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Laughing Youtuber/何故彼は万引き動画をネットにアップしたのか?

作者: ぱんだ祭り

 1月、新春、ただ外は寒くカラリとしていた。

 永遠に破綻が訪れないような穏やかな街。

 僕の住む街はいつもと全く変わることのない時の流れを刻んでいた。

 変わらないということは心の平穏に繋がるわけだが、全員が全員、変わらないということを望んでいるわけではない。

 変わらないことに怯える者、怒りを抱く者、途方に暮れる者…

 安定した世界は人生を詰んでしまった人達にとって、決して安らかな世界ではないのだ。

 底なし沼にはまりじわじわと息が止まるように、どうにもならない終わりに向かって絶望していくだけ。

 破滅や死を超えたまさに地獄で、ひたすらもがき苦しみながらもなかなか死ねないのだ。






 そして…それはほんのちょっとしたことで…僕は魔が差したのかもしれない。






 その時僕は、大学に入学当初から住んでいる古いアパートの一室で、寒さを凌ぐために昼間から布団に入って、目的もなくただゴロゴロしていた。

 この部屋は日当たりが悪いので冬は妙に冷えるのだが、布団に入っているとかなり心地良い。

 あのつまようじYOUTUBERを見つけたのは、ツイッターでおかしい奴がいるとリツイートされて来たのが切っ掛けだった。内容は「narukami793」というハンドルネームのYOUTUBERが、本人自ら万引きをしている動画をアップしているので問題だというものであった。

 それは本当に偶然で、布団の中でスマホをいじっていたら、拡散された情報が目についたのだ。

 これが切っ掛けとなり実際に逮捕されると、祭りになって盛り上がるので情報を拡散しているのだろう。

 なかには正義感にかられて情報を広めている者もいるだろうが、そういう人は極少数だと思う。

 

 最初は良くいるネット上の廃人だと思っていた。

 こんなのネットにたくさんいる。特にめずらしくもない。

 こういうのとは真正面からつきあうとこちらに被害が及ぶから、良く見える場所から眺めているのに限る。

 関わらないように遠くから小石を投げておくか、一切手を触れずに眺めているのがネットを楽しむ者達の常識だ。

 どこかの掲示板にも書いてあったが、こいつらは「大切な資源」なのである。

 社会貢献を一切果たせないお荷物であるが、皆を楽しませるための「天然資源」なのだ。

 多くの余興に飽きた僕達の心に笑いを起こす特殊な燃料。

 大変貴重な存在なので手を出さずに大事に保護しなくてはならない。

 自由に泳がせて置くと、勝手に自爆し始め予想できない愉快な事件をおっ始める。

 

 ネットというのはテレビと違って、演出されていないリアルなものがたくさん溢れている。

 特に頭のおかしいやつをリアルタイムで追えるのは、他のメディアにはない特徴だ。

 こういう映してはいけない「本物」達も当たり前のようにうろついている。

 ISISがYOUTUBEで犯行声明などをアップしTwitterで情報を拡散したのを見ても分かる通り、誰もが世界中に自分の主張を素早くそして簡単に広めることができるのだ。

 なんでもあり、良くも悪くもすべてが平等なのである。

 

 正直NHK料金を払って見られるものは全然面白くない。

 さっさとスクランブル放送にして、強制的におもしろくもないものを見せる極刑から開放して欲しい。

 放送する時間も決まっているから不便だし、そもそも何時の時代の家族が楽しんで見る番組なんだよ?というのが多すぎる。

 年寄りでも分かりやすい内容のお笑い、年寄りとアイドルしかいない歌番組、大勢で楽しそうにひたすらクイズを答えている番組、人間の心は複雑に絡み合っているはずなのに登場人物達が1つのことしか考えていないお人形遊びのようなドラマ、一体どこがおもしろいのか?

