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贖罪の賢者  作者: 生茶
第一章
9/16

腐っても元賢者

「仲が良いのは分かったけど、ちょっとは周りのことも考えてね」


 それだけ言うと、またカイルは毛布にくるまった。ミルドレッドも、クロウも、カイルが言ってほしいことを代弁してくれて、満足そうに横になる。


「怒られた。お前のせいだな」


「なんで私のせいなのよ!」


「ごほんっ」


「「…………」」


 カイルのわざとらしい咳払いに、二人は黙り込んだ。


「とりあえず、座ろうか」


「そうだね。静かにしましょう」


 気まずい時間が流れ、気が付けば薪の火も消えていた。それからは特に会話もなく、時間が過ぎた。どれだけ時間が過ぎたかわからないが、眠そうに目をこすって身を起こしたカイルと見張り役を交代し、フィルアとルーアは泥のように眠るのであった。


 翌朝、フィルアは朝日の明かりで目が覚めた。目覚めよく身を起こすと、すでにカイルとミルドレッドが支度を始めていた。ルーアはまだ毛布にくるまっている。クロウもまた相変わらず腹を出して寝ている。早朝は冷えるから寒くないのかと疑問に思うが、クロウという人種は基本バカなので、寒いことにも気が付いていないのだろうと結論づける。

 毛布をしまい、水筒の水でうがいをする。干し肉と乾パンを貪りながら、クロウをたたき起こし、それぞれに準備を整えていく。飛び起きたクロウも、しぶしぶ身支度を整える。


「さ、今日中にノートランドに着きたいから、そろそろ出ようか」


 そうして、一行は二日目の旅路を行く。馬を歩かせ、数分で森に入った。鬱蒼と茂っているわけではないが、視界が悪い。道はあるのだが、曲がりくねった道があるため遠くは見えず、脇道は木や蔦、背の高い草が多いため何が潜んでいるか分かったものではない。そのため、カイルが警戒を高めるよう注意を呼びかけ、いつでも戦闘に移れるように皆装備を整えていた。

 クロウとミルドレッドが先頭を行き、目を光らせている。カイルとルーアもまた、茂みに睨みをきかせ、隙を作らないように神経を研ぎ澄ませていた。一方、フィルアは馬の上で退屈そうにあくびを漏らした。


「ちょっと、フィルアさんも辺りの警戒してよね」


「そんなことに体力使うのやめとけよ。この先数時間、そうやって警戒マックスで行くつもりか? しんどいだろ」


 フィルアの態度に不満そうなルーアが、横目で注意するが、フィルアは気にした様子もなくいつも通りに表情を変えずにいた。まだ何か言いたそうなルーアだったが、能天気なフィルアを見ると諦めたようにため息をついた。

 特に、イベントが起こることもなく、昼過ぎに本日数度目の休憩をとった。フィルアには現在どこまで進んでいるか検討もつかんかったが、カイルが地図を取り出して指をさした。


「今はこのあたりです。もう森の半分以上を進んでるので、日が沈む前には街中に入れそうです」


 とのことで、フィルアは景色の変わらない森道に飽きてきた頃で、早く到着を願うばかりだった。見るからに表情が暗いフィルアを、カイルが励ましてまた馬を歩かせる。


「にしてもさ。やっぱりフィルアさんは腐っても元賢者なんすね。ここまで無警戒なのも、逆に尊敬するっていうか」


「元賢者だけど、腐ってねーよ」


 クロウの何気ない言葉にフィルアは反論する。フィルアは基本的に、このクロウという男を馬鹿だと思っている。戦闘スキルに目を張るものがあることは認めるが、このように思ったことをすぐ口にすること、気が使えないこと、顔が馬鹿そうなことにより評価はいまいち。


「まだ腐ってなかってんですか」


「まだ、ってなんだ。これからも腐らないし、腐る予定も無い」


「クロウ、フィルアさんは自分が腐ってることも気づいてないから、あまり本当のことは言わないほうがいいよ」


「ルーア、お前は黙ってろ」


 クロウに乗っかかって罵声を浴びせ用とするルーアを、フィルアが睨む。カイルが楽しそうに聞いているのも癪に障り、フィルアは頭を抑えてため息をついた。こういうことに体力を使うのが一番無駄なことに気がついたフィルアは、適当にルーアをあしらう。

 クロウがまだフィルアに話しかけてくるが、適当に生返事をしておくだけで満足そうにしている。フィルアは、扱いやすい馬鹿で良かったと安心して気を抜いた。そうこうしているうちに、フィルアが目を細めて生返事をやめた。

 明らかに雰囲気が豹変したフィルアに、ルーアが言葉を詰まらせる。クロウは気づいていないようで、まだ一人で会話を続けている。見かねたカイルが、フィルアの横へと馬を移動させ、小声で訪ねた。


「どうしました?」


「敵だ。この感じは人間っぽいな。魔物じゃあない。こちらを観察してるみたいだ」


 ふざけたような口調ではなく、いつにもなく真剣な言葉に、カイルは眉をひそめた。


「本当ですか? ミルさんも何も言ってませんし、僕もまだ人の気配は感じていないです」


「嘘なんかつかねえよ。多分、最近流行りの野盗さんかな。人数は……、10人だ。そこまで多くなないが、相当の手練のようだな。気配を隠すのがうまい」


「……本当に、魔法というのは便利ですね」


「まあな」


 フィルアが野盗がいると言っているのは本当だとカイルは判断し、魔法を行使した察知能力の高さに舌を巻いた。フィルアがいなければ意識外からの攻撃を食らっていた可能性がある。誘っておいて良かったと、カイルは安堵するが、まだ安心はしていられない。


