表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅中記  作者: 琅來
第Ⅲ部 覚醒と決意
62/74

第四章「暴走と挑戦」―2

「……しかし、可笑しなことですね」

 アーリンが息をついて言ったのに、リラは首を傾げた。

「アーリンさん?」

「確かに、命懸けで術を掛ければ、本来の実力よりも上の術を掛けることは可能です。ですが、それにしたって上限があります。このような術を、たとえ命懸けでも掛けたということは……リラさん、其方の母君は、最低でも中級の術者であったに違いありません」

「え、ですが……母は、下級の術者の中でも、ちょっと力が強いだけだと言っていました。それに、中級以上の女性術者は、巫女と同じで皇帝に召し上げられるはずです。でも、母は村で、ふくおさをしておりました」

 リラは、混乱して額を押さえた。

「それに……術者だということは、隠せないはずです。実際、母は村の唯一の術者としての仕事もしていました」

「そうですか……ならば、長じるにつれて力が強くなったのかも知れませぬ。まれに、そういうことがあると聞きます。術者としての覚醒は、およそ五歳前後。大体の者は、そこで一生の力が確定しますが、何らかの要因によって、長じたのちに力が強くなることもあります。……まあ、稀に巫子ふしが、後天的に覚醒した術者と間違えられる場合もありますが」

 リラは、きょとんと目を瞬いた。

「巫子、ですか? 巫女ではなく?」

「はい。……元々、巫女と術者の起こす術に、そう大差ないことは気付いているでしょう?」

「え、はい、それは。巫女ができることは術者もできますし、術者ができることは巫女もできますよね? 片方しかできないことはほんの少ししかなくて、修行方法も似通っている、と」

「その通りです。……遥かな昔は、術者は男しかおらず、巫女は女しかいないと思われていたとも言いますので、実際、そこまでの違いはないのです。ただ、術者に男が多いのは事実ですし、巫子だって、それこそ全世界で百年に一人、生まれるか生まれないか……。この両者の違いは、覚醒する時の年齢だと言います。どんなに弱い力だとしても、術者は必ず満年齢で五歳前後かそれ未満、巫女や巫子は満年齢で十歳前後に覚醒します。例外はありませぬ。そして、その覚醒した年齢の違いからか、両者の力は『性質』が異なります。術者の放つ力の性質は『剛』。巫女や巫子の放つ力の性質は『柔』。まあ、術者は力押しの、巫女や巫子は心理的な力が得意だということです。なので、両者ともに使える力はありますが、それぞれに得意とする分野は異なっております。其方の母が、その術を命懸けですることになったのも、『剛』の力の持ち主が『柔』の分野の上級術を行使したからでしょう」

 ざっくらばんな説明に、リラは唖然としながら呟いた。

「そう……だったんですか……。私、この二つの違いって、何なんだろうって……ずっと不思議だったんです」

「まあ、大抵の方はそうでしょうね。あまり、この違いは知られておりませぬので。だから、術者の娘が生まれた時も、巫女だと勘違いする場合が多くあります。大抵は、帝都に送られて発覚するのですが」

「それは、発する力が違うから、ですか?」

「ええ、その通りです。――さて、ラグジャード。その術の解析は済みましたか?」

 アーリンの言葉に、リラは驚いてラグジャードを振り返る。

 見ると、眉間に皺を寄せ、難しそうな顔をしていた。

「はい、長老様。粗方は済みました。ただ……さすがは、命懸けですね。術自体は複雑ではないのですが、強度が強い。これは、下手に解呪をしようとすると、良くてもこちらが返り討ち、悪ければ、ここに籠められたリラ殿の力ごと、この石が弾け飛びます」

「あの……それが弾け飛んだら、私の巫女としての力はなくなるのですか?」

 リラが真剣な顔で問い掛けると、ラグジャードは驚いてリラを見詰めた。

「理屈上はそうだ。……だが、それだけではない。その力の反動が、本来の持ち主であるリラ殿に向かい、下手をすれば重傷を負って亡くなってしまう」

 その言葉に、リラは顔を引き攣らせた。

「えっと……じゃあ、私の力、その中に入れっぱなしじゃ駄目なんですか?」

「駄目ですね」

 間髪を容れずに答えたのは、アーリンだった。

「幼い頃なら、それでもよいのです。特に、力を隠す為であれば。けれど、長じると同時に、個人差はありますが、大抵は力が強くなります。リラさんが力を封じたのは、いつですか?」

