ガーディアン
少なくとも、それからはルーアでもフィルアが何をしているか分からなかった。しかし、フィルアが明るく、
「よしっ」
と呟いたところで、あの堅牢な扉がひとりでに開き始めたのだった。自分がフィルアと同等の能力を得るにはあと何年努力し続けれなければならないのだろうか。いや、一生かけても追いつけない境地にいるのかもしれないと考えていたルーアは、扉が完全に開ききったところでハッと我に帰った。
ここからは何が起こるかわからない。気を抜けば簡単に命を落としてしまう可能性がある中で、いつまでもぼーっとしていられない。
「流石ですね」
「褒めろ褒めろ。ただ、この中からは何があるか分からなから一瞬でも気を抜くなよ」
心底感心するようなカイルに、フィルアはあくまで真剣に忠告する。冒険者として経験の一番豊富なミルドレッドは、いつにもなく怖い表情で口を閉ざしている。ルーアは、高鳴る鼓動を抑えつつ、フィルアの魔法に目を輝かせていたクロウを小突く。
全員が、視線を合わせて頷き、カイルが先導して扉をくぐった。その途端、眩い光が溢れ出し、カイルは思わず腕で目を覆った。
「随分と親切な設計なことだな」
カイルの後方にいたフィルアは、目を細めて現状を把握する。カイルを感知したのか、扉をくぐった先の壁や天井に埋め込まれた石が、明るく部屋中を照らしていた。
部屋は広く、奥に見える祭壇にも似た造形のオブジェクトまでは軽く三十メートル程はあるだろう。天井もかなり高く、そんな地下深くまで来てたかと思うほどだ。そして、殺風景な部屋だった。何かの儀式を行う場所だったのか、定かではないが、部屋の奥のオブジェクト以外には物らしきものはほぼない。
全員が部屋に入り込み、あたりを見回すが何もない。しかし、その中で目を引く存在がひとつ。背丈が十メートルほどの戦士を模した石像が、部屋奥で柱のように佇んでいた。ただの石像にしか見えないそれを見て、フィルアは顔を青ざめさせ、唾を飛ばして叫んだ。
「今すぐ部屋を出ろ!」
「えっ、どうしました――っ!?」
これまで見たことのないフィルアの焦燥とした表情と言葉に、カイルが言葉を返そうとして振り返った刹那、大きな地響きが部屋に木霊した。そして、カイルの目には、先ほどまで開いていた扉が閉まっている様子も映っていた。
「まずいことになったな。悪いな。俺のせいだ」
苦虫を噛み潰したように、眉間にしわを寄せるフィルアは、舌打ちを漏らす。部屋の中の驚異を察知するのは不可能だったが、扉の機能くらいは見極められなかったことは完全に自分自身の落ち度だった。見るからに、開けた時よりも強固な魔法により閉ざされている。これを解除するには先程よりも強力な魔法と、解読する多くの時間と集中力が必要であった。
時間さえあればそれも可能なのだが、それが出来ない理由がある。
十メートル程の戦士を模した巨大な石像が、一歩、また一歩と動いているのである。この部屋の守護者である魔法人形だ。
しかも質の悪いことに、そこらの出来の悪い魔法人形とは違う。
聖龍石の魔法人形。フィルアは一般的にそう呼ばれるそれを見て、うんざりとため息を漏らした。ピリピリと感じる竜の残気が、肌から感じ取られ、普通の魔法人形とは別次元の存在感に、皆圧倒される。
竜の宝珠を用い、賢者の中でも大賢者と呼ばれるほどの魔法の使い手でしか創造できないとされるもので、かつての戦乱ではこの魔法人形が戦場でかなりの猛威を奮っていたとも聞く。フィルアは、見上げるほどの大きさを誇る魔法人形を睨み、打開策を巡らすものの、フィルア自身、この魔法人形について詳しいわけでもない。
考えがまとまらないまま、魔法人形が迫る。皆がそれぞれ陣形を組み、別れる。フィルアもまた、険しい表情のまま前へと出る。
いくら、戦場で猛威を振るった魔法人形といえど、魔法人形だ。一般的にゴーレムは何か生き物の形に造られる。そして、その核たるものは一様に決まって頭に埋め込まれる。なら、頭を潰してしまう他に、この魔法人形を止める術はない。
フィルアは覚悟を決めると、魔法人形を見据えて魔法を唱える。
「|《鈍重なる者よ》《ドール・マーク》」
魔法人形の足元に、魔法陣が浮かぶ。魔法人形を取り囲むように魔法陣が浮かび上がると、魔法人形は動きをピタリと止めた。短期決戦ですぐに決着をつけたいフィルアは、手加減した攻撃をするつもりはなかった。そして、フィルアが、魔法人形の頭付近にまで跳躍しようと、体勢を低くしたとき、気づけば魔法人形の拳がもう目の前に迫っていた。
「はやっ――」
