第五章「《ウェルクリックス》」―2
ウィオ達六人は、昨日と同じように、アーリンやリィアと向かい合って座っていた。
昨日と違うのは、その場にリューセムやフェムリヴド、ラグジャードがいないことだ。
彼らは、他の独立隊の隊員と共に、何やら話し合いをするようだ。
何でも、ただここに居候をしている訳にもいかないから、ランクェルの仕事を手伝うそうで、その役割振りをしているらしい。
アーリンは、ゆっくりと息を吸って言う。
「まず、基本的なことからですが、《ウェルクリックス》は、巫女しか捕まえることができない。……これは、皆さんご存知ですよね?」
その言葉に、六人はそれぞれ頷く。
「では、まずその理由を。……《ウェルクリックス》は、魔力を持った鳥です。ですから、普通の人間が捕まえようとすると、《ウェルクリックス》は魔力を使って逃げてしまいます。そしてその魔力の副作用が、《ウェルクリックス》の七色の羽です。《ウェルクリックス》の雛は、七色の羽を持っておりません。ですが、成長していくに連れ、魔力がどんどん強くなっていき、それに伴って羽も七色に輝き出します。ですから、歳を経ていれば経ているほど、素晴らしい七色の羽を持っておりますが、同時に捕まえにくい鳥でもあります」
その言葉に、ミリーメイが首を傾げた。
「ですが、《ウェルクリックス》の羽は、抜かれた後、と言いますか、抜けた後でも、七色ですよね?」
「ええ。生えてすぐに抜けてしまった場合は話が別ですが、そうですね……恐らく、魔力の残滓のようなものが、羽の中に残っているのでしょう。ですから、数年程度では何ともありませぬが、何十年も経ちますと、七色の色がどんどん抜け落ちていってしまいます」
次に、リューシュンが首を傾げて言った。
「あの……少し不思議なんですけど、何で《ウェルクリックス》は巫女しか捕まえることができないんですか? そういう不思議な力を持っているのなら、術者でも捕まえることができそうですけど?」
リューシュンの疑問に、一同は互いに顔を見合わせ、怪訝げに首を傾げる。
確かに、言われてみればそうだ。
一同の疑問の視線に、アーリンは苦笑して言う。
「確かに、普通に考えればそうですね。ですが、術者には《ウェルクリックス》を捕まえることができぬのです。何故なら、《ウェルクリックス》を捕まえる時には、巫女の持つ力を全て《ウェルクリックス》にぶつける必要があるからです。術者の力は、巫女の持つ力とは別物。似て非なるものです。ですから、術者には無理なのです」
アーリンはそう言うと、ゆっくりと茶をすする。
そして、再び言葉を紡いだ。
「また、《ウェルクリックス》が巫女の持つ力よりも下の場合、《ウェルクリックス》は巫女に屈服します。なので、巫女は《ウェルクリックス》を捕らえることができます。ですが、逆に《ウェルクリックス》の力が巫女よりも上だった場合、巫女は《ウェルクリックス》を捕らえることができません。むしろ、向こうから逆襲されますね。だから《ウェルクリックス》を捕らえることは、巫女にとっては命懸けの荒技なのです」
その言葉に、巫女であるミリーメイとメイファとリラが顔を引き攣らせる。
「そ、それって……どの《ウェルクリックス》を選ぶのかで、命が左右されるっていうことですか?」
メイファが顔を盛大に引き攣らせたまま訊くと、アーリンは頷く。
「ええ。《ウェルクリックス》を捕らえるのに時間が掛かるのは、《ウェルクリックス》を見付けること自体がそう簡単ではないということもありますが、どれを選ぶのかに迷うということもあります。力の劣る巫女の場合、自分の力で簡単に捕らえられるような《ウェルクリックス》では、あまり色が宜しくない。けれど、素晴らしい羽を持っている《ウェルクリックス》では、自分が殺される危険性が高い。それで迷って、結局は命を落とすということも、過去にはあったようです」
アーリンはそう言うと、茫洋とした視線を空に飛ばした。
「ですから、わたくしは《ウェルクリックス》を見掛けたことはありますが、捕らえたことはありません。なので……捕まえ方自体が口伝ですし、わたくしに助言できることは、そう多くはありません」
アーリンの言葉に、リラは顔を暗くする。