「取り囲まれるのも時間の問題だ。こっちから攻撃仕掛けてぶっ潰そうぜ」


 にやりと犬歯を見せて悪い笑みを浮かべたフィルアに、カイルは渋い表情をするも、納得する。相手はまだこちらが気づいていないと思っているだろう。野盗か何か知らないが、こんな森の中で気配を隠して接近しているだけで怪しい。こちらから攻撃して、ただの冒険者だとしても、相手にも非があるのではないだろうか。カイルはフィルア以外の三人に目配せをする。それだけで皆小さく頷く。


 たった少しのアイコンタクトと身振りだけで意思疎通したのを見て、フィルアは良いパーティーだと呟いた。ほとんど自然に見えるやりとりに、感づかれることもない。こちらを観察するような気配を感じながら、フィルアはどうしてやろうかと獲物を前にした獣のように舌なめずりをする。


 自分の察知魔術に自信があるが、もしただの冒険者だったことを考えると、殺傷能力の高い魔術は控えるつもりだった。気配がバラバラになり、囲まれてしまうと厄介なので、フィルアはある程度距離が近づいてきたところで行動に出る。


《地霊よ在れ(アニマ・テラ)》」


 フィルアが短く詠唱スペルキャストを紡ぐ。

 そして、森の中から男数名の悲鳴が響き、木々が折れる音や喧騒が大きくなる。本来ならば、植物を少し操ったり、大地を変形させられる魔法なのだが、フィルア仕様ということで、今頃森の大木や蔦に縛り上げられているだろう。しかし、まだ動く気配にフィルアは神経を研ぎ澄ませる。


「5人に逃げられた。来るぞ!」


 皆の表情に緊張が走る。鬱蒼と茂る森に、荒々しい風が走り、木々を揺らした。刹那、五つの影が飛び出す。

 金属が強くぶつかり合う甲高い音がフィルアの耳をつく。ミルドレッドが強堅な盾で野盗の短剣を防いでいた。また、見るからに冒険者といった風貌ではなく、顔をフードと布で覆い、身軽な装備に身を包む彼らは、野盗だと言わんばかりの身なりだ。

 カイル、クロウが馬から飛び降り、野盗へと駆ける。


《鈍重なる者よ(ドーク・マーク)》」


 言葉とともに、ルーアの魔力が練り上げられる。野盗たちの足元に、直径一メートルほどの魔法陣が浮かぶ。行動阻害の魔法で、厄介な魔法に野盗は苦々しく舌打ちを漏らす。魔法陣の中でいる限り、歩けなくなる効果に、野盗はカイルとクロウ、ミルドレッドの剣撃を躱せず、短剣で受け止める。

 魔法陣の効果が切れるか、魔法陣を直接傷つけるだけで魔法の効果は溶けるのだが、そんな悠長な暇を与えるほど優しくはない。

 ミルドレッドの振るう大剣により、野盗の一人が吹き飛ばされて無残に地面を転がる。気を失ったようで、ぐったりと動かない。それを見た他の野盗たちは、生唾を飲み込んだ。このままでは全滅は確実だと、クロウのそばの野盗が、悪あがきのように、ナイフを投擲する。


「危ねっ!」


 投擲されたナイフは、予想以上に鋭い速さで、クロウは間一髪身を翻して回避する。そのナイフは、カイルの近くの野盗の足元に刺さり、魔法陣が消滅した。その隙を突いて、ナイフを投擲した野盗も自身で魔法陣を破壊する。二人が解放され、素早く残りふたりの野盗の魔法陣もナイフを突き刺し、魔法陣は機能を果たさなくなる。

 カイルは、次の攻撃を警戒し、クロウとミルドレッドも相手の動きを待つ。ルーアもいつでもサポートできるように後方で身構える。


 野盗もまた、ここで引くかゴリ押すか考えているのか、無言で牽制しあう時間が続く。しかし、結局一矢報いたいのか、逃走は不可能と判断したのかわからないが、カイルやクロウを無視して、構えも取らないフィルアを四人の野盗が猛襲をかけた。

 なんとか食らいついたカイルに、一人の野盗が短剣を振るうが、それは通らない。しかし、残りの3人がフィルアへと向かう。フィルアはただ不敵な笑みを浮かべるだけで動こうとしない。


「残念でした」


 野盗の短剣が、フィルアに届く直前、ぴたりと短剣が静止する。何がなんだかわからないといった様子で目を見開く野盗たちは気が付く。蔦や木の枝がまとわりつき、体を締め上げていた。身動きひとつ取れない彼らは、しばらく身を捻らせて脱出を試みたが、無駄だと悟ったのかおとなしく項垂れた。

 そして、それを見た残り一人の野盗は、呆然と立ち尽くして短剣を捨てた。おとなしくなった野盗を、フィルアは蔦で縛り上げると、疲れたように息をついた。


「で、どうするよ。こいつらを運ぶのは流石に無理だろ」


「そうですね。このまま置いていきましょうか」


「お前、なかなかえぐいこと言うな。この森も一応魔物がいるんだろ?」


「運ぶのは無理ですし、彼らに歩いてもらうのもありですけど、到着が遅れるのも何だか癪ですし、また街についたらギルドの方に頼みましょう」


 この野盗たちは、またギルド員が後ほど回収してくれるように手配することになった。それまでに魔物に喰われてなければそのままお縄につくことになるが、喰われてしまうことも十分あり得る。それでも、野盗の運命など他人の自慢話以上に興味がないフィルアは、それ以上何も言わず、街を目指すのだった。

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