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贖罪の賢者  作者: 生茶
第一章
4/16

変な組織

 ルーアと別れた後、代金を払い終えてフィルアもすぐに店を出た。

 日はまだまだ高いが、家に帰って寝てしまおうかと考えていると、灰色のフードを深々と被って顔を隠している見るからに怪しい二人組がフィルアの前に現れる。


「元賢者のフィルア様ですね」


 『元』という言葉が強調されている様に聞こえ、フィルアは軽く二人を睨みつける。

 抑揚のない男性の声で言うのは、フードの二人の背の高いほうだ。怪しさの溢れる二人の姿を見たフィルアは、先ほどのルーアとの会話で出てきた変な組織を思い浮かべる。


「そうだけど。お前たちも俺の賢者落ちを馬鹿にしに来たか?」


 声色を落として言うフィルアに、フードの二人は冷や汗を流すことになるのだが、あくまで落ち着いた様子で返す。


「いえ、そういうわけではありません。……単刀直入に言います。我が主が貴方に会いたいということで、その使者として来た次第であります。詳しい話は我々では出来ませんので、不要なことは聞かずに同行お願いします」


「何だそれ。まず俺が着いていく理由がない」


「それなりの対価なら出しましょう」


「馬鹿が。俺がそんなのに釣られると思うなよ」


 不満そうにフィルアは吐き捨てる。

 それ以上に、拒否を認めていないような言い草の二人の態度に、フィルアはかなり頭にきていた。


「何が目的か知らんが、怪しすぎる。俺も暇じゃないんだ。これ以上うだうだ言うようなら、分かってるな?」


 怒気を含めたフィルアの言葉に、二人はたじろぐ。フードの二人は背中に嫌な汗が伝うのを感じながら後ずさって言う。


「対価は金貨10枚で……」


「あ、行きます。そういう大切なことは先に言えよ」


 フィルアはすっかり怒気を抑えて即答し、フードの二人は安堵のため息をついた。




             ■




 何かあれば暴れて帰ってやろう。くらいの軽い気持ちでフィルアはフードの男に着いていった。

 細い路地を抜け、ドブ臭い通りをいくつか抜けると、背の高い建物に囲まれた薄暗い路地に入る。既に一時間ほど歩いており、フィルアはこんなに遠いなら馬車くらい用意しとけと文句を言う。

 このあたりは、王都の中でも治安の悪い地域だとフィルアは知っていた。通ってきた道が複雑で、広い通りを通過しないように動いているせいで正確な場所は分からないが、この独特な雰囲気はフィルアの知っているものだった。


 恐らく、表の通りに出ると怪しい商店が軒並みを連ねていることだろう。

 フール・セントラルと呼ばれる、王都において一般人はあまり訪れない場所であり、貴族や衛兵さえもこのあたりは避ける。貴族がいれば身をはがされ、衛兵がいれば袋叩きに遭ってしまうだろう。言わば、犯罪を黙認されている地域でもある。

 なぜここまで治安が悪くなってしまったのかというと、昔に巨大な闇組織の抗争が絶えず、衛兵も手を焼いて逃げ出してしまったからだ。力でねじ伏せることも考えた国の方針も、なまじ勢力の大きすぎた組織に手を出せないでいた。


 現在ではその抗争も落ち着き、少しは平和になったものだが、それでも王都の中では最も治安の悪いフール・セントラルは多くの犯罪組織が根城にしている。夜どころか、昼でさえも安心して街中を歩くことはできないだろう。


 そんなフール・セントラルに連れてこられたフィルアは、内心帰りたい気分が隠せなくなっていた。


「なあ、お前らの主ってもしかして凄い悪い人だったりする?」


 フィルアのうんざりした声色の質問に返答はなかった。フードの二人は口を閉ざしてしまって会話ができなかった。

 その淡白すぎる反応に、フィルアはもう帰ってしまおうかと考えていた時だった。


「ここです。着きました」


 フードの男が立ち止まって指さした場所は、陰気臭いバーだった。階段で少し下ったところに申し訳ない程度の薄明るいライトで照らされたボロボロの看板と、質素な扉が付いていた。

 細い路地の壁がすっぽりとなくなったような場所に佇むバーは、まるで隠してあるかのようで、到底客が訪れるようには思えない。


「ここのバーのVIP席の個室に我々の主が待っております」


 それだけ残して、フードの男はそそくさと逃げるように消えてしまった。フィルアが呼び止めようとするも、聞く耳も持たず去ってしまう。

 一人でこんな所に入るのかよ、と思いながら決意を決める。ここまで来てしまって何もせず帰ってしまうのも癪に触るのもあるが、それ以上に賢者落ちしてから何かにすがりたい気持ちもあったのかもしれない。

 何あともあれ、フィルアは薄暗い階段を下り、扉を開けた。


 カランとベルの音が鳴り、それと同時に薄暗い店内の喧騒が耳に障る。予想以上に繁盛しているようで、落ち着いたバーの空気とは真反対な騒がしい空気に気圧される。

 いかにも柄の悪そうな男たちが睨みをきかせてくるが、フィルアはそれを無視して店内を眺める。


 カウンターには数名の客が座り、ぼそぼそと会話しており、バーのマスターであろう老人がグラスを吹いている。テーブル席にはフィルアを睨む数名の男。

 その中の一人がおもむろに立ち上がってフィルアの前に立ちはだかった。


「おい、ここはガキが来るところじゃねえぜ。さっさと失せな」


 見下すように荒い声で言う男は、熊を思わせるような巨体で、シャツから覗く腕には元の肌の色がわからないほどの刺青が刻み込まれている。どう見ても堅気ではないその風貌の男の威圧的な態度に、フィルアは表情を変えずに前に出る。


