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第十七話 混沌

 その後ダリアンは、ガゼロ将軍が率いる兵らによって、地上へ連れ出された。

 広間を抜け、外へと続く廊下を進むほどに、多くの人々のざわめく声が耳に入ってきた。

 やがて、キトン姿の青年が姿を現わすと、どよめきとともに、無数の視線が一斉に神殿の入り口に向けられた。

 神殿前の広場には、遠巻きに木製の柵が張り巡らされており、その向こうでは、町の人々が不安そうに彼の様子を伺っていた。

 人々から広場の中心部に視線を移すと、人の背丈の倍ほどはある長く太い杭が、地面に突き刺さっているのが見えた。

 ガゼロ将軍は入り口付近で一旦立ち止まり、集まった民衆の顔に視線を一巡りさせてから、再びその杭に向かって歩き始めた。

 そんな男の後に、ダリアンも縄で繋がれ、四方を兵に囲まれた状態で続いて行った。

 彼らの進む先には、兵士らが道を作るように左右に並んでいて、その中にはカスコやアチャの姿もあった。


「振り返って見るがいい」


 杭のそばで立ち止まった将軍は、向き直って神殿のある方向を指差した。


「!!」


 言われるままにかえりみたダリアンは、そこにあった光景に思わず息をのんだ。

 神殿の足元には、壁際に何本もの杭が打ち込まれており、猿ぐつわと目隠しをされた神官らが、それぞれ縛り付けられていたのだ。

 そして、そんな彼らの正面には、弓を手にした兵士が矢をつがえ、彼らの心臓に狙いを定めていた。


「こいつも縛れ」


 将軍が命じると、数人の兵士がダリアンを杭の前に引きずり出し、何重にも縄を巻いて彼の体を丸太に縛りつけた。


「これより、この者たちの公開処刑を行う!」


 ダリアンの自由が封じられたことを確認すると、将軍は柵の外へ群がる民衆に向かって高らかに言った。

 直後、広場に大きなどよめきが起こった。


「この者は神官らと結託して災害時の混乱に乗じ、ラ・ムーとコールガーシャ皇子を暗殺した」


「な……!!」


 反論しようとするダリアンの口を、そばにいた兵士が丸めた布を押し込んで封じた。


「この者は父であるアルデオまでも亡き者にし、自らが大神官となってムーを我が物にしようとしていたのだ!」


 発言の自由さえも奪われたダリアンは、必死に首を左右に振って男の言葉を否定しようとした。

 この男は、利用価値のなくなったダリアンと神官達に王族殺しの罪を着せて、神官を敬う民達にも彼らの処刑を納得させるつもりなのだ。

 必死に訴えかけようとしている彼を一瞥し、将軍は顎を上げて、後方に控える兵士に合図を送った。

 直後、それに応えて進み出てきた兵士が、ダリアンに向かって弓を引いた。


「そして、この者たちの蛮行により、空からラーは消えた!」


 将軍が続けて発した言葉に、広場は水を打ったように一気に静まりかえった。


「罪深きこの者たちに天罰を!」


 そう言って将軍が片手を上げると、それを合図に、ダリアンと神官らに向けられた弓がきりきりと鳴き声を上げ始めた。


「将軍! 空を!」


 誰もが彼らの死を確信した瞬間、一人の兵が空を見上げて大声を上げた。


「?」


 最高の見せ場を妨害され、将軍は不機嫌そうに眉をひそめて、兵士が指し示す赤い空を見上げた。


「な?!」


 そこにあるものを見た将軍は、目を見開いて声を詰まらせた。

 そんな彼に続いて、兵士や民衆たちも、次々と空を見上げて絶句した。

 彼らが見上げた緋色の空には、無数の翼竜が翼を広げて舞っていたのだ。


(なぜ、翼竜が……?)


 もとは王家に仕えていた翼竜隊だが、カスコが将軍に忠誠を誓って以降は、軍によって管理されている。

 そのため、彼らが軍に無断で竜を竜舎から出すことはできないはずなのだ。


(まさか……?!)


 胸騒ぎを覚えて兵の群れに目を向けてみたが、先ほどまでと変わりなく、決められた位置に翼竜隊の隊長カスコの姿があった。

 そして、そんな赤髪の男の背後には、彼の部下である隊員たちも顔を揃えて立っていた。


(では、いったい、あれは……?)


 翼竜隊以外に翼竜が現存するなど、これまで聞いたことがない。

 だが、翼竜隊がここにいるということは、他にも生き残りがいたということなのか……?

 将軍はあわあわと口を動かしながら、赤い空を埋め尽くす黒い影を改めて見上げた。


(あれは……神官?!)


 よく見ると、翼竜の背にはそれぞれ、白装束を身にまとった男たちが乗っていた。


(ばかな。神官たちはあそこに……!)


 慌てて神殿の足元へ視線を走らせたが、そこには変わらぬ様子で杭に縛られた神官たちの姿があった。


(まさか、密かに別の翼竜隊が存在していたのか?)


