第一章「帝都からの使者」―2
「ようこそ、お越し下さいました。わざわざ帝都からいらっしゃって下さり、ありがとうございます」
ウェルの言葉に、帝都からの使者は尊大に頷いた。
確かに、彼の身分はただの農民である村長よりも高い。
それに、あまりこのような農村には来たことがないようだった。
少し物珍しそうに、だが、侮蔑の視線で眺めていた。
「ご丁寧に痛み入る。こちらはあまり時間がない。其方の子息と副長殿にお会いしたい」
「はい。こちらです」
ウェルは腰を低くして、自分の家にその使者を案内した。
「初めまして。俺は、村長の息子のウィオと言います」
「初めまして。私は副長のリラと言います」
「どうもご丁寧に。私は皇帝の使者、ジョルア・オールクッド准男爵と申す。どうぞ、オールクッドと」
「はい。それではオールクッド卿、本日は、一体どのようなご用件でこの村までお越し下さったのでしょうか?」
リラがそう訊ねると、その使者――オールクッドは一瞬面食らった顔をした。
どうやら、彼は単刀直入に物を言われることに慣れていないようだ。
だが、彼はその表情を取り繕い、真面目な顔をした。
「それでは、いきなりではあるが本題に入らせて頂く。……まず、其方らが産まれた時に、一悶着あったことはご存知かな?」
オールクッドの問いに、ウィオとリラは頷いた。
すると、オールクッドは重々しい顔付きで頷き、言った。
「そのことは十三年前に解決したと、我らも思っていた。だが、今頃になってその話を蒸し返して来た村があったのだ。その村には十三年前に解決済みだとは言ったのだが、その話を聞き付けた他の村々も、その決定を覆すように申して来てな、その数がまた半端ではないのだ。ここ周辺の村ばかりではなく、遠くの村までもが同じことを申してきおった。それで、陛下も再考の余地があるとして話し合いの場を設け、そして変わったことがあるのだ。そのことをその村々に伝えたところ、それでよいとの返事があった。これによって、私がここに参ったのだ」
彼の話を、ウィオは真面目に聞いている振りをしていたが、内心苛々していた。
(そうゴチャゴチャ言わないで、さっさと本題に入って欲しいんだけどなぁ……ったく、都の奴ってのは、どーでもいい話してから本題に入んのが癖なのかよっ! ほんっと、たりぃなぁ)
ウィオは、オールクッドが聞いたら憤激しそうなことを考えていたのであった。
「それで、その変わったこととは……?」
リラが不安げに顔を曇らせながら訊くと、オールクッドは首を振った。
「いや、何。心配するほどのことでもない。それほど危険ではないのだからな」
「それでは、その内容とは……?」
「ウム。それなのだ」
……どうやら、リラとオールクッドの息はぴたりと合うようだった。
「其方らには、旅をして頂く」
「旅……ですか?」
ウィオが、思わず声を上げた。
それほどまでに、意外なことだったのだ。
「ああ。旅だ。勿論その道順はこちらで確認してある。それを辿れば、目的地に着くだろう。ただし、期限は一年以内だ。一年以内に、その目的地に寄ってから帝都へ来て欲しい。そして、其方らには、その目的地でこの鳥を見つけて欲しい」
オールクッドはそう言うと、一枚の紙を差し出した。
「これ、は……!」
リラはその紙を見た途端、顔色が変わった。
サッと血の気が退いたのだ。
「さすがだな。この絵を見ただけで、これが何かお分かりになったか」
「あのぉ~」
ウィオは、恐る恐る声を上げた。
「何かな?」
「その、俺にはこれが何だかサッパリ分からないんですけどぉ……」
「おや、これは失礼した。しかし、副長殿は博識であるのだな」
オールクッドの褒め言葉に、リラはほんのりと頬を染めた。
「そんな……博識だなんて……。私はただ、こういった珍しいものに興味があり、個人的に調べていただけです」
