サンタクロースを撃ち落とせ
トンネルを抜けると空模様が一変した。厚みを増した雲は、もくもくと膨れあがっている。山の合間を縫うように雪原を走る列車は目的の駅へと到着し、汽笛を鳴らした。
列車を降りると、底冷えするような寒さに包まれる。息は白く対流し、ホームをすれ違う人々は、赤らむ顔以外を隠して早足に歩き始める。分厚い黒服の車掌は、客員案内が済むと、そそくさと列車へと戻っていった。
招待を受けて、クリスマス休暇の間、親戚宅で過ごすことになり、北欧のとある雪深い村へとやってきた。駅に迎えが来ることになっており、小さな駅舎の中で待っていると、湿気で白む窓に、ペンギンをそのまま大きくしたようなのそのそと動く黒い影が浮かび上がる。木製と扉が開き、楔の鈍い金属音が鳴った。
「よう。待たせたな。遠いところ、ようきたな」
「お久しぶりです、ゴーンさん」
毛皮を纏い、まるで、巨人のような出で立ちでやってきたのが、ゴーンさんだ。この休暇中、彼の家にお世話になる。
「じいさんがお前を楽しみにしとる。さあ、行こうか」
小屋を出て、雪原の中をひた歩く。駅から数百メートルと離れると、家は散見するようになり、遠くには連峰が雲間に見えた。寒道を歩いていると奇妙な看板が目に映った。
「Shooting Santa Fes」
サンタに雪玉を投げつける子供の絵が描かれ、何とも奇妙な構図となっている。矢印は森方向へと続く道をさしていた。
「なんですか、これは?」
「おう、それか。今、祭りをやっていてな。サンタ撃ち落とし祭り。ついでだ、みていくか」
「なんだか面白そうですね。行きます」
会場に着くと、子供から老人まで、二十名ぐらいがいる。雪で作った台座に向かい、子供達が雪玉を投げつけていた。子供の強烈な一撃により、雪の台座のプレゼント袋らしきものは滑り落ちた。
「これは、一体どういうお祭りなんですか」
「まぁ、見ての通りプレゼントを雪玉で落とす祭りだ。昔は、サンタのぬいぐるみだったんだがな、かあちゃんどもから不謹慎だと食らってな。今ではこんな形に落ち着いとる」
話によると、サンタ撃ち落とし祭りは、ゴーンさん世代が子供の頃からあるらしく、昔、成人したばかりの青年たちが、サンタを撃ち落とすべく、夜中に見張りをしていたという悪ノリから生まれたらしい。現在では子供たちへのプレゼントが撃ち落とす対象になっているらしい。
立ち話をしていると、一人の少年が駆け寄ってきた。
「お父さん!」
「おお、ハリス。プレゼントもらえたか。よかったな」
「うん!』
息子のハリスのようで、プレゼントをニコニコと掲げていた。
ゴーンさんの家に着くと、歓迎され、暖かいコーヒーを頂いた。ゴーンさんは、妻とハリスの三人で夕食の買い出しに行ってくるとのことで、ゴーンさんの父のジェーンさんと談笑することになった。
「祭りの方は行ったかね?」
「ええ。珍しい祭りですね」
「そうじゃろ。あれは、わしらが作ったんじゃよ」
「ええ、そうなんですか。ということは、まさか、今もサンタの見張りを続けてるんですか?」
「まぁ、その辺はゴーンの方が詳しいからそのあとじゃ。それはともかく。わしは、おると思うのじゃが、君はサンタを信じるかね?」
一応、もう成人しているので、誰が正体なのか分かっている。しかし、それは周知の事実だろう。何を聞きたいかの意図を考えながら、僕は返事をした。
「いると思いますよ。神様やUFOと本質的には同じだと思います。いないと思う人にはいないだろうし、いると思う人間にはいる、そういうものだと思います。まぁ、正確に言えば、いてほしい、なんですけど」
「なるほど。それで、君がサンタがいると思う理由はなんだね?」
「そうですね。そこらへんの神様よりも、確実に子供達を幸せにしているじゃないですか、彼がいなければ、こんな幸せな光景が見られなかったわけですからね」
「面白い話だ。また、あとで聞かせてもらうとしよう。そろそろ、夕食準備の時間だ。うちは一家全員でするんだ。手伝ってくれんかね」
