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贖罪の賢者  作者: 生茶
第一章
2/16

街の嫌われ者

 腫らした頬の鈍い痛みが目覚めを悪くさせる。

 フィルアは昨日の酒場の店主の渾身のストレートを顔面にくらい、頬に痛みと違和感を覚えていた。酔いと痛みで寝付きも悪く、最悪な目覚めを味わったフィルアは小奇麗なベッドから起き上がる。

 そこそこ広い部屋には、不要なものは一切置かれていない。殺風景な部屋もあと一週間でお別れだ。賢者として貸し出されていた王城近くの一軒家だったのだが、もう賢者でないフィルアは一週間の猶予を与えられて、その間に引っ越さなくてはならなくなっていた。


 憂鬱な気持ちを紛らわせるように顔を洗う。貯金は全て没収されてしまったが、部屋に置いていたへそくりはそのまま残っていた。これも国王様からの最低限の慈悲なのかと微妙な表情を浮かべる。

 金貨10枚。普通に暮らせば一年は暮らせるほどの金額だが、心もとない気分だ。浪費癖のないフィルアだが、金はあるほど気持ちが楽になるのは人間の性なのではないだろうかと考える。


 安定した収入を減るための仕事など今更やるなんて想像もできない。一週間という期間を与えられたが、特に必要なものもなく、服などの荷物を纏めて家を出る。これからは宿を借りて生きていかなければならず、自身も落ちぶれてしまったなと自嘲気味に笑う。


「俺を陥れたやつの復讐を遂げなければ死んでも死にきれん」


 ふつふつとした気持ちを晴らしたい気持ちが沸き、自信を陥れた人間を探そうとするも、そんな人間はいないし、そもそも数多くの人に嫌われすぎて特定は不可能だった。

 気分は落ちるところまで落ちて曇天もようなのだが、実際の天気は快晴。王都の街並みが日に照らされて冴えるが、気分は冴えない。そして、フィルアの気分を悪くさせる要因は多かった。


「おい、見てみろよ。賢者落ちだぜ」


「怠慢の賢者じゃん。あ、元賢者か」


 などなど、周囲の視線が痛い。元々、賢者の時から怠けに怠けていたフィルアの評判は良いものではなかったのだが、賢者落ちということで相当酷いことになっていた。あまり人からの評判など気にしないフィルアであるのだが、こうして聞こえるように陰口を言われるとなかなか堪えるものだった。


「ママー。あの人なにかしたの?」


「こら。見ちゃいけません。怠け者が感染うつるよ」


 感染うつんねえよ。フィルアは心の中で反論する。イライラが募り、このままでは暴れてしまいそうなので、歩速を早める。賢者だった頃ならば少々問題を起こそうがもみ消してくれたり、大事にはならないのだが、一般人であるフィルアが暴れでもしたらすぐにお縄についてしまう。

 全員滅べとかと、どうでもいいことを考えながらフィルアは歩く。


 ふと、顔を上げるとフィルアの目の前には見知った顔がいた。昨日フィルアが吹き飛ばしたデニアスだった。デニアスは、昨日フィルアに吹き飛ばされたのが軽くトラウマになっていたのか、出会いたくないやつに出会ってしまったとばかりに顔をしかめた。


「ここで会ったが百年目! 俺のストレスのはけ口となれ!」


「待て! 俺はまだ何も……うげえっ!」


 気が付けば、フィルアはデニアスの鳩尾に渾身のストレートを放つ。デニアスは宙に浮き、そして石畳の上で呻きながらうずくまった。


「てめえ……。いつか殺す……」


「ま、まずい。反射的にやってしまった」


 あたりの人々がざわめくのに気がつき、フィルアは青ざめた。苦しみながら呪詛のように呻くデニアスを無視し、フィルアは逃げるように立ち去った。殴った相手がデニアスで良かったと安堵するが、さっそく問題を起こしてしまったことに反省しつつ小走りで人ごみを過ぎていく。

 デニアスには今度何か奢ってやろうと思いつつ、フィルアは狭い路地に入る。


「腹減ったな……」


 路地で一息ついたフィルアは朝から何も口にしていなかったこともあり、空腹感を感じていた。どこかで外食するしかないのだが、その前に宿を見つけておきたかった。歩き続けるにはこの荷物は邪魔だ。