 皆そんなのに飽き飽きしてるんだよ。何度同じものを見せたら気が済むんだ。

 ずっとAVでも流してた方が幾分マシだ。少しは性犯罪も減るだろう。

 それに比べてネットは自由だ。

 好きな時に好きなように好きなものを見ることができる。

 おもしろければ素人もプロも関係なくアクセスが増えていく。

 そこにはスポンサーの意向などは皆無で、必然的に目につきやすい所に現れ始める。


 最近はネットで盛り上がっているネタを拾ってきてはテレビで流すということが多くなってきているようだ。そりゃそうだよな。いつもつまらねえものばかり作っている奴らがおもしろいもの作れるわけないんだからな。

 

 僕は春から就職が決まり、ゼミしか授業を取っていなかったのでテストもなく、卒論も提出した。

 間もなく別れる大学の友達と遊べるだけ遊ぶつもりだったので、日々バイトと遊びに明け暮れていた。

 僕は故郷に戻り地元の地銀で働くことになっていたが、3年間は歯を食いしばって頑張れと言われているので今のうちに楽しんでおくことにしたのだ。

 実際働いてみないと分からないことだらけだが、死に物狂いで働くことになるのだろう。

 こんな自由な時間はもう訪れることもないだろうから、優雅に暇を満喫していた。

 そんなわけボーっとしている時間も多く、スマホで特に目的もなくツイッターを見ていることも増えてきた。

 こうしていると間もなく引き払う横浜の狭くて壁の薄い部屋も、今となっては名残惜しい気がする。

 しーんとした僕しかいない殺風景な部屋、失ったら2度と戻ることのない思い出の詰まった部屋。

 

 そんな現実と現実の合間にポッカリと空いた時間の間で、僕はnarukami793を初めて認識したのであった。


 最初はnarukamiって同じ名前の主人公がいるアニメがあったよなあと思いながら、ついくだらないと思いつつも動画を見てしまった。

 動画はnarukami793自身が万引きをしている様子を良く分からない解説付きで、narkami793自らが撮影しているものだった。

 確かにこれは本当に万引きをしているようだった。

 典型的なアカン奴だ。やっていることもそうだし、しゃべっていることも完全に異常者の独り言である。

 ネットにはこの類の反社会的行為を見ると、すぐに警察などに通報する人達がいる。

 多分もうとっくにあちこち通報されているはずだ。

 馬鹿だな、こいつ捕まるんじゃね?と気になり始め、narukami793のアカウント動画一覧を見た。

 

 あー…こいつ知ってるよ…


 1番最初にアップした動画の冒頭で自らの犯罪歴を交えて自己紹介していた。

 narukami793は昔2ちゃんねるで殺人予告をして捕まったやつだった。

 あの時はネットで祭り状態になって、めっちゃ話題になっていた奴だ。

 

 いた!いた!こいつ覚えてるよ!少年院から出てきたのか!

 

 どうやら少年院から出てきたばかりのようだが、何故出た途端にまた同じことを繰り返してしまうのか?

 この時点でもう完全に理解不能である。更正して人生をやり直すつもりはないのだろうか?

 そう思いながら動画一欄を見ていると、何と自分の保護観察官を撮影してアップしていた。

 narukami793が生活保護で住んでいると思われる暗い部屋で、真面目そうな方がふざけているnarukami793に対してまっとうな意見を述べているのだが異常者相手なので全く話が通じていなかった。

 即、そのついてない保護観察官の方の名前をググると結構偉い人みたいだった。

 それから生活保護で得た7万円程度の万札を見せびらかし「働いたら負け」みたいなことを言っている動画もあった。

 あとは普通の人から見たら意味不明な動画と、ひたすら自分が万引きをしている様子を実況中継している動画だった。 

 ざっとその動画を流し見てnarukami793の全てが分かったような気がした。

 恐らく自己顕示欲が強いとか、何か主張したいことがあるとか、社会を憎んでいるとか、そういう明確な理由はそこにはないのだ。本人も何でそんなことを自分でやっているのかはっきりしていないと思う。

 

 こいつ駄目だ。何言っても話通じないんじゃね? 


