序章‐1 After the work
どもどもー。
初見の方は初めまして。見てくれてた人にはお久しぶり。
ゴンゾーです。
まずはお詫びを。
予告とは全然遅れてしまいました。申し訳ございません。
その分クオリティは上がっているんではないでしょうか。自分ではそう思っております。
この作品は前作「バイト奔走in異世界」のリメイクとなっております。
まとまりがなくなってしまっていたのを再構成したものがこれになります。
どうか楽しんでいってください。
その力は誰が為に
春は出会いの季節です。
今まで出逢った事はありません。
1
朝7:00。
良い夢を見ていた気がするが、それも電子音に阻まれる。
「あー、眠い」
若干のダルさを覚えながら、戸棚からコーヒーミルを取り出す。ミルの隣の袋から豆を一杯ぶん出して挽く。コーヒーと金属の匂いが混じり独特の匂いを作りだす。挽き終わると同時に湯が沸いた。
コーヒーを飲み終わり豆が切れてきているのに気付いた。仕方が無いので、補充しにいくか。
ミルとカップを洗って洗面台に置いておく。
「いってきまーす」
と声を挙げたものの、誰も返事を返さない。
一人暮らしとはさみしいものだ。
もう慣れたけど。
鍵を閉めて、階段を降りる。この部屋は十階に位置している。つまり、一つ十五段ある階段を十階分、さらに一階下がる毎に二つ分降りなければならないので、計三百段分降りる事になるが、エレベーターのあの誰が乗っているかもわからず、誰が乗ってくるかもわからない、更には、乗り合わせてしまったが最後、途中下車は許されないような、あの空気が苦手なので、一人の時はなるべく階段を使うようにしている。
エントランスに着くと、そこには一人の女性が居た。
「外出する前に、寮の更新手続きしていってねぇ~」
「おはようございます。寮長」
「いつも言ってるでしょう。寮長じゃなく早苗さん、て呼んでって」
彼女は幸村早苗。この国立帝都第一高校直営寮・維新寮の寮長だ。かなりの情報通でそれを元手に商売を始めている。キャッチコピーは「明日の天気からあの子の好みまでなんでも教えます」この寮の生徒は結構お世話になっている。
「すみません、幸村さん」
「…君、わざとやってるでしょ」
「ここに、名前書き込めば、いいんですね?」
「そうよ~。別にサインでも構わないけど」
「っと。はい、これでいいですね?」
「ん~多分、OK。どうせ形だけだしね、こんなの。今日どっか行くの?休日なのに」
「豆が切れてきたので買いに行くんですよ」
「ふーん。今度飲ませてね。あ、それと前にも言ったと思うけど、2時から隣に一人引っ越して来るから」
「わかりました。それじゃ、いってきます」
自動ドアを抜け喫茶店に向かう。
春とはいえ、外に出ると、まだ少し肌寒い。
自転車に乗って行こうか少し迷ったが、帰りが大変になるだろうからやめよう。
お気に入りの音楽でも聞きながら、ノンビリ歩いて行くとするか。
2
ウォークマンから流れる音楽が、十曲目に入ろうか、という頃に目的地に着いた。喫茶「ブラックボルト」。壊滅的なネーミングセンスである、にも関わらず店の雰囲気はいい感じに古い。
木製のドアを押し、呼び鈴の音色と共に、店に入る。
「いらっしゃいませ~」
従業員の間延びした声が閑散とした店内に響く。
カウンターの一番端に座る。この席はほぼ指定席となっている。
「何にします」
「そんな怖い顔だと客が逃げますよ、オヤッサン」
目の前に立った人物を見上げる。