ここに来ればもっとヒントが得られると思っていただけに、落胆は大きいのだろう。
「ですが……わたくしに教えられることは、全て教えます。巫女の力のぶつけ方や、巫女としての能力の安定法、そして力の使い方も」
その言葉に、リラは顔を上げる。
「え……」
アーリンは、目を眇めてリラを見詰めた。
「貴女の巫女としての素質は、素晴らしいものです。決して、弱くなどはありません。こうして向かい合っていても、力の純度が高いのが分かります。ですが、力の制御の仕方を知りませんね?」
アーリンの言葉に、リラは恥ずかしそうに頷く。
「はい……。私は、今までずっと力を封じてきたので……」
リラの言葉に、アーリンはもっともと頷く。
「ええ。それはそうでしょうね。ですが、今のままでは到底《ウェルクリックス》を捕らえることなど不可能です。けれども、貴女の素質自体は悪くはありません。……どうでしょう?」
そう言われて、リラに断る理由などはない。
リラは、ぱっと顔を輝かせた。
「ありがとうございます、アーリンさんっ!」
「いいえ。ですが……」
アーリンは真剣な顔でリラを見詰める。
「わたくしに手伝えるのは、ほんの補助的なことだけ……重要なのは、貴女自身がどう頑張るかにあります。……そこを、よく承知しておきなさい」
「はい。ご指導のほど、宜しくお願い致します」
リラは立ち上がると、アーリンに向かって丁寧に頭を下げた。
アーリンはリラに微笑を見せると、ミリーメイとメイファに視線を向ける。
「どうでしょう? 貴女方も、リラさんと共にどうですか?」
その言葉に、二人はきょとんと目を瞬いたのちに、驚愕の表情をする。
「宜しいん……です?」
「ええ。かまいませんよ」
その言葉に、二人はリラと同じように立ち上がり、頭を下げる。
「宜しくお願い致します、アーリンさん」
「いいえ。後進の巫女を指導するのは、わたくしの使命でもありますから。このように、歳を取った巫女の、ね」
アーリンは苦笑し、リラ達三人は顔を見合わせて笑ったのだった……。
アーリンとの話が終わり、ウィオとマウェとリューシュンが小屋に戻る途中、ぽつりとリューシュンが言った。
「何かさぁ……僕ら、絶対に忘れられてるよなぁ……。ウィオはともかくとして」
その言葉に、ウィオは顔を引き攣らせて言う。
「んな、リューシュン……何そんな僻んでんだよ……」
ウィの言葉に、リューシュンは眉を寄せる。
「だって、考えてもみなよ? ここのところ、活躍してるのは女性陣っていうか、巫女の三人だろう? 《ウェルクリックス》を捕まえるのも、僕らには何にもできないし……。ウィオはまあまあ活躍してるだろうけどさ、僕なんていてもいなくてもおんなじだしさ。マウェさんみたいに頭も良くないし……」
珍しくぼやいているリューシュンに、ウィオは顔を顰めて言う。
「別に、俺だってそんな活躍してねぇよ。それに、俺らが活躍できないのは、まあ、しょうがないんじゃねぇか? だって、あいつらは巫女だしさ……。《ウェルクリックス》を捕まえられんのも巫女だけだし。その代わり、三人とも女だし、腕も強くねぇだろう? 今はな~んもできないけどさ、この後はきっと、俺らにも活躍できるって言うか、俺らしかできねぇこともあるだろうしさ。だから、その時に頑張ればいいんじゃねぇか?」
「……でもさ、シャーラーヴ隊の人達がいるから、僕らの腕が立つ必要なんて、特にない気が……」
その言葉に、ウィオとマウェは顔を引き攣らせて沈黙する。
三人の間に、気まずい沈黙が流れた。
その時、向こうからリューセムがやって来るのが見えた。
「ああ、ラムドウェッド卿」
リューシュンが呼び掛けると、リューセムはこちらにやって来る。
「其方達は、曾お祖母様のお話を聞いているのではなかったのか?」
「ええ。ついさっき終わったところです」
「そうか。それは丁度良かった」
リューセムの言葉に、三人は顔を見合わせる。
「ああ?」
「どういうことです?」
「ああ。其方達も、我らの鍛錬に参加しないかと誘いに来た」
その言葉に、三人は――特にリューシュンは、目を輝かせた。
「本当ですか?」
「ええ。其方達も、何もせずにここにいる訳にはいかぬだろう? 我らも、しばらくここに腰を落ち着けるから、鍛錬には丁度よい。だから、其方らもどうかと思ったのだが……」
