのかよ! これは公式戦じゃねえんだぞ! ただのお祭りごとだぞ! 相手は俺たち弱小の三年なんだぞ! そんなやつらにさえ勝てなくてお前ら・・・・・・悔しくないのかよっ!」

「悔しいに決まってんだろっ!」


 木我沼くんだった。ベンチから立ち上がり、拳をわなわなと震わせながら叫ぶのだ。


「サワ先輩! 俺を出してください!」

「・・・・・・」


 動こうとしない沢井谷くん。


「あーもーっ! あいつらに馬鹿にされたままでいいんスか!」


 木我沼くんが指さした先には僕らがいる。ちなみに山野辺先輩の衝撃から立ち直った僕らは、


「今さら誰が出てきたって同じよねー」

「だよねー。しかも彼、一年生じゃないかー。点差見てから吠えろって感じだよねー」

「さっきの大声にはちょっと、ほんのちょっとだけビビっちゃったけどー。根性だけじゃどうにもならないことって、世の中あるわよねー」

「そうそう。嫌な先輩との軋轢とか」

「嫉妬に狂った先輩の嫌がらせとか」

「プライドだけは一丁前の先輩の試合放棄とか」

「後輩を見殺しにした三年生の自己満足とか」

「「あるよねー?」」


 と、コートにいる全員に聞こえるように言っていた。


 バスケ部全員がうつむいた。当たり前だ。心にやましいことのない者など、この部には存在しない。

 しばらく誰もなにも言わなかった。審判である川村先生が沢井谷くんの前に立った。


「時計は止めてある。どうする。続けるか?」

「・・・・・・」

「山野辺。お前はどうだ」

「俺は・・・・・・最後まで、やりたい」

「だそうだが?」

「・・・・・・わかりました。やります」

「いいだろう。では試合再開だ」


 川村先生が宣言し、同時に笛を吹いた。そして真っ直ぐ山野辺先輩を指す。


「青、四番。テクニカル・ファウル! ファイブファウル、退場!」

「「「「「ええーっ⁉」」」」」


 この日一番のブーイングが川村先生へと送られた。


      ○


 山野辺先輩が退場するのと同時に、木我沼くんがコートに入った。池谷くんに代わってポイントガードを務めるのだ。


 ボールを運んできた木我沼くんと、正面から対峙した。


「先輩。迷惑かけたッス」

「なんのことだい?」

「なんていうか・・・・・・あれ、あれッス。ああもう! 俺、頭悪ぃからなんてーかわかんないスけど、とにかく全部ッス!」

「なんのことやらだね」

「あくまでとぼけるスか。それもいいッス。でも、ならなんで姫先輩とあんなこと言ったのか、説明できるスか?」

「そんなものは簡単だよ」

「なんスか」

「僕はただ、試合を面白くしたかっただけだ」

「――はは! いいッスねそれ!」


 言うが早いか、鋭いドライブで切り込んできた。すかさずコースを塞ぐ。


「甘い! ッス!」


 絶妙なハンドリングでのフェイント。他のバスケ部員とはものが違う。


 逆をつかれ、僕は抜かれてしまった。


 伊田先輩がゴール下に立ち塞がった。木我沼くんは沢井谷くんにパス――と見せかけ、体勢を崩した伊田先輩の隙をついてジャンプシュートを放った。


「もらったッス!」

「そんなわけない」


 僕である。


 ゴール下に回り込んで空中でボールをキャッチしたのだ。大抵のシュートなら、僕のジャンプ力でなんとかなる。


「先輩ずるいッス!」


 木我沼くんの言うことになど耳を貸さず、僕はゴールに向かって走り出した。

 間に二年生が立ち塞がる。一人目を抜き去り、二人目を引き付けたところですかさずパス。


「姫宮だ! 打たせるな!」


 なんと味方であるはずの山野辺先輩が、ベンチから叫んだ。おかげで速攻は失敗に終わってしまった。


「ちょっ、山野辺先輩。僕らの味方ですよね?」

「もちろんだ。俺はバスケ部の味方だ!」


 それって暗に、僕と姫宮さん除外していませんか? 