 正直、そう思った。スマホの中でnarukami793はやりたい放題だった。

 呆れて物が言えないというよりは、早く何処か遠くの孤島にでも島流しにした方が良いと思った。

 日々真面目に生活している多くの人達に迷惑をかけるからだ。

 僕は自分が小学生の時のことを思い出し始めていた。

 それは凶悪な犯罪者というよりは、小学校の時にクラスに1人はいたバカに思えた。

 先生が注意しても全く言うことを聞かない、イライラしたらすぐに暴れだす、授業中も全く覚える気がないのでふざけている。

 面倒なのでみんな関わらないようにしているんだけど、本人はそのことに全く気がついていない。

 存在自体が害悪。生きているだけで周りを巻き込みながら迷惑をかけていく。

 本人的には馬鹿な行動をし「誰もできないことをやったから凄いだろう?」と周りを驚かせて周囲から注目を浴びたいのだ。

 それは意識的にやっているのではなくフロイトの言うところのエスからの指令なのだろう。

 そうすることによって、周りとの人間関係を築きあげようとするのだ。

 しかし、そんなことでは人との繋がりができるどころか、周りから人が離れていってしまう。

 意識しているかしていないかは分からないが「人とのつながり築く」という目的が達成できていないため、さらに注目を浴びようともっとひどい動画をアップする。

 だがしかし、誰もが彼と距離を置く行為を本人自ら進んで実行していので、永遠にnarukami793は人との繋がりを築くことができない。

 そんなわけで動画のアクセスがアップした所で本人は全く満たされないのだ。

 満たされないと同時にアクセスがアップすることで多くの人達から支持されたのでは?と錯覚を起こす。


「人と繋がりを持ちたいが実際には難しい」→「ネットは簡単に人と繋がったような錯覚に陥るのでネットに依存し始める」→「しかし真の意味では人との繋がりができることはない」→「焦燥感に苛まれていく」


 まあ、こんなところだろう。narukami793は頑張れば頑張るほど蟻地獄にはまっていく。

 先の見えない真っ暗な未来に飲み込まれ、発狂してしまいそうなほどの重圧に潰されるのだ。 

 それを打破すべく色々やってしまうのだが、それも全て裏目に出てしまう。

 だけれども、こういった問題は彼だけが抱えている問題ではないようで、じっくり彼の動画に書かれたコメントを読んでいると大半は彼をからかっているものの、なかにはわずかながらも彼の行動に賛美を送っている人達もいる。

 似たような状況で苦しんでいる人達も多いのだろう。

 日に日に情報量が増え加速していく社会に翻弄されている人はかなり多くなっているのかもしれない。 


 でも僕はこういう奴が嫌いなので、narukami793の動画を見ていくうちにイライラしてきた。

 甘えるなと言いたい。いつまで他人の力に頼って生きていこうとしているのか。

 やってることが子供すぎる。一生、尖閣諸島を警備する刑にでもして、誰か上陸しそうになったら追い払う仕事でもさせれば良いと思った。

 もしくは巨大な歯車でも1日中回させて発電でもさせれば良い。 

 それなら少年院にいるより少しは世の中の役に立つというものだろう。


 死ねばいいのにと思いながら、その時はそれだけであった。

 そう、何もなければ、そのまま記憶の彼方に消えていったはずだった。

 

 しかし数日後、しばらくするとテレビでもnarukami793の話題が増えてきた。

 滅多にテレビは見ない僕は、それもネットで知った。

 忘れていた記憶が蘇り、そしてこれは逮捕間近だと思った。

 いきなりネットで犯罪めいたことをしてもテレビで取り上げることはない。

 恐らく彼がネット上で犯罪を犯し少年院に入った前科があるから、今回の件も逮捕につながるかも知れないとなったのではないだろうか?

 そのうち警察が逮捕状を取ってnarukami793を探し始めたとの報道が流れ始め、それを知ったnarukami793は逃走した。何故それが分かったのかというと、ご丁寧に「今から警察に捕まらないように逃げる」という旨の動画をnarukami793自身がアップしたのだ。

 動画を見ていると自分が警察にビビってはいないということを主張していた。

 しかし、良く分からない理屈を述べてはいたが、実際に逃走したところを見ると少年院行きは嫌なのだろう。

 そして生活保護をもらっているくらいだから、逃走資金などないに等しいはずだ。

 どう考えても数日で完全に詰む逃走劇なのである。

 何のために万引き動画などを世界に公開し、何のために警察から逃げる宣言をわざわざ世界に公開したのか?

 多分、誰も話す人がいないのだ。間違いないだろう。

 もしかすると、1日中1人きりで全く誰とも会話しない日も多いのではないだろうか。

 使えるお金も少ない、働きに出るわけでもない、少年院から出てきたばかりで実社会に馴染んでいない。

 時間だけがあり余り、かといって何もすることがない。

 19歳だというのに部屋に閉じこもっているか、わずかな現金を持ち1人でふらつくだけ。

 とても寂しいだろうし、やりきれない毎日だ。

 それすら当たり前になっていて、理由すら分からない抑圧がnarukami793自身に溜め込まれているかもしれない。

 人間は不安になったりつまらなくなってくると、誰か信頼できる人にそれを話すことは多いと思う。

 だけどそれが誰にも話せない状況だとしたら?

