第五章「蠕動」―1
「……んで、結局、この大雪はリラが引き起こしたっつうことで、間違いないのか?」
ウィオは、行儀悪く片膝を立てて胡坐を掻きながら、顔を引き攣らせて言った。
その前に座っているメイファは、微妙な顔をして頷いた。
「うん、そうなの……。あ、勿論、リラさんはわざと起こそうとした訳じゃないのよ? ただ、力の加減に失敗しちゃって、暴走しちゃっただけなのよ」
慌てたように手と首を振るメイファに、ウィオは溜息をついた。
「だから、あんなに落ち込んでるのか……」
ウィオの視線の先には、膝を抱えてそこに顔をうずめた、見るからに落ち込んでいるリラの姿がある。
「空気が重過ぎるぞ、リラ」
そう掛けられた声に、リラは顔を上げもせずにくぐもった声で言い返した。
「……ウィオには関係ないでしょ。私が駄目だっただけだもん」
「あのなあ……」
ウィオは、がしがしと頭を掻く。
「だからって、そこまで落ち込んで、この雪がどうにかなるって訳でもないだろうに」
「……ほっといてよっ! それよりも、ウィオは雪掻きに回らなくてもいいのっ?!」
「だ~から、俺は今休憩中。リューシュンが戻ってきたら、俺が代わりにまた出るってことになってんだよ。……っつうかそれ、さっきも説明した気がすんだけどな」
呆れたように言われて、リラはぱっと顔を上げた。
その顔は紅潮していて、唇はわなわなと震えている。
やがて、
「ウィオの馬鹿! そうよ、私が悪いのよ! 未熟だから、力なんて全っ然制御できなくて、今こんな風になってるんでしょ?! 三尺も雪が積もって、屋根が潰れた家もあるし! お爺ちゃん達しかいない家だと、まともに雪下ろしもできないから危険だし、そのせいで若い人はみ~んな雪掻きに駆り出されてるし! おまけに、多分帝都の人にもばれたしっ! 全部私が悪いのよねっ! み~んなに迷惑かけて、しかもうちの村じゃ雪掻きしたこともないから、役立たずでっ! それに非力だから、一尺の雪も退けられなかったし、邪魔しかできなかったしっ!」
感情が昂り過ぎたのか、リラの目には涙が浮かんでいる。
「いや、え、ちょっと待て、俺そこまで言ってないっ……!」
「『そこまで』ってことは、近いとこまでは思ってたんじゃないのよっ!」
即座に言い返されて、ウィオは思わず目を逸らした。
「ほら、言い返さないじゃないっ……! こうなったらはっきり言われた方がましだわ! 『お前のせいで大変なことになった』ってっ!」
「だからリラ、あのな、俺そこまで思ってないし、言ってない! ちょっとは人の話も聞いたらどうだっ?」
「何よ、普段人の言うこと聞かないウィオに言われたくなんかないわよ! そんなこと言うくらいだったら、まともに敬語遣ってみたらどうなのっ?!」
「はあっ?! 今敬語関係ないだろうが!」
目を剥くウィオを、リラはきっと睨み付ける。
「関係あるわよ! 大体ねえ、ウィオは言葉遣いがなってないのよっ! 敬語なんか滅多に使わない挙句に、たまに使っても変なんだから! 言葉がなってないから、人の話も聞けないんじゃないのっ?」
「……や、だから、今人の話聞いてないのはお前だろうがっ!」
一瞬だけ言葉に詰まったウィオに、メイファがぼそりと呟いた。
「ウィオさん……今、うっかり『正しい』って思ったでしょ」
その言葉が聞こえたのか、ウィオは顔を引き攣らせた。
けれど、リラはそれが聞こえなかったのか、益々ウィオに向ける視線は剣呑になる。
「何よ、何よっ……! わ、私だって、頑張ったんだもん! でも、ちょっとのつもりだったのに、あ、あんなっ……。私、こんなことする気、なかったもん。なのに、こんな……」
リラの声が震えたかと思うと、ぼろぼろと涙が溢れ出した。
「あ、ちょ、リラっ……!」
さすがに、ウィオはぎょっとして立ち上がる。
