終章「幻鳥の羽根」
ウィオは、小雪の舞う道の真ん中で、深い溜息をついた。
「あいつ、どこ行ったんだ……?」
朝食を終えた後、『ちょっと村を回ってくる』と言い残したリラが出て行ってから、もう随分と経つ。
昼を過ぎても戻らなかったから、さすがに心配になって村中を探してみたのだが、どこにもいないのだ。
おまけに、今日は誰もリラを見ていないという。
「まさか、外に出てったなんて言うんじゃないだろうな?」
ウィオは、疑わしげな目で森の方を睨んだ。
だが、ここまで探しても見付からないのだ。
それしか考えられない。
ウィオが険しい顔で一歩踏み出した、その時。
上空で、強烈な突風が吹き荒れた。
「わっ……! 何だこれ!」
風が吹き荒れているのは上の方だが、下にもその余波が来て、雪が叩き付けられる。
(まさか、リラか?)
薄目を開けて空を見上げると、何やら小さな影が見えた。
「おい、リラっ!」
できる限りの大声で叫ぶと、それが聞こえたのか、影がどんどん大きくなってきた。
それと同時に、何やら――悲鳴、のようなものも聞こえる。
しかも、その勢いは速い。
「おい、嘘だろ……?」
まさか、制御不能に陥っているのか。
やがて、はっきりと顔が見える距離まで近付いたリラが、驚いた顔で叫んだ。
「ウィオ、ちょっと退いて~っ!」
思わず仰け反って飛び退った途端、リラの体が目の前の地面に激突した。
「リラっ!」
慌てて助け起こすと、痛みに顔を歪めたリラの無事な姿があり、ほっとした。
あんな高さから落ちたのだから、下手をすれば死んでも可笑しくはない。
だが、怪我をしている様子もないし、せいぜい打撲で済んだのだろう。
「いたた……。あ~……びっくりした」
「びっくりしたのはこっちだ! この馬鹿野郎っ!」
リラのどこかのんびりとした、気の抜けた言葉に、ウィオが本気で怒鳴ってしまったのは……仕方ないだろう。
「んで、無茶して薬草取ってきて、飛んで帰ってきた、と」
「……無茶じゃないもん」
「どこが『無茶じゃない』だ! 思いっ切り無茶だろうが!」
ウィオの怒鳴り声に、取ってきた肉桂の枝と地黄の根を入れた麻袋を抱きかかえたまま、リラは頬を膨らませた。
少し離れた場所からそれを見ていたミリーメイとメイファが、ひそひそと言葉を交わした。
「珍しい光景ね……」
「うん、そうよね……。あたし達も、リラさんがウィオさんを怒るのは見たことあるんだけど、逆は初めて見るわ……」
「そうですね。リラさんは基本的にしっかりしていますから」
突然背後から割り込んできた声に、ミリーメイとメイファは驚いて飛び上がった。
「マウェさん!」
「いつの間に戻ってきてたんですか?」
「ついさっきです。……リラさん、その袋は?」
不意に降って下りた助けの手に、リラはぱっと顔を輝かせていそいそと袋を開けた。
「あの、肉桂の枝と地黄の根を取ってきたんです! 肉桂の方はすぐには使えないけど、地黄の方は使えると思います」
そう言ってリラが地黄の根を引っ張り出した時、何かきらきらと輝く物も一緒に袋から出てきた。
「おや、それは……」
マウェが近寄ってさっと取り上げると、それは羽根だった。
「もしやこれは、《ウェルクリックス》の羽根では?」
「あ、はい……そうです。群れとちょっと遭遇して……」
「遭遇した? 怪我はしませんでしたか?」
「ええ、大丈夫です。上の方を飛んでっただけですから……」
リラは、さり気なく目を逸らした。
さすがに、《ウェルクリックス》の正体が『虹色の鴨』だったというのは、言いにくい。
だが、視界の端でちらりと捉えた《ウェルクリックス》の羽根は、不思議なことにただ七色に輝いていた。
「あの……ちょっといいですか?」
マウェに断わってからリラが羽根を手にすると、緑に色が変わる。
「もしかして、持った人の力で色が変わるの?」
ミリーメイに問い掛けられて、リラは曖昧な顔で頷いた。
「多分、そうだと思います。私も確信はないんですけど……でも、さっきも緑や檸檬色になったので、風の属性だとそういった色になるんじゃないでしょうか。それで、力のない人だと、さっきのマウェさんみたいに七色に輝くんだと思います」
「え、じゃああたしも持ってみたい!」
「いいですよ、どうぞ」
リラに手渡されて、メイファはうきうきと羽根を手に取った。
途端に、羽根は鮮やかな緋色に煌めく。
「うわあ、綺麗……あたしは火の属性だから、赤なのかな? あ、じゃあお母さんも一緒かな? お母さんも火だよね?」
「ええ、そうね。メイファ、それって色変えられる?」