その言葉に、真っ先にリューシュンが言った。
「お願いします。国一番との誉れが高いシャーラーヴ独立隊の指導が共に受けられるとは、光栄です」
ウィオも、リューシュンが言い終えると同時に口を開く。
「俺も頼む。村じゃあ、時々来る傭兵に手解きしてもらったことはあるけど、あんたほどの腕を持った人間なんて、絶対に来ないし……宜しく頼む」
リューセムは二人に笑い掛けてみせると、マウェに苦笑してみせる。
「マウェはどうする? お前には、私達が教えるようなことはほとんどないと思うが……」
マウェも、リューセムに苦笑を返してみせる。
「いえ、私も喜んでご一緒させて頂きたく思います。ここ数ヶ月は剣を振るうような機会はありませんでしたし、このまま何もしなければ、腕が鈍ってしまいます」
「そうか。では、三人とも、こちらに来い。今からすぐに鍛錬を始めるからな」
その言葉に、ウィオとリューシュンは顔を見合わせる。
「今から……ですか?」
「ああ。今からだ。ランクェルの他の者も来るぞ」
その言葉に、突然マウェが吹き出す。
「マウェ……?」
「い、いえ……ラムドウェッド卿は、以前と全くお変わりないのだなぁと、そう思いまして……」
その言葉に、事情がよく分からないウィオとリューシュンが首を傾げる。
リューセムは、マウェの言葉に太く笑って言った。
「そんなに変わらないか?」
「ええ。そもそも、奴隷である私を『鍛えよう』と突然言い出すこと自体が変でしたよ? その頃と、全く変わりませんねぇ」
その言葉に、ウィオが口を挟む。
「おい、マウェ。それって、一体どういうことだ?」
「ああ。そう言えば、あまり詳しく話しておりませんでしたね。六年前――私が二十一の時ですね。まあ、前から剣の鍛錬は積んでいたのですが、とある人物の警護で、シャーラーヴ隊の方々とご一緒することになりまして……」
「それで、私がマウェの腕を見込んで陛下に掛け合い、期間限定でこちらに引き抜いたのだ。全く、マウェほど鍛え甲斐のある者はあまりいなかったよ。教えれば教えるほどどんどんと強くなって、最終的には、マウェとまともに戦えるのは私かフェムリヴドくらいだけになってしまったからな。そう……半年も経たないうちにそこまで強くなって、こちらが驚いたものだ」
その言葉に、ウィオとリューシュンは驚いてマウェを見詰める。
「……凄いな、マウェ……」
「何で、そこまで強くなれるんですか……?」
二人とも、マウェの武勇伝にすっかり度肝を抜かれている。
「いえ、そこまでのものではありませんよ。ラムドウェッド卿やフラッドリス様の指導が宜しかったのです」
その言葉に、マウェを除く三人が微妙な顔になる。
確かに指導者の教え方が上手いかどうかは重要だが、それだけではなく、自身の素質がなければ上達の仕様がない。
それを考えると、マウェは凄い実力の持ち主だ。
リューセムが、奴隷にしておくには勿体ないと考え、期間限定ではあるが自らの隊に引き抜いたのも頷ける。
だが、それと同時に、ウィオとリューシュンは期待で燃えた。
確かに、本人に素質がなければどうしようもないが、それを伸ばせるのは、よい師匠がいてこそなのだ。
マウェがそこまで上達したというなら、自分達にもチャンスはある。
二人ともそこそこ自分の腕に自信を持っているので、期待感は人並み以上だった。
それにシャーラーヴ独立隊は、国でも一、二を競うほどの腕前の部隊だ。
ということは、その部隊の人員も、かなりの強豪揃いだということになる。
そんな人達の中に交じって稽古ができるとは……農民のウィオはおろか、皇帝の甥であるリューシュンですら、願ってもない好機だ。
二人は期待感に大きく胸を膨らませたまま、リューセムの後を付いて行った。
これによって、しばらくウィオは『これから』のことをあまり悩まなくなる。
もしリューセムがここまで考えてウィオ達を誘ったというのなら、凄いことである。
少なくとも、ウィオは剣稽古に集中することによって、リラは巫女としての修業に打ち込むことによって、村が潰されるかも知れないことを無闇に思い悩むことはなくなったのだから。
曾祖母曾孫揃って、凄い人間達である。




