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贖罪の賢者  作者: 生茶
第一章
12/16

 カイルのパーティーが最初にこの遺跡を発見した時に、地下があることは確認していた。そして、ある程度の探索も済ませており、最奥にある魔法仕掛けの扉までの道のりは把握していた。ギルド員はそんなことなど知らないわけで、過度な心配をしていた。

 親切心を無下にするわけではないが、少し申し訳ない気持ちでカイルは頭を掻いた。


 遺跡の、折れた柱や崩れた石レンガの影に、地下へと続く階段がひっそりと伸びている。カイルが先導し、地下へと降りる。陽の光が階段を照らすが、すぐに足元が見えないほどの暗闇が待ち受けている。外気よりひんやりと湿った空気が充満し、土臭い匂いが鼻腔をくすぐる。

 足元がおぼつかなくなってきた頃、ルーアが魔法を唱えた。


《光よ(ルクス・ルシス)》」


 ルーアの手のひらから放たれた、光球が頭上に昇り、暖かな光が暗闇を照らす。視界を遮っていた暗闇がかき消され、地下の姿が映る。前方数十メートルまで光は伸びるが先はまだまだ続いており、暗闇が続いている。


「さて、地下自体は広くもないし、フィルアさんに来てもらったのはあの扉の件についてだから、寄り道せずに行こうか」


 カイルが皆の顔を見回し、全員が二つ返事で頷く。

 あまり警戒した様子のないメンバーに、フィルアは魔物もいないのかと思い、気軽に着いていく。地下といっても、元々人が使っていたからだろうか、ダンジョンのような複雑さも感じない。ただ一本道と左右に定間隔である扉。通路自体も大人二人が手を伸ばしたくらいの幅で、拍子抜けなくらいだ。

 トラップの類も見当たらないし、カイル達も会話しながら歩いているほどで、ただ薄暗い道を歩いているだけの気分だった。


 十数分後、何度かの分岐があったあと、通路の突き当たりに大理石の大きな扉が姿を現した。過度な装飾は施されていない。ただ、今まで脇道にあった扉や、地下の側壁とは違い、異質な何かを感じた。


「これは……」


 フィルアは扉をそっと撫でた。遺跡が建てられてから随分と長い年月が経っているはずなのだが、この扉だけはまるでつい先ほど作られたかのように滑らかな手触りだった。


「この扉、どうやら魔法的な仕掛けがあって開かないんですよ。ルーアもさっぱりだとか。ミルさんが無理やりこじ開けようとしても、うんともすんとも言わないですし」


「だろうな。これは俺も見たことがない魔法っぽいけど、たぶん特定の人物だけが開けれるようになってる」


「なんでそんなことわかるの?」


 ルーアが、扉に手をついて眺めるフィルアに尋ねる。フィルアは扉から目を離さずに、眉を寄せた。


「そんくらいは見たらわかるだろ」


「わかんないよ」


「あ、そう。もっと勉強してくれ」


「…………」


 素っ気ないフィルアに、ルーアは突っかかろうと犬歯を見せたが、ルーアのことなど視界にも入れずに扉を物珍しそうに見つめるフィルアに、毒気を抜かれたようにため息をついた。

 そのまま、ぶつぶつと独り言を漏らしながら自分の世界に潜り込んでしまったフィルアに、誰も話しかけることが出来ずに時間が経った。


「フィルアちゃん、大丈夫かしら」


 数分経っても、いっこうに動きを見せないフィルアに、ミルドレッドが心配そうに呟く。


「大丈夫だと思うよ。とっても不服だけど、あれでも元賢者だもんね」


 ルーアがフィルアを見据えて言うと、ミルドレッドは、そうだったわね、と頭を掻いた。

 ルーアは、フィルアのことが性格的に嫌いではあるが、一人の魔法使いとしての能力はとしては自分ではとても追い付けない至高に到達していると思っている。賢者落ちしたとはいえ、それは実力不足ではなく、賢者としての働きが少なかったからだと理解している。

 そもそも、ちゃんと働いていれば賢者落ちなどしなかったと考えると、そんな怠惰なところを腹立たしく思うが、そこは我慢して見守る。


「なるほどな。もうだいたい分かった」


 フィルアが納得したように呟いたのは、それからすぐのことだった。


「何が分かったんですか?」


 一人で理解が進んでいるフィルアに、カイルが訪ねる。

 完全に自分の世界に入り込んでいたフィルアは、カイルの呼び掛けに、思い出したように振り返った。


「ああ、お前ら居たのか」


「最初から最後までずっと居ますよ……」


 呆れるように肩を竦めるカイルに、フィルアは平謝りをしたあと、もう一度扉を撫でた。


「この扉、開けるよな?」


 そのフィルアの問いに、カイルは怪訝そうに口元を歪める。


「それは、まあそのつもりですけど」


「そうか」


 少し考えるように俯いたフィルアに、カイルだけでなく、他のメンバーも怪しむような視線を向けた。そして、まあいいかと、フィルアは顔をあげる。


「先に言っておく。この扉を開けることはできる。でも完全な正攻法で開けることはできない。つまり、無理矢理に魔法の効果をねじ曲げて開けることになる」


「なるほど。僕は魔法に疎いから分からないですけど、そんな強固なものなんですか?」


 カイルも納得したように顎に手をあて、疑問を問いかける。

 しかし、そこで一人キョトンとしていたクロウが首をかしげて割り込んだ。


「扉開けれるならさっさと開けてお宝奪っちゃダメなんすか?」


「はいでました。脳ミソすっからかんの思考停止してるやつ」


「そこまで言うっすか!?」


 目を剥いて騒ぐクロウにため息一つ漏らしたフィルアは、丁寧に説明する。


「あのな、この遺跡が何のためにあったかなんて俺はまるっきりわからんが、少なくとも数百年以上に建てられたもんだろ。それがこの時代まで魔法の効力を残して何かを守ってるんだ。そんな堅牢な扉にセーフティー装置がないわけがない。王城の宝物庫も似たようなもんだが、たぶん無理やりこじ開けたら何かが起こる。しかも、この扉を開けるようなやつを想定したものなら、俺でも手に負えないかもしれない」