「飯も食ったし、ハリスは今日はサンタさんが来るから早く寝なさい。願い事カードは見えるところ貼っておいたか?」
「うん。あそこ!」
壁時計の横には、『面白い本がほしい! ハリス』と書かれた紙が貼られていた。なんでも、この地域では、毎年サンタ用の規定の願い事カードが配られるらしい。
「よし。あれならサンタさんもわかるだろう。おやすみ」
「うん。おやすみ!」
就寝準備を済ませ、ハリスが階段を上っていったのを見計らい、ゴーンさんが動きだした。
「さて、サンタ撃ち落とし祭り、第二部だ。おまえさんもくるか」
「二部があるんですか?」
「ああ、サンタを撃ちに行くぞ」
森を抜けた先に、断崖があり、そこのある小屋には、十人然後の男衆が集まっていた。
「おおきたか、ゴーン」
「さ、サンタを撃つぞ」
「ほ、本気だったんですか」
「もちろんだ。ただし、未だに一度も落とせてないがな」
そこでは、ポーカーが開かれていた。これには、なんだ、と少しがっかりしてしまった。
「最後まで勝ち残った人間が、朝までサンタが来るか、見張りをやるっていう寸法だ。逆を返せば、負けた人間は、子供達に撃ち落とされていく。つまり、サンタをやりに、家に帰るってことだな」
「なるほど。で、サンタが見つかった年はあったんですか」
半ば、あきらめ半分に尋ねると、
「まぁ、それで最後まで残った奴がサンタを見たけど、今年は撃ち落とせなかったっていう声明を出す、そんな祭りだ。勘弁してくれ」
やはり想像した通りで、サンタ自体にはあまり関心がないように感じられた。
盛り上がる中、ゴーンさんが最後まで勝ち残ってしまい、二人で今年の見張り役を務めることになった。
「俺は朝方まで寝るぞ」
「えっ見張りは?」
「お前さんも律儀だなぁ。しなくてもいいんだぜ。どうせ、悪ふざけなんだからよ」
予想はしていたが、冷たくあしらうように言われると、なんだか悲しさが立ち込めてくる。やはり、役はしっかりやるべきだと考える僕はゴーンさんを諭してみる。
「まぁ、せっかく勝ち上がりましたし。最後に勝ち上がったのは?」
「五年前だな。あの時も撃ち落としが終わって、すぐに寝たさ」
「せっかくだし、起きていませんか。珍しく二人いるんですし。もしかしたら本当にサンタがいるかもしれませんよ」
「起きたきゃ起きててくれ。俺も、朝方にハリスにプレゼントをやらないといけないんだ」
少し機嫌を損ねてしまったようで、ゴーンさんはそのあとは何も言わずに眠ってしまった。一方で、僕の方は僕の方で、暖炉の前で見張りながらもサンタの思い出を振り返っていた。やがて、サンタを信じなくなったか、思い起こそうとしているうちに深い底へと落ちていった。
どのくらい眠っただろう。十分か、一時間か。暖炉の炎は消え、炭がほのかに灯っているだけだった。窓からは、月明かりが注いでいた。
いや、今日は曇りのはずだ。なんの光か確かめようと、窓から外を見た。
いつにもまして存在感を放つ満月の光。その時だった。月明かりに照らされながら、こちらに向かってくる影が見えた。
「なんじゃ、ゴーンは寝てしまったのかい」
驚くべきことに、サンタ姿で現れたのはジェーンさんだった。僕は、音を立てないように窓を開けた。
「ええ。それにしても、どうしてサンタの格好をしてるんですか?」
「最後になった者の父がサンタ役で、騙すんじゃよ!」
笑いながら親指を立てる。祭りの根源を作った頃から変わっていないように、無邪気な表情でジェーンさんは言った。
「まさか、見張りを続けていたなんて!」
「いやいや、もう見張りはしておらんよ」
「してないということは、わざわざこのために?」
「いや、『見張りは』、といったじゃろう。見張る必要がなくなったのじゃ」
「なくなった…?」
訳も分からず戸惑っていると、ジェーンさんが手招きをした。
「とにかく、ついてこい。村のもんじゃないお前さんは、特別に連れて行ったやるわい」
しばらく森の中を歩くと、小さに灯る明かりが見えた。
「あそこじゃ」
