魔法
野党の襲撃からは何事もなく、ノートランドの街へと訪れたカイルのパーティーはギルドへと向かい、野盗の事についてギルド員へと報告した。もう日が落ちてしまっているため、明日にギルドの使者がその件の後始末をしてくれることになった。野盗が正式に捕まると、報奨金が出るようで、後日連絡を寄越してくれるとのことだった。最近噂の野盗だった場合、懸賞金がかけられているため、そこそこいい額の臨時収入になりそうで、フィルアはほくほく顔で喜んだ。
浮ついたフィルアを連れて、カイルたちは宿を確保する。カイルとクロウ、フィルアは三人部屋で、ミルドレッドとルーアが二人部屋をとる。ミルドレッドはちゃっかり女の子枠に入れられているようだが、見た目はほぼおっさんだ。少々犯罪臭を覚えながら、フィルアはカイルに連れられて酒場に入る。
五人でテーブル席へと座り、ルーア以外の四人がビールを頼む。ルーアは酒の類が苦手のようで、水のグラスを持つ。乾杯を終えた五人は、それぞれ思い思いに料理を注文して、他愛もない話で盛り上がった。
「フィルアさん、お手柄だね」
水をちびちびと飲みながら料理を待つルーアが、お世辞のように述べる。ビールをさっさと飲み干したフィルアは、おかわりを店員に頼むと、泡の髭を紙で拭き取ってから答えた。
「いい小遣い稼ぎになったな。大した相手じゃなくて良かったな」
「けっこう場慣れしてそうな野盗だったけど」
「いや、野盗としての日は浅いんじゃないか? 戦闘能力は低くはなかったかもしれないが、普通の奴らなら先制攻撃食らったら逃げると思うけどな。それか、よほど腕に自信があったかだな」
「じゃあ、相手が悪かったね。元賢者がいたらひとたまりもないもんね」
元、という言葉が強調されて聞こえる気がするが、フィルアは渋い表情で無視する。フィルアがいたから発見も対処も迅速に行えたが、たとえフィルアがいなかったとしてもあの野盗がカイル達のパーティーに致命的な傷を入れられるとは感じなかった。
「それよりも、ルーアの魔法って何か教科書的な粗のなさがあるけど、真面目キャラ気取ってんのか?」
「う、うるさいなあ。そんな微妙なキャラ気取るわけ無いでしょ。そもそも、粗がないならいいじゃない」
顔を赤くさせてグラスを叩きつけたルーアは不満そうにフィルアを睨んだ。
魔法というものは、一般的に広がっている常用の魔法が多く、それを皆が真似て使うもの。つまり、誰かが開発した魔法が広がり、それを魔法使いがコピーしているのが現状だ。そのため、誰かから魔法を教わったとすれば、その人の劣化コピーとなることが多い。だからこそ魔法使いという人種は、そこから自分なりの理を見つけ出し、改良を行っていくものだ。基盤がしっかりした魔法だからこそ、応用として自分のものにしやすい。しかし、フィルアが見るに、ルーアはそれが出来ていない。
「粗がないのはいいんだが、粗がなさすぎるのも魔法を使う上で微妙なところなんだ。魔法はな、詠唱とか魔法陣が基本となるけど、無詠唱でも魔法は使えるだろ? 魔力――マナとも言われるもんが媒体となって魔法が完成するわけだが、そもそもマナに命令してやるのが詠唱や魔法陣だ。でも、無詠唱で魔法が使えるのは、自分の頭の中で完璧に魔法の形をイメージできてるからだ。そのイメージを、詠唱や魔法陣でカバーしてるわけだが、本元は頭の中のイメージだ。そのイメージが教科書みたいに固まってしまったら、魔法も型にはめたみたいなもんになるだろ」
「そんなこと分かってるけど、イメージを固めることの何がいけないのよ」
「お前な、もしかして魔法使いは極大魔法で魔物の群れを壊滅させるような兵器みたいな考え持ってる人か?」
「そりゃそうでしょ。魔法使いなら誰でも憧れるものだと思うけど。極大魔法で敵をなぎ払う。これの何が悪いわけ?」
ルーアの返答に、フィルアはあらかさまにがっくりと肩を落とした。眉間にしわを寄せて不機嫌そうなルーアをフィルアは指を立てて諭すような口調で言う。