 それと口調とキャラが変わってます。


 どうやら山野辺先輩は、本気でバスケ部の味方についたらしい。


 三年生がボールを持てば指示を出し、一・二年生が攻めあぐねていれば激を飛ばす。

 後半残り三分。一・二年生チームが最後のタイムアウトをとった・・・・・・山野辺先輩の指示で。


「いいかお前ら。風間は跳ばせなければ怖くない。木我沼、徹底的にスクリーンアウトだ!」

「はいッス!」

「姫宮はスピードはあるが上背はない。なにより素人だ。ゴール下でパスする確率が高い。沢井谷、スティール狙ってけ!」

「はい!」

「伊田、大槻。この生意気な後輩たちをぶっ潰せ!」

「「おおっ!」」


 敵同士のチームが、一つの円陣を組んで気合を入れている。

 もちろん僕と姫宮さんは蚊帳の外だ。


 もうなにがなんだかわからない光景に、観客たちはひそひそと耳を潜め合っていたが、そのうち笑い出した。


 山野辺先輩は、どうやら監督としての気質が開花してしまったらしい。確かに大きな体ででんと構えられていると、それだけでベンチの空気が盛り上がる。


「・・・・・・依頼はキャンセルみたいだね。ま。こういのも悪くないのだろう。なにせお祭りだ」

「そうね。山野辺先輩も元気になったし。木我沼くんもやっていけそうだものね」


 二人でぽつんと円陣を見つめていると、そこに山野辺先輩がやってきた。


「二人とも出ずっぱりで疲れただろ。そろそろ交代してもいいんじゃないか? 心配しなくとも、うちの一年がしっかり代役を務めてやるぞ?」


 悪徳! この人悪徳だ!


 ここに来て、助っ人の僕らを仲間外れにしようとしている。

 そりゃあ元はただの部外者だけど、こっちはあなたに依頼されて来てるんですけど? その辺ちゃんとわかってます?


 温厚な僕も山野辺先輩の勝手な言い分に腹を立てかけたそのとき、僕より数舜早く、姫宮さんがキレた。


「・・・・・・山野辺先輩。私たちへの依頼、覚えてます?」

「うん? いやー、なんだったかなー? 確かバスケ部の再興に協力してくれと・・・・・・」

「いいえ違います。先輩はおっしゃいました。バスケ部をぶっ潰してくれと。そのために私たち――主に私はやりたくもない悪役を引き受け、悪臭をこらえて先輩方のやる気を引き出すため、マスコットまで演じた」

「それは・・・・・・どうも。悪臭ってひどくない? 僕そんなに臭う?」


 姫宮さんは答えず、山野辺先輩の胸倉を掴むと目の前に引き寄せた。デカい体がほとんど二つ折りになったように見える。


「その依頼、果たさせてもらいます。――風間。本気で行くわよ」

「待ってました! 手加減し過ぎて眠くなってたところなんだ」


 不気味に笑う姫宮さんとやる気満々の僕を見て、山野辺先輩は青ざめた。彼の背後では一致団結したバスケ部員が早くも勝鬨をあげている。


 わだかまりの解けた彼らにとって、試合の結果など意味をなさない。

 勝ち負けに関係なく、美しい青春の一ページとして心に刻まれるのだ。


 ・・・・・・冗談じゃない。


 ここまで他人を巻き込んでおいて、今さら放り出すような人たちには、きついお仕置きが必要だ。山野辺先輩がなにやら謝罪と思しき言葉を並べていたが、聞く耳など持つはずがなかった。そろそろタイムアウトが終わるのだ。


 それからの三分間の惨状は、悲劇としか言いようがなかった。


 誰彼構わずボールを奪うとさっさとゴールに放り込み、コート外から入れられるパスを全部スティールしてやった。


 三分間もの間一得点すら許さず、僕と姫宮さんで九〇点とった。姫宮さんは本当にダンクシュートができた。


 僕も負けじとダンクをした。どちらもダンクシュートを四、五本決め、途中からは飽きておしゃべりしながら行うただの玉入れと化した。


 実質バスケ部全員対僕と姫宮さんという流れになったこの試合だが、終わってみれば一六六対四五という大差で(一応)三年生+アルファチームの勝利となった。


 バスケ部員が泣いていたので二人で罵詈雑言をぶつけまくった。まあまあすっきりした。


 観客一同ポカーンである。

 拍手も喝采も一切なかった。


 途中で「もうやめてえ! お願い!」とか聞こえたが、無視したので仕方がない。


 川村先生だけが律儀に勝利チームを宣言していた。 


 こうして悲劇と惨劇に彩られた三年生の追い出し試合は、最悪の結末とともに幕を閉じたのだった。


裏生徒会の二人は、敵ならば誰であろうと、徹底的に潰します。

そこに情けや容赦はありません。

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