 そして、今までの人生で信頼できる人が1度もできず、他人を頼るということを知らずに育ってしまったら?

 だから簡単に人とつながったように錯覚してしまうインターネットに動画をアップしたのではないか?

 だんだん、narukami793は会話をするように動画をアップしているのではないだろうかと思い始めていた。

 会話をするために動画をアップしていると考えると、narukami793が何故全ての動画で良く分からないことを1人でしゃべっていたのかがよく分かる。

 恐らく「自分のことを好意的に捉えてくれる」誰かに向けて話しかけているのだ。

 それが誰かというのは本人にも分からない。そういう人がいて、そういう人が聞いていてくれるという気分にさせるのがインターネット。

 でも、アクセスがいくら増えても、好意的に思ってくれる人が動画を見ていたとしても、narukami793の孤独は変わらない。

 人が人と会話することを止めることができない以上、narukami793は動画をアップし続けるのだろう。 


 もはやネットとは仮想空間ではない。

 ISISの件しかりネットは現実という体の中に無数に伸びている神経回路だ。

 本やテレビが一方通行で情報を伝達するのに時間がかかるのに対し、ネットは個人が一瞬にして全世界に主張を広めることができる。 

 そして、ネットをやっている多くの人達がシナプスとなり、シナプスが反応する事件は体中に一気に広まっていくのだ。

 動画を1つアップするごとに、誰かに話しかけるごとに、その罪は積み重ねられる。


 そんなある日の夜。同じ部活の友達4人で飲んでた時に、narukami793の話題が出てきた。

 まだ、19時だというのにかなり飲んでいた。

 僕はあいつが嫌いだったので、ちょっと嫌な気分になったりしたのだけれど、場の雰囲気を壊す必要もないので黙っていた。


「ちょう!よゆううううっ!ちょう!よゆううううっ!」


 友達の1人がそう言い出して、酔っているせいかみんなで笑った。

 やはりnarukami793は会話をするように逃走中も動画をアップし続けていた。

 警察が自分を捕まえられずに逃走し続けていることと、自分が万引きをしてもその場で捕まらないのを自慢したいのか、narukami793がアップした動画の中でそう叫んでいたのだ。

 このシーンはあまりにも狂っていて衝撃的だったせいかテレビでもよく流れていたようだ。

 その世の中をなめきった態度に僕は重罰を与えたくて与えたくて仕方がなかった。

 更正したので少年院から出てきたはずの人間がすぐにこれだ。

 みんな必死になって生きているのに、その邪魔をするのであれば太平洋にでも投げ捨ててくれば良い。

 さすがにテレビでも報道され始めると、みんなnarukami793の存在を詳しく知っているようだった。 

 もうネットではnarukami793の本名、顔写真、出身校、家族構成などがまとめられて誰でも見れるようになっていた。

 逃走中のnarukami793もそれは知っているようで「顔写真などがばらまかれても後悔しない」と自分でアップした動画でそう言っていた。


「あいつ、万引きしたふりをしてただけで、実際に万引きしてないらしいよ。立件できないんじゃね?」


「でも、警察が逮捕状持って探し始めたから少年行き何じゃないの?」


「こんだけ騒ぎを大きくしたんだから捕まえるべきだな」


「また少年院に入れても同じことするんだから死刑にした方が世の中のためだろ」


「何したいのか分かんねえよ。頭おかしいのは間違いないな」


 みんな口々にnarukami793について語っていた。

 それを僕は黙って聞いていた。

 心の隅に眠っていたnarukami793に対しての怒りがふつふつと蘇ってきた。

 ああいうのは許せない…何もできないくせに、迷惑ばっかりかけやがって…

 かなり酔っていたせいか、僕は感情を抑えきれなくなっていた。


「何が超余裕だよ!無能警察とか言いやがって、あいつ捕まえるのにどれだけ手間暇と金がかかってんだよ!」


 僕は怒りに任せてドンと立ち上がった。

 みんなはびっくりして黙って僕を見上げた。 


「あいつ、捕まえてくるわ!narukami793捕まえてくるわ!」


 酔っていたので記憶があやふやなのだが、カバンとコートを手に取りながらかなり大きな声を出していた気がする。

 普段冷静な方だと自分を分析しているのだが、この時は何故かめずらしく気持ちが爆発していた。


「おい、何言ってるんだよ」


 唖然としている友人の1人が僕にそう声を掛けたが、僕の怒りは頂点に達し止まることはなかった。

 僕はnarukami793を見つけて殴ってやらないと気がすまなかった。

 