咄嗟に回避に映るが、間に合いそうにはなく、一瞬で作り上げれるような防御の魔法では、この魔法人形の攻撃を完全に防げるとは思わない。油断したつもりは微塵もなかったが、魔法人形はこんな機敏な動きは出来ないと心のどこかで甘く見ていたのかもしれない。初手からやっちまったとばかり、衝撃に備えて簡易な魔法を展開するが、魔法人形の拳はフィルアに届かず、間に割って入ったミルドレッドの大盾に阻まれる。
「ぬおお……」
鈍い音とともに、ミルドレッドが巨大な拳を受け止めるものの、はじかれたように自ら後ろに後退して体制を取り直す。一瞬の隙を見て、フィルアはすぐに退避した。
「すまないミルちゃん! ナイスだ。流石人間やめてるだけはある」
申し訳なさそうにフィルアが言うものの、その内容は軽いもので、ミルドレッドは魔法人形から距離を保ちながら声を張る。
「もうっ! フィルアちゃん、レディになんてこと言うのよ! あと私、あのこの攻撃はあと数回しか受けきれないから」
プンスカとぶりっ子口調で怒ったように抗議する筋肉隆々の自称レディは、物言いは軽いものの、現状は深刻なものだった。
ミルドレッドの鍛え上げられた腕と足が小さく痙攣しているのと、大盾にヒビが入っているのが見て取れる。魔法人形の攻撃を完全に受けるのではなく、受け流すように衝撃を緩和したにも関わらず、この威力だ。
聖龍石の魔法人形は一国の城門を一撃で粉砕できると言われる程のパワーがあり、それを無傷で受けたミルドレッドは、フィルアの言うとおり人間をやめている程であるのだが、本人は否定する。
普通の人間なら、粉々になってしまうだろう。フィルアも、ミルドレッドが割って入らなかったら今頃息をしていなかったかもしれない。
この一連の出来事を、動けずに傍観していた一同は、ハッとしたように武器を構え直した。
予想を遥かに上回る動きに舌を巻く一同は、瞬時に魔法人形を取り囲む。幸い、フィルアの|《鈍重なる者よ》《ドール・マーク》の魔法により、簡単に配置へと付けた。魔法人形の正面にはミルドレッドとフィルアが、後方のルーアを守るように陣取り、そして背後にはカイルとクロウが剣を構えている。
魔法人形には剣での攻撃は得策ではないため、決定打を打てるのは必然的にルーアかフィルアとなる。ミルドレッドでも魔法人形の破壊は可能だろうが、先ほどの一撃が効いているのか息が荒い。
じりじりと嫌な時間が過ぎる中、先手を売ったのはカイルだ。魔法により木偶の棒と化した足を狙い、素早く駆ける。魔法人形の足に剣を振り抜くと、稲妻が走るように眩い剣筋が伸びる。それもつかの間、魔法人形の大木のような巨大な腕が迫る。
「|《束縛の蔦》《リガートゥル・ヘデラ》」
しかし、ルーアの魔法により、魔法人形に輝く浅緑色の蔦が、蛇のように絡みつく。完璧に動きは止められなかったものの、動きの鈍くなったことで、カイルは悠々と離脱する。
魔法人形の足には浅い切り傷が見えるが、対して効果があったようには見えない。ルーアの魔法を煩わしそうに振りほどこうとし、逆に絡まりつく輝く蔦のおかげで魔法人形の動きはどんどん鈍くなる。
そして間髪入れずにクロウも魔法人形の足へと斬撃を与えていく。小さな傷が増えるだけだが、魔法人形はそれに気を取られるようなのか、フィルアやルーアの方へは見向きもしない。
近づいては引き、ちょこまかと動くカイルとクロウは、危なげながらも魔法人形を手玉にとっている。暴れまわる魔法人形の拳が地を揺らし、床にひびが入る。|《鈍重なる者よ》《ドール・マーク》の魔法は解除されてしまったが、絡みついた魔法の蔦が動きを遅らせる。
ルーアの妨害魔法が魔法人形の動きを鈍くさせ、たまに飛ぶフィルアの魔法が魔法人形の拳の軌道を反らせてあさっての方向へと持っていく。
このままでは終わりの見えない泥試合だが、確実に魔法人形を削っているのも確かだ。しかし、このままでは全員の体力が尽きるのも時間のうちである。
「フィルアさん!」
「やる事は分かってる。て言うかさ、俺はお前たちとパーティー組むこと少ないから、言葉なしじゃ分からないかも知れないだろ」
「でも分かってるっぽいので結果オーライです」
「まあいいけどさ!」
何故か笑顔のカイルに、フィルアが青筋を浮かべて吐き捨てる。
フィルア以外の全員が、魔法人形の揺動を主に行っているため、フィルアがやるべきことは魔法人形を破壊できる程の魔法の行使だ。聖龍石の魔法人形に対して有効な魔法でないと破壊は難しい。それの判断と、魔法の構築なら、ルーアよりも元賢者であるフィルアの方が正確かつ早期に行える。
それを会話もなしに飲み込み、それぞれに動いている一同に文句を言いたいところだが、何度かパーティーを組んでいるのならそれくらい自分で考えて動けということなのだろう。
カイルとクロウの体力的にも戦いは終盤に近づいてきた。小さな傷をいくつも付けた魔法人形を見据え、フィルアは帰りたいと切実に思うのだった。