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贖罪の賢者  作者: 生茶
第一章
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 何も言い返せないことにフィルアは拳を握り締めた。

 すました顔のレイアの表情を見て怒りが沸く。


「うるせえよ……」


「なんだ、まだ文句があるか? いいか、お前がこうして無事に過ごしているのもお父様の存在があってこそだ。一度実家に帰って頭を冷やせ」


 何度目か分からないため息をこぼしながら、レイアが諭すように言うと、フィルアが声を張り上げた。


「うるせえってんだよ! 昔、近所のクリスの下着盗んできて喜んでたくせによおっ!」


「ば、馬鹿っ! その話はしないって男と男の約束だろうがああああっ!!」


「知るか! さっさと死ね! 社会的にも死ね! そんなんだからいつまでも童貞なんだろうが!」


 それを捨て台詞に、フィルアは一人で森の中に走り出してしまった。


「その話は関係ないだろうがああっ!」


 もはた騎士らしい面影の残っていない焦りようのレイアが荒く声を張り上げるが、その声は森に木霊して消える。

 フィルアがいなくなり、妙な空気のみが蔓延する中、呆けていたカイルが沈黙を断ち切るようにわざとらしく咳払いをした。


 その咳払いを聞いたレイアは、はっとしたようにいつもの厳格な雰囲気を纏うが、ここにいる一同が既に手遅れだと心の中で冷ややかな視線を向ける。誰も口には出さないが、レイアの評価はだだ下がりしている。だが、その空気を無理やりかき消すようにレイアがカイルへと視線を向けて口を開いた。


「……お見苦しいところを見せてしまったようだ」


 かなりお見苦しかったです、などとは口が裂けても言えないカイルは引きつった愛想笑いを浮かべる。


「い、いえ。お気になさらず……」


「ところで、君は冒険者のカイル君だね」


 レイアのその言葉に、引きつった愛想笑いは驚きへと変わる。先ほどの事件があるものの、王国の有名人が自分の名前を知っているのだ。舞い上がるほど嬉しいことなのだが、カイルは漏れそうになる笑みをぐっとこらえる。


「はい。僕のような一介の冒険者の名前を知っているんですね」


「勿論知っているとも。優秀な者の名前はちゃんとチェックしているんだ。なんせ、君は今巷ではなかなか有名なのだろう。戦闘スキル、普段の素行も評判がいい。どうだろう? 騎士になってみる気はないかい? 君なら難しくはないと思うよ」


 あまりものベタ褒めに、カイルは背筋が痒くなる。こんな雲の上のような存在の人種からこう褒められると、嬉しさよりも謙遜の念が浮かんでしまう。

 そして、騎士にならないかという問にはきっぱりと答えなくてはならない。


「失礼な言い方になるかもしれませんが、僕には夢がありますので騎士にはなりません。いつかは冒険者として世界を回りたいんです。その夢は騎士では叶いません」


 真っ直ぐな眼で言うカイルの言葉に偽りはない。レイアは思わず笑みをこぼした。


「なるほど。それなら騎士に勧誘するなんて野暮なことはしないほうがいいね。だが、もしも騎士に興味が沸いたならいつでも私のところを尋ねなさい」


「ありがとうございます。そうさせてもらいます」


 一礼するカイルに、レイアは惜しいと感じた。フィルアにはない自分を律する力を持つカイルは、騎士としてとても欲しい人材だ。冒険者は国に多くの利益をもたらしてくれるため見下していることはないのだが、冒険者としてではなく騎士としての名誉をカイルに贈呈したいくらいだった。

 それはともかく、レイアは仕事があるためここらで長話は終わりにしなくてはならなかった。カイルのパーティーを一望したレイアはやんわりと頭を下げた。


「それでは、私たちは遺跡の探索をしなくてはならないのでね。……あと、弟の事を頼むよ。誰かが見ていないとあいつはすぐに無茶をするからね」


 それだけ言うと、レイアは他の騎士たちを率いて遺跡へと向かった。

 それを呆然と眺めていたカイル達は、フィルアのことを思い出して慌てて森へと進んだ。




          ■




 フィルアはすぐに見つかった。一人で走り去ったものの、一人で森から抜けることが不可能だと気づいた彼は、カイル達が来るのをそう遠くない場所で待っていた。


「ああやって逃げたのに、すぐそばで待ってるのってなんか惨めじゃないです?」


「うるせえほっとけ」


 カイルの辛辣な言葉にフィルアは顔をしかめる。

 ただの兄弟喧嘩を見られてしまったフィルアは、かなりばつが悪かったようで、暗い表情で頭を下げた。


「見苦しいとこを見せて悪かったな。見てて分かったと思うけど、俺は家族と少々溝があってな」


 肩を落とすフィルアに気にしていない節を伝えるカイルの横で、先程から様子のおかしいルーアがそわそわとしている。


「それで、なんかさっきから挙動不審のやつがいるけど?」


 ルーアの様子に気がついたフィルアが視線を送ると、彼女はびくりと肩を震わす。

 何があったのかと首をかしげるフィルアに、ルーアは何度か口を開きかけてはまた口を閉ざし、しばらくして弱々しく言った。


「あの、フィルアさん。少しよろしいでしょうか」


「なんだよさっきから。気持ちが悪いぞ」


 反して刺々しく言うフィルアに、いつもなら突っかかるルーアなのだが、今は珍しく大人しい。そして、またたどたどしい口調で続ける。


「フィルアさんて、レイア様の弟てことは、あのエイマーズ家の者ですか……?」


「そうだが、言ってなかったか? というか、さっきからその口調気持ちが悪いんだけど」


「き、聞いてないよ! そ、それに、あたし今まですごく生意気だったし、喧嘩ばかりしてたけど、不敬罪で捕まっちゃうの? フィルアさんに殺されちゃうの?」


「そんなことしねーよ。というか出来ないし」


 何を言い出すかと思えば、フィルアが貴族、しかも建国に関与した大貴族だと知ったルーアが、これまでの暴言の数々を思い出して不安を感じての事だった。


 そもそも、貴族といってもそこまで大きな力は無い。そこそこの発言力はあるものの、個人的に断罪できるほどの権力は無い。


 少なくともこの国での貴族の立ち位置は、そう強くはない。いろいろ優遇されて融通が利くという面もあるが、最終的には個の能力が物を言うということがこの国の特徴であり長所でもある。


 そのため、貴族に対して大きな口を叩こうが問題にはならない。しかし、それは法律的な話だ、

 まだまだ古くの風習からなのか、態度の大きい貴族は多くいる。その貴族に反抗的だと、どのような嫌がらせをされるか分かったのもではない。なので、貴族にはあまりちょっかいはかけないほうがいいというのは常識である。


 ルーアが不安に思うのも無理はないことだが、フィルアはふと疑問が浮かんだ。


「そう言えば、カイル。お前、俺がエイマーズ家だってこと知ってたよな?」


「ええ、知ってましたよ。でもルーアには言わない方が後々面白いかなって」


「ちょっとカイル! そういう大事なことは早く言ってよ!」


 顔を真っ赤にして怒り出すルーアにカイルは苦笑してなだめる。

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