「行ってくる!悪い!後で飲み代払う」


 僕はそう言い残すとそのまま店を走り去った。


 narukami793がアップした動画ではアウターは黒のダウンジャケット。袖の部分がわずかに映しだされていた。そんなに手持ちの資金に余裕もないだろうからアウターを買い換えることは少ないだろう。

 また万引きして盗むことも考えられなくもないが、どうやら実際に万引きしていないようなので可能性は低い。そして、この寒さだ。脱いで逃げることはない。

 靴は安っぽいスニーカー。靴も金かかるからいちいち買い換えないだろう。

 北ではなく西に向かって逃げている。ずっと東海道線に乗っているようだ。

 ここのところの大雪で東北や日本海側に逃げたらあいつは死ぬ。

 それは本人も分かっているはずだ。暖かい所に向かってひたすら電車に乗って行くのだろう。

 アップされている動画にも電車が好きなのか、自分を鉄オタと称し電車を撮影していた。

 他の交通手段を用いず、キセルをしたことを自慢していた動画もアップしているので、いざとなったらキセルも可能な好きな電車に乗り続ける。

 そして寝泊まりはスマホの充電も兼ねてネカフェに行くはずだ。ドリンクも飲み放題だしネットで現状を調べることもできる。実際にネカフェからあいつらしき小柄で細身の不審者が出てくる動画も報道で流れた。

 

 見たらすぐ分かる。いい加減にしろ、僕はお前を許さない。

 どうせ新幹線とか特急には乗ることができないんだろ?

 先回りだ。先回りして待ち伏せすれば良い。


 僕は怒りに任せて全力で走り、飲んでいた店の最寄り駅から新横浜駅を目指した。

 今までこんなに早く長く走ったことなんてないくらいに走りまくった。

 心臓が止まりそうになるんじゃないかと思うほどに胸が痛み息が苦しい。

 頭まで痛くなってきたが僕は止まれなかった。

 1秒でも早くnarukami793を殴ってやりたかった。


「うわああああああああああああああああ!!!!なるかみいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!」


 走りながら叫ぶ僕を通り過ぎる人達が見ていたが、そんなのどうでも良くなっていた。

 イライラしながら近くのコンビニATMでお金をおろし切符を買った。

 もう許せない。一体いつ捕まるのかわからないし、ひょっとすると逃げ切る可能性だってある。

 僕があいつを反省させる。世の中甘くないことを分からせるんだ。


 新横浜駅につくと名古屋駅までの新幹線自由席を買った。

 タイミング良く来た新幹線に乗り込むと、さっきコンビニに寄った時に買ったコーヒーを飲んだ。

 新幹線のシートにもたれかかると、少し気分も落ち着いていきた。

 足がパンパンだ。背中もつりそうになっている。

 息を落ち着かせながらスマホで最新情報が出ていないかググって調べた。

 最新の動画を見ていると、多分あいつはそろそろ名古屋ではないだろうか?と僕は考えていた。

 人混みに紛れて見つかりにくいだろうし、ネットカフェもたくさんあるだろう。

 そして報道で流れた動画を見ても分かる通り、電車が動いていない夜中はネカフェに泊まり始発で電車に乗り出発する。

 だったら簡単だ。明日の朝に名古屋駅で張り込めば良い。

 報道を見ているとあいつが捜査を撹乱させようと思い色々やっているとコメントが多かった。

 でも僕は違うと思った。その辺はあいつは恐らくあまり気にしていない。

 そんなことよりもテレビで報道されようが警察が逮捕状持って探そうが、怯まないで万引きや逃亡を続けているということを主張したいはずだ。

 ビビってる姿は絶対に見せたくないのではないに決っている!

