第一章 『新ヶ島』メランコリー ⑤
「この部屋時計も無いのね、今何時?」
「時間なんて感覚だろ、えーっと二三時二八分だな」
テキトーでワイルドぶったが、スマホで確認した正確な時刻を伝えた。
「そぅ、日をまたいでるかと思ったわ。そもそも寝るつもなかったんだけどね。つい、うとうとしちゃって」
つい、じゃないだろ・・・
寝るつもりの無い人が、なんでシッカリ布団に入ってんだよ・・・
「まぁ、よく休めたみたいでなによりだ」
「短い時間だったけど、不思議と熟睡できたわ」
貂子はベッドから飛び降り、少し寒かったのかジャケットを羽織った。
「よし、アタシ帰るわっ」
え?
貂子はバッグを肩にかけ、支度をする。
あれ、話は?
寝に来たの?
オレは勇気を出して、本題について聞いてみることにした。
彼女がオレの家に来た理由だ。
オレばかり得したようで、何か目的があった彼女に申し訳ないからな。
「あのさ、寝起きのところ悪いんだけど、オレに話って何なんだ?」
「あー、その件ね。もう遅いし、また今度でいいわっ」
「そ、そうか」
「何?気になるの?」
「そりゃ気になるだろ!テンから話があるなんて、獅子座流星群くらい珍しいからな」
「そう?でも深夜に帰宅途中の女子高生を呼び止めるなんて、アンタ犯罪者予備軍よ?」
よくあんな無防備で寝てて言えるね・・・
しかし半分正解だ。これ以上遅く帰すわけにもいかない。すでに補導の対象の時間帯だ。
「それなら、歩きながら聞かせてくれ。夜道は危ないだろうし、せめて送って行かせてくれ!」
「断る!アンタと一緒に居た方が危険だわっ。逆走ダンプが猛スピードで突っ込んでくるかもしれないし」
こんな時間にこんな所をダンプが走るわけないだろ・・・とも言えなかった。
『悪運』が引き起こすサプライズは、予想を超えてくる恐れがあるからだ。
迷惑をかけた程度では済まないかもしれない。
「それも、そうだな・・・」
心配だが、おとなしくしていた方が返って安全だ。
「はぁ、わかったわ。ハイ、貸してっ」
貂子は額を手で押さえ、ケータイを出せと要求してきた。
何をする気なのかはわからないが、とりあえず手渡す。
スマホを両手に一つずつ持ち、何か操作をしている。
「・・・何してんだ?」
検索履歴とか見てないよね?
カメラロール見てないよね??
「ハイ、アタシのID登録しておいたから、そこに今テキトーに何か送って」
互いの連絡先を知らないことに今気がついた。
それもそのはず、今日という今日までバイト先以外で彼女とコミュニケーションを取ったことなどなく、連絡を取り合うという発想も無く、必要性さえ感じていなかったからだ。
「お、おう。わかった」
こういう時、気の利いた文章の打ち方をオレは知らない。
つまり、なんて送ったらいいのかわからない。
「ねぇ何してんの?さっさと本文に文字打って送信押せばいいのよ」
んなこたぁわかってんだよ・・・
ハイジ 「水原灰二です。こんばんは。」
白衣貂子 「あんだけ悩んでコレ?」
「アンタ、メッセージしたことないの?」
「あるわけないか、友達いなそうだし」
「かわいそうなヒト」
「・・・書き込み中・・・」
「連投やめぇぇええい!目の前のヒトに対して媒体でディスってんじゃねぇ!」
貂子はまだ画面をタップしている。
既読スルーならぬ、既聴スルー。
ちくしょう・・・
それならばとコチラも文面にて応戦する。
白衣貂子 「・・・書き込み中・・・」
ハイジ 「お前、今時の若者で登録名漢字フルネームのヤツいないぞ?」
「女子って ひらがな とか あだ名 とかじゃないか?多分」
受け取ったオレのメッセージを見たのか、貂子の親指が一点で連打した。
何が送られてくるんだ・・と構えた時、彼女はスマホを雑にポケットに突っ込んだ。
リアルな既読スルー現場。
目の前の女の子に既読スルー&既聴スルーされているオレの気持ちはお分かりいただけるだろうか・・・
「さてっ、帰るわ」
「お、おいっ」
「何?」
「いや、その、外門まで送るわ。そこまで暗くて迷うだろうから」
「迷うようなところじゃないでしょ。まぁいいわ、よろしく」
消えかけた街灯の明滅がストロボのようだった。
「じゃあ、今度こそ帰るわね」
「おう。気をつけてな」
「じゃっ、またね」
チカチカとだんだん遠くなる背中に手を振った。
今日、白衣貂子がオレに話そうとしていた事は何なのか。
ふと思いつき、スマホのメッセージアプリを起動した。
白衣貂子の欄を開くと新着メッセージは無く、代わりに「・・・書き込み中・・・」の文字が消えていた。
そうか、連打はデリートだったのか。
いったい何と打っていたのだろうか。
結局、彼女が伝えようとしていた事は謎のまま終わる一日となった。