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旅中記  作者: 琅來
第Ⅲ部 覚醒と決意
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第七章「これから、それから」―2

「馬っ鹿じゃないの? ルウォンメル異母兄様にいさま。娘の演技にも気付かなかった挙句、性悪女に騙されてるのにも気付かないなんて」

 だらしなく長椅子に寝そべり、足を投げ出すファイリアに、アーフヴァンドは眉を寄せてぴしゃりとふくらはぎの辺りを叩いた。

「こら、ハイディ。行儀が悪いぞ」

「え~。いいじゃない、ここ、誰も(・・)いないんだから」

 ファイリアは仰向けになると、ぐっと伸びをした。

「やっぱこっちは落ち着くわ~。どうせお父様、もうそんなに長くないんだから、佳境になってからでいい? お城に戻るの。兄様の領地だと、気が抜けてほんっとに楽だわ。あっちだと、いっつも監視されてるもの。ね、駄目?」

「駄目だ。俺は、こっちでの仕事があるから何とも思われないだろうが、お前は違うんだからな。分かってるのか? ハイディ。しかも、城の様子まで覗くなんて……お前、覗き趣味でもあったのか?」

「何よ、意地悪なロルフ兄様。ジョーホーシューシューしてるって言って頂戴」

 ファイリアは頬を膨らませると、突然笑顔になって言った。

「でも、あの調子だと、また甥っ子か姪っ子が増えそうだわ。跡継ぎ問題は特になさそうね。で、兄様。私が覗きたいとこ、全っ然覗けないんだけど。一体どうなってるの? あそこ。兄様でも私でも覗けないって、よっぽどの場所だと思うんだけど」

 その笑顔が、何故か怖い。

 アーフヴァンドは目を逸らしながら言った。

「俺も分からんさ。ただ、この国で一番、力が集まってる場所なのは間違いない。それに、あそこは遠過ぎる。術の使えない奴を送ったところで、結果が来るのは二ヶ月近く後だ。かと言って、俺に術を使える手駒はいない。俺かお前が行ければ別だが……」

「無理ね、それ。私も兄様も、『行方不明』になる訳にはいかないわ」

「だろ? だから無理だ。せめて、奴を捜し出せればいいんだが……」

 独り言に近い呟きに、ファイリアは小首を傾げた。

「それって、兄様を皇子って看破した人のこと? 情報屋らしき」

「ああ。俺は皇子として動くことなんて滅多にないし、俺の顔を知ってるのは、それこそ皇城勤めの偉い奴と後宮の女官、あとはここの奴らくらいだ。それに、奴は俺の年を訊いて確信したようだった。だから、奴は俺が皇族だってことを分かっていて、あの情報を洩らしたんだ。そんな奴……俺には全く覚えがない。今、捜させてはいるが、見付かるかどうか……」

 溜息をつくアーフヴァンドに、ファイリアは不快気に顔を顰めた。

「何それ。結局全然分かってないってことじゃないの。情けないわ~、兄様」

「おい、それはないだろう。俺だってウェブラムの森について調べたんだぞ」

「ああ、書庫で? 私も手伝ったし、知ってるわよ」

「そうじゃなくて、裏の禁書を捜したってことだ。でも、それでもよく分からなかった」

 ファイリアは突然体を起こすと、真面目な顔で言った。

「ちょっと待って、ロルフ兄様。私、禁書まで見たって聞いてないけど?」

「ああ、言ってないからな」

「言ってよ」

「無理だろ。監視されてたんだから」

 ファイリアは頬を膨らませると、兄のふくらはぎを蹴飛ばした。

「それでも、いない時だってあったじゃない! いいわ、今言って? 全部」

 やたら剣呑な妹の視線にさらされ、アーフヴァンドは痛みを堪えながら苦笑して両手を挙げた。

「大したことは分かってない。《ラーウェーリス》の原材料があるから、昔からわざわざ妃自らが取りに行っていたとか、その程度だ。まあ、珍しいことと言えば、あそこが昔王都だったってことかな?」

「はあっ?! 初耳よ、何それ!」

 ファイリアは立ち上がると、アーフヴァンドの襟元を掴んで引き寄せる。

「この国が昔は王国だったのは知ってるわよ? でも、そんなの何百年も昔の話で、大して重要じゃないわ。それよりも、その事実が載っている本が禁書になってるってことが重要なんじゃない!」

「ああ。言われなくたって分かってるさ。正確には六百年ほど前だな。その頃、王国は『何らかの原因』で、一夜にして滅び去った。それから戦国時代が始まって、四百五十年前に統一王国、それから二百年前に今の帝国ができた」