 そそくさと路地を抜ける。入ってきた方とは逆側にある通りだ。こちらもこちらで人の通りが多いが、もう少し進めば宿が多くみえてくる。


 フィルアは宿に泊まるなどいつぶりだろうかと考えながら、すぐに見つけた小奇麗な宿に入る。

 宿の店主はフィルアを見てぎょっとした様子だったが、客としてきたことが分かると渋い表情をして部屋を手配した。

 そこまで嫌われてるのかと、フィルアは自分自身の評価を改めて確認しつつ渡された鍵を持って部屋まで向かう。

 部屋はそこそこに掃除がなされた殺風景な部屋だった。簡易的なベッドとクローゼット、机と椅子が置かれており、それ以外に何もない。一人で数日宿泊するには十分なもので、元々殺風景な部屋に住んでいたフィルアは、家と変わらないなと思い、荷物を下ろす。

 財布と鍵のみを持って部屋から出た。今日は外食を済ませたらさっさと惰眠を貪ってやるつもりだ。


 宿を後にしたフィルアは食事ができる店を探すためにぶらぶらと歩いた。

 歩けば歩くほど奇妙な視線を向けられて不快指数が募っていくのだが、仕方のないことでぐっと気持ちを静める。今までは対して気づかなかった視線にも敏感になっているのは、自分自身が賢者の称号を失ったことに多少の動揺があることを意味していた。

 そんな内心にもイライラしつつ、目に入った店へと入る。小さなボロっちい食事処だが、人が少ないほうが落ち着いて食事に集中できると思い選んだ。


 人の少ない店の隅っこのカウンターに腰を下ろして、また一息ついた。たった少し外を歩いただけで疲労を感じている。これは王都から離れて田舎にでも逃げるのもありだと考える。

 少しすれば人々の噂も興味も薄れるだろうから我慢すればいいのだが、いつ収まるかわからないこの状況に早くもうんざりしていた。


 フィルアの登場に、店の店主の初老の男も少し驚いたような表情を見せたが、すぐに気を取り直したように注文を催促する。それと同時に、街でも状況を察したのか同情的な視線を送られて、フィルアは何とも言えない気分になる。

 適当に注文を済ませると、ガランとした店内に女性の声が響いた。


「フィルアさんだ!」


 その声量に、店内の少ない客が迷惑そうに振り向く。フィルアもまた、せっかく落ち着けたのに面倒なことになりそうだとため息をついて声の主を見た。


「ルーア、声が大きい」


 鬱陶しい雰囲気をどんよりと纏わせるフィルアの姿に、ルーアと呼ばれた少女は周りの客の視線に臆することもなくフィルアの隣に腰を下ろした。

 年齢はまだ20歳手前くらいで、黒く長い髪が腰まで伸びている。藍色の瞳と整ったパーツから人形のような印象を受ける。黒っぽいローブからは白く細い腕が見える。美人というよりも可憐な姿のルーアは実際の年齢よりも幼く見える。

 一緒に食事ができるなら、男としては嬉しい限りなのだろうが、フィルアは憂鬱そうに視線を逸らした。


「なになに、私そんなに嫌われてたっけ? あ、マスター私オムライスでっ」


 首をかしげるルーアは、フィルアの反応を不思議そうに一瞥すると、店主に笑顔で注文を入れる。


「元々お前のことは好いていない」


「あれ、そうだっけ。まあ私もフィルアさん嫌いだしいいか。あ、昨日カイルと飲んだらしいけど、パーティー入ろうとかしないでよね。フィルアさんいると雰囲気悪くなるから」


 悪びれもなく心に刺さることを言われたフィルアは唸る。嫌な奴に出会ってしまったと頭を抱えるフィルアに、ルーアが笑う。

 ルーアは、カイルのパーティーメンバーの一人で、シルバーランクの魔法使いだ。才能があるようで、この年齢にしてはなかなかの腕だとフィルアは評価している。そのルーアと大きく年齢の離れていないフィルアが元々といえど賢者だったのは、ルーアが霞んでしまうほどの魔法の才を持っているのだが本人はそういうことに執着がない。

 故に、才能を盛大に無駄遣いするフィルアを、同じ魔法使いとしてルーアは残念に思うのと同時に侮蔑的な感情を持っていた。


「というか、離れた席座れよ。俺と食ってたら飯が不味くなるぞ」


 自分で言っておきながら悲しくなるが、フィルア自身もルーアとの食事は望んでいない。

 遠まわしの拒絶に、ルーアは嫌な笑みを見せる。


「逆に飯を不味くしてやろうじゃない」


 離れる気のないルーアに、フィルアは再度ため息をついた。

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