第一章「追憶の果てには」―3
「……ラムドウェッド大尉? どうかなさいましたか?」
フェムリヴドが心配そうに覗き込んでくるのに、リューセムはハッと顔を上げた。
「あ、ああ……フェムリヴドか。どうかしたか?」
「いえ、どうかしたのかと聞いているのはこちらなのですが」
「…………」
「…………」
「……いや、何でもない」
沈黙を挟んだ後リューセムはそう告げ、視線を逸らした。
「ただ……ここにいると、弟妹達のことが思い出されて仕方ないんだ」
「ああ……そう言えば、先代のラムドウェッド卿に……」
その先を言い倦ねて言葉を濁らすフェムリヴドに、リューセムはそれを全く気にしていない、けれども後悔しているような口調で呟いた。
「ああ。……まだ、十歳にもなっていなかったのにな。弟も妹も、素晴らしい力を秘めた術者であったのに。……全く、あの人はどうして……」
リューセムは言葉を途切らせると、首を振った。
「いや、何でもない。変なことを聞かせたな、フェムリヴド」
「いえ、そのくらいならばいくらでも。……それにしても、弟君と妹君方は、今生きておられれば一体おいくつになるのですか?」
「ああ……生きていれば、弟は三十歳、妹は二十九歳と二十七歳だな。……私と姉上の名は母上が付けて下さって、あまりフェーヌラブム帝国らしい名前ではない。このランクェルらしい名前だ。けれど、弟達の名前は父上が付けて……だから、フェーヌラブム帝国の名前らしい名前だったな……」
リューセムは、少し目を細めた。
「私と姉上の場合は、短くしようがない。けれど、弟達の名前には短縮形――いわゆる愛称があって、よくその名前で呼んでは怒られたな」
「はい? 何故ですか? だって、愛称なのでしょう?」
「ああ。だが、弟が、な。少しませてきた年頃だったから、愛称で呼ぶことを嫌がり出したんだ。そうしたら、それを真似て妹達も。特に、下の妹はまだ数えで二歳、満なら一歳半だったのに、愛称で呼ぶたびに『やーっ!』と言って……」
「ああ、なるほど……大変可愛らしいですねぇ」
フェムリヴドが笑いながらそう言うと、リューセムは頷いた。
「ああ。……まだ幼かったからな。とても可愛かった頃の記憶しかないよ。三人とも、生まれ持った力が、私以上に強かった。特に弟は、長老の曾孫であるということ以上にランクェル中の関心を集めていた。……私は、不思議でならないんだ。確かに私には、術者としての才能がある。だがそれは、平均的なものであって、特別抜きん出ているという訳ではない。けれど弟の方は、ランクェルでも類を見ないほどの力に恵まれていた。普通に考えたら、弟の方が利用できると、優れていると考えるだろう。……なのに、何故父は、弟ではなく、私を選んだのか……ずっと考え続けているが、いまだに答えは出ないのだ」
リューセムは溜息をつくと、フェムリヴドに苦笑した。
「……すまないな、フェムリヴド。つまらぬ話だったろうに」
「いいえ、そんなことはありませんよ。ラムドウェッド大尉のご家族のお話を聞くのはほとんど初めてですし、とても興味深かったですし。ラムドウェッド大尉が、実は家族思いだということも初めて知りましたし。……色々と、新しいことを聞けて楽しいですよ~」
フェムリヴドは、リューセムの言葉に実に明るく返し、少し首を傾げた。
「それにしても、確かにそれは、私も不可解ですね。……もう、先代ラムドウェッド卿は亡くなっているのでしょう? その前に、訊いてみたことはないのですか? 何故自分を選んだのかと」
「ああ、それは、最初に訊いたな。……帝都、ヒーリアに着いてすぐに」
「ええ? そうなんですか? で、答えは?」
年甲斐もなく目を輝かせるフェムリヴドに、リューセムは先程とは意味の違う苦笑を洩らす。
「ああ。父は、
『勿論、お前の方が優秀だった。ただそれだけだ』
としか、何度訊いても答えなかったな。……まあ、父の言う『優秀』は、『大人しく父の言うことを聞く』という意味かも知れないがな。私は基本的に大人しくて、あまり自己主張はしなかった。だが弟の方は、まだあんなに幼かったのに、よく自分の考えや意見を口にして、大人がこれをやるようにと押し付けようとすると嫌がってやらないような、まあ、悪く言えば聞き分けの悪い子だった」
リューセムはそう言って笑った。
「よく、母達の言うことを聞かずに走り回っていて……私も、随分と手を焼かされたものだ。名の語源を辿れば、古代の神へと、そしてその神話へと繋がるような名を持っていたのにな」
「へ~……先代ラムドウェッド卿は、そういったものが好きだったのですか?」
「まあ……確かにそういうところはあったな。妹の一人は古代語で『純粋』を意味する名前だったし、もう一人は、確か神話の登場人物の名前に由来する名の女性形だった気がするが……いかんせん、昔のことだからな。どこまで記憶が当たっているかは分からないな」
そう言って淋しく笑うリューセムに、フェムリヴドは軽く焦って問い掛けた。
「そ、そうなんですか~! あ、じゃあラムドウェッド大尉。その弟君達のお名前も憶えているのですよね?」
突然焦り出したフェムリヴドに、リューセムは眉を寄せながら言った。
「ああ……勿論憶えているとも。懐かしい……あの名前だけは、決して忘れることはない。勿論姉上も、私と同じだろう」
リューセムの表情が和らいだのを見て、フェムリヴドはこっそりと息をつく。
「そうですか……ちなみに、そのお名前は?」
途端に好奇心でキラキラと輝き出した瞳に、リューセムは可笑しそうな笑みを洩らす。
「ああ……名前は、ジェレマイアとキャサリンとジェシカだ。普段は、ジェレミー、キャシー、ジェシーと呼んでいたな。本人達は、嫌がっていたが」