 やっていることは非常に単純だが、テレビに出るような方にはネットの闇は理解できていない。

 ずっと人生の表舞台を歩いていると、負けっぱなしの人間の苦しみなんて分かるわけがない。

 明日の朝、北には向かわず、また東海道線に乗って逃げ出すはずだ。

 名古屋駅よりも西。米原、大垣方面に行く東海道線の始発を調べると5時43分だった。

 ついてることに1時間に1~2本しか出ることのないし短い車両編成であった。

 そんなに日曜日の早朝から乗車する人数もいないだろう。

 今考えればnarukami793を捕まえられる可能性など確率的に物凄く低いのだが、僕の中では朝にはnarukami793をひっ捕らえているつもりになっていた。

 あいつを殴る。調べることを調べたあと、そのまま安心していつのまにか眠ってしまった。

 

 新横浜から名古屋までは1時間半もかからなかった。

 パッと目が覚めると、もう名古屋駅はすぐそこであった。

 駅につくととりあえず改札を出て、駅周りをグルグルと歩き始めた。

 名古屋には来たこともなかったが、良く区画整理されているようで広々としたキレイな街だった。

 酔が冷めてきているのもあるが、実際に来てみるとその人の多さに簡単には見つけられないなと思った。

 そもそもどこを探せば良いのか見当がついても乗り込んで家捜しするわけにもいかないし、初めての土地なので何がどこにあるか全然分からない。

 1~2時間駅周りをパトロールしてみたが、それらしき人影を見つけることはできなかった。

 

 ヤバいッスよ…やっちまったよ…


 当たり前である。これだけの人混みだ。1人で探せるわけがない。

 若干、酔った勢いと怒りに任せてここまで来てしまったことを後悔した。

 どうすることもできないので外も寒いし、そのまま僕もネカフェで仮眠することにした。

 駅からすぐのネカフェに席が空いていたので、そこに4時までいることにした。

 とにかく先回りだ。どうせ電車が動くまではあいつも身動き取れないだろう。


 すぐにでも寝ようと思ったのだが、なかなか寝付けなかった。

 リクライニングシートを倒して天井を眺めていた。

 ここまで来たら作戦通り動いて、それで見つからなければ横浜に帰るしかない。

 冷静に考えたら名古屋駅付近にいるという可能性があるだけで、どこにいるのか全然わからないし、東京に戻っている可能性だってある。

 その可能性の根拠というのが、僕の想像だというのもどうにもならない話しだ。

 それにあいつと会って僕は何をしようとしているのか?

 警察に突き出すのか、出頭を促すのか、なにか話すのか、一体僕はどうしようとしているのか?

 ただ僕の胸は高鳴っていた。narukami793と実際に会ってしまうかもしれないということに対して、緊張とある種の期待が混ざり合ったような感じ、なんとも言えないプレッシャーだ。

 いまいち僕の中で考えがまとまらないので、narukami793と会ってからどうするかを決めようと思った。

 あいつも僕が声をかけた途端、何をしでかすか分からない。

 何か凶器を隠し持っていて、僕は殺されることだって十分にありえる。

 でも、あいつを見つけ出して会うしかない。

 これだけは間違っていないような気がした。

 

