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旅中記  作者: 琅來
第Ⅲ部 覚醒と決意
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序章「ウシナワレタモノ」

 澄んだ風が緩やかに吹き渡る、晩夏。

 緑の色が、目に涼やかに映る。

 そして、綺麗な綺麗な草花が咲き乱れる、見渡す限り彼ら以外の誰もいない、とても広大な野原の中――

 まだ幼い少年の頭を、そっとその母が撫でた。

 その母の顔色は、心なしか蒼かった。

 母が纏っているのは、平民では到底手に入らない豪奢なドレス。

 少年が纏っている服も、平民の中に交じれば浮くほどに高価な物だった。

『其方は、護るのですよ。其方自身と、唯一の妹を』

 母が告げた真剣な言葉に、少年は首を傾げる。

『でも、母上……僕には、妹がいっぱいいます』

 そう言った幼い子供に、母は痛ましい目を向ける。

『いいえ。其方の真の妹は、ただの一人。……一人だけ(・・・・)なのです。よく憶えておきなさい』

 少年は、不思議そうに首を傾げたまま頷いた。

『分かりました、母上』




 ――厳重な警戒の中にある、フェーヌラブム帝国の皇宮から、一人の皇子と一人の皇女の姿が消えたのは、それから間もなくのことだった。

 皇子の名は、ルドルフ=アーフヴァンド・フェーヌラブム、御歳九歳の第九皇子。

 皇女の名は、アーデルハイト=ファイリア・フェーヌラブム、御歳一歳の第二十四皇女。

 だがそれは、数え年での話。

 ルドルフ皇子は、満年齢で言って御歳八歳であり、アーデルハイト皇女は生後八ヶ月の、ようやく這えるようになったばかりの赤ん坊。

 母が死んだばかりの彼らが生き延びられるとは、誰も思わなかった。

 彼らの母、アラベラ=ヤーリラス・フェーヌラブム――旧名、ヤーリラス・アナスタシア伯爵令嬢が、巫女であり術者であるという稀有な人物であったといえども、その子供である彼らには、その才能の片鱗が見られなかったからだ。

 アーデルハイト皇女に関しては未知数だったが、ほんの赤ん坊の彼女には、何もできようはずがない。

 ……だから、彼らが消えた冬の初めこそは熱心な捜索がなされたものの、翌年の夏には打ち切られた。




 その十一年後、喪われた(・・・・)皇子と皇女が現れるとは、露とも思わずに。

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