「それくらいなら私だって憶えてるわよ。で、問題なのがその『何らかの原因』なんでしょ?」

 冷静さを取り戻したファイリアが言うと、アーフヴァンドも真面目な顔になって頷き、ファイリアの手から首を取り戻した。

「そうだ。だが、それこそもう何百年も昔の話だ。その本が書かれたのは統一王国時代、つまり国が滅びてから軽く二百年近くが経っていた。だから、そんなに詳しいことが書いてある訳じゃない。ただ、何と言うか……魔力の暴走が、最大規模で起きたのは間違いなさそうだ。それこそ、文明が滅びるほどの威力で」

 ファイリアは片眉を挙げると、呆れたように言った。

「そんなのありなの? 確かにあそこの魔力は凄いわ。でも六百年前よ? 百年ならまだ分かるけど、そんなに長く魔力が残り続けるなんてあり得ないわ。第一、都が全壊するくらいの魔力の暴走って、そんなに力が強い術者でもいたの?」

「だから、よく分からないんだ。そこまでは載っていない。ただ、外国からの攻撃ではなかったようだな。このことについて考察している本もあったんだが、反国王派が攻撃したとか、むしろ逆に他国に攻め入る為に開発していた武器が暴走したとか、果ては神の怒りのいかずちが降りたのだとか、そういうことしか書いていなかった。だが、資料によれば、あの森の辺り一帯が王都だったらしいからな。かなりの広さの都が壊滅状態に追いやられたのは間違いない」

「つまり、よっぽどの威力だったって訳ね」

 ファイリアは顎に手を当て、考え込んだ。

「そんなに強い威力で、今もなお力が残っている……人柱でも、立てたのかしら」

「人柱?」

 アーフヴァンドの顔が険しくなる。

「そうよ。術者――いいえ、巫女ね。特に巫子ふしだといいのかしら。男術者の人柱を立てれば、一つの街が滅びると言われている。女術者の人柱なら二つの街。巫女の人柱なら三つの街。だから、巫女を確保する必要があったのよ。いざと言う時に生贄の為に。そして、世にも珍しい巫子を人柱に立てた時は、国が滅びるほどの力が得られるらしいわ」

「ハイディ……お前、一体どこでそんな話を聞いた?」

 険しい顔のまま問い詰めると、ファイリアは肩を竦めた。

「昔、グリェンチェ共和国にいた時に、古本屋で見た本に載ってたの。薄汚れて古い本だったけど、巫女や術者の力を極限に引き出すにはどうすればいいか、よく分かったわ。多分、この国だったら禁書に指定されてたと思う」

「そうか……。だが、人柱を立てたと言うのなら、確かに納得できる。何人――いや、何百人集めたのかは分からないが、相当な人数をむごたらしく殺せば、それだけ力が集まる。だから、あの森には力を持っている者しか入れない。そして、武器を持って入れば殺される。――六百年前の巫女達の遺志が根付いているなら、無理もないな」

 ファイリアは想像でもしたのか、顔色が悪くなっていたが、気丈にも頷いて言った。

「そうね。でも、こうも考えられない? たったそれだけなら、いくら何でも長過ぎるわ。あの場所に、もし力のある人が多く生まれるとしたら? 最初のきっかけは、森に漂っていた力の残滓だったかも知れない。でも、代を重ねるにつれて、あの場所で亡くなった力を持つ人は増える。たとえ恨みを持っていなくても、人柱としてじゃなくても、力を持った人が死ねば、しばらくはその場所に力が漂うのよ。それを繰り返せば、濃厚な力の奔流になる。――そう思わない?」

「そうか……それなら、あの強い結界も理解できる。だから、お前でも覗けなかったのか」

 沁々と言うアーフヴァンドにファイリアは頷くと、兄を窺うように見上げて言った。

「ねえ、兄様。これから、どうするの? あの森、どうやっても覗けないわ。だから、あの子達がいつこっちに来るのかも分からない」

「そうだな……あそこから来るのなら、絶対にシャブワル村を通る。あの村は規模が大きくて厄介だが、しばらく潜ませるしかなさそうだな。幸い、ウェブラムの森に通じる門は人通りが滅多にない。見張るのも、他人に怪しまれるのを除けば楽だろうな。今は冬だし、吟遊詩人でも送り込むか?」

「うん、それが一番確実よね……。何か地味で嫌だわ。もっと楽にできればいいのに。第一、早馬を飛ばしても、連絡が来るまでしばらくかかっちゃうでしょ?」

「仕方ないさ。俺達が行ければ早いんだが、そうもいかない。そもそも、俺らは彼女達の顔も知らない。大人しく待つしかないさ」

 アーフヴァンドは投げやりに言って肩を竦めた。

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