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贖罪の賢者  作者: 生茶
第一章
14/16

腐食の魔法

 戦闘が始まって数十分が経過したのだが、相変わらず魔法人形ゴーレムには目立った外傷は見えない。足の一つでも破壊できるなら、それからは楽に破壊が可能なのだろうが、異常なまでの硬さに皆が疲弊してきた。


「馬鹿みたいにかてえ! 流石に面倒だって!」


「泣き言言ってんじゃねえぞクロウ! 一番面倒だと思ってるのは俺だ!」


「二人ともふざけてないで真面目にやってよ!」


 クロウとフィルアが二人して泣き言を叫んでいると、ルーアからの叱責が飛んでくる。ルーアもまた、長時間の魔法の行使に、精神力が持たないのか、うっすらと脂汗が頬を伝っている。

 これ以上は体力的にも精神的にも辛くなってくる。


 それでも、まだ陣形が崩れずに持ちこたえていることから、パーティーのレベルの高さが伺える。ルーアの魔法でも十分に魔法人形ゴーレムの破壊は可能だろうが、戦ってわかってきたが、どうやら魔法に対しての反応が鋭い。

 魔法を避けることもしばしば、使用に長い時間を要する魔法となれば、魔法人形ゴーレムは無駄な攻撃を止めて真っ先に魔法使いを狙ってくる。


 もしルーアがこの魔法人形ゴーレムの核を破壊できるような魔法を使おうとするのなら、少なくとも数分以上の発動時間が必要になってくる。その間、魔法人形ゴーレムの動きを止めることは難しく、必然的にフィルアの魔法に頼る結果となる。


 そして、この数十分の間、フィルアが行動に出なかったのは、この魔法人形ゴーレムに対しての有効な魔法を見つけ出すためだ。

 そして分かったことは、先程から魔法人形ゴーレムは魔法を回避しているが、もちろんそれができず、命中することもある。しかし、絶対に回避を行う魔法は、


「……腐食魔法の類か」


 言い方を変えてしまえば呪いにも近い魔法の一種だ。先日、フィルアが出会ったあの呪毒の賢者マーヴェル・リーチェが得意とする魔法だ。マーヴェルは、腐食というよりも、もっとおぞましい魔法に自ら作り上げてしまっているのだが、フィルアには到底理解しがたいものだ。

 そして腐食魔法もまた、フィルアは専門外であって得意とは到底言えない。


 少し特殊な魔法となるため、使用できる魔法使いも限られてくるだろう。それでも使えないことはない。賢者として、ある程度広範囲の魔法は網羅しているフィルアは、得意じゃないといってもそこらの魔法使いよりも頭一つ抜きん出た実力はある。

 恐らく、自分でもこの魔法人形ゴーレムを破壊できると判断したフィルアは、カイルへと声をかける。


「たぶん大丈夫だ。足止め頼む!」


「了解です! みんな!」


 カイルの声に、一同が小さく頷いた。

 全員が、フィルアのカバーに入ることを見越して、フィルアは静かに目を閉じた。このとき、パーティーではなかったらフィルアは勝ち目がないと諦めていたかもしれないが、こうして落ち着いて魔法を構築できる時間を作ってくれるパーティーメンバーに感謝していた。


 マナが収束し始めたフィルアに勘付くやいなや、魔法人形ゴーレムは声のない雄叫びを上げるように覇気を放つ。その目にはもうフィルアしか映っていないのだろう。

 しかし、フィルアに向かおうとする魔法人形ゴーレムにクロウが割って入る。狙うのは格がある頭部だ。攻撃が通るとは思わないが、クロウは高く跳躍し、魔法人形ゴーレムのその頭部に剣を突き刺した。

 案の定、頭部の一部が僅かに欠けただけだったのだが、最も守るべき頭部を狙われた魔法人形ゴーレムは、鬱陶しそうにクロウを振り払おうとする。それをひらりと交わして着地したクロウは魔法人形ゴーレムの攻撃範囲から離脱する。


「|《鈍重なる者よ》《ドール・マーク》っ!」


 動きの鈍くなった魔法人形ゴーレムに、ルーアの行動阻害魔法がかかる。ぴたりと足が動かなくなった魔法人形ゴーレムは、足元の魔法陣を破壊しようと拳を振り上げる。魔法陣を破壊してしまえば|《鈍重なる者よ》《ドール・マーク》の魔法は簡単に溶けてしまう。そのことをこの戦闘で記憶したのか、魔法人形ゴーレムの動きに迷いはない。


 しかし、その拳が振り下ろされることはない。魔法人形ゴーレムの体が硬直したように静止している。その体は、僅かに黒い瘴気に包まれている。

 原因は、魔法を構築しているフィルアが無詠唱で放った魔法だ。


 息をするように二重魔法ダブルキャストを行うフィルアに、ルーアが呆然としているが、元賢者のフィルアにとってこの程度は朝飯前だ。

 しかし、あくまで片手間で放った魔法だ。長くは続かないだろう。


 長年の経験で、それをひと目で感じ取ったミルドレッドは、大盾と大剣を捨てて魔法人形ゴーレムへと駆けた。黒い瘴気が薄まるに連れて魔法人形ゴーレム腕が震えるように動く。

 その魔法が完全に溶ける前に、ミルドレッドが魔法人形ゴーレムの足を掴んだ。


 いかにミルドレッドが巨漢とは言え、魔法人形ゴーレムは背丈が十メートルにも及ぶ巨体だ。そのため、その体を支える二本の足も、大木のように太い。

 その足を掴むミルドレッドは、まるで赤子が親の足にすがりよっているようにも見える。


「ぬおおおおおおっ」


 自称レディとは思えない野太い声とともに、ミルドレッドの両腕の筋肉が凄まじく引き締まる。大地を踏みしめる両足も、筋肉の膨張により鎧の留め具がちぎれるように外れている。