近づくと、七人ぐらいのお爺さん達が焚き火を囲い、瓶ビールを開けて談笑していた。そのうちの一人はサンタクロースと見紛うほどに、サンタクロースそのものの格好をしている。
「おお、お前さんがジェーンとこの親戚か」
「まぁまぁ、座んな」
各人に促されて切り株に座ると、紹介が始まる。
「まず、今日のゲストじゃ。サンタをやっとるニコラスさんじゃ」
「やぁ、こんばんわ。ニコラスじゃ」
手を差し出され、握手する。冬の夜なのに、柔らかく温かい手だった。
「本物ですか?」
試しに聞いてみると、驚くべき返事が返ってきた。
「そうじゃ、今日もプレゼント配りの帰りに寄っておる。ほれ、後ろ」
言われるままに振り返ると、二匹のトナカイがもう一方の焚き火でゆったりと暖を取っていた。
「だから言ったじゃろ。サンタはおる、と」
「サンタクロースを撃ち落とすつもりが、いつの間にか、クリスマスの夜にサンタを落して仲良く酒を囲むなんてな、まさかそんなことは思わんかったわい」
一人のお爺さんの言葉に笑いの渦に包まれた。
「それじゃ、女を落としたいな言い草じゃのう。おまえも変わらんな。嫁じゃ物足りんか」
「例えじゃて!」一段と笑いが大きくなり、そのお爺さんがニコラスさんに弁明をした。「サンタを信じない大人より、全然マシじゃのう、なぁニコラスさん」
「ああ、そうですな。サンタを信じてくれる大人は嬉しいですよ!」
再び乾杯し、瓶ビールの音を鳴らした。
「ささ、君も一本どうじゃ、ビール」
勧められるままに、ビールをいただくことになった。飲みながら、経緯を語っていただいた。祭りになることが決まったその年、サンタ捕獲を諦め掛けていた一同だったが、最後にもう一度、捕獲作戦をすることになったのだという。メンバーの一人が思いついた、お願い事カードを森に貼り付けるという、一見馬鹿げた作戦が功を奏し、サンタは罠の元まで降りてきた。話しかけ、酒を見せると、サンタはちょうどプレゼントのあとのようで、それなら飲もうということになったらしい。こうして、祭りをする裏側では、毎年のようにサンタと酒を飲み交わす宴が催されることになったのだという。
明け方前、そろそろ帰らないとみんなに見つかる、とサンタは帰る準備を始めた。
「さみしいな。クリスマス以外にも飲めんもんかのう」
「それ以外は、子供からのお手紙を読んで、プレゼントを調達しなければいけないんですよ」
「そうだったのう、それなら仕方ない。また、来年楽しみにしてますよ」
「それまでに死ぬなよ、ジジイども!」
「それはそっちもじゃろ、クソジジイ!」
口が悪いが、彼らの仲の良さが伺え、火照っていることもあり、自然と笑みを浮かべた。
「遠方の学生さんよ、わかっているとは思うが、この会のことは内緒だぞ」
ニコラスさんは笑顔で親指を立てた。
「はい。勿論です!」
固く握手を交わす。すると、ポケットから何かを取り出し、僕に握らせた。
「まぁ、来年も来なさい。そのときは君の分もちゃんと用意しておいてあげるさ」
連峰の向こうから、徐々に空がオレンジ色に染まり始めた。ジェーンさん一行と別れ、ゴーンさんのいる小屋に急ぐ。時計を確認し、いびきをかいて爆睡するゴーンさんを揺すり起こすと、ゴーンさんは慌てて身支度を整えた。
「なんだお前さん。そんなにニコニコして、何かあったか?」
まだ酒が抜けきっていたいためか、どうしても心が浮ついたままでいるのが顔に出てしまっているようだ。
「そうですかね?」
「まさか、サンタにでも会ったか?」
「ええ、みてくださいよ」
僕が見せたもの。それは、来年度用の願い事カードだった。
「なんでおまえさんがそれを!」
「言ったでしょ、サンタさんに会ったって」
「じゃあ、今年の発表はお前さんに言ってもらう方が信憑性が上がるな」
「え、僕ですか⁉︎」
「冗談だ」
そうニッコリと微笑むと、ゴーンさんは玄関の扉を開けた。
「よし、ともかくだ。まずは、ハリスのサンタになりに行くか」
「そうですね」
僕らは小屋を後にし、ハリスのもとへと歩みを進める。僕はその間、早くも来年の願い事を考え始めていた。