第一章 『新ヶ島』メランコリー ①
ふぅ、と一息つき水原灰二は制服のキャップを脱ぎながらスタッフルームに入り、タイムカードを切った。
今日も一日お疲れさん、と自分をいたわり伸びをした時だった。
「ちょっと、アンタ!」
オレか?と振り返ると、ロッカー前に同僚の白衣貂子が立っていた。
ほぼ平均身長に等しいオレの肩ほどの背丈。幼い顔立ちから中学生、いや小学生と紹介されても難なく頷けるが、歳はオレの一つ下で十七歳。この春で高校三年生だ。
店のロゴ入り赤帽子に白のYシャツ、黒のパンツとお揃いの恰好をしているが彼女が着ているとコスプレやおままごとにしか見えない。
漫画のヤンキーが凶器をチラつかせるかのように右手でキャップを皿回ししている。
「アンタってなぁ、オレ一応年上だぞ?」
「着席っ」
「えっ?」
「だーかーらっ、着席だって言ってんのっ!」
皿回しを止め、その手で机の奥のパイプ椅子を指している。
よくわからないが、どうやらそこに座れということらしい。
一つ年下とはいえココでは彼女が先輩だ。唯一の後輩のオレの下僕か何かと勘違いしている。
やれやれ、今度はなんだい。席に着くと、ワザとガシャンと音を立て貂子も対面に着いた。
細い腕を組み、偉そうに仰け反っている。首を少々右に傾け、低い位置から見下した姿勢で無言で睨みつけていた。
なんですかすげぇ怖ぇ・・・
オレはどうにかこの猫に捕まったネズミ状況を打開せねばと、恐る恐る口を開いた。
「きょ、今日はお前もシフト閉店までだったのか!たしかテスト期間じゃなかったか?バイトもいいけど、勉強に支障が出なぃ・・・」
「誰のせいでこんな時間まで残らせられたと思ってんのよ!」
ダァーン!と机に鉄拳が墜落した。
「クレームよ!ク・レ・エ・ム!また象田さんからクレームが来たって言ってんのっ!待てど暮らせど一向に来る気配も連絡も無いし、ようやく来たと思ったら配達員はボロボロだし、届いた箱を開けてみたら・・・スクランブルピザなんて頼んだ覚えはない!って、この内容の電話を一時間半も受けさせられたのよ!?」
「ち、違うって!ツイてなくって・・・」
「不慮の事故だって?アンタいっつもソレじゃない!また宅配用の原付ダメにしたんだって?これで何台目だと思ってんの⁉先月アンタが入ってから五台目よ、五台目!若者の二輪離れへの反対勢力なわけ!?店長が血眼で今度こそアンタをピザ窯にブチ込んでやるってシャウトしてたわよっ!」
アサルトライフルの如く、連続的ディスの鉛弾を浴びせられる。
貂子は沸騰した顔を伏せ、ハァハァと荒げた息を整えている。
「待ってくれっ、本当に今回もツイてなかったんだ!急に猫がっ、黒猫が飛び出して来たんだ!それを間一髪避けた先に電柱があって・・・マジで死んだかと思ったぞ!」
言いたいことはそれだけか?とつまらない仕事を依頼され、あとは引き金を引くのみの殺し屋のような目で突いてくる。
オレは見えない銃口に怯んだが続けた。
「今までだってオレはオレ以外ケガ人も出していないし、車にキズひとつ付けた事もない、他人に迷惑をかけていない!原付がスクラップになっただけで済んで良かったと思うべきだろ!」
「今ココに迷惑かかった人がいるんですけどー、二〇時に上がる予定だったからドラマの録画して無いんですけどー」
それは勝手だろ・・・しかし声にはできなかった。
沈黙の兵卒にアサルト貂子は追撃する。
「ようやく反省したようね?原付だってお店の売り上げから出してるんだから、アタシのお給料にまで響いたらアンタ責任取りなさいよ!そうね、アタシが時魔術師になってアンタの労働時間を二分に書き換えてやるわ。さらにその残りをアタシのタイムカードにプラスする!ターンエンド!」
ビッ!と指し、決まった・・・ッ!とばかりに余韻に浸っている様子。
「月二分って・・・わかった、わかったよ!オレが悪かった。明日、改めて店長にも頭下げるよ。殺されるかもしれないけどな・・・テンにも迷惑かけてすまなかった。時魔術でも黒魔術でも好きに発動してくれ」
降参とばかりに両手を上げ、目を閉じた。
ドラマを見逃したという小さなことではあるが、自分だけでなく『悪運』が、こういった形で他人にまで迷惑をかけている現実を知った。
無論、彼女にとっては大問題なのだが・・・