第二章「秘密」―1
「貴方は、副長殿が巫女であることを、ご存知でしたか?」
その言葉に、ウィオの頭は止まった。
(な……なん……? 巫女……? 巫女って……巫女?)
その様子を見た男は、溜息をついた。
「やはり、ご存知ありませんでしたか。実は、副長殿は巫女だったのです。巫女としての能力が目覚めるのは、だいたい十歳前後だと言われています。そして、その能力が見出された者は、皇帝の妻の一人――妃になる。だから、隠されたのですよ。その能力を」
その言葉で、ウィオは思い出した。
四年前、リラの母、リャイが妊娠していた時、リラが体調を崩し寝込んだ時があった。
そして、リラが元気になった途端、リャイがいきなり産気付き、月足らずのうちに子供を産み、そして母子共々亡くなった。
そしてその形見として、リャイと仲の良かったシャンリンが首飾りを貰ったのも、その時だった。
だからあの時、母はあんなことを言ったのだろう。
「まさか……あの首飾りは……!」
「ええ。帝都では、巫女を感知することができます。勿論、それは巫女が大勢いるからですが……その巫女が、四年前に途轍もない力を感知しました。でも、それは僅か二週間で、感知されなくなりました」
「それって、まさか……」
ウィオは、思わず呟いた。
「何か、お心当たりでも?」
「ああ。四年前、リラは体調を崩して寝込んだ。そして、二週間経ったら、元通りに元気になったんだ。だけど……リラの母さんは、リラが元気になった途端、月足らずに子供を産んで、それで、リラの母さんも、その子供も……死んだんだ」
その言葉に、男は眉を寄せた。
「なるほど。ということは、当時の副長殿は、今の副長殿の力を封じ込めたという訳ですかな。それが祟って、月足らずのうちに子供を産んでしまう羽目になり、亡くなったと」
「それ、で……それが本当だとしたら、一体今までの四年間、何をしていたんだ? リラはずっとこの村にいたんだぞ? まさか、今頃になって突き止めたっていうのか? でも、それだと何で『旅をしろ』って言い出してきたのか、説明できないだろ」
「ええ。恐らく……私の想像ですが、突き止めたのは、もっと早い頃だったでしょう。ですが、よい口実がなかった」
「口実……? 何のだよ」
「ここの副長殿を巫女として召し上げるか、殺すか。どちらかの口実ですよ。案外、それに迷っていたのかも知れませんね」
「な……」
ウィオは絶句した。
いくら何でも、『殺す』と言われるとは思ってもみなかったからだ。
「それで、《ウェルクリックス》を探して来いと。ふむ……では、妃として召し上げるおつもりですかね」
その言葉に、ウィオは首を傾げた。
「……何で、そこに《ウェルクリックス》が出て来るんだ? 《ウェルクリックス》が、貴重で珍しい鳥だってのは分かるけどさ。どうしてそこに『巫女』が絡んで来る?」
ウィオの疑問に、男は頷いた。
「何もご存知ないのであれば、その疑問は当然です。ですが、《ウェルクリックス》のことを真にご存知であれば、その疑問は愚問に過ぎません」
「はっ?」
どうやら、この男は哲学的な言い回しを好むらしい。
だが、それはウィオにとっては『訳が分からなく』、『間怠っこしい』ものであった。
「あ~、もう少し分かりやすく話してもらっても……?」
「ああ、すみませんね。あの《ウェルクリックス》という鳥は、巫女でないと捕まえることのできない、貴重な鳥です。ですから、玉命によって妃が危険を冒して鳥を捕まえに行くというのが基本です。そして、副長殿にそれを頼むということは――皇帝達が期待していることは、二つのどちらかでしょうね」
「二つって……一つじゃねぇのかよ? つまり……リラに巫女としての能力があることを示して、この村を潰すっていう……」
「ええ……それもあるでしょうね。でも、帰って来ないのを期待してもいるでしょうね。それはそれで、副長が行方不明となったこの村を潰すことができますから。どちらにしても、巫女を隠匿した村の末期の、とてもよい見本を得ることができます」
「末期のとてもよい見本って……あんま、いい響きじゃねぇな。感じ悪い」
ウィオは、顔を顰めて言った。
ウィオはカラッとした性格の持ち主なので、陰険なやり方は好きではなかった。
「おやおや。それで村長が務まりますかどうか」
その言い方に、ウィオは少しムッとした。
「おい、お前な……そういうこと、よく考えてから言えよ」
「考えておりますよ。奴隷としての役割は、主を怒らせないということもありますからね」