そして、震えながら涙をこぼすリラに近付こうとして――ぴたりと、足を止めた。
何故かは分からない。
けれど、何かがウィオの足を止めた。
「リラ……?」
静かに声を掛けても、リラは俯いた顔を上げようとはしない。
だから、ウィオにはその表情は窺えなかった。
やがて、痺れを切らしたウィオが一歩を踏み出した途端――
「うわっ!」
凄まじい突風が、ウィオを襲った。
その風の勢いに圧され、ウィオはたたらを踏んで仰け反り、一丈ほど後ろにあった壁に体を打ち付けた。
「ってえ……」
ウィオが顔を持ち上げると、その目に映った室内の様子は惨憺たるものだった。
重いはずの机は倒れ、椅子は引っ繰り返り、中には足が折れた物もある。
中身の一杯詰まった棚も倒れ、中身が散乱している。
メイファはと見れば、何やら力を使って自らを護っていたのか、周囲に物が散らばっているのにも拘らず、怪我をしたような様子はないが、床にへたり込んでいるし、その位置もだいぶ下がっていて、どこか呆然と目を瞠っている。
「リラ……?」
ウィオが恐る恐る声を掛けると、リラが俯いていた顔を上げた。
そして、雑然とした室内を呆然と見回す。
「あ……」
リラの体が、がたがたと震え出した。
「嘘、そんな……これ、私が……?」
リラは自身の掌に視線を落とす。
その手も、視線も揺れていた。
そして、壁際に座り込んでいて痛そうな顔をしているウィオと、呆然と自身を見詰める座り込んだメイファの姿を目にして――
「いっ…………やぁっ!!」
空気を切り裂くような、鋭い悲鳴が上がった。
途端に、またもや強風が室内に荒れ狂う。
その勢いは、先程よりも強く、咄嗟に息ができなくなるほどだった。
その時、横から急に腕を引かれ、ウィオは体勢を崩す。
衝撃に備えぎゅっと目を瞑ったウィオだったが、思っていたような衝撃は訪れなかった。
驚いて目を開けると、しっかりとメイファに抱えられていた。
彼女の力なのか、二人の周囲にだけは、あの暴風は吹き荒れていなかった。
メイファよりもウィオの方が二寸ほど背も高いし、明らかにウィオの方が体格もいいのに、よくも引きずることができたと、こんな状況なのに感心した。
「あ……ありがとな、メイファさん」
その言葉に、メイファは険しい面持ちで首を振った。
「いいえ。大したことじゃないし、何の守りもないままそこにいたら、それこそ窒息死しかねないわ。良くても怪我はするわね。……それにウィオさん、さっき壁にぶつかった時、打ち身でも作ったんじゃないの? 動きがぎこちないし、何だか背中を庇ってるように見えるわ」
ウィオは、その言葉に苦笑した。
「ああ……ちょっとだけだけどな。でも、別に大したことじゃないぜ? こんぐらいの怪我なら、剣の稽古でしょっちゅうだし。……だけど、よく分かったよな。メイファさん、皇女様だろ? しかも巫女。世間知らずのお姫様だったのに、何で分かるんだ?」
メイファは、ちょっと唇を尖らせて反論した。
「ちょっとウィオさん。確かにあんまり世の中のことは知らなかったけど、『世間知らず』ってのはやめてくれない? せめて『深窓のお姫様』とか『箱入り』とかって言ってよ。それならあたしも反論できないわ。事実だから。……それと、あたしが打ち身を知ってたのは、リューシュンがよく作ってたからよ。近衛の人に鍛えてもらっては、しょっちゅう怪我してたんだから。――って、今はこんなこと話してる場合じゃないわよ! 何とかして、リラさん止めなきゃっ! あ、でも、あたしはこれが限界だし……でも、外は雪だらけだから、誰か見付かるかな……?」
動揺して視線を彷徨わせたメイファは、部屋の扉が凄まじい勢いで開けられたのを見て、大きく目を瞠った。
何故なら、そこから入ってきたのは、今の状況を打開できそうな唯一の人物だったから。