彼の名は大和武尊。このブラックボルトの店主である。Vシネに出てきそうな風貌だのに、趣味はスイーツ、ちなみに作るのも食べるのもイケる口、というミスマッチを具体化したような人物である。この喫茶店の名前も彼の好きな駄菓子から取っている。しかし彼の作るスイーツは老若男女、人種の壁すらも超える。座右の銘は「NO SWEETS, NO,LIFE」だそうだ。ここの店員Tシャツにもプリントしている。
「モーニングのAセット、コーヒーで。あと豆一袋下さい」
「わかった」
厨房に向かうその背中はどう見ても殴り込みをかけるソレだ。向かう先敵無しみたいな。
少し時間があるので、手元にあった週刊誌を手に取る。表紙の見出しは『怪奇!!超常現象‼』人体発火とか悪魔憑きだとかの特集らしい。
くだんねぇー、とか思いながら流し読みしていると
「あら、直哉君じゃない。来るんなら来るって言ってよ…って、ウワー。よく朝からそんなの読めるわね」
と背後からの声に振り返ると、そこには中学生、下手したら小学生と取られかねない背格好の女性(女児?)がエプロン姿で立っていた。
「おはようございます。撫子さん。今日も可愛らしいですね」
「褒めたって何も出ないわよ。え?何?その写真見ながら、ご飯食べるわけ?」
まるで化物にでも会ったかのような怪訝な顔でみられた。
「まさか、こんなのただの暇つぶしですよ。そんな目しないで下さい。感じちゃうじゃないですか」
「そういった下ネタはよしなさい。私だったから良かったものの人によっては拒絶反応起こすから」
その言葉を聞くと同時に後頭部に鈍い衝撃が走った。振り返るとそこに苦笑いを浮かべていた侠がいた。
「人の嫁にセクハラしてんじゃねえ。ほら、Aセットだ。豆はキリマンジャロで良かったな?」
「ありがとうございます。久しぶりにオヤッサンの飯が食える」
「ここんとこお前を見てなかったしな。また『仕事』か?」
「そうですね。今回のはかなりヤバ目だったかな?まあ、こうして生きているのが無事な証ですけどね」
「そうか。ならよかった。完遂祝いとして新作スイーツ試食してけ。昨日出来たばっかりだ」
「いいですけど、この前みたく実験スイーツはやめてくださいよ。とり天のチョコがけとか誰得ですから。いやまぁ、美味しかったですけど、食感が最悪でした」
「あれは確かにふざけすぎた。っていうかよく食べてくれたな。あれよかマシだから。今回は定番のショコラと季節のフルーツを合わせたタルトだ」
「オヤッサンの腕は信頼してますから。にしてもタルトですか。となるとやっぱりモカかグアデマラあたりですかね。まあ話はこれくらいにして、いただきます」
「召し上がれ。味わって食えよ」
3
数十分後。出された皿は綺麗に空になっている。普通は残すであろうパセリだけでなくパン屑すら残っていない。
「ご馳走様でした」
行儀よく手を合わせて食事を終える男子高校生。
マナーは良いんだがその風貌とあいまって少々シュールだ。というより、ミスマッチ。だが周りはあまり気にしていないらしい。
「いつ見ても綺麗に食べるな。作ってる身としては、ありがたいよ。今タルト作ってるから、20分くらい待ってろ」
「オヤッサン、サンドイッチのパセリ変えた?ちょっと辛かったけど。最初から卵に挟んでおけばいいのに」
「パセリは好き嫌いが顕著に出るからな。サンドイッチに合うからいいっていう奴もいるし、青臭くてダメな奴だっている。自分の好みの押し付けは良くねえよ」
やっぱりどう見てもヤーさんの『出入り』にしか見えないよなぁ、あの背中は。
「厨房は戦場なんだよ?」
隣でニコニコしながらゴシップ誌を読んでる少女、というなかなかシュールな光景を生み出しているマスターの妻がいた。
「勝手に人の心を読まんで下さい。しかも読んでるのがゴシップ誌とか、もう美少女じゃなかったらただのたちの悪い主婦じゃないですか」