「え、うん…………。あ、変わった! 赤ちゃんの頬っぺたみたい。可愛い色だわ」
淡い桃色に輝きだした羽根を手に、メイファはきゃっきゃっと笑った。
「ふうん、面白いわねえ……。もしかしたら、昔はそれで属性判断していたのかも知れないわね。今も、属性がどっちかよく分からないって人もいるでしょ? 昔はきっとそれがなかったんだわ」
ミリーメイの感心した言葉に、リラも頷いた。
「多分、できたと思います。本当に綺麗ですよねえ……」
あれが、鴨でなければ。
いくらきらきらしくても、リラにはあれが『食べ物』にしか見えなかった。
だが、生まれながらの王侯貴族であるメイファやリューシュンなら、見た目そのままの綺麗で美しい鳥に見えるのだろうと、ふとそう思った。
「ねえ、リラさん。これ、アーリンさん達に見せに行かない? これ、《ウェルクリックス》の力が詰まっているんだから、アーリンさんだったらどれくらい強い《ウェルクリックス》なのか分かるんじゃないかと思うんだけど。どう? ちょっとは指標にならないかしら」
「あ、いいですね。アーリンさんの負担にならなければ、是非見てもらいたいです!」
リラとメイファがきゃっきゃっと笑い合っていると、背後から突然肩を掴まれた。
「きゃっ! ちょっとウィオ? 何なの?」
「お前なあ、それどころじゃねえだろうが! 自分が無茶したって分かってねえのか? しかも、《ウェルクリックス》に遭遇しただと? 今の力の制御ができねえお前じゃ危険過ぎる状況だったって分かってねえのかよ! このあほんだらが!」
咄嗟に言葉に詰まり目を反らすリラを、ウィオは腕を組んで見下ろした。
「とにかく、お前は外出禁止。んでもって、アーリンさんが回復したら徹底的に鍛えてもらえ。いいな?」
「……何よ、そこまで言わなくても……」
「お前に危機感がないから言ってんだろうが!」
二人の言い争いを見かねたのか、そっとマウェが間に入った。
「二人とも、取り敢えず落ち着いて下さい。リラさん、この薬草は預かります。ご苦労様でした。ですが、危険な真似は今後控えて下さい。ウィオさん、ラムドウェッド卿が呼んでおりました。雪下ろしが間に合わなくて、馬小屋の屋根が一部落ちてしまったそうです。その修理の手伝いをお願いしたいと」
「ああ、分かったよ。……いいか、リラ。絶対にこんな真似すんじゃねえぞ!」
ウィオはそう怒鳴ると、足音も荒々しく家を飛び出して行った。
マウェも、すぐその後を追い掛けるように出て行く。
さすがにしょぼんと項垂れているリラに、ミリーメイはくすくすと笑いながら言った。
「あのね、リラさん。今日の昼間からずうっと、ウィオさんは貴女を探し回っていたのよ?」
「え……?」
疑わしそうな顔でミリーメイを見上げるリラに、ミリーメイは慈しみに溢れた笑顔で答えた。
「本当に、心配で堪らなかったんでしょうね。凄く焦ってたわ。それにね、こう言っちゃ何だけど、ウィオさんってあんまり頭良くないでしょ?」
「あ、はい……。村にいた時は、お金の計算も碌にできてませんでした」
「だけどね、頑張って《ウェルクリックス》のことを勉強してるのよ? 他にも、皇族の権限が一体どれくらいなのかとか、巫女の力のこととか、色々考えてるわ。時間があって、他の人の手が空いてる時は、いつも勉強してるのよ? だから、リラさんがどれだけ危険だったのかも分かったし、血相が変わるくらい心配していたの。それは分かってあげて? ね?」
リラは、口籠もって俯いた。
自分が見ていないうちに、ウィオも頑張っていたのだ。
恐らく、自分以上に。
リラはきっと唇を引き結ぶと、ミリーメイを見上げた。
「ミリーメイさん。後で、ウィオを呼んでくれませんか? ……謝りたいんです」
「ええ、分かったわ。今日はもう疲れたでしょう? 夕ご飯までまだ時間があるし、お昼寝でもして休んでいたらどう?」
「はい……。ありがとうございます」
「じゃあ、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
リラは布団に潜り込むと、何と言ってウィオに謝ろうか、頭の中で言葉を探した。
ふと、薄暗い視界に淡い光が零れる。
何かと見ると、《ウェルクリックス》の羽根だった。
布団に潜り込んだまま、くるくるとそれを回してみる。
羽根は、暖かな光を零し、きらきらと煌めいた。
それを眺めているうちに、心のうちが穏やかになる。
知らず知らずのうちに、頬から笑みが零れていた。
(続)




