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旅中記  作者: 琅來
第Ⅲ部 覚醒と決意
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第七章「これから、それから」―3

 リラは、雪が盛大に吹雪く中を、懸命に足を動かしていた。

 自分のせいで巫女達が危険に陥っているのだ。

 自分自身で動かずにどうするのだろう。

 勿論、リラにできることはそう多くない。

 薬草だって軍の人達が馬で採りに行っているし、ついでに狩りもして、倒れた巫女達に精を付けさせるのだと言う。

 リラにできるのは、倒れた巫女の看病くらいだ。

 でも、そんなことくらい、誰でもできるのだ。

 リラは、リラにしかできないことがやりたかった。

 そんな風に落ち込みながら看病の手伝いをしていたリラは、巫女の家族が話しているのを聞いたのだ。

『あの薬草を取りに行ければ――』

 それを聞いたリラは、その家族に詰め寄って詳しいことを訊き出した。

 何でもそれは、外の世界でもランクェルでも珍しい薬草だそうで、効能は滋養強壮、しかもウェブラムの森の頒布地はかなり遠い場所にあるのだという。

 更に言うならば、そこまでの道程はかなり険しいらしい。

 けれど、だからこそ、リラが行く価値がある。

「でも、問題は、一種類じゃないのよね……」

 リラは深い溜息をついた。

 取りに行く、と言えば、縋るようにして頼み込まれたのだから、多少手間が掛かっても行くしかない。

 それは分かっているのだが、頼まれたのは地黄と肉桂だ。

 だが、勿論これだけで薬湯にする訳ではないし、薬湯にするのに絶対に必要だという訳でもない。

 だが、この二つはかなり滋養強壮にいいらしいのだ。

 他にもこれと合わせる、例えば生姜などはあるらしいし、肉桂の在庫もある程度はあるらしいのだが、在庫は本当に『ある程度』くらいだから、少々心許ないのだと言う。

 特に肉桂は生木の枝を取ってきて乾燥させなければならないから、あって困る物でもない。

 その肉桂の木の近くに、地黄が生えているそうだ。

 地黄は根を炙って乾かせばいいので、肉桂に比べると手間は少ない。

 だが、そう頻繁に使う物ではないから、在庫はほとんどないのだという。

『地黄さえあれば、もっと作れる薬湯もあるのに……』

 そう言って溜息をついていた姿が忘れられない。

 だから、翌日の朝、吹雪の中森に入ったのだ。

 ウィオ達には、何も言っていない。

『村を回る』と言って出て来たので、夕方までに戻れば大丈夫だろう。

 幸い、リラの力は風。

 吹雪の威力を弱め、自らに雪が被らないように上空の風を操作し、足元を掬われないように雪を押し固め、均す。

 全てが微調整の繰り返しで、これだけでも随分と精神力を使うし、術のいい修行にもなる。

 術の行使にのみ意識を傾け、ただひたすら無心に進んでいるうちに、かなりの時間が経った。

 恐らく、晴れていれば太陽が中天に掛かる頃だ。

 だから、肉桂の木が見付かった時には、思わず歓声を上げていた。

「やった……!」

 肉桂の木に近寄ると、不思議とその近くは雪が積もっていなかった。

 これまではずっと雪が積もっていただけに不思議だ。

 確かに、先程谷を越えた時から雪が少なくなったなと思ったが、ここは随分と暖かい。

 まるで春のような気候だ。

 足元を見回すと、少し離れた所に、どこかグロテスクな花が咲いているのが見える。

 リラは、思わず遠い目になった。

 聞いた話では、地黄は夏に花が咲くのだと言う。

 そして、ここの気候は春並みだ。

「どこまで規格外なの……」

 リラは、がくりと肩を落とした。

 冬の時期の地黄の見分け方を、四半刻掛けみっちりと教え込んでもらったのに、結局意味がなかった。

「ええっと、これの根っこと、あとは木の枝ね」

 リラは慎重に手斧で枝をいくつか落とした。

 そして、枝を紐でくくると、持参した麻袋の中に入れ、根を傷付けないように、慎重に地黄の根を掘った。

 採り過ぎないように注意しながら掘っているうちに、太陽が傾いてくるのを感じた。

 ここは晴れているから、太陽の位置で大体の時間が分かる。

 いつの間にか、昼を半刻は過ぎていた。

 リラは焦りながら立ち上がり、手に付いた泥を払う。

 いつの間にか服にも付いていて、リラはげんなりしながら項垂れた。

 これでは、どこに行っていたかばれてしまうではないか。

 それでも、今は早く帰らなければならない。

