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旅中記  作者: 琅來
第Ⅱ部 禁域の杜の社
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第六章「帝都の……」―1

 ジェールズ=ルウォンメル・フェーヌラブムは、どっかりと椅子に座り込んだまま考え込んでいた。

 彼には、数多くの……それこそ、五十二人もの弟妹達がいる。

 あまりにも多過ぎて、ろくに言葉を交わしたことのない弟妹すらいるくらいだ。

 義母に当たる妃達を考えると更に凄く、人数は四十七人と弟妹達と比べれば少ないものの、中には自分よりも年下の妃までいるのだ。

 しかも、ルウォンメルの息子のスージェン=エンディ・フェーヌラブムは十歳になるが、その息子にとっては年下の叔父や叔母も既に生まれている。

 まだエンディほどに幼い妃はいないものの、これはもう時間の問題だろう。

 何しろ、近頃の噂では、最近新しく農民の巫女が見付かったと言うのだ。

 彼女はまだ十五歳かそこらの歳らしく、ルウォンメルにとっては、最早娘と言ってもいいほどの歳だ。

 親子ほどに歳の離れた弟妹や妃というのは、王皇族にとっては珍しいことではない。

 自国だけではなく、他国にもよくあることだ。

 だが、妃が国主の孫ほどに幼いというのは、まずほとんどの国ではあり得ないことだ。

 そんなことが起こるのは、余程色を好む国主であるか、この国のように『巫女はすべからく国主の妃となるべし』と決めている国だけだ。

 だが、一昔前ならいざ知らず、絶対的にそんなことを決めているのは、フェーヌラブム帝国とサッセンリィ王国くらいだ。

 だが、そのサッセンリィ王国ですらも、歳を取った国王は、若い巫女に手を出すことは滅多にないのだという。

 しかもその巫女の中でも、王とそういった繋がりを持つことを拒否した者には、強いて手を出さないという確約もあるという。

 それは、サッセンリィ王国では巫女が貴重な存在である為、無理矢理強制して逃げ出されては堪らないからなのだろう。

 おまけに、そのサッセンリィ王国でも近頃、そのような因習をなくそうという動きがあるらしい。

 人道的に見ても、こんな非人道的なことを絶賛してやっている国として、フェーヌラブム帝国は諸外国から非難の対象となっている。

 しかし、父であるジョーゼット=ヴァングー・フェーヌラブムは、そんなことに全く頓着していないのだ。

 諸外国と戦争が起こり、民の血が大量に流れることよりも、自らの欲を満たすことの方が重要なのだ。

 だから……あんな命令を出したのだろう。

 そのことを思い出すと、自然にルウォンメルの眉間に皺が寄る。

 ジョーゼットが最近出した、自国の貴族からも大批判を受けた命令は、『第二十一皇女を第四十八皇妃とする』というものだった。

 しかも、第三十六皇妃とツェーヴァン元公爵は処刑するのだと言う。

 そのあまりにも馬鹿げた命令に、それを聞いた当初は、思わず眩暈がした。

 ルウォンメルの二十一番目の異母妹いもうと、フェイネット=メイファとは、この頃はあまり話したことがない。

 十歳の時に巫女だと分かって以来八年間、半年から一年に一度顔を合わせるか合わせないかくらいしか会わなかった。

 だがそれまでは、月に一度は顔を合わせていた。

 ルウォンメル自身は二十代だったが、お転婆で元気の良い異母妹の遊び相手には、大人の男の体力がないと追い付かない。

 だから、普段は力一杯遊ぶことができずに不貞腐れている異母妹と、思いっ切り遊んであげていた記憶がある。

 だがメイファが六歳の時、叔父の一人が亡くなり、たった独り残された従弟が引き取られてから、メイファは変わった。

 まだ六歳の子供だというのに、お洒落や身嗜みなど、女の子らしさに気を遣うようになったのだ。

 リューシュンの方も、最初は表情が硬かったのだが、メイファと一緒にいるうちに明るい表情を見せるようになった。

 それで、ルウォンメルは気付いたのだ。

 二人は、互いを好き合っているのだと。

 敢えてそのことを口にすることはなかったが、異母兄あにとして、従兄として、幼い二人の恋愛を見守っていた。

 だから、メイファが巫女だと分かった時……ルウォンメルは、悲しく思った。

 ああ、これで二人の関係も、もう終わりか、と――。

 だが、そうはならなかった。

 メイファが巫女としての修業を始めてからも、リューシュンはメイファと共にいた。

 そして、メイファが十八になってしばらく経った頃、ジョーゼットに謁見を申し込んだのだ。

 他の弟妹達は、何故ミリーメイとメイファとリューシュンが三人揃って、私的にとはいえ謁見を申し込んだのか分からなかっただろうが、ルウォンメルだけには分かった。

 ああ、三人は、結婚の許可を貰いに行くのだ、と。

 それを嬉しく思い、異母妹が結婚するかも知れない寂しさも感じたが、それよりも不安の方が勝っていた。

 義母ははであるミリーメイは、その時点で妃になってから二十年経つか経たないかで、ルウォンメルよりも短い間しかジョーゼットと付き合っていない。

 だから、こんな無謀なことを思い付いたのだろうか。

 ルウォンメルは、父が色を好んでいるということをよく知っていた。

 それも、異常と言ってもいいほどに。

 それと関係しているのかどうかは分からないが、ジョーゼットの娘達に対する執着は凄く、傍から見れば慎重に結婚相手を選んでいるように見えるが、実はそうではないということも知っていた。

