第六章「帝都の……」―3
「……お兄様は、どう思うの?」
「え?」
突然訊ねられて、エンディは思わず目を瞬いた。
ここはエンディの部屋で、何故かリレィヌも一緒に付いて来たのだった。
しばらくの間、二人は無言だったのだが……突然、リレィヌがぽつりと呟いたのだ。
エンディがリレィヌを見ると、リレィヌは長椅子に深く腰掛け、足をぶらぶらと揺らしている。
その視線は、揺れている自分の爪先を見詰めているようで、仕種がとても子供らしい。
だがエンディは、リレィヌのそんな見せかけの態度には誤魔化されない。
父や母は気付いていないし、リレィヌの子供ぶった態度と舌足らずの言葉に騙されている。
けれど実際のリレィヌは、かなり計算高くて頭が良くて、下手をすればエンディよりも大人らしいのだ。
「だから、あのことよ。お父様との、あの……」
黙りこくったエンディに、リレィヌが焦れったそうに言葉を繰り返し、エンディは思わず顔を顰めた。
「リレィヌ。それは、父上が――」
「だからよ。だって可笑しいでしょ。お父様が私達を脅すなんて、初めてじゃない? このことについて、お兄様はどう思うの?」
エンディは、思わず顔を背けた。
「僕は……」
そしてそのまま、ただ時間だけが過ぎる。
焦れったいほどの時間が過ぎ……やがて、リレィヌが溜息をついた。
「いいよ、お兄様。やっぱり、お兄様に訊いた私が馬鹿だったわ。お兄様は優柔不断で、人に教えられなきゃ、な~んにもできないんだから」
その言葉に、思わずエンディはムッと眉根を寄せる。
妹に馬鹿にされて、怒らない兄はいない。
「僕はっ……!」
「だって、何にもないんでしょ? じゃあしょうがないじゃない」
反論しようとした途端に話の腰を折られて、エンディは顔を引き攣らせた。
「な、何にもないって……何が」
「だから、お父様のさっきの言葉か、私が話したことについての、お兄様の意見とか考えとか。……お兄様って、いっつもそうだよね。勉強はできるけど、自分の意見、一から考えなきゃなんないことを考えるのって、すっごく苦手。白黒はっきり付けられなくって、その間――灰色、って言うの? そういう意見とか考えとかばっかり。はっきりとした自信も根拠もないし。それに、むしろそういう風な頭を使うことは、私の方が得意だよねぇ。あ~あ、な~んでお兄様に訊いちゃったのかなぁ。すっごい時間の無駄だった。お兄様の方が私より三年長く生きてるから、もしかしてもしかしたらって訊いたのに……。あ~あ。やっぱり無駄だった。損しちゃったわ」
リレィヌはそう言うと立ち上がり、部屋を出て行こうとする。
エンディがそれを止める為に声を上げ掛けた途端、リレィヌは呟いた。
「さっきの、あのことだけど――私は、叔父様方に賛成よ」
「え……?」
エンディは、思わず間抜けのようにぽかんと口を開けた。
リレィヌは、エンディに背を向けたまま仰向く。
「だって……もう、それでしか止められないんでしょ? 私みたいな子供にだって分かるわ。可笑しいって。狂ってるって。だったら、他の誰かがやるのをずっと待ってるんじゃなくって、自らの手で終止符を打った方がいいんじゃないの? それが娘や息子としての役目――義務なんじゃないかな。だから、叔父様方に賛成」
リレィヌはそう言うと、クルッと振り返る。
「それにね、正直言ってお父様は好きじゃない。自分にはできないって諦めてるみたいだから。だって、お父様は長男でしょ? なのにねぇ、異母弟とか異母妹に任せっぱなしなんて……それに知っても、止めないし、参加しないし……ただ見て見ぬ振り。ほんっと、情けないの。きっとお兄様が優柔不断なのは、お父様の血ね。こういう時、私、お兄様と同母だってことが信じられないわ。だって私、お父様も嫌いだけど、お母様も嫌いだもん。自分はサッセンリィ王国の王女だって、偉ぶってるし傲慢だし、意地悪だし。でも、アジェスのお母様のフェイネ様も嫌い。いっつもお母様の顔色窺って、おどおどしてるもん」
「リレィヌ!」
エンディは思わず声を荒げるが、リレィヌはころころと笑った。
「駄目じゃない、お兄様。あんまり騒ぐと人が来るわよ? でもまあ、怒るわよねぇ? だって私、お兄様のだ~いすきなお父様とお母様と、二人の次にだ~いすきなフェイネ様を侮辱したんだもの。でも、仕方ないんじゃない? フェイネ様は、子爵家の人なのにお父様の第二夫人だから、すっごい遠慮してるのは事実でしょ? お兄様は、フェイネ様のそういうところが気の毒なのかも知れないけど、私は大っ嫌い。母親なら、アジェスを護れるように強い方がいいでしょ? なのにフェイネ様は、いっつもお父様に頼ってばっかり」
嘲笑うように言うリレィヌに、エンディは絶句する。
「お父様も、いつもはフェイネ様を大事にしてるけど、お母様がフェイネ様とか、フェイネ様の侍女に言い掛かり付けたら、おろおろしながらお母様の機嫌取って、宥めて……。そんなに大事なんだったら、フェイネ様とアジェスを別の屋敷に移して護ればいいのに、そんなこともしないんだから。お父様は。だから、意気地無しなのよ。勿論、お兄様もね」
リレィヌはにこっと笑うと、その場でくるりと回転してみせる。
「私は、お兄様とは違うの。メイファ叔母様達も大好きだし。じゃあ、またね」
エンディは呆然とそれを見送っていたが、リレィヌの台詞を思い出すうちに、どんどん冷や汗が流れてくるのを感じた。
「何か……何か、不味いかも……?」
エンディは、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。