「なるほど。つまりヤバイってことっすね」


「そんな感じ」


「フィルアさん、説明すること諦めてません?」


 クロウに対して生返事を返すクロウに、カイルが突っ込む。悪びれもなく肯定するフィルアに、クロウがうだうだと抗議するが、無視して続ける。


「ま、俺はおすすめしないが、開けるなら覚悟はしといたほうが無難だな。古代の魔法は俺も詳しくはないから、知らないのが出てきたらすぐには対処できないからな」


 フィルアの真剣な言い様に、一同は唾を飲む。決して少なくはない時間を冒険者として生きてきた彼らでも、このような遺跡の未探索地点を先行するのは初めてのことだった。それほどレアな体験をしている反面、かなり危険な橋を渡っているのだ。

 古代魔法の危険性は、頭の回るカイル、魔法使いとしてのルーア、冒険者としてベテランなミルドレッドはもちろん、頭の回転が遅いクロウでも分かることだ。古代魔法は危険なものばかりではないのだが、幾分研究が進んでおらず、未確認の魔法が多い。それゆえ、いくら知識が豊富な魔法使いがいようと、自分の知らない魔法に対しては対処しようがない。


 それを考慮した上で、カイルは長い沈黙のあと、皆に視線を送った。フィルア以外の一同が無言で頷くと、カイルははにかむ。


「フィルアさん、開けてください」


「言っておくけど、本当にヤバそうなら俺一人で逃げるかもよ?」


「それでもです。お宝を前に背中を向けるなんて冒険者として失格ですから。多少のリスクなんて承知ですよ。それに、簡単にやられるパーティーじゃないですよ」


「そうか。じゃあ、せいぜい死なないようにしようか」


 若干乗り気ではないが、フィルアはカイルの言葉に了承する。フィルアとしてはこのような分かりきった危険に首を突っ込むのはあまりしたくはないが、今だけはカイルのパーティーの一員として従う。

 フィルアは深く息を吐くと、扉に手を当てる。魔力を目に通して眺めると、魔法陣が薄く光って見える。見たことのない幾何学的な紋章が描かれた魔法陣は、もうある程度読み解いていた。そして、伸びる魔術回路は扉の向こうへと続いている。恐らく、この扉の魔法と連動して部屋の奥で魔法が作動するようになっているのだろうと予想している。


 元々、ある特定の人物のみが開けるように設定してある魔法なのだろうが、そこまではごまかせない。この魔法陣を反魔法で打ち消してしまうと、それに伴って何かが起きてしまう可能性が高い。

 そんなリスクが頭を駆け巡り、憂鬱な気分になるが、今は我慢して自分のすべき仕事に移る。この扉は堅牢な魔法によって保護されており、魔法の術式自体にも防御術が施されている厄介な作りになっていた。なので、まずは魔法術式を保護する役割の魔法――つまり外殻たる壁を破壊しなくては肝心な中身の魔法を解除できない。


 これ自体は、無理やり破壊してしまっても構わない。それに、フィルアの予想以上に扉の魔法が弱く、そのまま破壊できてしまえば一石二鳥である。

 目を閉じて、深く息を吸い込む。それと同時に頭が冴え渡るように集中してくるのが分かる。イメージを深く、深く作り上げ、丁寧に詠唱を紡ぐ。


隷属の使役もセルウィー・コルサヴィエ悠久の営みもクウァエダム・ウィータ死を前に(アンテモーテム)、《終焉へと向かえスーチェイド・フィーネ》」


 煙るような瘴気が暗い地下を席巻しかたと思うと、本当に暗い地下の冷たい冷気が凍りつくような錯覚に全員が陥った。


「安心しろ。俺の魔法だ」


 まるで全てを腐食するような瘴気の渦に、全員が張り詰めたような表情を浮かべるが、フィルアの落ち着かせるような低い声色に、皆は安堵の表情を浮かべるが、まだ緊張が解けないかのように引きつった表情が残る。

 全てを飲み込むような暗闇が、扉を飲み込んでいた。まるで反抗するように、扉から激しい閃光が瞬いていたが、すぐに闇に飲まれ、砕け散るように暗闇とともに霧散した。


「なんて無茶苦茶な魔法なのよ……」


 一連の、悪夢のような光景にルーアが呆然と呟く。並々ならぬマナの蠢きを肌で感じ、錯覚すら招くような魔法に、恐怖すら覚える。おそらく、今のルーアではどうあがいても理解できないような魔法だが、不思議と悔しさを覚えない。


「よし、じゃあ後は適当にこじ開けるぞ」


 フィルアのみが呑気な声を上げ、一応はようやく気を取り直した。

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