「いつでも読心術使えないと『ここ』の仕切りはできないからねぇ。頼まれてた豆がここにあるけど、サービスで撫子ブレンドもつけちゃうよ。反論は許さないから」
「それ何を混ぜてんですか。ってもう聞いてないし…」
鼻歌混じりに去っていった小さい背中を見ながら溜息をつく。このブレンド本当にどうしようかな。コーヒーだけならともかく、多分大豆とか小豆も入ってんだよな、いつも通りなら。
「出来たぞ…ってコレはあれか。撫子ブレンドか。ウチのがすまないな。あれには豆が全部同じに見えるらしくてな。まあ、ミス大熱が下がるまで待て。飽きっぽいからな。コーヒーは何にする?」
出来上がったタルトをテーブルに置いて渋い顔をするマスター。これだけなら怖いんだけどなぁ。
「それは食べてから決めます。大丈夫ですよ。慣れてますから」
4
置かれたタルトはまるで一級どころか国宝級の存在感を放っている。
今まで食べるのがもったいない、などグルメレポーターのお世辞だと思っていた。どうせ食べるわけだからもったいないとは意味がわからない、と考えていた。
この人のスイーツに出会うまでは。
もともとこの喫茶店は待ち合わせまでの時間潰しだった…はずだった。いつもと同じようにケーキセットを頼み時間に間に合うように出る…予定だった。しかし何気なしに入った喫茶店であそこまでの衝撃を受けるとは思わなかった。
まず細工の細かさに驚いた。ただのミルフィーユを頼んだはずなのに、挟んであるクリームの味が微妙に、それこそ気づかない人が殆どだろうが、違っているのだ。最上部は薄くそして下に進むに従って濃くなっている。しかもクリームの乗り方のムラがない。それでいて機械には出せないような微妙な気遣いがなされている。
更なる衝撃は口にいれた瞬間に訪れた。本当に感じた事の無い感覚が体を襲った。まるで天に召されるかのような、身体が溶けてしまうような幸福感と脱力感。
この世の幸福を体現したかのような味だった。
それ以来直哉はこの店に通いつめた。
「一目惚れ」ならぬ「一口惚れ」してしまったのだ。
そしてその店最高のスイーツの新商品が、しかもまだ売られていない商品が目の前にある。
これが喜ばずにいられようか、いやいられない。
いま目の目にあるタルトは言うなれば白鷺城。イチゴやらキウイやらが、美しいバランスの元配置されている。
それを崩すのにもったいないという保存したいという声と壊したいという嗜虐的な声がせめぎあうような絶妙なバランス。
だが、まずは食べないことには批評しようもない。ということでまずは一刺しフォークを入れる。
崩れないように慎重に、かつ食べるところを多くするために大胆に。
一口。食べた瞬間に昇天してしまうような快楽が押し寄せる。
「うめえぇぇぇぇ……」
しばらく食べることに夢中になる。ただ食器の音が店内に響く。
「ご馳走様でした」
満足した顔でフォークを置く。
「コーヒーは?」
「ベトナム。じゃないと糖分の甘みがあとから来て少々きついです。セットだともう少し軽くてもいいかもしれません。ブラジルとか」
ふと横を見ると、ミルクティーを啜りながらちっちゃい女店主が同じものを頬張っている。いつの間に…
「なるほどね~。そういうのどこでわかんの?やっぱり勘?それとも経験?」
「経験でしょうかね。それより大丈夫ですか?あります?」
「まだ確かあったはずだよ?昨日の時点で両方5袋くらいあったから」
もってきてー、と言外に含ませつつ旦那に目くばせをする主婦。これが力関係か…
「淹れてくる…」
お願いね~、と言うが早いが片付けてしまった。
鼻歌を歌いながら今思い出したように、あ、と声を漏らす。
「そういや、巡ちゃんが怒ってたよー」
その瞬間直哉の体の動きが一瞬止まる
「…マジデスカ?」
5