 新たな翼竜隊の出現に怯え、将軍は全身をガタガタと震わせた。


「カスコ! 翼竜隊を出動させて奴らをち落せ!」


「は!」


 叫ぶように命じる将軍に深く礼をすると、カスコは隊員達を引き連れて、広場の中心に向かって駆け出した。

 彼らが目的の場所に至るのと同時に、先ほどの群れとは異なる竜の大群が、広場の上空に姿を現した。

 手を上げて合図を送る隊員たちに目標を定め、翼竜達は高度を下げながら近付いてくる。

 地面に近付くほどに、巨大な翼が吹き起こす風が砂埃を巻き上げ、それに煽られた民衆や兵士らは、悲鳴をあげながら腕で顔を覆った。

 そんな中、隊員らは翼竜の首に飛びつき、空中でひらりとその背に跨った。

 隊員たちを乗せると、翼竜は一気に上昇し、気がつけば神官らが操る翼竜のさらに上空を舞っていた。


「そうだ! 上から射ち落せ!」


 地上から将軍が大声で命じると、カスコが率いる隊員たちは、自分たちよりも低位置を飛ぶ竜の群れに向かって一斉に弓を構えた。


「射て!」


 直後、上空から下に向かって無数の矢がうち放たれた。

 神官達が射ち落とされる様を想像し、余裕を取り戻しかけた将軍だったが、刹那、その顔が驚きと恐怖の色に再び染まった。

 翼竜隊が放った矢は、何の抵抗もなく神官らの体を通り抜け、あろうことか自分たちの方へ向かってきたのだ。


「わわわ! よせ!」


 頭上から雨のように矢が降りそそぎ、将軍と彼を取り巻く兵士らは慌てて逃げ惑った。

 その後も次々と打ち放たれる矢に、軽装備の兵士らが射抜かれてバタバタと倒れ始めた。


「カスコの奴、裏切ったな!」


 ようやく、翼竜隊が味方でなかったことを悟り、ガゼロ将軍は逃げながら奥歯をギリギリと噛み締めた。


「おい! お前たち! 身をもってわしを護衛しろ! そうすれば、あとで褒美をくれてやる!」


 将軍はそばにいた大男の腕を掴み、男の背後に周って身を隠そうとした。

 だが次の瞬間、鞘から剣が抜かれる音がして、気がつくと首筋に鋭く光る刃が当てられていた。


「ひいい!」


 将軍の首にやいばをピタピタと何度もつけながら、アチャは愚かな上司を睨み付けた。


「さっきの言葉を民に訂正しろ。王家を滅ぼしたのは自分だと。でなければこのままお前の首を切り裂く」


 大男がそう言った直後、あるじの危機を察した将軍付きの兵士が、背後から剣を振り上げて迫ってきた。

 だが、その動きにいち早く気付いたアチャの仲間が、すかさず剣を抜き放ち、男の体を斜めに切り裂いた。


「あんたは、オレたち下っ端を生殺しにしてきたつもりかもしれねえけど、毎日地下で仲間と剣を交えて鍛えていたんだ。腕は鈍っちゃいねえぜ」


 将軍の兵を切り捨てた男は、血が滴る刀身を舐めながら、狂気的な笑みを浮かべて言った。


「くそ!」


 仲間を斬り殺され、怒りに狂った別の兵が背後からアチャに襲いかかってきた。

 殺気を感じたアチャは、後ろ手に柄頭つかがしらで男のみぞおちを突き、素早く身を翻すと、前のめりによろめいた背中をバッサリと斬り捨てた。

 ふと、そんな大男の視界の隅に、兵士らの足元へ潜り、這うようにして味方の兵のもとへ滑り込んで行く、将軍の姿が映った。


「待て! 逃がさねえぞ!」


 逃走していく将軍の背中を、アチャは吠えるような声を上げて追いかけた。

 その瞬間、その動きを阻止しようとする敵と、迎え討つ彼の仲間達がそれぞれ剣を抜き放ち、激しい闘いが始まった。





 幻影の姿で、上空からそんな地上の様子を見つめていたダリアンは、神官らに向き直って手を大きく振り下ろした。

 すると、神官と彼らを乗せた翼竜は煙のように消え去った。

 最初に空に現れた翼竜隊は、神官らが自由を奪われながらも、幻影で作り出したものだったのだ。

 そのようなことを知る由もない将軍は、新たな翼竜隊が攻めてきたと思い込み、カスコに出動命令を出した。

 それにより、軍に管理されている翼竜を、竜舎から出すことができたのだ。


『カスコ、神官たちの縄を解いてやってくれ』


「御意」


 ダリアンの言葉に頷いた赤髪の男は、手で合図を送り、部下を引き連れて降下していった。

 地上に近づくと、隊員らは竜の背から飛び降り、神官らのもとへ駆けて行った。

 だが、そんな彼らの行く手を阻もうと将軍の兵が現れ、そこでも新たな交戦が始まった。


「この裏切り者めが!」


 隊員らに続いて地上に降り立ったカスコに、将軍付きの兵士が怒鳴り声をあげながら襲いかかってきた。