「あのな、魔法使いってのは小手先の戦いだ。馬鹿の一つ覚えみたいに、規模の大きい魔法を撃ちまくるやつなんてただの三流だ。一流の魔法使いでも、そんな奴はいるけど、それはまあ、趣味みたいなもんだろ。魔法使いはいかに敵の思わぬ攻撃、ずる賢い一手を打てるかだ。大量の敵に囲まれて極大魔法を放つなんて、そんなことになる時点で負けだ。いかに、小手先の魔法て敵を翻弄し、小規模で打ち負かすかだ」
もちろん、小手先の魔法でどうにもならない場合はあるため、いざという時のための魔法も隠し持っておかなくてはないらないことも付け足す。しかし、それにルーアは嫌そうに顔をしかめてみせる。
「なにそれつまんない。そんなのだから賢者落ちするんじゃないの」
「おっと、その話は普通に落ち込むから今はなしでお願いします。……かの生ける伝説の魔法使いヴィルヘルム様の極大魔法が有名のせいで憧れる奴が多いのは何となく想像はつく。でも、あんなの幻だ。あんな一部の化け物に許された特権なだけで、リスクが大きすぎる。現に、ヴィルヘルム様も魔法のあり方は、いかに小規模で決着をつけれるかなんだ。昔の対戦での極大魔法は苦肉の策だったろうよ」
生ける伝説の一人、国王の右腕とされるヴィルヘルムという魔法使いは、この国で知らないものはいないといってもいいだろう。少なくとも、魔法使いを目指すものの憧れの存在だ。フィルアが生まれるよりも昔にあった、世界を巻き込む対戦にて放ったとされる、極大魔法は、敵兵を飲み込み、地を抉り、雲を消し去ったとされている。その魔法は多くの敵国に恐れられ、数々の魔法使いを魅了したのだが、ヴィルヘルムが実際にその魔法を放ったのは数える程度だ。彼はその魔法を危険視し、平和な現在では、もう封印されてしまった過去の魔法だ。
そんなこんなで、大規模の魔法こそ魔法使いの真髄だと謳うものが現在でも大半だが、フィルアはそうは思わない。そんな魔法を使わざる負えない時点で負けなのだ。もし失敗した時の事を考えると笑えない。もしも、地形を変形させるほどの魔法が失敗してしまったら、真っ先に死ぬのは自分か味方か。
だから、失敗してもいいくらいの気軽な魔法でいいじゃないかとフィルアは考えている。
会話を続けていると、次々と料理が運ばれてくる。フィルアは待ってましたと言わんばかりにがっつくが、ルーアは手をつけない。
「なんだか夢がないね。賢者の皆そんな考えなわけ?」
「まあ、俺の考えは少数派だな。でも、いくら賢者でも魔法を失敗することもある。その失敗を考慮した上だろうな。さっきも言ったように、大規模魔法は趣味みたいなもんだ。賢者になって、魔法の倫理を求めるような奴らは変態が多いから、癖の強い魔法を好むからな。何に使えるかわからないものから、人を殺すためのものまでな」
ルーアはつまらないといった風にため息をついた。フィルアの言っていることが100%馬鹿げているとは思わないが、小手先の魔法ばかりを使っていても楽しくないのが本音だった。しかし、一度は若くして賢者という魔法使いとしても至高にたどり着いた者の言葉だ。ルーアは神妙な顔つきで考えるが、まだ残ってた疑問を投げかけた。
「それで、まだ言ってなかったけど、なんで型にはめた魔法じゃだめなの」
「それも小手先の魔法と同じようなもんだ。型にはまったような魔法なんて読み易いものはないだろ。同じ詠唱でも、同じ魔法陣でも、多少効果を変えたり、規模を変えるだけで相手は予測が難しくなるもんだ」
「なるほどね。ちょっとは勉強になったよ」
「ありがたく思え。これは授業料だ」
そう言うと、フィルアはルーアの皿の肉をひと切れ奪い、口に放り込んだ。それを眺めたルーアが血相を変える。
「ああっ! 私の肉が!」
「ば、馬鹿! 肉のひと切れくらいで怒るな。俺のを食うな! 離れろケダモノめが!」
「食事くらいゆっくり取れないのかな……」
暴れる二人を尻目に、カイルが困ったように呟き、ミルドレッドとクロウも頷く。傍から見れば仲の良い二人の痴話喧嘩のようだが、それを言ってしまったらさらにヒートアップしそうな勢いに、カイルは肉を咀嚼して眺めるだけだった。
しばらくして、落ち着いた二人は文句を言いながらも静かに食事を済ませた。