遺跡へ
「まったく、これだから馬鹿な魔法使いが増えるんだ。力もないのに大剣を振ろうとする剣士みたいなもんだ」
ぶつぶつと文句を垂れるフィルアをカイルだなだめながらそれぞれの部屋へと戻る。部屋に戻り、風呂へ入ったフィルアはベッドへと寝転び、カイルとクロウが剣の手入れをする。フィルアもまた、剣を持参しているが、この旅では使用していないし、明日からも多用するつもりはないので手入れはしない。
丁寧に剣の汚れを拭きとる様子を眺めながら、フィルアはルーアの言っていたことを思い出す。極大魔法で敵をなぎ払う、なんて馬鹿げているものだ。小さな子供が背伸びをして大きく見せようとしても、そんなものすぐに崩れる脆いものだ。魔法というものは、その理を理解し、自分のものにすることが大切で、それに大小は関係ない。しかし、大きな魔法というものはそれなりのリスクが付きまとう。それに気がつかない魔法使いは多い。
フィルアは腐っても元賢者なのだ。魔法の真髄を見ようとしたのだ。剣の道を捨て、魔法使いを目指した過去などとうの昔のことだが、今でも魔法は奥が深く、自分の解釈が正解だとは思っていない。それでも、少なくともひと握りの伝説と呼ばれる魔法使いでも使用を避けるような魔法を使おうとするのは馬鹿げている。失敗してからでは遅いのだ。
「そういや、カイルも魔法は使えるよな?」
思考に耽っていたフィルアが尋ねると、カイルは剣の手入れをしながら目線だけを向けた。
「多少は、ですけどね。僕は生粋の魔法使いじゃないので、ルーアみたいに極大魔法が使いたいなんて思わないですけどね」
「まあ、そうだろうよ。クロウは?」
「まーったく使えねーっす。あんなの無理無理。才能のかけらもありゃしない」
手を広げて大げさに言うクロウは、その通り全くと言っていいほど魔法は使えない。カイルはというと、少し魔法をかじっている程度で多くは使えないものの、剣士として便利な身体強化や牽制の類の魔法はいくつか覚えていた。フィルアは、カイルのそのような魔法を取り入れた戦闘スタイルのほうが好みだ。しかし、フィルアは剣に自信がないため、魔法に頼りがちだ。カイルのようなスタイルに羨ましく想う気持ちもあるため、練習してみてもいいかと思い、何となく剣に手を伸ばした。
「そういや、フィルアさんっていつも剣持ってますけど、実際使ってるところ見たことないんですよね」
剣を握るフィルアを、カイルは興味深そうに見た。なんどか、フィルアとは個人的にクエストをこなしたことがあったが、フィルアが剣を振るう姿を見たことがなかった。
「まあな。魔法使ったほうが楽だし。俺にも剣の腕がもっとあったらいいんだけどな」
何となく、自虐的に語るフィルアに、カイルは眉をひそめた。口には出さないが、フィルアの体つきは剣士に似ている。毎日鍛錬を欠かさず、剣を振るう剣士のような筋肉のつき方。そして手には硬くなった豆。剣士として生きるカイルにはひと目でそれがわかるが、フィルアは何故か頑なに剣を使おうとしなかった。
「俺に剣の道なんて向いてない向いてない。実践じゃ役に立たないけど、無いよりかはマシだろ」
「そんなもんですか……」
短く返事を返したカイルは、フィルアが剣を置いて再び寝転ぶと、唇を噛んだ。自分自身を否定するかのような物言いのフィルアに、カイルは暗い表情を隠して剣の手入れに意識を戻した。
長いあいだ使い古した剣は、業物なだけあって小さな傷ひとつなく、もうすでに新品のような輝きを戻したいた。
■
翌日、まだ太陽が地平編から顔を出していない時刻、カイル一行は早い朝食を済ませて宿の前に集合していた。
そして、馬を借り直して出発する。目指すはノートランドの森の遺跡だ。通り過ぎるだけでも馬で10日以上かかる広大な森だ。途中までその森道を馬で行き、途中からは徒歩で行く。
カイルの話だと、遺跡はそこまで森の奥ではないらしい。しかし、最近見つかったのはノートランドの森が余りにも広大で、未探索な箇所が多すぎることと、遺跡が森に侵食されていて、かなり近づかないと気づかずに素通りしてしまうからだという。
遺跡の正確な位置を知っているのはカイルのパーティーと、ごく一部のギルド員、そしてルーザント王国の重鎮たちのみ。道なき道を先行するカイルを眺めて歩くフィルアは、よくこんな遺跡までの道のりを覚えていられるなと感心する。
あいにく、ノートランドの森は比較的温厚な動物が多く、魔物は少ない。奥深くでは魔物もよく遭遇するらしいが、今回はどちらかといえば浅い場所。そのおかげで戦闘もなく、順調に進んでいた。
昼が過ぎた頃、道なき道を先行していたカイルが立ち止まった。
「確か、ここらあたりだから、皆も探しながら歩いてね」
地図を確認しながらあたりを見回すカイルに、フィルアも同じようにあたりを見回した。しかし、どこに目をやっても先程からずっと続いている鬱蒼と茂る木々しか映らない。
しばらく、全員が目を光らせて遺跡を探しているうちに、フィルアはふと人の気配を感じた。