「あ、店員さんですか。VIP席に案内して欲しいんですが」


「おい、話聞いてんのか。帰れって言ったんだよ。しかも店員じゃねえ」


「あ、そう。店員じゃねえならすっこんでろデカ物」


 フィルアからすれば、ここまで呼ばれてきたというのに、早々帰れと言われて少々気が立っていた。

 そのため明らかに挑発したような口調に一変するフィルアに、刺青の男は額に血管を浮かべた。


「言うじゃねえか。五体満足で帰れると思うなよ?」


 犬歯をむき出しで怒りを顕にした刺青の男は、大きく拳を振り上げた。同じく眉間にしわを寄せて睨みつけていたフィルアは、いきなりの暴力行為はこちらの専売特許のように思っていたため、自分以上の手の早さに一瞬舌を巻く。

 しかし、フィルアのいかにも肉体線に不向きなような体型に油断したのか、分かりやすく大ぶりで拳を振るった刺青の男のその行為は愚行でしかなかった。

 フィルアは、冷静にその拳を躱すと、刺青の男の腕を掴んでそのままの勢いを殺さずに投げ飛ばした。


 巨体を誇る刺青の男の体が簡単にバランスを崩して頭から床に転げ落ちた。その光景に、テーブル席の男たちは唾を飲んだ。


「悪いな。お前と違って俺は育ちがいいんだ。ちょっとくらいの護身術は知ってるさ」


 目を白黒させながら、頭を抑えて立ち上がる刺青の男にフィルアは魔法を使うまでもないと吐き捨てる。

 そして、立ち上がった刺青の男からは、怒気がすっかりと消えて、明確な殺気が放たれている。刺青の男は、この異常に治安の悪いフール・セントラルで長年暮らしてきた堅気とは到底言えない言えない人種だ。自分から仕掛けたとは言え、その自分がいきなり知らない奴に投げ飛ばされるのは許せることではなかった。

 喧嘩ではなく殺し合い。そういう空気を纏った刺青の男の雰囲気を感じ取ったフィルアもまた、表情を変える。


 適当にあしらうつもりが、物騒な方向へと向いてしまったのは誤算だったフィルアだが、ここまで明確な殺意を向けられるのは久しぶりで、フール・セントラルの相変わらずな治安の悪さに安心したように笑みを浮かべる。

 一触即発の雰囲気だが、辺りの客は盛り上げるように野次を飛ばす。こんな殺し合いなどフール・セントラルでは日常茶飯事だ。それを一興としている野次馬は、相当質が悪いが、この街にはそんな人種しかいない。


 数秒の沈黙の中、フィルアと刺青の男が動き出そうとした時、ヒュンッと風切り音が沈黙を切り裂いた。


「――っ!?」


 コンマ数秒おいて、フィルアは今起きたことを理解する。

 先程までいなかったであろう人影が刺青の男の後方にあり、そして刃渡り50センチメートルほどの鉈が首元に添えられていた。まるで今その瞬間に何もないところから現れたかのようなその人影に、フィルアは血液が凍りつくような錯覚に陥る。

 その人影が何者か分からないが、尋常ではないことをフィルアは悟った。


 遅れて数秒、現状を把握したであろう刺青の男が、脂汗を流して顔を青ざめさせた。


「マ、マッド・ロッチか。俺はこいつと喧嘩してただけだが……。お前たちの邪魔は何も……」


 歯切れの悪そうに、そして怯えたように言う刺青の男は、身じろぎ一つも出来ずにいた。首に伝う、金属の冷たさが彼の焦りを増幅させる。


「も、もしかして、このガキはお前のところの客か? そ、それなら悪いことをした。頼む、決してお前たちの邪魔をしようとしたわけじゃないんだ。何も知らなかった。許してくれ」


「…………」


 刺青の男が懇願するように言うが、マッド・ロッチと呼ばれた人影は無言を貫く。その無言が、死への宣告かのような圧迫感を生み、刺青の男はさらに焦り、フィルアにせがるような視線を送った。


「お、俺が悪かった。すまなかった。お前からも何か言ってくれ」


 フィルアに投げかけられて言葉の後、恐怖で表情が歪む刺青の男の背中あたりから、ひょこっとお面が覗いた。マッド・ロッチと呼ばれた人影は、お面を被っているようで、その表情は見えない。ただ、白く、そして横線のような目に、小さな鼻の穴、そしてまたも横棒のような口のお面は、無表情としか言いようのないものだった。

 まるでフィルアに後の判断を委ねているかのような視線に、フィルアは物知れぬ寒気を感じつつ、無表情で言う。


「あ、じゃあ死刑で」


「何でそうなるっ!?」


 フィルアの無情な言葉に、刺青の男が目を剥いた。

 首に添えられていた鉈の力が強くなり、一筋の血が首を伝う。


「おい! このお面は冗談通じないんだよ!」


 そう言って無残に喚きだす刺青の男を見て、フィルアは意地悪しすぎたかと頭を掻いた。冗談が通じないと言われているが、まだ殺されていないのを見て、フィルアが冗談で言っていたのをマッド・ロッチは気づいているのだが、刺青の男は焦りと恐怖がピークに達していて、そんなことには気づかない。

 命乞いが凄まじく惨めに思えてきたため、フィルアはマッド・ロッチに視線を送る。


「もういい。俺は殺し合いに来たわけでもないし」


 妙なことになってしまったと、うんざりした様子で言うと、マッド・ロッチは鉈を腰の剣帯に差し込んだ。

 刺青の男は、首に感じる冷たい感触が無くなったと同時に床にへたり込んでしまった。


「これは、帰ったほうがよかったかも」


 そのフィルアの小さな呟きは誰の耳のも届かずに、安堵したような刺青の男のため息だけが聞こえた。

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