第三章「ウェブラムの森」―1
ウィオ達は、延々と森の中を進んでいた。
ウェブラムの森は、どこまでも深く、そして暗い。
この辺りまで来ると、今は昼を過ぎた時間だと言うのにどこか薄暗く、時折、何かの獣か野鳥の薄気味悪い鳴き声が聞こえる。
そして、季節は秋だと言うのにも拘らず、陽射しが木々の葉に遮られて、どこか薄ら寒くて不気味だ。
しばらく進んだ後、彼らは休憩を取ることになった。
ウィオ達六人は、互いに身を寄せ合うように一箇所に集まる。
「ねえ、ウィオ……何だか、嫌な感じしない? この森……」
リラは、少し顔を蒼くして訊く。
「ああ……なんっか、不気味だよな、ここ。さっさと着かねえかな? ここに人がいるのは間違いないんだろ?」
「うん……〝鬼の森〟が正しければ、いるはずよ。その人達ならきっと、《ウェルクリックス》のことを知ってるはずだし……」
「ただ、そこに辿り着けるかって問題だよな。あとは、あの鳥が見付かるかどうか……」
「仮に人がいなくても、《ウェルクリックス》だけは見付けなきゃ駄目なんだけどね」
「それぐらい分かってるぞ、俺だって」
さすがにウィオも、顔が険しい。
他の四人も、似たり寄ったりだ。
けれど、リューセム達の様子は少し違う。
あまり不安げな顔をしている者は見られず、むしろ興味津々に、楽しげに談笑している。
そのあまりの温度差に、リラは、背筋に寒気が走るのを感じた。
(何なんだろう……一体……この、嫌な感じ……)
リラはふと視線を巡らし、彼らの中にリューセムがいないのを見つけた。
「ねえ、ウィオ……」
「ん? 何だ、リラ?」
「リューセムさん……いなくない?」
「ん?」
ウィオはぐるりと辺りを見回し……そして、眉を顰めた。
「ほんとだ……どこに行ったんだ? あいつ」
「ちょっ、ウィオっ……相手は貴族で男爵様だし、大尉だし、独立隊の隊長さんなんだから……『あいつ』は駄目よ」
「別にいいだろ、呼び方なんて、どうでも……」
ウィオはそう言うと、少し離れた所に歩き出した。
「ウィオ?」
「うん……まあ、ちょっと気になるから、少し見てこようと思ってさ」
彼らがいたのは、他の場所と比べて開けた場所だったが、ウィオは茂みの方へとずんずん進んで行く。
「あ、ちょ……待って、ウィオ。私も行くわ」
リラはそう言うと、ウィオの後ろに付いて行った。
ほんの少し開けた所を外れただけで、鬱蒼と茂る木々や下草に足を捕られ、袖が引っ掛かる。
ウィオの後ろを何とか付いて行っていたリラは、いきなり髪がぐっと引っ張られる感覚がして、足を止めた。
すると、自分の髪が樹の枝に引っ掛かっている。
その髪を解こうとしたが、引っ掛かっている丁度その場所まで、首を回すことができない。
リラは手探りで髪を解こうと頑張ったが、やればやるほど益々絡まる。
内心冷や汗を掻きながら必死に解こうとしていると、ふと横から手が伸びた。
そして、あっさりと髪が枝から解かれる。
「あ……ありがと、ウィオ」
「ったく……驚かせるなよ、リラ。振り返ってもいなかったから、すげえびっくりしたんだぞ?」
「あ、うん……ごめん、ウィオ」
「いや……別に」
ウィオは、ふいと目を逸らす。
「髪、抜けちまったな」
「あ、ほんとだ……ま、でも、髪はまた伸びるし……大丈夫よ」
リラは、樹に絡まったまま抜けた髪を苦笑して見詰めた。
そして、その薄茶色の髪を丁寧に解く。
「ん? 何してんだ?」
「ああ、髪の毛の回収……私、一応巫女だし……普通の場所ならともかく、ここは神域だから、残しておいたら、何か厄介なことになるかも……。まあ、他の場所に落としたのを術者に拾われるよりはいいと思うけど……」
そう言うと、リラは枝に絡まっていた髪を取り終え、ポケットにしまった。
「な、何か……大変なんだな……」
「でも巫女じゃなくっても、髪の毛とかは、術者に渡ったら、呪いを掛けられることもあるけど?」
「の……呪い?」
「ええ。爪とかもそういう対象になるけど……。ま、自分と繋がるような物を術者に渡すなってこと。下手に呪いを掛けられちゃ堪らないもの。巫女でも、強い力を持った人は術者と同じように呪いを掛けることができるらしいわ。私は、そこまで強くないけどね」
リラは、一つに纏めていた髪を解く。
「はあ……絡まっちゃったから、また結び直さなくちゃ駄目だわ……面倒臭い」
結んでいたせいで波打つ髪を手櫛で整えながら、リラはぼやく。
「そのままにしてちゃ駄目なのか?」
「ええ。ここは森だから……また引っ掛かったら大変よ。さっきの理由もあるけど、髪抜けたら痛いし」
リラはそう言いながらも、てきぱきと髪を結ぶ。
あっと言う間に髪を結び終えたリラに、ウィオはぽつりと呟いた。
「何か、大変なんだな……」
「そうでもないけど? それに、あんまり長過ぎると邪魔だけど、短いよりは長い方がいいわ。何より、冬はあったかいもの」
「……そういうもんなのか……?」
「そういうものなの」
リラは軽く言うと、何気なく視線を巡らし、そして息を呑んだ。
「ねえ、ウィオ……」
「何だ?」
「いた、リューセムさん」
ウィオはリラの視線を辿り、そして目を瞠る。
リューセムは、皆がいる空き地ほどの広さはないが、それなりに開けていて、しかも頭上の木々が途切れている所にいた。
陽光が、リューセムの姿を上から照らし出している。
全くこちらに気が付かない様子で、静かに瞑目していた。
その様子は、どこか神秘的で……近寄りがたくて、リラもウィオも、ただその場に佇むばかりだった。
どれぐらいの時間が経ったのか……不意に、リューセムが目を開け、こちらを見た。
「……どうかしたのか?」
「あ、や……別に、何でもない」
「ええ……あ、リューセムさん、さっきから、ずっと瞑目していましたよね?」
リラの問い掛けに、リューセムは微笑した。
「ああ……そうだな。少し……」
リューセムは、視線を巡らす。
その様子は、どこか不安定で……リラは、ただ首を傾げる。
(リューセムさんって……こんなに、不安定だったかしら? そういう風には……あんまり、見えなかったんだけど……)
「あの……リューセムさん?」
「ん、ああ……そろそろ戻ろう。休憩も終わるだろう」
リューセムはただそう言い置くと、歩いて行ってしまう。
リラとウィオは顔を見合わせた後、慌ててその後を追った。
だから、空耳だったのかも知れない。
「ここは……私の――だから」
そう、聞こえたのは。