「近くに人がいるぞ」
「ホントですか? 正確な場所はわかりますか?」
「二時の方向に約百メートルほど。数人いるが、狩人か何かか?」
「いえ、たぶんギルドの方でしょう。考古学者や冒険者も一緒にいると思いますが。いやあ、少し道がずれてたみたいですね。通りで目印が見つからないわけだ」
「おい、それでいいのか」
から笑いするカイルにフィルアが突っ込みを入れる。カイルにも以外に抜けているところがあるのかと、感慨深げに考えながら、フィルアはさらに詳しく気配を調べる。こちらに気づいている様子も、特に警戒した様子も伺えない。カイルの言う通り、ギルド員やその関連の人だと判断し、あくびをひとつ漏らしていると、ルーアに袖を引っ張られる。
「ねえ。それどうやってるの?」
何故か不満そうな表情のルーアがフィルアに尋ねる。まだ昨日のことを根に持っているのかと、フィルアはため息混じりに答えた。
「それって?」
「その人の気配を探る魔法のこと」
「ああ、これか。別に大した魔法じゃないだろ。周囲の気配を察知するだけの魔法だ。お前も使えるだろ?」
「《鷹の目》の魔法なら使えるけど、そんな広範囲は無理。せいぜい二、三十メートルくらいが限界かな。それ以上なんて頭ぶっ飛びそうだよ」
鷹の目、この魔法は、魔法使いとしては覚えておきたい決して低くない難易度の魔法だ。中堅くらいの魔法使いで使えるなら良い方だろう。範囲数十メートルの地形や正確な人の数、さらには武装の有無や向いている方向などまで分かるとても便利な魔法だ。しかし、もちろんデメリットも大きい。だから、フィルアはわざとらしく肩をすくめてみせる。
「その魔法なら、そうだろうよ。それも便利な魔法だが、一気に正確な位置や何者かを突き止めれる代わりに、情報量が多すぎて広範囲だったり長時間だとお前の言う通り頭ぶっ飛ぶから、情報量の少ないようにしてるんだよ。俺の場合は風の魔法で気配だけ探って、何か引っかかったらピンポイントで調べるくらいだな」
「それって、どのくらいの範囲まで分かるわけ?」
「んまあ、森の中だから、ある一定以上の大きさの気配しか感知できないようにしてるし、広範囲調べても意味ないから止めてるだけだからなあ。そうだな、この森全体くらいならいけるぞ」
「ほ、ほんと!? 広すぎない!?」
「普通に本当じゃないっす」
「…………」
「ル、ルーア、落ち着いて。フィルアさんも悪気があるわけじゃないと思うから。たぶん」
剣呑な空気を纏わせるルーアに、慌ててカイルがフォローに入る。そうこうしているうちに、フィルアたちは人影を視界に捉えた。その人影は、ギルド員たちのもので、カイルは警戒を解くように指示する。相手のギルド員や護衛の冒険者が、こちらに気づき、警戒の色を浮かべるが、カイルの姿を確認すると安心したようにため息をついた。
フィルアは、遺跡がまだ見当たらないと思っていると、ほんの少しだけ開けた場所にそれはあった。鬱蒼と茂る森の中、苔や蔦が巻き付き、植物に侵食された石造りの塊がひっそりと佇んでいた。緑色に装飾されたそれは、森の中に溶け込み、完全に擬態していた。折れた大きな支柱が倒れており、半分が土にうもれて、露出している部分は倒れた大木にしか見えない。
元々は大理石造りの立派な建物だったのだろう。どのような用途で建てられた建造物か、考古学者でもないフィルアには分かったものではないが、数百年前には壮麗な姿を保っていたことを想像することは容易であった。
しかし、建物自体は既にほぼ全壊状態で、見るも無残な状態だ。だが、自然と一体となる人工物に、神秘的な何かを感じて、フィルアは息を飲んだ。
「調査は進みましたか?」
数日前に、今のフィルアと同じような心境にあったカイルは、その遺跡のすぐそばで作業をしているギルド員の一人を見つけ、話しかける。
「カイルさん、お久しぶりです。ええ、まだ探索の許可が出ていないので周辺調査しか出来てないのですが、恐らく教会の類なのだろうと思われます。しかも、状態的に古代文明時代のものかもしれません。地下にはまだ行けてないのですが、今日か明日には騎士団の方が出向いてくれるので、もっと調査が進みますよ。……それでカイルさん、ここにいるってことは、もしかして遺跡の調査ですか?」
ギルド員の男は、事務的に答えたあと、不安そうにカイルの顔をのぞき見た。対して、カイルは笑顔で頷いた。
「その通りです。第一発見者の僕たちには探索する権利があるはずです。よかった。もう騎士団が派遣されてるなんて、急いでよかったです」
「まあ、私としては早く探索が進むならそれでいいのですが……。でも、気をつけてくださいね。もし古代文明の魔法術が施されたものなら生きて帰れるかわかりませんよ。それに、雨風しのげるから魔物も住み着いてるかもしれないですしね」
「それが分かってて突き進むのが冒険者ですよ」
その言葉を聞き、ギルド員は心配そうに眉を曲げると、もう一度念を押すと、自身の作業に戻った。