 ここに来るまでに、二刻は掛かっている。

 帰りは道に迷う必要がないので、もう少し早く帰れるだろうが、今から帰っても確実に着く頃には日が暮れてしまう。

 少し夢中になり過ぎてしまった。

 リラがランクェルに帰ろうと、袋を抱えたその途端。

 視界の端に、虹色にきらきらと光る鱗粉のような物が入った。

「え……?」

 背後を振り返った、その瞬間。

 肉桂の高い梢の先に、きらきらと光る鳥が舞い降りた。

 ……ウェブラムの森にいる、きらきらしい鳥。

 それに当てはまる鳥は、ただの一種しかいない。

「まさか……これが、《ウェルクリックス》……?」

 リラは、愕然と言葉を洩らす。

 リラの声が聞こえたのか、鳥は小首を傾げてこちらを見下ろしてきた。

「…………()?」

 ぶるりと、羽が震える。

 リラは、半眼になってそれを見上げた。

 そう、この格好は、どう見ても鴨だ。

 やたら色が派手でけばけばしく、羽も非常にもふもふとしていて触り心地が良さそうだが、鴨でしかない。

「鴨が、《ウェルクリックス》、なの……? そんな馬鹿な」

 その言葉を聞き咎めたのか、鴨の表情が、どこか険しくなった……ように、思える。

 だが、所詮鴨だ。

 食用にもなる、卵も食べられる鴨だ。

 ちょうど今が旬の、脂がたっぷりと乗っている鴨だ。

 多少臭みがあるが、非常に美味しく、冬の少ない栄養源となる鴨だ。

 更に言うならば、家畜として飼っている村も多い、豚、鶏、牛に次いで村での有益な家畜としてのポジションを築き上げているあの鴨だ。

 勿論、メイラン村にもいる、茶色いあの鴨と同じ生き物のはずだ。

(そう言えば、ランクェルでは飼ってなかったような……)

 その理由が、『鴨が《ウェルクリックス》だったから』。

 納得できるような、情けないような。

 突然、枝が揺れる。

 はっと顔を上げると、鴨が飛び立つところだった。

 上空を見ると、きらきら光る鳥の群れがいる。

 どれも、…………鴨だ。

 クァー、クァー、と鳴きながら、鴨の群れに鴨が合流する。

 ……やはり、どこまでも鴨でしかない。

 あの野生で生きていくには不便でしかないだろう、虹色の羽と分厚い羽毛さえ除けば!

 リラは、強い眩暈を憶えてその場に膝を付く。

 自分達は、鴨を捕まえる為に、ここまで来なければならなかったのか。

 きらきらしくても、所詮は鴨。

 魔力を持っていても、鴨は鴨だ。

「もしかして、普通の鴨に魔力を籠めたら、《ウェルクリックス》になるんじゃ……」

 そう思い、はっとした。

 そう言えば、《ウェルクリックス》の羽根で紡ぐ糸《ラーウェーリス》の代用品を扱っているのは、帝都の大きな商家だった。

 そこは様々な分野に手を広げていて、中には『困りごと、相談して下さい。解決します』という商売もやっているのだという。

 そしてその商売で活躍しているのが術者だ。

 つまり、《ラーウェーリス》の代用品とは、ただの鳥の羽根に魔力を籠めているだけなのではないだろうか。

 それに、《ウェルクリックス》を巫女の力で捕らえるのも、弓矢では殺してしまいかねないからであろう。

 そう考えると、急に力が抜けた。

「何よそれ……いくら何でも、あんまりだわ……」

 その時、ひらりと何かが舞い降りた。

 ちょうど、リラの膝の上に落ちる。

 拾い上げると、それはきらきらと虹色の光を放っていた。

《ウェルクリックス》の羽根だ。

「綺麗……」

 所詮鴨の羽根に過ぎないと分かっていても、その光は本物だ。

 試しに力を流し込んでみると、淡い緑色に光り出す。

 さっと色が変わり、今度は檸檬色に。

 次々に色が変わる羽根に、リラは知らず知らずのうちに微笑んでいた。

 やがて、ふと我に返って空を見上げると、だいぶ日が傾いてきている。

「まずい! 帰らないと!」

 慌てて袋を抱え上げ、立ち上がった途端――

 風が、リラの周りを渦巻き出す。

 焦りと疲れと虚脱感で、制御不能になった力が暴走してしまったのだ。

 そして、一度暴れだしてしまった力は、宿主にすらどうしようもない。

 せめて焦っていなければ、まだどうにかしようもあったのだが、まだ巫女として未熟なリラに冷静になれとは、少々酷だった。

「あ、あれ? え? あ、ちょっと、ちょっと待ってぇ……!」

 リラの叫びも空しく、風はリラを包み込むと、一路、ランクェルに向かって凄まじい速さで上空を駆け抜けて行った。

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