やる気が出ないだけ
「して、何でそんなに景気の悪ような顔してるのよ。こっちのご飯が不味くなるんだけど。あ、でもマスターの作ったオムライスはやっぱり美味しい」
オムライスを頬張りながらルーアは豊かに表情を変化させていた。
どうやら、この店の常連であるらしいルーアは、たまたまここに訪れたようだった。
「俺をおちょくってんのか? 景気が悪いとかそんなレベルじゃなくて経済崩壊レベルだ」
「おちょくってないって。どうしたのよ」
本当に、フィルアの事態を知らない様子のルーアの様子に、フィルアは悩む。ここで言ってしまったら馬鹿にされるに違いない。
だから嘘をつくことに決める。
「さっき財布を落として無一文なんだよ」
「おや、食事代はどうされるのですかな?」
不意に、店主の低い声が聞こえ、フィルアは強張る。完全に墓穴を掘ってしまったようで、冷や汗が伝う。
「じ、冗談だ。ちゃんとここに財布はある」
そう言って財布を見せると、店主は何事もなかったようにグラスを拭き始めた。フィルアが安堵する束の間、ルーアがフィルアの顔を覗き込んでいた。
「何でしょうもない嘘つくの? マスター。この人何かやらかしたの?」
「……ええ、先日国王様から直々に賢者の称号を剥奪されたとか何とか……」
歯切れ悪そうに、フィルアの表情をちらりと見ながら店主が言う。店主としては、一人の若者が街中から非難の声に晒されている状況に同情しないこともなかったが、当のフィルアとルーアが顔見知りのようだったので真実を告げた。
その言葉を聞いて、目を丸くさせたルーアは、次の瞬間にどっと笑いだした。
「そんなに笑うこともないだろ」
フィルアの疲れた声色に、ルーアは涙を拭う。
「いやあ。これは笑うでしょ。カイルも教えてくれないなんて意地悪だなあ」
意地悪はお前だ、とフィルアは思うのだが、これ以上不要な会話をしたくなかったため、黙るしかなかった。
ひとしきり笑い終えたルーアは、息を整えて言った。
「まあ、当然っちゃ当然よね。やっと国民の税金泥棒がいなくなって国民はひと安心だろうね」
「うるせえ。黙って献上してればいいんだよ。俺一人くらい国民全員で養え」
「開き直っても格好よくないよ」
ジト目になるルーアから視線を逸らす。自分自身でも無茶苦茶なことばかり言っていることは分かっている。フィルアもそろそろ自分から行動しないと身を滅ぼしてしまうことは分かっている。思っていることと行動できることは別だ。
「あー。寝てるだけで金はいる仕事とか知らねえ?」
「あるわけないでしょ。働きなさい。フィルアさんはマイナスの方向で顔が知れ渡っちゃってるから普通の就職は難しそうだけど、魔法の才能だけは、魔法の才能だけはあるんだから冒険者にでもなればいいじゃない」
「おいおい、何で魔法の才能だけ二回言うんだよ。まるで俺がそれ以外の才能がないみたいだろ」
「あるの? あるなら言ってみて」
「…………寝ることとか」
「はい。すごいねー」
「張り倒すぞてめえ」
はいはい、とフィルアはルーアにあしらわれてしまう。
フィルアも、冒険者という道は考えなくもなかったのだが、一人でクエストを消化するなど死のリスクが大きすぎる。いくら元賢者といえども万能ではない。フィルアの対処しかねることが起きてしまった場合、一人ではなすすべもない。
かと言って、パーティーを組もうにも、悪評高いフィルアをパーティーに入れてくれるような変人パーティーなどなさそうだ。カイルがいるが、そのパーティーメンバーのルーアが拒絶しているためそこは不可能だ。
「まあ、成るようになるさ。冒険者は難しいだろうが、傭兵だったり何でもできるだろ。やる気さえあればな」
「ブレないね。その魔法の才能をどこかで生かしたらいいのに」
「別に魔法の才能もあるとは思ってないんだけどなあ。こんな力使い物にならない」
フィルアの投げやりな言葉に、ルーアが難色を示した。若くして賢者になった男に魔法の才能がないなら、日々魔法に対して真摯に努力を尽くしているルーアどうなってしまうのか。その考えもない言い分にルーアは眉を寄せるが、フィルアは気づいた様子もない。
「そういうところがねぇ……」
「何か言ったか?」
ルーアの呟きにフィルアが反応するが、ルーアは何でもないと首を振った。フィルアはそういう男なのだと、ルーアは思っている。あまりに余る才能をどれほどの人々が望み、どれほどの人々が血のにじむほどの努力をしてその力を得ようとしているのか知らない。ルーアもまた、その感情がただの醜い嫉妬からくるものだと気づいていても、フィルアのその態度に不満を覚える。
自分の人生なのだから好きなように生きていけばいいが、なぜこのような男に誰もが望む才能が与えられたのか、理不尽な現実に頭が痛くなる。
だから、ルーアは嫌味気に言った。
「フィルアさんはどうせ何にも成功しないよ。一人で冒険者になって死ねばいい。魔物の餌になったほうが有意義じゃないの」