「ちょ、ちょっと詳しく教えてもらっていいですか」
「ん?なんでも書類に不備があるとか、在庫が足りないとか言ってたけど」
顔から血の気がい引く。全身に冷や汗をかく。
「やべー…書類申請すんの忘れてた…」
「かなり怒ってたから早くいったほうがいいよ?」
そこへタイミングよく(悪く?)コーヒーが運ばれてくる。
「ほいよ、ベトナムコーヒー、濃いめだ」
「オヤッサン、すみません。すぐに飲んじゃいます。味わうのは、また今度ということで」
「話は聞いてたよ、しゃーないな。代金はつけとくよ」
「ありがとうございます!ご馳走様でした!」
「後で豆も置いてくな~」
払うものも払わずに店外へかけていく。珍しくかなり焦っている。
駆けること10分。一目見ただけで歴史あることがうかがえる雑居ビルの前にいた。息は切れているが精神状態はまるで死刑執行の囚人のようであった。緊張でのどが震える。覚悟を決めること数十秒。ノブに手をかける。
「失礼しまーす」
音を潜めその中に入る。事務所の中では汚れたファンの音がするばかり。
「よし、所長は留守だな。ならば今のうちに…」
「なにをするってぇ?」
声と同時に頭をつかみあげられる。足が地についてないということわざを実際に体験するとは思わなかった。
「ハーイ、所長。ご機嫌うるわしゅう」
「ハーイ、この愚図。てめぇのおかげでこちとら火の車だ。今回のは表彰もんだよ、君」
顔は笑っているが、青筋が立っている。気のせいか後ろに鬼が見える。
「とりあえず…白い世界に行って来い!!」
そう叫んだ後、一気の世界が歪んだ。投げられたと気づいたのは背中に衝撃を感じた直後。
そして意識はそのままホワイトアウトした…
6
天地合切相談事務所。
この事務所はどのようなことも解決できる解決率100%を誇る業界最高峰の相談事務所だ。
特徴は、金さえ払えば何でもやってくれること。そして、所員全員が独自の基準を持っているということ。
しかるべき金額(但し、最低価格は10万からだったりする)を持ってくればペットの散歩から世界征服までなんでもやる。どの所員がやるかはその基準次第なのだが。
現在所員は所長を含め3名、バイトが2名の計5人で回してる中小どころか零細と言っていいくらいの事務所だ。ただ収入は隠し財産みたいのを含めると1,000億は下らない。バイトの直哉でさえ今現在の貯金は5億弱(※本人談)となる。これは儲かる仕事ということではなく、ただ単純に危険が一杯ということなのだ。実際に以前直哉が請け負った仕事は某半島の北の国に行って核兵器を破壊して来ることだった。(本人は某蛇の気分を味わえた。もう二度とやりたくないと業務日誌に記している)
値段から必然的にそういう仕事が多くなってくるこの事務所では書類仕事の重要性は低い。紙面での契約なぞその気になればいつでも破れるからだ。今回の直哉の申請し忘れた書類もその手の類なのだが、所長曰く「持っているということが大切。そうすればいつでも御礼参りができる」とのことで結構重要に扱わなくてはならないことになっている。
意識を取り戻した直哉は書類の作成に奮闘していた。時刻はすでに三時半。取っかったのは十時前後だから実に五時間近くやっていたことになる。この年でここまで企画書作りまくっている高校生もいないだろうなと苦笑する。
「所長~、一旦チェックいいですか~。きりついたんで~」
「どれ、見せてみろ」
脇においておいた書類の束を無造作に掴んでパラパラとめくる。速読してるんだろうけど早すぎて流してる様にしか見えない。
「よし、オーケーだ。これに懲りたらミスをしないようにするんだな」
「終わりなら帰っていいですか?今日は頼んでたDVDが届くんで早く帰りたいですけど」
