第一章 『新ヶ島』メランコリー ③
アスファルトに散った桜を避けて歩く。
本当に来てしまった・・・
チカチカと照らす消えかけた街灯に照らされて後悔した。
オレはあれから、道中何度も他の場所を提案したのだが聞き入れてもらえなかった。
十五分で着くところをわざと倍かけて遠回りしたのだが、その抵抗も空しく散った。
「・・・ここだ」
築年数不明、木造二階建ての全六部屋、夜はわからないが外壁には変なツタがビッシリ張り付いている。
外門のプレートを貂子は凝視した。
「チェーン荘・・・って、こんなとこにホントにヒトが住んでるの?」
「オレが住んでんだよ!」
「・・・ロクな暮らしはしてないだろうなって思ってたけど、まさかこんなオバケ屋敷に住んでるとはね~」
悪かったな・・・
「部屋ん中もだいたいこんな感じだぞ?」
「大丈夫、期待してないから。それよりココってどこから入るの?」
背伸びしてみたり、しゃがんでみたりしている貂子。
なんでお前、ちょっと楽しそうなんだよ・・・学校の遠足でちょっとした観光スポットにやってきた小学生のテンションだぞ、それ。
はぁ、観念せざるを得ないようだ。
「こっちだ」
「えっ!そっちは裏じゃないの?」
「紛れもなく正門だ。ゴロゴロ石落ちてるし、めっちゃ草生えてるから気を付けてな」
「はーい!」
オレの部屋は一階の二号室。明滅する裸電球の共同玄関を抜け、うす暗い廊下を歩く。
うわぁー、とミステリーハンター貂子は興味深そうにキョロキョロしている。
オレ家、遺跡でも洞窟でもないんだが。
「アンタよくココ見つけたわね、気に入ったわ!」
「見つけたんじゃなくてココしか選択肢がなかったんだよ。好きでこんなトコ住むわけないだろ!」
高校を卒業し、新ヶ島で安い物件を探していた頃、なんかちょっと胡散臭そうな不動産屋にダメ元で聞いてみたら紹介された『メゾン・ド・チェーン』は相場ではありえないほどの破壊的破格だった。出された資料の写真が新築改装したて洋城のような見た目だったため、オレはその場で即決した。
引っ越し当日に初めて『チェーン荘』の表札をを見て気が付いた。ヤラれたって。不動産屋に電話しても全く繋がらなかった。破格には変わりないし、よく考えたらそんなうまい話があるわけないと諦めて住み始めた。
しかしあの不動産屋、写真イジりすぎだろ・・・怖い時代だ。
「ココがアンタの部屋ね!」
早く開けなさいよ!とキラキラした瞳で急かしてくる。
お前やっぱり何か勘違いしてないか?
いつもの左ポケットからカギを取り出す。
「何そのキーホルダー・・・ダサすぎっ」
「お前、ボンバーマン馬鹿にしたな?白ボンだぞ!?」
コイツまさか、あのボンバーマンを知らないのか?
今流行している複数人でモンスターと戦う協力型ハンティングアクションやプレーヤー同士バトルロワイヤル形式のゲームの原点こそがボンバーマンだとオレは思う。
原点で頂点、最高で至高。
「・・・あっそ」
まったく興味ないな。お前にはボンバーマンはまだ早すぎたようだな。
「はぁ、気ぃ進まないけどようこそ我が家へ」
ギィー、と歪な音を立てドアを引いた。
「ジルになった気分だわっ!」
「わかったから入れ!」
側壁のスイッチを入れ、明かりをつける。「お邪魔しまーす」と後から貂子はついてきた。
「へぇ~、ゴッチャゴチャに散らかってるのをイメージしてたけど意外とキレイにしてるのね」
「というよりは何も無いんだけどな」
玄関から入ってすぐ左に台所。その横に冷蔵庫。その先に軋むフローリングの六畳半。アルミの簡易ベッドと小円卓と座布団。これがオレの部屋の全てである。トイレは共用、風呂無しだ。
「何も無いわりにちょっと変なニオイするわね。」
「悪かったな、男の生活臭ってとこだろ。そこ座っててくれ」
「はーい」
元々客人が来る想定をしていないから、座布団は一枚のみ。
おもてなしなんて考えもしなかった展開だ。
「テン、何か飲むか?」
「カルピス」
「水か麦茶か牛乳だ」
「ちっ、麦茶でいいわっ」
コップは二個あったので、二人分注いで円卓に置いた。
「ほらよ、冷た~い麦茶」
「どうも」
貂子は律儀にも正座し、部屋内を興味津々と見渡していた。
オレは軋む床に直に胡坐をかいた。
「テン、足崩していいぞ?」
「アタシはこれが一番楽なの」
「そ、そうか」
自分のこの部屋に女の子が存在する違和感。
その女の子が白衣貂子であるから、それは尚更だった。
「それにしてもオモシロ味ないわねー、男の部屋ってこんなモノなの?」
「人それぞれじゃないか?実際、実家の部屋はマンガやゲームが散在してるからな」
「ふーん、初めてなのよねアタシ」
「へ、へぇ~」
・・・男の部屋に来るのがってことだよな?いや、まさかっ・・・ってバカ!
貂子は麦茶を一口してコップを置いた。
男の部屋が初めてにしては、おばあちゃんの家に遊びに来たように落ち着いている印象を受ける。
しかし何か引っかかる、オレが感じている違和感。
この部屋に女人の侵入を許したことからくるモノだけでは無いと悟った。白衣貂子に感じる、いつもと違うようなそんな違和感だ。しかしその根拠はわからなかった。話があると言われ、単にオレがビビっているだけかもしれない。
これが外での普通の彼女なのかもしれない。
大丈夫、落ち着けっ水原灰二。
幸い、この何も無い部屋に見られてはいけないモノなど何も無い。
「アンタって花粉症?」
「いや?違うけど、どうしてた?」
だってほら、と貂子はオレの後ろを指さした。
「ベッドの下のゴミ箱、ティッシュ山盛りじゃない?」
・・・・・・
「だぁぁぁぁぁああああっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああいっ‼」
――――――――抜かったッ・・・!
「ちょっと、ビックリさせないでよ!何なのよティッシュくらいで!ってアンタ何してんの?」
オレは反射的にそのゴミ箱を持ち上げていた。
それはまるで、聖杯を天高く掲げる名画のように。
オレとしたことが何たる失態。油断しきって肝心なコアの部分を見落としていた・・・
ここはどうにか、いや何としてでもやり過ごさなければなるまい。
「こ、これは今朝ジュースをこぼしてしまってな!」
「はぁ?ジュース?」
「カ、カルピスだ!たまたま昨日買ってきたカルピスを今朝飲もうとしたら、うっかりこぼしてしまったんだった!」
オレは知っている。
その視線の名は、軽蔑。
まずいか・・・
「なーんだ、だからカルピスもなかったのね。ニオイの原因もきっとソレよ。時間が経ったらそりゃあ変なニオイもするわ。ソレ外に捨ててきて」
・・・セーフだっ!
「お、おう!すぐにさっさと遠くに捨ててくるわ!」
「遠くじゃなくても、さっき共同のゴミ捨て場すぐ外にあったじゃない?」
「いや!遠くに捨てたい気分なんだ!ティッシュ達もそう言っている!」
「わけわかんないんだけど・・・」
「出てくるからここでちょっと待っててくれ!な?」
「言われなくてもココに居るわよ」
オレはそれを玄関で袋にまとめ、銀行強盗のように逃走した。