 もうすぐ魔法が構築できるフィルアは、その光景を見て何をしているのか分からなかったが、次の瞬間、思わず魔法の構築を思わず止めてしまうほどの衝撃を受ける。


 魔法人形ゴーレムの巨体が傾いた。

 ミルドレッドの力によって魔法人形ゴーレムの片足が浮いていた。もう片方の足はまだ大地についているが、魔法人形ゴーレムの体勢は大きく傾き、今にも倒れそうだ。

 流石ミルちゃん、人間やめているだけはある。と、フィルアは内心絶賛しているうちに、カイルが魔法強化の剣をまだ大地に地を付ける方の魔法人形ゴーレムの足へと叩き込んだ。


 まるで崩壊するように、仰向けに倒れ込んだ魔法人形ゴーレムはすぐに腕を振るうも、その腕は空を切るばかりだ。

 そして、体勢を立て直そうと上半身を起こした魔法人形ゴーレムに、フィルアが無常にも魔法の構築を終える。


神聖なる光よ(ディヴィナ・ルクス)不滅の天使よイモラタリス・アンゲルス今お前たちを汚さん(サクリレガス)《破滅を忘れるな(メメント・モリー)》っ!!」


 紡がれた言葉の後、部屋中を渦を巻くどす黒いマナが、魔法人形ゴーレムを取り巻いた。

 生き物のように蠢く黒い影が魔法人形ゴーレムの手足へ触れると、あの強堅な体が砂のように崩れ落ち始めた。抵抗するような素振りを見せる魔法人形ゴーレムも、手足や体が腐り落ちるような状態に身を起こせずにいた。


 破滅の黒い影から逃げることもできず、ついには頭部のみを残した魔法人形ゴーレムは、見るも無残な状態だ。そして頭部までもが飲み込まれ、黒い影が霧散して消える頃には、砂の山だけが残っていた。


「終わった……?」


「終わったな」


 伺うような様子のルーアの呟きに、フィルアはどっと押し寄せる疲労感を感じながら答えた。

 もう動きようのない魔法人形ゴーレムの亡骸を尻目に、フィルアはこれから待ち受ける仕事にため息をついた。帰るためにはまた扉を開けなくてはないらない。

 億劫な様子のフィルアに、ルーアが同情的な視線を向けるも、カイルとクロウがいそいそと祭壇のようなオブジェクトへと向かう。


 探索は彼らに任せ、フィルアは帰るためにまた扉の前へと移動して解析を始める。扉を前に佇むフィルアをルーアが眺め、ミルドレッドは座り込んでその光景を疲れたように見回した。


 それから数分後、フィルアが扉をこじ開けたのと同時に、カイルとクロウが何やら分厚い本らしきものを手に持って駆けつけた。

 特に目立たしい品物は見つからなかったのか、心なしか表情の浮かない様子のクロウをカイルが慰めている。戦果を確認したい一同だが、この部屋にいつまでもいて、また何か起こったら面倒なため、そそくさと遺跡の地下を後にした。


 魔法で照らした薄暗く湿っぽい地下から地上へと戻る。やや傾きかけた日が目を刺激する。

 相変わらず神秘的な光景の壊れた遺跡を一瞥し、フィルアは近くの折れた柱へと腰掛けた。


 ギルド員へと報告に行ったカイルが戻ってくると、クロウが眉を曲げて困ったように頭を掻いた。


「フィルアさん、来てもらったのに悪いっす。大したもんは無かったっす」


 そう言って取り出したのは、先ほど手に持っていた分厚い本だ。他には、分厚い本とは違い、一回り小さなそこまで厚さのない本。

 命懸けの戦闘の後で、これだけの成果とは、クロウが落ち込むのも分からないわけでもない。


「なんで俺に謝るんだよ。俺の仕事は元々扉を開けるだけだったろ」


 余りにも暗い表情のクロウに、フィルアがフォローを入れ、本を受け取る。

 カイルは、それでも相当古くなった本に何かしらの価値があると言い、クロウに言い聞かせている。


 フィルアもカイルに同感で、どんなものであれ、古代の本ならそこそこの価値はある。しかも、それが歴史的に貴重な情報を記したものならば、国からそれ相応の金額で買い取ってくれる可能性は高い。

 他にも、マニアはどこにでもいるもので、買い手は数多いるだろう。


「ふーん。なるほどなあ……」


 分厚い本をペラペラとめくるフィルアは、中を眺めて呟く。


「何か分かったの?」


 納得したような様子のフィルアに、ルーアが首をかしげて尋ねる。


「いいや、さっぱり。何書いてんのか分からん」


「……期待した私が馬鹿だった」


「いや、そんなことないぞ? たぶんだが、古代文字だなこれは。全然読めないし。だから最悪、無価値とはならないだろ」


「じゃあ、売ればそれなりの金額で売れるっすか!?」


 身を乗り出すクロウに、フィルアが首を振る。


「分かんね。俺こういうの詳しくないし。歴史的価値がなかったら、小遣い程度にしかならないかもな」


「そうっすか……」


 分からないとは言え、フィルアはある程度の価値を予想していた。あんな聖龍石の魔法人形ゴーレムや厳重な仕掛けを施した部屋の中に、無価値な本など置くものか。これでもしゴミ同然のものなら、この遺跡など形も残さず消してやろうと、物騒なことを考えていた。

ちなみに、ゴーレムを破壊した魔法や扉を破壊した魔法は、難易度の高い魔法ではあるものの、上位の魔法使いなら知っていれば使えるものです(発動時間やその規模は変わってくるけど)。

ルーアも練習すれば使えます。

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