「いいけど多分そんなに休めないぞ。明日朝一で前橋市入りだからな。ま、そんなに大変な依頼じゃないから日帰りで帰ってこれると思うけどな」
「それなら、孝のやつにやらせてくださいよ。あいつまだ研修終わってないでしょ」
「あいつは、部活の合宿で金沢だとさ、青春だねぇ。猫も久しぶりに家族水入らずで京都で花見だ」
「土産に金沢カレーと八橋をお願いしますよ。前橋だったら蒟蒻のイメージしかないですし」
「ま、そういうな。一泊して帰りに草津温泉でも入って来い。奢らないけど」
「最後の一言がなければカッコいい台詞なんですけど。ま、恋の病もありませんし、ゆっくりしてきますよ」
「溺れて古代ローマに行かないようにしろよ。さすがにタイムリープはできないし、未来ガジェットも無いからな」
「そうなれば面白いんですけどね。ロッカールームに行って道具とってそのまま直帰でいいいですか?」
「一応全部持っていきな。道具はしまってるだけだと傷むからね」
「はい。それではお疲れ様でした」
「お疲れさん」
ドアを閉める音を後にして、事務所を出る。
直哉は、未来予知でもしてたんじゃないかと所長のことを改めて尊敬するのだがそれはまた後の話。
ともかくロッカールームから自分のボストンバックを取り中身を確認し帰宅の準備をする。
「うし、帰りにオヤッサンの所に寄って帰るか」とおもいついて事務所を後にした
7
「コンチハーッス」
行きつけの喫茶店を訪ねて一息つく。
「なにその死にそうな顔は」
皿を洗いながら撫子さんが迎えてくれた。
「思ったより書類があってですね・・・。シュガーコーヒー下さい」注文したのは裏メニューの一つ。2日徹夜した後通常業務をこなせるように、とのことで作られたものだそうだ。初めて聞いたときは、2日徹夜したんなら寝ろよ、と思ったが実際疲れたときに頼むと疲労感が回復するのだ。不思議なものである。
「あれ飲むの?MAXコーヒーよりも甘いわよ」
「デスクワークたまってた時にはちょうどいいんですよ」
出されたコーヒーを啜って一息つく。糖分が体中に染み渡っていく感じを味わいながらテキトーに選んだ雑誌をめくりあげる。
30分ほどたったところで、店主が麻袋を持って近づいてきた。
「朝言ってたやつ、これだが持ってけるか?」
「もう辛いんで、配達でいいですよ。まだ少し残ってるし」
配達は店の仕事終わりにやるので、いつも夜になってしまうため希望した客には持って行ってもらうという方法をとっている。
「そうか。まあ、お前は結構遅くまで起きてるから助かるけど、ちゃんと寝てんのか?」
「寝てますよ、仕事に影響が出ない程度には」
まあ、最近は深夜帯の仕事が多いから少々寝不足気味だけれども、繁忙期に比べればまだましといったくらいだ。
「まあ、今回の仕事はキミのミスなんだから自業自得よねー」
ケラケラと本当に楽しそうに笑われた。その笑顔だけなら、もうそこらへんの子役以上なんだがなぁ。
「それはそうですけど、これで少しは休めるってもんですよ」
「あれ?明日朝一で前橋入りじゃなかった?巡ちゃんにお土産期待しとくようにって言われてたけど」
「そうですけど、仕事の合間にある、小さい休みってかなりありがたいですよね」
「それならもう帰って休んだほうがいいだろ。豆のほうは持っていくから明日に備えて休め」
「では、お言葉に甘えさせていただきます。お疲れ様でした」
喫茶店オーナー2人のねぎらいの言葉を背に喫茶店から出る。
家で何しようかな、とたまっている家事の量に若干うんざりしながら桜がまだ咲いてない並木道で帰路についた。
8
次の日。
朝というか明朝といったほうがいいのかもしれないくらいの時刻。