「いいや、それでも素晴らしい。このような鄙びた農村で、かように博識で美しい者を見ようとは思いもせなんだ。其方なら、帝都でも立派にやっていけると思うぞ。学者としても、教師としても」
「ええ……私も、もし副長にならなかったら、帝都に出て先生をやっていたかも知れませんね」
何故か、二人はいい雰囲気になっている。
あまりの和やかさに、一瞬元の話を忘れ掛けそうだった。
「すみません! これが一体何なのか、説明しては頂けないんでしょうかっ?!」
ウィオのその怒鳴り声に等しい声で、二人はその会話から抜け出した。
「あ……これはすまなかった。……この鳥は、奇跡の鳥、幻の鳥と呼ばれる、《ウェルクリックス》という名の鳥だ」
「《ウェルクリックス》……? 聞いたことはないです」
「ああ、そうだろう。帝都に住まう中でも、特に裕福な者にしか、この羽は手に入らないし、見ることすら不可能だ。何故なら、この鳥の羽は七色に輝くのだ」
ウィオは目を瞠った。
そんな鳥は、目にしたことはない。
「な……七色っ? そんな物語にしか出て来ないような鳥、ほんとにいるんですかっ!」
「ああ、いる。だが、この鳥は帝都から遠く離れた山奥に棲んでいるのだ。その羽を手に入れることすら、困難である。だからこそ、この鳥の羽はとても高額な値段で取引される。其方らには、この鳥を番いで捕まえてきて欲しい。無論、生きているものだ」
「そ、そんな鳥を……番いで……? それも、生きた状態で……?」
ウィオは、呆然とした口調で言った。
普通に考えれば、そんなことは不可能である。
しかし、『取引される』というぐらいなのだから、時間は掛かってもその鳥を捕まえられるかも知れない可能性はあるということだ。
「ああ。不可能かも知れん。だがそれが、陛下がお決めしたことだ。これが嫌ならば、この村はなくなるが……それでも宜しいかな?」
ウィオは、考える前にその言葉が口をついていた。
「やります。俺は……この村を潰したくなんかない」
「ええ、私も……やります。やってみせます!」
二人の返事に、オールクッドは重々しく頷いた。
「分かった。それでは、皇帝陛下に伝えよう。そして、その旅なのだが……」
オールクッドは言葉を濁した。
そして、しばらく躊躇った後、二人を真っ直ぐに見据えて言った。
「出発は――来月だ」
「ら……来、月?」
「な……何かの、間違い……ですよね?」
二人の唖然とした表情と口調に、オールクッドは首を振り、憐れむような目線で言った。
「いいや、本当のことだ」
「そんな……だって、来月からは秋の収穫が始まるんだ! 俺が欠けたってどうってことないかも知んないけど、リラは副長なんだぞ?! 副長が収穫の時期にいないと大変なんだよ! おまけに今は秋だぞ。真冬に旅をしろってのかっ?!」
ウィオの訴えに、オールクッドは首を振った。
「しかし、《ウェルクリックス》を捕まえるのに限られた時間は、一年と限られておる。しかも、この村からその《ウェルクリックス》がいる所まで行き、そこから更に帝都へ向かう時間も、その一年の中には含まれておる。だとしたら、すぐさま出発した方がいいだろうという、陛下の思し召しだ」
「だからってっ……!」
ウィオが反発しようとした時、リラが言った。
「やめなよ、ウィオ。そんなの、皇帝様とか都の貴族が分かる訳ないわ。あの人達は、農作業だなんてやったことないもの。それに、もしも皇帝様に農作業の経験があるとしたら、それこそ信じられないわよ。旅のことだって同じ。真冬の旅がどれだけ危険か、都の人達には理解できるはずもないわ」
リラの声に、ウィオは言葉を飲み込んだ。
だが、その歯からはぎりぎりという歯軋りがこぼれた。
「お分かり頂けたかな?」
「はい」
「それでは、失礼致す」
オールクッドは家を出て行った。
この村には、小さいながらも宿舎がある。
時には旅芸人が、時には帝都を目指す人が泊まって行く宿である。
だから、恐らくそこへ向かったのだろう。