「えっと……数え年で十一歳、満年齢で九歳の時です」

「そうですか……それならば、今から四、五年前のことですね。見事に思春期と被っていること。これで、今までやってこれたのが不思議なくらいです」

「え……?」

 首を傾げるリラに、アーリンは咳払いをして言った。

「大抵の場合、思春期を迎えた巫女や巫子、術者は、力が伸びます。それは、体が大人に近付いたからだとも言います。どれくらい伸びるかと言えば……そうですね、大人の下級術者と子供の上級術者で互角、といった具合でしょうか。なので、子供の頃の力を見れば、将来どれくらいの力を得られるのかは大体分かります。ただ、下級と中級の術者の場合、子供の頃は力の差異が小さいので、大人になった時に変わるといったことはありますが、それは少数派ですし、あまり考えなくてもよいことです。……そして、リラさん。今の貴女は、ちょうどその『伸び時』です。なので、はっきりとどの階級に属するのかは分かりませんが……」

 アーリンは考え込むように少し俯くと、瞑想するように軽く目を瞑った。

「そうですね……そう、今のところは、中級です。ですが、その琥珀に力が封じられているということも鑑みると――もし、その力を開放し、其方に力を戻せば、中級の中でも限りなく上級に近付く力を得るでしょう」

 その言葉に、リラは驚いて目を見開いた。

「あの……私、そんなに強い力を持ってたんですか?」

「ええ、そうです。……自覚は、なかったようですね」

 アーリンはそう言って苦笑する。

「その力を其方に戻さなくては、いずれ、術では其方の力を押さえ切れずに、琥珀は砕け散り、『護り』は崩れ、其方の力は暴走するでしょう。……さすがに、それは嫌でしょう?」

「勿論、嫌です! 暴走って……もしそんなことしたら、周りの人も巻き込んじゃうんじゃないですか? そんなの嫌です!」

 リラが総毛立って叫ぶと、アーリンは可笑しそうに笑った。

「そうでしょう。普通の人は、そのように思います。ラグジャード。それは、どれくらいで解けますか?」

「……人手を掻き集められるのであれば、今日いっぱいで、何とか」

「そうですか。……許します、ラグジャード。其方が必要だと思う術者を全て集めることを、脇侍たる其方の権限に於いて許可致します。但し、人死にを出してはなりませぬ。そのことだけは念頭に置きなさい。そして、人死にを出してしまうかも知れない可能性が発生した場合には、即座にやめなさい」

「はっ、承りました、長」

 ラグジャードはそう言うと、素早く立ち上がり、きびきびとした足取りで立ち去ろうとする。

「あっ……待って下さい、ラグジャードさん!」

 リラは、咄嗟に立ち上がった。

「……? 何か?」

 訝しげに振り返るラグジャードに、リラは泣きそうな顔で言った。

「あの……これからすることで、その首飾りが壊れてしまうということはありませんか?」

「……場合によっては、あり得る。勿論、その場合でも、力は安全に取り出して、其方に戻すことを誓おう」

「あの……そうじゃないんです。ただ……それは、母さんの形見なんです」

 必死に見上げるリラを、ラグジャードは無表情な目で見下ろす。

 やがて、深い溜息をついた。

「……そうか。ならば、できる限り、傷付けずに力を取り出すことを誓おう。だが、憶えておいてほしい。こちらの誰か、もしくは其方に命の危険がある場合は、これを傷付ける可能性がある。そして、もしその場合になったとしても、私は其方に謝らない」

「構いません。……ただ、必要以上に、それを壊さないでほしいだけなんです」

 その言葉に、ふっとラグジャードは微笑んだ。

「そうか、ならば、大丈夫だ。母君の形見と聞いて、積極的に壊せる訳がない。其方は、ここで待っていてほしい。其方に力が戻った時、それが我々の成功した時だと考えてほしい」