直哉は私鉄のホームに一人立っていた。始発に乗らなければ間に合わないため依頼の時刻に間に合わないのである。きちんと仕事道具はフル装備である。なんだかんだ言って真面目なのだ。
「くあぁぁぁ、眠いぃぃぃ」
欠伸と共に眠気覚ましのため冷えた空気をは肺一杯に送り込む。
「あー、寒い…」
まだ春になって一か月もたっていないこの時期の朝晩の冷え込みは耐え難い。それもあってか今日の格好は少々厚めの服である。
「ん?」
ぼーっと眺めていると違和感を感じるものが目に入った。周りには柱に寄り掛かった中年風の男と終電を逃したのか待合室で寝ている年を食った老人しかいない。
しかし、何かが違うのだ。何が違うとは言い切れないが説明できない何かが。あえて例を出すなら、ドイツ語の文章に一文だけポルトガル語が混ざってる、みたいな感じ。
何の違和感か首をかしげていると、中年男性が近づいてきた。
『君がtyujhgyかい?』
「は?」
いきなりないをいっているんだこいつは。ていうか何語だよ
『ああ、失礼。まだこちらの言葉に慣れてなくてね。君が影山直哉だね?』
「そうですが?何か御用ですか?依頼なら事務所を通してください」
『警告だ。このまま帰れ。でなければこの世界から消えることになる』
「なんだって?」
『警告はしたぞ』
そういって中年の男は消えた。比喩などではなく跡形もなく消えた。蒸発とはこういうことなのだろう。
「わけがわからねえ。仕事をサボってほしかったのか?仲良し学生じゃあるまいし。なんなんだ?」
目の前で起きた不思議現象に首を傾げていると、電車が来た。よくわかんない発言に左右されるほど仕事に不誠実なわけではないのでそのままシカトすることにした。
「ま、変人の独り言に耳を貸すほど暇じゃないんだよなー」
これからの旅路に心躍らせつつ仕事の確認をしながら、始発の私鉄に乗り込む。
「あぁ、土産何にしようかな…」
渡す人の数よりも質のほうを気にしなくてはならないので大変だ。まったく美食家を知り合いに持つと苦労する。
9
前橋市郊外。
一仕事終えた代行者が一息ついていた。
元々は積荷を運ぶ仕事だったはずなのに、なんか別の組織が出てきたり、「自称」正義の代行者が出てきたり、蟹股の国際警察所属刑事が出てきたりして、深夜ドラマなら1クール作れそうな冒険活劇に巻き込まれてしまった自身の不運を嘆いている最中なのだが。
「まぁ、五体満足で終わっただけでもいいか。報酬も追加料金せびれたし」
帰路につきつつ土産物をどうするか考えていると、いきなり意識が飛びかけた。視界の下半分が暗転した。表現として変に思えるかもしれないが、もうそう表現するしかないのだ。小学生が白目~とかいって遊ぶ感じの痛みが走った。
「体壊したかな?別段目に見える範囲で傷はないはずなんだがな」
一応、早めに帰って少し休むか、と思いながら国道沿いを歩いているといきなり目の前が光り始めた。
光が安定すると目の前に幾何学模様が回転しながら浮かんでいる。しかも、その距離がだんだん縮まっている気がする。嫌な予感がしまくるんだが。
少し右に避けようとするとついてくる。左に行ってもついてくる。後ろに下がったら追いかけてくる。
もうこれはあれだ。後ろに向かって全力疾走。それに限る。
よし。回れ右。ヨーイドン。
「くっそ、ハァ、絡まれまくった仕事が終わったら、ハァ、こんどは、ゼッハァ、わけくぁカラン、光るぶっちいかよ...!」
そうこうしているうちに追いかけてくるソレ(・・)に取り込まれてしまう。
「ナンダコレ...」
そして、影山直哉は、行方不明になった。
To be continued...
いかがでしたか?
まだまだ稚筆ではあるのですが、皆様に楽しんでいただけるよう精進していきたいと思います。
応援よろしくお願いします!!