 直後、カスコは地面を蹴って宙を舞い、後ろ向きに一回転して攻撃をかわすと、音もなく男の背後に降り立った。

 そして彼は、標的を見失い、狼狽えている男の心臓を、背中から一突きにした。

 その後も次々と現れる敵を斬り捨てながら、赤髪の男はダリアンの実体のもとへ駆けて行った。

 だが、杭の後方から近付く彼に気がついた敵兵が、ダリアンの正面から剣を突き立ててきた。


「伏せろ!」


 回り込んで敵を討ついとまがないと判断したカスコは、ダリアンの体を杭に縛り付けている縄を、背面から切り落とした。

 バラバラと細切れになった縄が足元に落ち、体が自由になった瞬間、ダリアンはその場に身を伏せた。

 直後、鈍い音を立てて、先ほどまで彼の心臓があった場所に、鋭い切っ先が深々と突き刺さった。

 杭に刺さった剣を抜こうと、焦って柄を握る男の手を、カスコは手首から切り落とした。

 激痛にうめき声をあげながら地面を転がる男を尻目に、赤髪の大男は軽々と杭から剣を引き抜き、それをダリアンの手に握らせた。


「ここは我々に任せて、皇子の仇はあんたの手で」


「ああ」


 血に染まった剣を握りしめ、ダリアンは大きく頷きながら赤髪の男を見上げた。






「くそ! どいつもこいつも裏切りやがって」


 ガゼロは吐き捨てるように呟きながら、広間を目指して神殿の廊下を走っていた。

 戦闘の混乱に紛れて、彼はなんとかここまで逃げてきたのだ。

 背後からは、剣同士がぶつかり合う金属音とともに、兵士らの怒号や叫び声が絶え間なく聞こえてくる。

 翼竜隊のみならず、冷遇していた兵の多くが敵に回ったとすれば、数で劣る自分達に勝ち目はない。

 そう悟った彼は、神殿内にしばらく身を隠し、隙を見て遠くへ逃げようと考えたのだ。

 瓦礫に足をとられながらも、長い廊下を通り過ぎて行くと、ようやく祭壇のある広間へたどりついた。

 あの祭壇の上に立てられた、ラーの象徴の影に隠れていれば、簡単には見つけられないはずだ。

 広間を一気に走り抜けた彼は、祭壇の頂上へ続く階段を這うようにして登り始めた。

 大理石の階段は、先の災害によりところどころ抜け落ち、よく見て進まなければ踏み外す危険があった。

 ふと彼は、そこに引きずられたような血の跡が、上へと続いていることに気がついた。


『これは、コール様が流された血の跡だ』


 突如、無人だと思っていた広間に、若い男の声が反響し、男の動きがぴたりと止まった。


「誰だ!」


 慌てて周りを見回してみたが、やはり自分以外に人の気配はなかった。

 首を傾げながらも、再び階段を上り始めた彼の進む先に、皮のサンダルを履いた男の足が現れた。


「お前は……!!」


 見上げると、そこにはラーを背にして、神官服を身につけたダリアンが立っていた。


「いつの間に……!」


 とっさに腰から抜いた剣を、男は水平に大きく振って弧を描いた。

 だが、次の瞬間、青年の姿は目の前から忽然と消え、石造りの室内に、刃が風を切る音だけがむなしく響いた。


『お前だけは、絶対に許さない』


 再び同じ声が聞こえてきて、弾かれたように背後を振り返ると、数段下ったところから、怒りに燃えるオリーブ色の瞳が彼を睨み付けていた。


「妙な術を使いおって!」


 振りかぶって頭から切り裂こうとしたが、青年の体は再び消え、石と鉄がぶつかり合う音とともに、痛いほどの衝撃が、手首を痺れさせただけだった。


『よくもあの日、私の可愛い教え子たちを殺してくれましたね』


 今度は、どこからともなく、しゃがれた老人の声が聞こえてきた。

 声のする方へ顔を向けると、そこには神官服を身につけ、あご髭を胸まで伸ばした老人が立っていた。


「お前は……ロギオス?」


 日頃穏やかな表情を崩さない老人は、これまで見せたことがない険しい顔つきで、愚かな男を見下ろしていた。


「うるさい、うるさい!!」


 平常心を完全に失った男は、叫び声をあげながら、狂ったように剣を振り回し始めた。

 そんな彼の前で、老人の足は床から離れ、気がつくとラーを背にして高みに浮遊していた。

 人が浮くというにわかには信じ難い現象に、男が言葉を失っていると、老人の隣に煙のようなものが立ち上り、やがてそれは人型を成して、神官服姿のダリアンとなった。

 二人の神官に、空中から冷ややかな目で見下ろされ、ガゼロは腰が抜けたように尻をついて、その場にへたり込んだ。

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