「酷くないか?」
女でもなければすぐにでも殴り飛ばせるフィルアだが、幼さの残るルーアに手を挙げるほど理性のないバカでもなかった。しかし、ここまで嫌われてたかなとフィルアは頬を掻く。
フィルアとルーアは既に食べ終えた皿を店主に返して話をしていたわけだが、ルーアが立て付けの時計を見ると思い出したように声を出した。
「いけない。もうこんな時間。魔法の練習の時間だ」
一見、聞いてみれば、無理やり話しを中断させて逃げるような発言だが、これは真実だろうとフィルアは疑わなかった。ルーアはクエスト中以外では、毎日のように魔法の鍛錬を欠かしていない。
その言葉を聞いて、フィルアは何となく軽い口調で言う。
「魔法の練習なら見てやろうか?」
宿に戻って惰眠を貪るのもいいが、幾分暇だ。いつもはこんな提案絶対にしないが、賢者落ちした動揺からくるものかなと、フィルアは適当に結論づける。
しかし、その言葉を聞いてルーアは露骨に表情を歪ませた。
「いや、見なくていい。怠け者が感染る」
「いやだから感染んねえよ」
「まだ一回しか言ってないわけだけど?」
「何でもない。こっちの話だ」
フィルアは今朝の親子の会話が頭に残っていたせいで、おかしな返事をしてしまった。
それよりも、ルーアに拒否されてしまっては仕方がない。フィルアは諦めたように咳払いする。
「まあ、今のは忘れてくれ」
「何のことかわからないけど、忘れておくよ。あと、これは忠告だけど、変な勧誘には受けないようにね。最近、王都もずいぶん物騒になってきたし。自暴自棄で変な組織に入ってこき使われて人殺しとか本当にある話なんだから。街の人の誹謗中傷で変な気起こさないでよね。全部自分の蒔いた種なんだから。フィルアさんが犯罪者になったら被害凄そうだし」
フィルアさんなら大丈夫そうだけど、とルーアは付け足す。
「何を失礼な。犯罪者になったら静かに暮らせないだろ。……いや、待てよ? 檻のなかって3食ついて惰眠貪り放題なんじゃないか?」
本気で考え始めるフィルアに、ルーアはうんざりしたように頭をがくっと落とした。
「あのね。軽い刑なら3食出るかもしれないけど、獄中で働かなくちゃいけないに決まってるでしょ。重い罪ならまともな食事なんて望めないだろうし、人間として扱われないでしょ。死刑になったらそれこそ終わりなんじゃないの」
「それもそうか。俺、真面目に生きるよ」
「真面目に生きるんなら働きなよ」
単細胞生物並みの単純な思考のフィルア。それに嫌になってきたルーアは立ち上がる。
この男を動かそうとする自分が馬鹿だったと反省するルーア。たとえどんな組織だろうとフィルアを働かせるなど不可能だと思った。
国レベルでも不可能だったのなら、そのへんの怪しい組織くらいでフィルアをどうこうできると思わなかった。
フィルア自身、頑なに働くことを拒絶しているわけではないのだが、周りからのそういった評価は仕方のないことだ。フィルアが怠け者なのはフィルア自身が認めるが、どんな頼みごとをされてもそれに従わないほどではない。
実際、カイルからの頼みごとや相談事に対しては何度か手を貸していたりする。知り合いや親しい人には甘くしているつもりのフィルアだが、他人から見たらただの動かぬ穀潰しであった。
「じゃあ、もう行くね。あと、さっきも言ったけどこのお店、私の行きつけだからあんまり顔出さないでね」
「おう。しばらくこの近くに住むことにしたから毎日通うことにする」
「私の話聞いてた?」
「確かにうまかった。適当に小さい店を見つけたから入ったんだが、当たりだったようだ」
「話が通じていないっ!?」
唸りながら睨むルーアを見て、フィルアは面白そうに笑う。
そういえば、久しぶりに笑った気がした。賢者落ちしてから笑うこともなかったのだが、久しぶりに笑いが漏れた。
「何か私の顔についてる?」
少しばかりの笑みを漏らし終えたフィルアの妙な表情を見て、ルーアが警戒する。ただ、普通に笑っただけで警戒することもないだろうとフィルアは思うのだが、普段あまり笑わず、変に達観していればルーアの警戒もわからなくもない。
しばらく、眉間のしわを寄せて身構えていたルーアだが、何も言わないフィルアに興味をなくしたようで、警戒を解いた。
「じゃあな。カイルによろしく言っといてくれ」
「自分で言いなよ。面倒くさい」
「どうせ毎日のように会ってるんだからいいだろそれくらい」
「ちゃんと働いてるの確認したらね。まったく、何でそんな事になってるのやら」
そんな事、というのは、賢者落ちという事を言っているのか、何があってこんな怠惰な性格になってしまったのだという事を指しているのかフィルアは迷った。しかし、どちらも同じ理由だった。
自虐的に口を歪めたフィルアは、当たり前かのように吐き捨てる。
「ただ、やる気が出ないだけ」