 結局、僕は眠れないまま一晩明かした。

 外にでると寒いのが分かっているのモチベーションが落ちてきていた。

 少しでも体を温めておこうとコーヒーを飲みながらぐったりとリクライニングシートにもたれかかっていた。

 まあ、ひとまずやることやって横浜に帰ろう。

 もうnarukami793と会えるとは思ってはいなかったがここまで来たので、予定よりも出発は遅れたが5時少し前にネカフェを出ることにした。

 これでも5時43分の始発には余裕を持って間に合う。 


 寝不足でぼんやりしながら料金の支払のため受付に向かった。

 そろそろ始発も出る時間なので、何人か受付で並んでいた。

 終電を逃したサラリーマンから家出少女みたいのまで、色んな人達がそこにはいた。

 その中に何というか暗そうでニートっぽい、いかにもモテなさそうな服装をした地味な男がいた。

 こいつは働いてるのかなあ?何だか得体が知れないやつだと思った。

 受付で料金を払い外にでると日曜日の早朝なのもあって、人通りはほとんどなくさっきネカフェの受付で並んでいた人達が駅に向かって歩いていた。

 みんな休み前だから遊んで帰れなくなって、始発に乗って帰るんだなあと思いながら、僕も一緒に駅に向かっていた。

 まだ薄暗いしこの時間帯は寒い。

 もはや惰性で動いているような感じで、全く自分で自分がなにしてるのか分からない。

 ポケットに手を入れて縮こまりながら歩いていると、さっきネカフェの受付に並んでいた男が目に入ってきた。

 何というかずっとキョロキョロしているのである。

 かなり挙動不審で、早足で歩いたかと思ったら、突然止まって後ろを振り返ったり、左右を見回したかと思うと、必要以上に道の端を歩いたり、逆にゆっくり歩き始めたり、あからさまに様子がおかしかった。

 何となくその男を見ながら歩いていたのだが、途中で「もしや?」と思った。

 服装、背格好、同じ、narukami793と似ているのである。

 そして、ネットカフェで泊まり、始発が出る駅に向かっている。

 一気に目が覚めた。

 僕はその男を追い越さないようにゆっくりと歩き、程良い距離を保ち始めた。

 

 見れば見るほどあまりにもそっくりで、逆に本当にnrukami793なのか分からなくなってくる。

 でも、ほぼ間違いない。どちらにしても声をかける価値はある。

 少しつけていると、その男がコンビニに入っていった。

 僕は外から中の様子をうかがうと、おどおどした様子でおにぎりや飲み物を普通に購入していた。

 こちらも覚悟を決めて、出てきたところを声かけすることにした。

 どうなるかわからないが、ここまで来たんだからやることやってはっきりさせないといけない。

 コンビニの出口付近に立っていると、購入したものを入れたビニール袋を持って出てきた。

 僕は後ろからそっと近づくと、後ろから肩を叩いた。 


「おい、また万引きしたのか?ナルカミ」


 男はビクッと一瞬固まった。そして大人しくこちらをゆっくりと振り返った。

 ずいぶん分かりやすいな。間違いない、この反応はnarukami793だ。

 観念した表情で僕を見たがすぐに怪訝そうな目つきに変わった。


「警察か?」


 小声でぼそりとナルカミはそうつぶやいた。

 あまり話し上手ではない、地味で小柄な男。

 何でこんなに酷いんだと思った。

 うまく言えないのだが、覇気が感じられないというかどんよりと曇って見えた。

 見るからにして躍動感がなく、何かにとり憑かれたかのような暗黒を感じた。

 19歳といえば大学1~2年生といったところだ。

 勉強し遊び、仲間と大切な時間を育むはず年齢なのに、ナルカミは一体何をしているのか。

 でも、そこには等身大のnarukami793がいたのだ。

 それが現実であり、それがこの事件の根幹。

 

 しかし僕は何故かつい笑ってしまった。

 

「警察なわけないだろ。探すのに12時間かからなかったぞ。簡単に見つかった。もう警察も近くでお前のこと見張ってるんじゃないのか?」


 僕は半笑いでナルカミにそう声をかけると、ナルカミも徐々に緊張がとれてきたのか悪態をつくような目つきになってきた。


 今も警察は僕達を見ている気がしていた。

 ナルカミをわざと泳がせて、もっとも本人かどうか確認できて逃走しようのない場所で身柄を確保するつもりなのではないだろうか。

 ナルカミがやれるとしたら、せいぜい万引きやキセル程度だ。

 迷惑この上ない存在ではあるが、そこまで重大な犯罪を犯すようには思えない。

 混乱を避けるためにも、その方が望ましいのではないか?