「はい、分かりました」

 リラは、ほっと安堵の吐息をついた。

「それでは失礼する」

 ラグジャードは、そのまま立ち去って行く。

 リラは、不安げに眉を寄せた。

 あの琥珀の首飾りに掛けられた術を解くのに、一体どれだけの人が必要なのか、そして、どれだけの危険が伴うのか、リラは知らない。

 だから、あの首飾りを傷付けないでほしいと頼むのは、少し気が引けた。

 でも、それでも、あれは掛け替えのない母の形見だ。

 人命の方が優先なのは分かってはいるが、母の形見を永遠に失うのも嫌だった。

 リラは俯いて――そして、ふと首を傾げて振り返った。

「あの、アーリンさん」

「何でしょうか」

 穏やかにこちらを見上げるアーリンに、リラは疑問をぶつけた。

「あの、さっき、何でラグジャードさんに『術者を掻き集める』って言ったんですか? 巫女だったら駄目なんですか?」

 その疑問に、アーリンは微笑ましいものでも見るかのように頬をほころばせた。

「ええ、駄目です。先程、力の性質が違うと言ったでしょう? 同じような術を掛けられるので、外見的に区別が付きませぬが、術者と巫女は根本的に違う存在。ですので、共同して力を合わせて術を掛けることはできませぬ。そして、巫女が掛けた術は巫女や巫子にしか解けませんし、逆もまた然り。あの琥珀は、其方の母君が――つまり、術者が掛けた物。なので、術者にしか解けませぬ。そして、それをラグジャード一人で解くのは骨なので、力のある術者を集めて、皆の力を合わせて術を解くのです」

 アーリンはそう言うと、ふと微笑んだ。

「其方の力の源は、全てあの琥珀に埋め込まれております。それが手元にないのでは、其方は徒人と同じ。術を解き終わるまでは、修行も何もできないでしょう。今日は、もう終わりに致しましょう。その代わり、わたくしの仕事を手伝ってくれると助かるのですが」

 その言葉に、リラはしばらく呆気に取られ――そして、声を立てて笑った。

「はい、分かりました。アーリンさん。精一杯お手伝いさせて頂きます!」

「そうですか。さて、では、まずお茶を飲みましょうか」

 何とも気が抜けるその発言に、リラは目を瞬いた。

「え? でも、お仕事は?」

「仕事の前に、体調を整えなくては。わたくしは、もうこの歳ですので、香草茶がないとやっていけません。……そこに、薬缶があるでしょう? その中身を注いで下さい。勿論、其方の分も」

 リラは、呆気に取られながらもアーリンの言う通りにし、自分の分の湯呑みからお茶を飲む。

 そして、軽く目を瞠った。

「これ……香水薄荷に立麝香草に、緋衣草、ですか? 香水薄荷って、確か緊張緩和にいいんですよね。立麝香草は苦痛を和らげる効果があって、緋衣草は万能薬で……確か、全部に長寿と延命の効果があるって言われているんですよね? 総合すると、滋養強壮にいいんだったかしら。でも……ほんと、美味しい! 私も、今までにこれに近いブレンドのお茶は作ったことありますけど、こんなに美味しいのは初めて飲みました! あの……良かったら、これの作り方、教えてくれませんか?」

 わくわくと目を輝かせて訊ねたリラに、アーリンは耐え兼ねたように吹き出した。

「? アーリンさん?」

「失礼……其方が、ウィオ殿と似たようなことを言うもので……つい」

 アーリンの言葉に、リラは思わず頬を膨らませた。

「じゃあ、私、ウィオに先越されたんですか? 何か悔しいなあ」

 唇を尖らせるリラに、アーリンは面白そうに笑い声を上げた。

「本当に……面白いこと。よいでしょう。後で、其方にも作り方を教えましょう」

「本当ですか? やった!」

「ですが、わたくしの仕事を手伝ってからですよ」

「はい、分かりました!」

 リラは元気良く返事をすると、香草茶を一気に飲み干した。




 そして、その日の夜、リラの体に『力』が戻った。

 次の日の朝には、リラの手元に、無傷の首飾りも戻ってきた。

 ラグジャード達は、多少憔悴した顔付きだったが、誰も怪我人は出なかった。

 そのことに安堵したアーリンによって、森に連れ出され、昨日までと同じように修行を行った結果――

 冒頭のような、緊急事態に発展してしまったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