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第5話「妖精の和歌」
敦子を誘って
満月の小径を歩く
池から流れる川を
橋から覗きこむ
月が映っている
ゆらゆらと揺れながら
流れに逆らって留まっている
「不思議だね
水は流れて行くのに
お月さまは流れないね」
妖精は何か懐かしむように敦子に言う
「月は遠いから流れないんだよ
ずっとずっと」
妖精は遠い昔
冷泉家にいた頃を
思い出していた
「私は敦子が生まれるずっと前に
京都の歌の家にいたんだよ
今夜は同じ月の匂いがする」
「冷泉家の庭に月が降りる夜は
一緒に逢えない人を想ってた
歌うのはいつも遠い人のことだった・・・」
懐かしい和歌を口ずさむ妖精
妖精は煌く小川のほとりで
敦子に笹船の作り方を教えた
「ねえ今夜は月を運ぼうか」
妖精は詠いながら笑った