 事実、未婚もしくは婚約者のいない皇女は、二十九人いる皇女のうち十三人もいる。

 この前婚約が決まった異母妹ですら、もう二十一歳だ。

 普通王皇族の姫君は、十代の頃に婚約して結婚する。

 それを考えると、『結婚』ではなく『婚約』が二十一歳というのは、いくら何でも遅過ぎる。

 だから、メイファが巫女ということもあり、ルウォンメルは不安で不安で仕方がなかった。

 そしてその後、謁見は決裂して終わったらしいという噂を聞き、やはりと思った。

 あの父が、そう簡単に結婚を許す訳がないと思っていたのだ。

 だが、その直後に起きたミリーメイ、メイファ、リューシュンの逃亡、皇帝の出した追討命令と処刑命令、そして、すぐに変更された――メイファを妃に、ミリーメイとリューシュンを処刑せよという命令には、正真正銘度肝を抜かれた。

 あまりメイファ達のことを良く思っていない弟妹達も、これには心底仰天し、珍しいことに兄弟四十五人と妃四十六人と叔父が五人の、計九十六人で押し掛けた。

 もう他国に嫁いでしまった異母妹達は来られなかったが、それでも、この国にいる皇族が揃って押し掛けたのだ。

 さすがにここまですれば父も考え直すかと思ったが……甘かった。

 それだけの人数で再考を促したのだが、その結果は、一喝され、叩き出されて謹慎を食らっただけだった。

 少しも考え直そうとはせず、むしろ追討の手を益々強めただけだった。

 謹慎させられていて監視も付けられているので、自分達兄弟も、義母達も、叔父達も、誰も自由に動けない。

 唯一監視が付けられていないのは、ルウォンメルの息子や娘、甥や姪だけだが、その中で最も年長なエンディでも十歳だ。

 とても、動けはしない。

 こうなった以上、ジョーゼットを止めることはできないだろう。

 家族(?)総出の九十六人で止めようとしたのに、それでも止まらなかったのだ。

 もう、ジョーゼットを止めることができる方法は、ただ、一つ――

 暗殺。

 ただ、それだけ。

 もう、それしか残っていない……。

 何て、虚しいことだろう。

 実の父親を止められる唯一の方法が、殺すことでしかないなんて。

 だが、ルウォンメルには――いや、皇族の誰もが、そんなことすらもできない。

 厳しい監視の目を掻い潜って、暗殺を依頼するなんてことは――。

(いや……何も、頼むまでもない。私達が、殺せばいい。ただ、そうすると残るのは、親殺し、夫殺し、異母兄殺し、皇帝殺しの名前だけ――)

 そう、ルウォンメル達には、ただ祈ることしか残されていなかった。

 メイファ達が、追っ手に捕まらないように。

 ――誰かが、ジョーゼットを暗殺してくれるように。

 そして、前者はともかく後者の方は、祈るまでもないことだろう。

 こうなった以上、ジョーゼットに付いていく人は皆無だ。

 遅かれ早かれ、ジョーゼットは暗殺される。

 必ず、絶対に。

 ただ、貴族の誰もが自らの保身を考え、きっと誰かが殺してくれると思っている、この今の状況は歯痒いものだった。

 ジョーゼットは、苛烈な皇帝として国内外に知れ渡っている。

 もし暗殺に失敗して、そして自分が依頼主だと知られたら――。

 そう思い、二の足を踏んでいる者だらけなのだ。

 ルウォンメルは、ただ苛々と爪を噛む。

 何か、何かできないのか。

 自分にも、何か――まだたったの十八歳の異母妹とその母と、二十歳の従弟を護る方法は――。

 そう思い、思わず苦笑を洩らす。

 そんな簡単に見付かるのなら、まず三人は帝都から逃げ出さなかっただろう。

 物事を変えるには、『皇帝』になるしかない。

 ルウォンメルは、ジェールズ=ルウォンメル・フェーヌラブム第一皇子。

 世の人から見れば、帝位を継ぐのは実に簡単に見える。

 だが……それは、こんなにも難しいことだ。

 もう、自分は三十二になるというのに……未だに、自分に自由はなく、父は絶対的な皇帝として君臨している。

 一体、どうすれば――どうすれば、いいのだろうか。

 時間だけはたっぷりとある。

 けれど、どんなに考えて考えても、答えは出なかった。

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