「お前誰だよ?」


 喧嘩を売るようにナルカミはそう聞いてきた。

 こいつ口の聞き方をしらねえなと思いながらも、不思議と怒りがこみ上げてこなかった。


「動画見たんだよ。飯食ってないだろ?あっちにファミレスがあった。おごってやるから飯食いに行くぞ」


「なんでいかなきゃいけねえんだよ。お前バカか?」


「お前そういうこと言ってると警察呼ぶぞ。話しがあるからついてこいよ」


「ああ、しょうがねえな。少しなら行ってやってもいいぞ。今、忙しいんだよ」


 コンビニのすぐ近くにあるファミレスに移動した。

 ナルカミは何も喋らなかったがおとなしくついてきた。

 ファミレスはかなり空いていて、適当な場所に座った。


「何でこんなことしてくれるんだ?」


 ふっーっと一息ついた後に、ナルカミは深く座り込みそう言った。

 ナルカミは飯代を僕が払うということを理解できないようだった。


「こっちから誘ったからな。良いから食えよ。少し話そうぜ」


「何食ってもいいのか?」


「金は下ろしてきたらから好きなだけ食っていいよ」


 ナルカミは朝定食を1つ頼んだので、もっと食べろよって言ったのだけれど、そんなに食えないと言われた。

 とりあえず食べるものは注文したが、しばらく沈黙が続いた。

 こうしてみてると、変わっているが普通の奴だなと思った。 

 まあでも、ずっと黙っているのも何なのでこちらから話しかけてみた。


「おい、これからどうするんだよ」


 一番最初に聞きたかったことを率直に聞いてみた。


「少年法改正のために戦うんだよ」


 ナルカミは間髪入れずにはっきりとそう言った。

 おいおい、戦うって罪が重くなるだけなんじゃないのか?


「そんな簡単に世の中変わんないよ。それより早く警察行って謝ってきたほうがいいぞ。万引きも全部自作自演なんだろ?ひょっとするとお咎めなしかもしれないぞ」


 僕がそう諭すように言うと、ナルカミは首を振った。


「お前さあ、俺のこと見てどう思う?」


「どうってなんだ?」


 ナルカミが何を言っているのか全く意味がわからなかった。


「俺がちゃんと更正したように見えるかってことだよ」


「駄目だな」


「だろ?」


 ナルカミは何故か得意気になって、そう確認してきた。

 

「少年院は俺のことをまともにできなかったんだよ。だから俺はこうして馬鹿なことを繰り返している。少年法なんて意味がないんだ。それを世の中に広めるためにも俺は戦うんだ。少年院じゃ直らないんだから意味ねえんだよ」


 ナルカミは力強くそう言うと笑っていた。


「そうか…」


 若干、言いたいことが分かった気がした。

 正直、それに対して何と言って良いのか分からなくて、何も返事ができなかった。


 しばらく、ナルカミと話しを続けた。

 動画の裏話や家族のこと、少年院での事件、好きなアニメや動画、その内容は特に一貫性があるものではなく、話したいことをひたすら話していただけだ。

 ナルカミが色々話してくることに、僕はああだこうだ意見を述べたりしていた。

 こいつそんなに悪いやつじゃないんだなと思い始めた時、時間は10時を過ぎていた。


「おい、そろそろいっしょに行くか」


 もう、そういう時間だと思った。

 このへんが潮時だ。


「ああ、そうだな…おまえさあ」


「なんだ?」


「もうちょっと早く来てくれれば良かったんだよ」


 ナルカミは僕を責めるようにそう言った。

 何でそんなこと言われなきゃならないんだよと思いながらも僕は笑っていた。


「ああ、悪かったな。もう一杯だけコーヒー飲んだらにしないか?」


「分かったよ」


 外を見ると良く晴れていて名古屋駅周辺は大変賑わっているようだった。

 こうして眺めているだけなら幸せな世界に見えるのだけれど、そこにいる多くの人達がそれぞれ悩みを抱え苦しんでいる。

 でもそこは、可能性に満ちたやわらかな光が広がる世界でもある。

 その光の中には簡単に踏み出せるのだけれど、1歩踏み入った途端、自分がどこにいるのか分からなくなってしまう。

 自分が本当に求めている真実とは一体何なのか?何が本当で何が嘘なのか?

 真実とは意外とあってないようなもので、全てが本当であり全てが嘘とであるのかもしれない。

 でも、誰かが触れた途端、そこには人間に意識が通い、あらゆるものが現実となる。

 どこにいて、どこに向かうのか?

 自分1人だけだと悩み彷徨うこともあるかも知れない。

 だけれども、共に歩む仲間がいれば、そうじゃないはずだ。

 行き場を失って迷路に迷い込んでも、一歩一歩前に歩いていけるだろう。


 これからナルカミと光の中に行く。

 踏み込んだ先で何が起きるのか全く分からない。

 絶対に全てがうまくいくことなんてあるわけがないけど、踏み出さなければ奇跡は起こらない。

 

 ナルカミが見た光の先に、本当の始まりが待っている。

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