「……だぁっ! だからなぁ! お前のそういうとこが奴隷らしくねぇってんだよっ! お前、ほんとに奴隷かよっ?!」
ウィオの怒鳴り声に、男は悲しげな微笑みを見せた。
「私の曾祖父の代までは、奴隷ではありませんでしたから。今は奴隷の身分ですがね」
「はっ……?」
ウィオの顔は、変な風に歪んだ。
「んな訳ねぇだろ。奴隷はみんな、産まれた時から奴隷なんだ。他の国と戦争した時の戦利品が奴隷だろ? ここ二百年は、奴隷交換するような戦争も起きてねぇしさ。だったら、お前の曾祖父さんまでは奴隷じゃなかっただなんて、可笑しいだろうが」
ウィオの言い分は、正しかった。
戦争や小競り合い、内紛などは数え切れないほど起こっているし、最近だと、ウィオの祖父の代に激しい帝位争いも起こったが、奴隷を引き渡したり引き渡されたりする戦争は一切起こっていないのだ。
「いいえ。……それは、少し違いますね。貴方は、〝鬼の森〟という昔語りを知っていますか?」
「は? 何当たり前のこと言ってんだよ? あの昔語りを知らない奴なんかいねぇぜ?」
そう、それは有名過ぎるほど有名な昔語りであった。
これは、昔語りとしては珍しい悲恋物であり、〝鬼の森〟に迷い込んだ一組の恋人と一人の男が、鬼に追われ攫われるといった、少し不思議な物語でもあった。
語り部の輪は、旅芸人が来る時や何かお祭りがある時に開かれるが、その中でもかなり有名な――つまり、かなり聞き飽きた昔語りでもあった。
「それでは――」
その男が、そう言い掛けたその瞬間だった。
「ウィオ……ウィオ?」
リラの声が、した。
「リ……リラ?」
ウィオが振り返ると、そこには目を丸くしたリラがいた。
「何でお前、ここに……」
「小母様に、ウィオを連れて来てって頼まれたの。話すことがあるからって。……で、その人、誰?」
「私は、ジョルア様にお仕えする奴隷です」
「あ、そうですか……それで、一体何をしに?」
「ええ。食料の在庫が少し怪しくなったようで、茸や山菜を採りに」
「あら、そうですか。ごめんなさいね、ウィオがお邪魔をしちゃって」
「いいえ。私は奴隷ですから」
……何故か、ここでも見事な会話が成立している。
「おい、お前らなぁ……」
「あ、ごめん」
……何とも素っ気のない言い方である。
「とにかくウィオ、行こ? 小母様、お待ちかねだよ?」
「あ、ああ……」
そう言いながらも、ウィオはこの男に未練があった。
話はこれからだというのに、別れなくてはならないのだ。
それに、恐らくオールクッドは、明日の朝にこの村を発つだろう。
だから、この男の話を聞きたかったのだ。
今まで自分が全く知らなかっただろうことを、この男は知っているのだから。
「それでは、失礼致します」
それに対して男は、何の未練もないように、何事もなかったかのように頭を下げ、ウィオ達と擦れ違った。
だがその時、ウィオの耳にそっと囁く声が入った。
「今夜、必ず」
ウィオが驚いて振り返ると、男は振り返らず、林の奥深くへ分け入って行った。
「ねぇ、ウィオ……?」
リラの不安そうな声に、ウィオは振り返った。
「……何だ、リラ?」
「あの人、一体何? 何か、変な感じがする。危険っぽい感じはしないんだけど……」
リラは、奥歯に物が挟まったような言い方をした。
何だか妙に歯切れが悪く、自分の感じていることを上手く言葉にできない、そんなもどかしさが感じられた。
その時、ウィオは気が付いた。
リラの首に、普段は見慣れぬ――けれど、見知っていない訳ではない物が掛かっているのを。
「お前には関係ない」
ウィオはズバリと言い切ると、訊ねた。
「なあ、リラ。それって……」
「ああ、これ? 危険な旅に出るから、私達の安全を祈るって言って、小母様が譲ってくれたの。これ、母さんの形見だし、母さんが護ってくれるだろうって」
それは服の中に托し込んであったので、首の辺りしか見えなかった。
それでも、とても美しい輝きを放っているのが見て取れた。
「ふ~ん……何か、綺麗だな」
「でしょ? 私も気に入ってるの。とにかく、行こ? これ以上無駄話をして、小母様を待たせる訳にはいかないわ」
「ああ。だけど、最初に無駄話を始めたのはお前じゃねぇか」
「えっ? それとこれとは話が別よ」
「別じゃねぇぜ」
「別よ」
「だから、別じゃねぇっつってるだろうが!」
「別ったら別なの!」
「別じゃねぇっつったら別じゃねぇんだよ!」
二人は仲良く(?)言い争いながらも、歩いて行った。